3話『洞窟の中で白髪の少年は』
四人は早歩きで洞窟を進んでいく。紳士は来た道を戻るだけだったので、行き止まりにぶつかる事も無くスムーズに歩む事ができた。
──しかし『カトレア嬢』か……
カトレア嬢といえばこの街の屋敷に住む娘だと聞いたことがある。実際に会ったことはなかったが、見たところ歳は同じ十三歳くらいだと思う。
可憐という言葉が似合う美少女でどこか高貴な雰囲気を感じる。動作一つ一つが上品で思わず見入ってしまう。
「ラピス……」
突然の呼びかけで思わず跳ねる。勿論呼んできたのはジーラであり、ジト目でこちらを見ていた。
「ボーッとしてねぇで歩くんだぜ。また化け猫に噛まれたいかよ?」
「う……」
ジーラの言葉で右手が疼いたような気がする。今は応急処置で傷と痛みを止めているだけで治ったわけでは無いことを忘れかけていた。
早く戻って治療しないと右手は使い物にならなくなるだろう。
「それでしたら屋敷の方で治療する、というのはどうですか?」
話を聞いた紳士が歩きながらラピス達へ問いかける。
「先程のこともあり、何かお礼をしなければ顔が立たない……それと私の名前はハウインです。どうお呼びになっても構いません」
「そんじゃお願いするぜハウイン。俺は治癒魔法が使えないから助かったぜ」
ジーラに良かったなと言われて肩を叩かれる。これで右手がお釈迦になる事も無さそうだ。
自分からも感謝を伝え、話は洞窟のことに移る。
ハウインは噛み砕いてここに至るまでの経緯を教えてくれた。
「昼前に差し掛かる頃、私たちの屋敷に『洞窟の入り口が瓦解して中に人が閉じ込められたから助けて欲しい』という通報が入りました。それもかなりの数で、屋敷は事を大きくしないよう即座に対応にかかり──」
聞いた話を整理してみた。
まず、昼頃に洞窟についての通報があり、屋敷に残っている人で捜索隊を結成。カトレア嬢は連れて行きたくなかったが、どうしても行きたいと言うので連れて行った。
そして、いざ洞窟の中に入ると元の大きさとは比べ物にならないほど大きな洞窟になっており、不思議に思う中手分けして捜索を開始した。
その後洞窟の途中で魔物の群れに遭遇し戦闘に。しかし、戦闘の中でカトレア嬢を見失ってしまいハウインさんは戦線を離れ今に至る……と。
「なるほどな。ところで嬢ちゃんはなんで来ようと思ったんだ?」
ジーラがカトレアへ問いかける。
急に話を振られたカトレアは少し驚きの色を見せながら口を開いた。
「──『声』が聞こえたのよ。言っても分からないだろうけど……」
──!
まさかの単語に俺はビクリと反応した。
声につられて広場に行った結果、こうして洞窟に飛ばされるハメになった自分としてはすんなり理解できるのだ。
「なるほどな、よく分かったぜありがとうよ」
「……おかしいと思わないんですか?」
カトレアは想像と違う反応を受けて少し動揺している様子だ。
ジーラは俺に指を指しながら答える。
「白髪も声と光が理由で結果的にここに来ることになったんだぜ?」
ジーラはなにか納得した様子で続ける。
「つまりだ。流灯と洞窟の瓦解や二人の共通点からして導き出されるのは、お前も蒼の素質があるって事。そして、洞窟に閉じ込められた人の中にも素質持ちの奴が混じってるかもしれないって事だ」
その言葉にハウインが反応する。
「ふむ……素質ですか。そうなると事は思っているより大きいのかもしれません。あと少しで着くので急ぎましょう」
ラピスはジーラに担がれ、カトレアはハウインにお姫様抱っこされる。
ん?ジーラに担がれて?どうやって?俺の三分の二程度の身長でどうやっ──
「ちゃんと捕まってろよ!」
そう聞こえた瞬間、地を踏み抜く大きな音と共に視界が大きく揺れる。
見るのと体感するのとではスピードは桁違いで、正面から殴りかかる風の猛攻を顔面で受けながら必死に耐える。
「あばばばばばばばばばば」
─────────
カトレアと違ってかなり雑に運ばれた俺は、探索隊がいるところに着いたあとも吐き気とめまいで数分立てなかった。
ジーラが蹲る俺の背中を擦っていると探索隊の一人がこちらに気付いた。
「執事長!カトレア嬢!無事でしたかぁ!そしてそちらの方々はだ…どなたでしょうかぁ?」
明るい雰囲気を纏った青髪の紳士が手を振りながらこちらへ走ってくる。彼も探索隊の一員なのだろう。
「ハレス、話は後です。洞窟内の人々はこれで全員ですか?」
「恐らく全員だと思われます」
ハレスと呼ばれた紳士は敬礼のポーズを取りながらハウインに告げた。
今探索隊と合流したこの場所は、これまでみた洞窟のフロアの中でも一番大きく、下の層と違ってまだ手が行き届いているような感じがする。
「結構人がいたんだな……」
ハレスの走ってきた方向を見ると十数人が集まっていた。中には観光客もいるだろうが、ほぼ街の住民だろう。
「やっと帰れるみたいだし母さん達にどう言い訳しようか……」
そう安堵した瞬間、洞窟内の空気が変わる。
「とりあえず全員眠ってくれません?」
背後から声が聞こえた瞬間、フロア内に深い霧が充満する。
突然の出来事過ぎて理解が追いつかない。
目の前が全て白くなってしまっているため、方向も距離も分からず、先程まであった人々の気配すら消えてしまっている。
「──あ……いました。しかし、眠っていませんね?何故……」
霧の中から長身の男が現れる。黒いフードで顔が半分隠れており、明らかにヤバイ奴だということは分かるが、何故か体が動かせない。
不気味な雰囲気を放つその男は、音を立てずに距離を潰してきた。
男が左手を俺の首にかけようとする。
「──っこれは」
パキッという音とともに男の左手が凍る。
男は咄嗟に左手を引いたためそこまで凍ることはなかったが。
「そこか。とりあえず死ね」
「厄介な奴ですね」
男の背後からジーラが斬りかかる。しかし完全な不意打ちだったのにも関わらず、男は紙一重で反応して剣閃を空振らせた。
「何が目的だ」
「どうせ分かってるでしょう?お前なら特に。久々の再会記念に見逃してくれませんかね……部品集め」
「話にならねぇ。さっさと死んでくれ」
両者共々とてつもない殺気を放っている。近くにいる自分にまでその迫力が伝わってくるほどに。
「なんだこれ……体が重…い?」
この場から離れようとするが、謎の倦怠感がそれを許さない。
それに加えてジーラの様子がおかしい。左手に杖と右手に短刀を構え、鬼の形相で男を睨みつけている。
「言っとくが、ここなら俺は最強だぜ」
ジーラの言葉を受けて男は辺りを見回す。すると、なにかを理解したような素振りを見せ再度ジーラに話しかけた。
「そうですね。癪に障りますが一度引きましょうか。目標は達成しまし──」
「俺が逃がすと思うかよクソ野郎!」
ジーラが強く叫ぶと同時に、フードの男を無数の結晶が取り囲む。
「オーアオーアオーアオーアオーア!」
ジーラの多重詠唱が終わるや否や、男へ向けて結晶がまとめて放たれる。四方を囲んで打ったため男の逃げ場は上のみだった。
「逃がすかよ」
知らない内に杖をしまっていたジーラは、残像が見えるほどの速度で二対の短刀を手にフードの男へ跳躍する。
「──これは手厳しい」
男は空中で身を翻しジーラから距離をとる。
男をよく見ると手にグロテスクで真っ赤な異形ともいえる禍々しい杖が握られていた。
ジーラは空中で一回転、短刀を一息で二本投げつける。
しかし、頭と首に向かって飛ぶ短刀を男はノーモーションで弾き無効化した。
それでもジーラは勢いを止めることなく、洞窟の壁を蹴った勢いで男へ追いつく。
「生きて帰れると思うなよクズが」
「そっくりそのままお言葉をお返ししたいところ……ですが、今回は話が違う。釣り合わないですね」
ジーラは両手に瞬時に水晶の短刀を生成し、ヘラヘラとする男へ斬りかかる。
一切無駄のないその動きは素人目で見ても凄まじい攻撃だった。
だが男はその殆どを避け、防御の隙間に何らかの魔法で反撃を挟んできた。
だが相手はジーラだ。
ことごとくを打ち落とし、より速く鋭く刃を振るう。
「ハウイン!」
霧が薄まったのを見てジーラが呼びかける。
大量のオーアによる衝撃波で周りの霧が薄くなり、一瞬視界が晴れたのだ。
ジーラが呼びかけると同時に奥の方から鋭利な氷柱が飛ぶ。
「──グラン・アイシクル」
空中に向けたその一撃は、正確無比なコントロールで発射され男へ迫る。
「甘いです」
そのまま衝突するかと思われた攻撃は、男に当たる寸前に弾かれるように方向を変え、洞窟の壁に突き刺さってしまった。
「……少し楽しんでしまいました。ここらで私はおいとまします」
「待て!」
ジーラが叫ぶも、男はそれを使用した。
男の周りに黒い霧が現れる。
「……ですがやはり貴方がいる。元気にしててくださいよ、部品さん」
そう言い残して男が闇に溶ける寸前、男のフードの下に隠れた眼がこっちを見て笑った気がする。
男が消えた途端体を縛るような倦怠感や異様な空気が消え去った。
「本当に何なんだよ……」
俺は再び刻まれた恐怖と衝撃でその場に座り込み、体を震わせていた。
『洞窟の中で白髪の少年は』終──
読んでいただきありがとうございます!
良かったら次話もよろしくお願いします!
ジーラ達が戦っていた中で、ハレスが洞窟内の人々を安全な場所に移動させていたので、眠らされた人々は無事です(ハレス、ハウイン以外の探索隊は眠ってしまっています)。
追記 ラピス、カトレアの年齢の都合が悪かったので13歳に変更しました。