6話『魔術授業一限目』
パチっと目を開くと眩い光が差し込んできた。時間は早朝、窓からは涼やかな風が通り抜けカーテンが揺れている。白い夢の中で魔導書を読み込んだ割にはぐっすりと寝ることができた。
ふと隣を見るが、あの陽気な鼠の顔はない。確かに恩はあるものの急な放置プレイは辞めてほしい……そんな寂しい気持ちを覚えながらも支度を終わらせて食堂へ向かった。
「ごちそうさまでした」
昨夜と同じように端っこの席で食事をとった。朝食も豪華なものだったが、いずれお母さんの料理が恋しくなるだろう。ともかく、食事を終えた後にはハウインさんのいる執務室へ直行だ。
「お早う御座いますラピス様。良いお目覚めでしたか?」
「おはようございますハウインさん。お陰でぐっすり眠ることができました」
「それは良いことです。さて……本題に移りましょう」
ここから話されるのはこれからのスケジュール。屋敷で過ごす中でできる限り魔法や旅に必要な事を吸収し、マナリヤへと辿り着くためには計画無くして実行する事は不可能だろう。
さて、ハウインさんと話し把握したスケジュールはこうだ。
朝食の後に第一授業、休憩を挟んで第二授業。昼食をとった後に自由時間があり、その後に最後の第三授業、という流れである。カトレア嬢は前から受けていたもののようらしく、先生は洞窟で出会ったハレスという青髪の紳士が担当しているらしい。
「スケジュールの確認は宜しいですか?」
「はい。ありがとうございました!」
これから屋敷で過ごしていくのだ。心象アップのためにも元気良く返事しよう。
そう考え、勢いの良い声で返事をして執務室を出た俺はハレスさんのいる中庭へと急いだ。
◇ ◇ ◇
……開始から二十分、現在俺は一生終わらなさそうな自己紹介を聞いている。ここまで長い自己紹介なんて始めての経験なので、そろそろ耳が痛くなってきた頃だ。
場所は中庭の中央、教壇一つと椅子二つだけ置いてあったのがまさかの教室。
目の前で自己紹介という名の自己陶酔を繰り広げているのは今回の先生。そうハレスである。
糸目でナルシストでイケメンという三拍子の先生は、青髪を片手でたくし上げながら一人言のように呪文を発している。
隣の席には洞窟で見たときとは違い、少し大きめのローブに身を包んだカトレアが椅子に座っており、ハレスの自己紹介に関しては、いつも通りとでも言わんばかりの顔でその姿勢を崩さないでいる。
あ、ちなみに目線が合うと逸らされるか睨まれます。
そして、自己陶酔開始から三十分がたつとハレスの──
「──これからもよろしくぅ」
で呪文は止まった事が分かった。
かなり濃い人だと認識したと同時に、本当に大丈夫かどうかが心配になる。
その時、自己紹介が途切れたタイミングで隣から小さな声が聞こえた。
「はぁ……これが平常運転よ」
なるほど、彼女の顔から日々の苦労が見て取れる。
……本当に大丈夫かな!?
「さて、今日は新入生が増えたということで〜振ぅり返り授業をしま〜す。拍手ぅ!」
「「わっ……わ〜〜!」」
促されるまま、ぎこちない拍手を送る。ちらっと隣を見ると死んだ魚のような目で手を叩いているカトレアが映った。これも慣れかなぁ……
「それとラピス君」
「は、はい!」
「僕の呼び名は親しい感じで『ハレス様☆』『ハレス兄さん☆』『先生☆』のどれかで良いからね」
選ばせる気無いだろこれ!なんだよハレス兄さん☆って!?真顔で言われてここまで恐ろしく感じるのはこれが始めてだ。
仕方なく先生☆を選ぶか……
「分かりました、……先生☆」
「良くできたねラピス君、誇らしいよ!」
温度差がやばい。助けて。
そんな俺を置いて先生の独壇場はまだまだ続く。
一息置き、口を開く。
「魔法の杖というものは知ってるかなラピス君?」
「はい。魔法の杖は魔力樹から得られる特殊な木材と魔晶石を合わせたもので、魔術を制御することに使います」
「良く知っていますね。先生正直驚いちゃいました」
いちいち言い方がくどいな……それはさておき、まだ続きがあるようだ。
「ラピス君の言っている通り、魔法の杖は主に魔術行使の際、制御することに使われます。ですが、もう一つ側面があるのは知っていますか?」
「……知りません」
「では、このまま説明してしまう前に比較対象を作りましょう」
そう言うと先生は左手のパーと、右手の杖を突き出すようにしながら話を続ける。
「今から同じ魔力量で水球を出します。良く見ておいてくぅださいね」
先生が言い終わると同時に杖と手の先から水球が生み出され、宙に浮いた。だが、よく見ると杖の水球の方が大きい気がする。
それから数秒経つと少し大きめのボール程度の水球は破裂して地面に落ちた。
「杖で作った水球の方が大きい……?」
「その通りですラピス君。つまり、手より杖の方が魔力が多いということですね。ここから分かることは何でしょう?」
「杖によって魔力量が増幅している?」
「正解〜!」
なるほど、だから杖が命とまで言われるのか、と理解した今この頃。
それを見た先生が再び話を再開する。
「それでは手で魔法を使うのは弱いのか?と言われるとそうではなかったりします。これを見てください」
話を切り、再び先生の両の手に魔力が走る。
すると次の瞬間、庭の奥に向けて時間差で2発、水球が放たれた。
綺麗な放物線を描き水球は雪の塊に着弾する。
「もう分かったかな?そう、手の方が射出まで早いんだ。これが手で行使する最大の利点。だが、これにもデメリットは存在している。出力不足だ」
なるほど、タイムラグ無しで打てるのが手の最大の強みだが、出力が落ちる。逆に杖の方は若干のタイムラグはあるものの、それに見合った制御や魔力量の増幅などの恩恵が得られるというわけか。
魔導書で補足をするならば、杖でも手でも詠唱をするのとしないのでは威力が変化するようで、完全詠唱によって本来のポテンシャルを引き出せる、とのことだ。
これらは使い分けしていくことで最大効果を生むことが大切なんだろうな、と考えを巡らせている間にも先生の授業は続く。
「さて、ここでラピス君に伝言と贈り物があります。こっちに来てみぃ」
「は、はい。これは……」
唐突に渡されたのは深い紺色の細長い箱と手紙。俺は手紙の方から読むことにした。
『ラピスへ
まず急にいなくなった謝罪をしたい。申し訳なかった。俺の責任だ、とか言った後にこれだから本当に顔が立たねぇ。
何故急にいなくなったのか?それが今一番気になることだろう。
結論から言うと俺はヴィドラの王に呼ばれた。詳細は言えないが俺は断れなかった、すまない。
だからここから一ヶ月は俺抜きの屋敷での生活になると思う。屋敷の奴らは信じて平気だ、そこは安心しろ。
最後に、この手紙と一緒に杖が付いてると思う。それは俺をこの時代に送られる前、ツルギがお前用に作った杖だ。銘を『グレイシア*ピリオド』という。杖の特性や魔法に関してはハレスに聞くと良い。くれぐれも大切にしろよな。
改めて言うが、なるべく早く戻るつもりだ。一ヶ月経ったらまた会おう。
ジーラより』
何処に行ったのかと思ったが、まさかヴィドラとは……ジーラが何者なのかがもっと気になってきた。
加えて手紙によると、この箱はツルギの杖『グレイシア*ピリオド』だということが分かる。
ハレスから箱を受け取り、その包みを剥がした。箱には深い紺に淡い水色が溶け、厳かな雰囲気を漂わせている。心して箱を開くと中から一本の杖が姿を現す。
──杖は細く、長く、硝子のような美しさがあった。
手にとって見ると見た目に反して軽く、少しの力で振り回せる。淡い青氷のような杖の先にはきめ細かい装飾と共に、とにかく大きい透明な魔晶石が埋め込まれている。
「これが……」
「そう、君の杖だ。ただ、特性は使っていくうちに分かるから現段階では判断しかねるが、この杖は僕の目から見ても最上級のシロモノだということは知っておいた方が良い」
「…………」
これが、俺の杖…?
あまりにも神々しく、身の丈に合っていないように感じる。
「君はこれからその杖と共に生きていく、杖はいわば人生のパートナーだ。杖には意志がある、と僕は考えている。だから君はその杖に認められるよう、絆を育み成長していくといい」
言い終わると、先生は五十メートル離れた場所に向かって杖を振る。すると、標識のような四角い氷の的が出てきた。
「ラピス君のひとまずの目標は『二週間以内であの的を壊す事』だねぇ」
急に隣で聞いていたカトレアが目を見開いた。
「え?本気?」
「しー!」
会話からして、この課題が難しいとかなんとかだと予想する。二年で魔法を使いこなせるようになるというのだから確実に難易度は跳ね上がっているだろう。
しかし、決意は揺るがない。まあ、揺るぐ揺るがないじゃなくて、やれないと死ぬのだけど。
「絶対にやってみせます。なのでご指導の程よろしくお願いします」
「かしこまらなくていいよぉ、有無を言わせずにやらせるつもりだったし。それくらいできないと君の望みは叶うどころか捉える事すらできないしねぇ」
その通りだ。これはもう少し気を引き締めるべきかもしれない、と思った。
先生は教壇の前に戻りキメ顔で口を開く。
「カトレア様にはこれまで通り例の宿題を、ラピス君はこの後攻撃魔術の手ほどきをしてあげよう」
「はい!」
「分かったわ」
そう言われるとカトレアは席を立ち、どこかへ行ってしまった。
「さて、ラピス君杖を持ってこっちに来てみぃ」
杖を握り先生の元に行く。
教壇に近づくと先生は杖を握っている右手を取り、天に掲げた。
「──────」
「せ、先生?」
先生は俺の握る杖を真顔で見つめている。
先生が沈黙し完全に停止しまってから数分、やっと、先生が口を開く。
「僕は君の魔術属性の適性を診ていた。──これは実に珍しい事なんだが……」
さっきの沈黙は何だ?
もしや俺に何かの特殊な能力があるのか!?などと思う程自惚れてはいないが、気になる間である。
嫌な予感v2。
「君はどうやら全属性にこれと言った適性も無いようだ!これは長い道のりになるぞ!」
「──」
ガーン。ガガーン。ガガガーン。
「「ガガガガーン」」
なんか先生とシンクロした。かなりショックだ。これからどうするのよ。
「嘘ですよね、先生…?」
「マジマジ大マジ。全部平均だねぇ、驚く程に」
「え゛」
「いや〜腕が鳴るねこれは。鳴りすぎて骨が折れそう。でも大丈夫、何故なら僕は冷静沈着でクールな先生☆だから!」
…………ここまできたら全て任せてしまおう。自分の不幸度合いに反吐が出る。いったい俺が何したっていうんだ……昨日の決意とは裏腹に気持ちは沈む一方で。
「ということなので、使う攻撃魔術は好みかな。僕が知る限りを見せてぇあげよう」
先生は離れた場所に追加で的を増やし、沢山の種類の魔法で的を壊していった。
──唐突だが、ここで魔術の段階について説明しよう。
先生が使ったのが原初魔術と呼ばれる全ての元となる魔術で、属性によって様々な種類がある。だがそれらによる相性有利などは無く、特性が違うだけであるというのは注意だ。
そこから派生するのが派生魔術。現代では中級魔術と呼ばれる。これに決まった型は無く、術者の工夫や属性の組み合わせ、イメージによって形を変えていくらしい。
そして、上級魔術。ジーラやハウインさんが『グラン・○○』と唱えていたのがこれである。特殊条件を付与した習得難度が極めて高い魔術だ、と書いてあったが、これに関して俺にはサッパリだ。
とまぁ、こんな感じで分かられているらしい。魔導書に感謝。
さて、現在に話を戻すが見せられた魔術は六個。水、火、雷、風、氷、そして光。なんか光と雷が被っているような気がするが触れないでおこう。
はて、オーアがないぞ。聞いてみよう。
「先生☆オーアは使えないのですか?」
「よくそんな古いのを……いやジーラ様が使えてたぁねそういえば。結論から言うと僕には使えないよ、イメージできないからね」
「イメージ?」
「そうイメージ。魔術はイメージが一番重要と言っても過言ではないのだよ!良い話の流れだからこのまま攻撃魔術の使い方を教えよう!」
なんか先生が興奮し始めた。怖い。
「まず魔術を使うというのは体内の魔力を消費し、現実に具現化するという事を指す。これだけでも三つ壁がある」
そう言いながら先生が指を三つ立てた。
「一つ目の壁は体内の魔力を認識できるか?まずこれができなければ形を作ることもできない。二つ目、はイメージ。魔力を粘土のようにこねて、思い描いた形を作る。この工程が一番難しい。そこを超えたらあとは簡単、具現化した魔術に願いを込めると完成だ──と」
途中から訳わからんフィーバータイムに突入していた俺はそれはそれはポカーンとした顔を浮かべていただろう。それを見かねた先生が説明を変える。
「見たほうが早そうだね。それじゃぁ僕が水魔術を使う工程を丁寧に見せてあげよう!」
そう言うと先生は杖を前に突き出した構えをとる。杖の先にはこれまでよりも数十倍大きな氷の的。もはや的というより氷塊と呼ぶべきものがあった。
まさかあれを…?
「まずイメージだ!体内の魔力をこねて形にする!今僕が思い浮かべるは水飛沫!それを杖に装填する!」
先生を取り巻く空気が変わる。杖からは鈍い光が出ているように見える。
「イメージが終わったら次は願いだ!願いを唱えることで魔術は完成する!──穏和なる水の神よ!生命の神よ!我が杖に宿りし魔力に呼応し、顕現せよ!水飛沫!」
瞬き。一度の瞬きをする間もなく氷塊に向けて水の散弾が飛んだ。否、飛んだと認識した頃には氷塊はバラバラになっていた。バラバラになったと思ったら次に来るのは衝撃波。身体が後ろに下がろうとする程の衝撃が辺りに広がる。ここまででわずか数秒。
──目の前の出来事に、俺は少し放心状態になった。
そして少し経ち、気持ちが落ち着つくと屋敷は!?と思ったがその心配は杞憂だったようで、バリアかなんかを張っていたから、先生と俺の空間にしか衝撃は広がらなかったようだ。
「──凄い」
「でしょう?
魔術は今言った工程で初めて姿を現す。ラピス君には一つ一つ反復練習してもらうよぉ」
「はい!」
キラキラした目で返事する。俺もこんな風に魔術が使えたらと想像したらワクワクが止まらなくて、今の俺は好奇心旺盛な少年のような顔をしていると思う。
「でも、一限目は一旦これで終わりだぁね。もう時間だからね」
「あ……」
時計の針が九時半を指している。時間の流れってなんでこんなにも早いのだろうか。
こうして、初めての魔術授業一限目が終了したのだった。
『魔術授業一限目』終──
読んでいただきありがとうございます!
良かったら次話もよろしくお願いします!
( ゜∀゜)o彡°追記 次回更新は3月2日です