第一章(全四章)
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〜プロローグ〜
「キミはユウレイ?」
列車の扉が速やかに開いた、その瞬間、三上充はそう思わざるを得なかった。
何と云う偶然か、そこには別れた筈の恋人、佐藤景子が独り佇んでいたのだ。
ーー恐くて、足元が見れない・・
死んでしまわなければ景子が、こんな場所へ現れる事など叶う筈がない。三上は発着所へ降りる自身がまるで天国の入口に差し掛かった老人であるかの様に感じ取れてしまう。
(待てよ・・死んだのはキミの方じゃなくて、ひょっとして、このオレ?)
優しく笑う景子に彼は何ひとつ言葉を返せず、ごく僅かな間に様々な事を、思い巡らせるに至ってしまった。
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「三上君、私、もう大丈夫だから・・心配しないでーー」
景子の最初のセリフであった。
「うん」
そんな自主制に欠けた返答しか三上には返す生命力が保てていない。
今思えば、景子には相当ヒドイ事をしてきた。
(でも、それが恋だろ・・)
彼はそう考え、自身を七割方、許す事に至ってしまう。
しかし、そのセリフの裏を反すと、景子の心は昨日まで、痛み続けていた事となるーー
(何だよ、オレの事、二年も想っていたのかヨ)
そう捉えると三上の懐は切なさに占領されてしまった。
(オマエがいけないんだゼ、小犬みたいに、オレにまとわり付いたんだから・・)
彼女の瞳を見つめながら彼は胸中、独りそう叫んでいた。そして、その重き魂と共に彼は景子との淡き恋の記憶を思い返し浸る事となる。
〜プロローグ完〜
"もう充分、立ち直れるから良いんじゃない?” 景子は電話で三上を励ましていた。その真意は、もう新しい恋を始めるべきだと取れなくもない。
”それは、そうだけど、まぁ、そっちの方は当分いいよ” 彼は恋を拒絶した。同窓会の連絡の筈が二人は男と女の話題に切り変わっている。
「高校の時のあの恋人、まだ好きなの?」
景子には、とても重要な項目である。直ぐ様、三上にそんな事は無いと告げられ正直、安堵はしていたものの、しかし当の彼女には彼と共に進学した幸江という情報屋まで居て、随時ネタを受け続けてきた過去まであった。
当然、彼が当時の恋人・高浦あみと、悲しい別れ方をした事まで掴めている。
女は緻密だーーこの時、景子程、この表現に当て嵌まる存在は無いと云って過言ではなかった。
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「モテるのが、いけないって云われたよ」
三上は景子にあみと別れた際、告げられた言葉を敢えて公開していた。
聞くところによるとあみは終始、恋の敵から嫌がらせの電話やら、圧力を受け続けていたらしい。
「もう、オレも面を喰らってね・・」
三上は別の高校の女からも被害を受けた過去まで付け加えていた。
当然、未だ電話は恋の話・一本である。
「でも、ダレかと付き合うべきだわ」
少し強引に景子は説いてきた。
三上が昔から僅かながら、奥手なのは知っている。
「今、夢があってね・・その夢に向かって、自身に勝ちたいんだョ」
三上の、その発言に彼女はドっ白けた。
中学の時の真面目な彼に戻ってしまっている。
ふざけないでよーー口には絶対、出せない言葉を景子は独り握り潰していた。
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「ねェ、それより美奈子は同窓会に来るの?」
景子は話題を変えてみた。
変えてみる事により、白けた趣が、失せると思えたからだ。
「三上君さぁ、本当のところ、美奈子の事、今はどう思ってるの?」
景子はかなり彼女の存在を警戒している。彼女の社交性、大胆さ、そして何をも恐れぬ攻撃的な生き方。景子は彼女こそが自身の究極なる敵であると独り位置づけ続けていたのだ。
ーーあの事が原因か・・受話器を置いた折、三上は初めて景子の美奈子に対する執着心に気付けていた。それは中三の春の夜ーー美奈子は何と、彼の部屋の窓から目的を成す為に侵入して来たではないか。所謂それは夜這いと呼ばれる代物であろうか。夢であってくれ、彼はそう思い続けた。しかし、この感触、この香り、そして何よりも、あの彼女の途切れ途切れに発せられる残響音、その声、そのモノが強く彼を惑わし続ける証となってしまっていたのだ。
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「良かったわよ」
翌朝、登校したての三上に美奈子は、そう耳打ちしてきた。本当にしてしまったのか・・無論、達成感もあったが当の三上にとっては不意に出くわした嵐の如く、この事実を噛みしめるしか道は無かった。そして更に問題は続く。何と彼女が自ら、その性の関わりを学校中に噂として広めていると云うのだ。幸い、罪悪感が薄いから神経症にはならずに済んだが彼は少し丈、身を病む程の心持ちとなっていた。
「アイツ、当然、処女じゃなかったんだゼ」
何気無く谷森祐司は教えてくれた。アイツとは無論、美奈子の事で時は既に十五の夏を向かえている。当時、彼女は父親と口論になり家を飛び出し、事もあろうか男友達の家に駆け込もうとしていた。しかし彼の所では、門前払いとなり仕方無く彼の先輩の部屋に泊まり、宿泊費の代わりにと躰を捧げてしまったと云うのだ。この情報は三上を気楽にさせ彼女を性の象徴と見るに充分な内容となっていった。
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「ねェ、ボタン頂戴よ」
時は中学の卒業式・当日、景子は三上に対して告白をしていた。
「しょうが無ェな・・」
照れながら、彼は茶化してブレザーの腹部に手を伸ばしてゆく。
それを彼女は恐る恐る級友の宮城さおりと寄り添って見つめていた。彼の気持ち、彼の振舞い、そして彼の心の底を見逃すまいと景子は人生で一番、男を集中して捉えていた。
「違うわよ、田中君のを貰って来てって意味!」
景子は、二度もコメディアスな態度になった三上に対し遂に痺れをきらし、真意とは全く違う台詞を発してしまった。
「あっ・・そう。いいよ。話、つけて来るから」
一瞬、彼も傷付いたりはしたが素早く気持ちを切り替え彼女の要望に答えようと尽力している。
女を知っている余裕からか彼には大陸的な、発想が芽生え始めていたのかもしれない・・
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「オレ、女の友達が居ないからホント、助かるヨ」
二度目の同窓会の電話を入れた夜、三上は景子に、そう感謝の念を述べていた。
高浦あみとの別れ話など異性に話した過去は一度も無かった為だ。
それも、あのボタンに纏わる記憶が無ければ彼女を良き相談役として解釈する所以もない。
(初めての体験だ)
三上は純粋に彼女の存在を大切に感じ始めていた。
「ねェ、私ーーって、何?」
「何ーーって、どう云う事?」
あまりの紳士的な応対ぶりに、景子は嫌気がさしてきた。いい女を紹介しろーーって何なのよ。三上のひと言が彼女を激怒に到らせる。彼女だって人の子だ。ガマンにも限界がある。
”これからゼミで忙しくなるの。もう二度と電話は、かけないで・・” 受話器は置かれ、彼は焦り、当然、何をどう間違えたかさえ、判る余地など所持してはいなかった。
(続)
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