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余命三年の魔法使いとニヒルな鼠 ─それは余命三年を覆す旅。喋る鼠とともに少年は世界を駆け回る─  作者: 馳せ参ず
第一章『流灯』

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第二十一話『一日目を終えて』

 昼食の時間が終わり、ハウインさんは離脱、それ以外のメンバーは再び庭へと戻ってきた。

 

 「二限目を始めますよぉ!」

 

 庭の中心、氷の板を背にハレス先生が声高らかに宣言した。それに隣り合わせに氷椅子に座る俺とカトレアが返事をする。


 「よろしい! では、先生が氷板を書き終わるまで少し待ってねぇ!」

 

 授業が始まり、ハレス先生が何やら氷板に文字と絵を描き始めたので、俺はハレス先生の後ろを見ることにした。


 ハレス先生の後ろにはアリアさんとメリアさん、そして一限目の時にはいなかったジーラが腕を組んで立っていた。……メリアさんの両手のひらの上に。


 「マジ可愛いんにゃけど! 尊いにゃぁ……」

 「ははっ、俺はカッコよくて可愛いんだぜ!」

 

 目をキラキラとしながらジーラに頬ずりをするメリアさん。尻尾がブンブンと左右に揺れ、耳に付けている鈴が音を鳴らす。それにまんざらでもないようにジーラは笑っていた。

 それを見たアリアはぷくーっと頬を膨らませた後、メリアに声をかける。


 「……私にも持たせてください!」

 「え〜〜……イヤにゃ」

 「そこをなんとか!」

 「俺は罪な男だぜ」


 猫娘二人に取り合いにされるジーラは、密かに自己肯定感を爆上げしていたのだった。


 (……………………まあ、仲良くなれたなら……いい、のか?)


 さて、視点をハレス先生に戻せば、丁度氷の板を描き終えたところだった。

 ハレス先生が横に退くと、氷板に描かれた絵があらわになる。


 「待ってくれたところ申し訳ないんだけれどもぉ、これからの授業計画を先に話していくねぇ」


 (いや、ちょ、先に氷板の説明を……!)


 見間違いではないかと目を三度擦るが、氷板の絵が変わることはない。カトレアも何度か先生に目で返答を求めたが、ハレス先生は頷くばかり。どうやら先生は本気なようだ。


 なんと説明したら良いだろうか?

 氷板に描かれた絵は()()()()を表していて──


 (あれは、()()()()()()? 先生は何をさせるつもりなんだ……?)


 ともかく、先生は氷板の説明をあとに回すと言った。今は全力で先生の話に耳を傾ける時だ。


 「ラピス君を強くするには普通のカリキュラムじゃぁダメだと思ってねぇ、どうやら魔法の土台は既に完成されているようだし。というわけで、ラピス君の授業はこれから座学一割、実技九割になりまぁす! 基本は僕と対人戦闘で魔法経験を積んでもらって、その中で魔法の『制御』について学ぼう。それができなければ次のステップに以降することはないと断言するよぉ」

 

 魔法の制御。

 先生が今の俺に求める事。


 「アクアフルーヴ(水葬弾)の制御。それが一つ目の課題さぁ」

 「──」

 

 なるほど、これは初っ端からとんでもない課題が出された。


 「アクアフルーヴ(水葬弾)の制御……」

 「……ふむ、口に出すのがトリガーではないようだねぇ」

 「あ、本当だ」


 先生からの指摘に俺はハッとした。

 今普通に魔法の名前を口に出したにも関わらず、魔法が発現することはなかった。

 というより、放つ意識がない場合はそれが普通なのだけれど。無意識に魔法が放たれる現状が問題なのだ。


 「しかし、僕もこれがどれだけ難しいことかは理解している。なにせ、この魔法は世界魔法の領域だからね……下手に放っていいような魔法じゃあない」

 

 先生の言葉にカトレアとジーラがコクリと頷いた。しかし、俺は先生の言葉に首を傾げる。


 「世界魔法って何ですか……?」

 「ああ! そうだった、ラピス君は知らないんだったねぇ! うーん……と、そうだ! カトレア嬢、少しこちらに来れるかな?」

 「ん」


 ハレス先生の呼びかけに応え、カトレアがハレス先生とともに広いところへ移動した。

 そして、何やら耳元で話し合った後、ハレス先生とカトレアが大股十歩程度距離をとった。


 それは魔法使いの間合い。

 息をするようにハレス先生とカトレアが同時に杖を抜く。


 「話すより見てもらった方が早いと思ってねぇ。カトレア嬢、一応手加減はするけど──」

 「いらない。本気できて」

 

 ちらりとカトレアから視線が送られ、俺は反射的に手を振った。すると、カトレアはすぐに顔をハレス先生の方に戻してしまった。

  

 (魔力が高まっていく)


 ハレス先生とカトレアの持つ杖に魔力が集まっていくのが分かる。空気が揺れ動くような幻覚さえ見えるほど、その魔力は濃度を増し、その最高潮でハレス先生が口を開いた。


 「全ての魔法の土台となる原初(げんしょ)魔法! 次いで強化魔法グラン! そしてそれが分岐して混ざり合った派生魔法! その次にあるのが『世界魔法』だ!」


 ハレス先生の杖に埋め込まれた正四面体の魔晶石(ましょうせき)が甲高い音を鳴らし始める。


 そして、ハレス先生の言葉を受け継ぐようにカトレアも口を開く。


 「世界魔法は世界の理を操作する域にある魔法の事を言う。これから私はそれを『相殺』するよ」

 

 カトレアが言い終わったと同時、ハレス先生が詠唱する。同時に、カトレアも詠唱を始めた。


 「凍てつく氷河は地を覆い、陽光を遮る」「第一、空間指定魔法陣展開」


 ハレス先生の杖から冷気が目に見えて漏れ出し、対してカトレアは前方に薄赤色の魔法陣が五枚浮かんでいた。


 「この氷槍は万物を貫き、大気をも凍らせるであろう」「第二、方向指定魔法陣展開」


 カトレアの魔法陣の中心に糸を通すように小さな魔法陣が三枚等間隔に浮かぶ。


  「その氷槍の名を──」「第三、結界魔法陣──」




 「……凄い」


 それは、思わず息を呑んでしまう程に美しい『魔法』だった。

 二人だけの()()が構築されていく。


 そして、両者の口が動いた。


 「トリアイナ(三叉氷槍)」「【展開】」


 ハレス先生の杖先に形成されし、三叉に別れた氷の槍が空間を穿(うが)つ。それと同時、カトレアの前方に幾重にも展開された魔法陣が回転し、『光の壁』のような円形の膜が前に押し出される。


 着弾の瞬間、空気が弾け両者の魔法は十秒程拮抗、減衰。それから段々と形が崩れていって、カトレアの宣言した通り、『相殺』という形になった。


 思わず立ち上がっていた。

 俺の想像する、『魔法』がそこに確かにあった。

 

 胸の高鳴りを抑えることなど、できるわけがなかった。


 ハレス先生が杖を下ろし、何度か深呼吸した後にこちらへカトレアとともに歩いてきた。


 「ああ゛……久し振りの世界魔法は……腰にくるねぇ」

 「先生、貧弱」

 

 わざとらしく腰に押さえて顔を歪ませるハレス先生と、それを適当にあしらうカトレア。

 お互いの実力に信頼があったからこそできた芸当であることが伝わる。


 「……僕も、いつか世界魔法を制御できるようになるんでしょうか?」

 「なるさ。ラピス君が覚悟を持って挑むならね」


 呟くように零した言葉をハレス先生が拾い、真剣な顔でそう言った。俺は急に『先生』としての表情になったハレス先生がイケメンに見えた。

 不覚だった。


 「そうと決まればすぐに取り掛かろうかなぁ。……何をきょとんとしてるのラピス君? ほら、まずはアクアフルーヴ(水葬弾)を最大限弱くして撃つ練習を始めないと!」

 「っ、はい!」


 ハレス先生に連れられ、庭の奥の方、さっきまでハレス先生とカトレアが魔法を撃ち合っていたところに俺は歩いていった。


 「始まったにゃ」

 「始まりましたね」

 「始まったぜ」


 それを後方腕組み組が見ていた。

 メリアが「はぁ……」と息を吐いてからこう呟く。


 「先生の言う『練習』は地獄にゃからねぇ〜」

 「ほんとにそうです……」

 「ん? そうなのか?」


 アリア、メリアの言葉にジーラが顔を上げて問うと、このような返答が返ってきた。


 「そりゃあもう、朝から晩まで()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()練習という名の拷問を受けてたにゃ」

 「……なる程な。理にはかなってるが、倫理観はイっちまってるな……はは。初授業としてはちと厳しいか?」


 ジーラですらそう言葉を零す程の練習。

 ラピスは一体どうなってしまうのか……


 ◇


 それから時は流れる事六時間。

 太陽は傾き、既に時刻は七時を指していた。


 雪がぱらぱらと舞い、白い息が空に昇る。

 極寒の中、ハレスの前で夕焼けに照らされながら仰向けに倒れる生徒が一人。その手には純白の杖が握られ、淡い光を発していた。


 「はぁっ……はぁ……っ」

 「ほら、立つんだよぉ!」


 空に向けて固定された視界にハレス先生が映る。それと同時に、額に当てられたハレス先生の手から『魔力』が流れ込んできた。


 何度も魔力を空になるまで使い、先生に満たされる。それを繰り返すこと十七回、決して魔力が充填されたからと言ってすぐに元気になったりすることはないにもかかわらず、俺は脱力感と頭痛に抗いながら立ち上がり続けた。


 「はぁ……はぁ、はぁ…………先生……まだやれ、ます!」

 「まさか本当に立つなんてねぇ、初めてやる常人なら三回目で失神するんだよ?」


 滝のように流れる汗を右手で拭い、ふらふらとしながらも立ち上がった俺を見て、ハレス先生は笑みを浮かべた。


 (鬼だ……この人は)


 膝に手をつき、前方に生成された新たな氷の的を睨む。その強度はハレス先生の折り紙付きで、壊せたのはこの六時間の中でただの一度もなかった。


 (あれ以来、完全な形のアクアフルーヴ(水葬弾)は一回も使えなかった)


 アクアフルーヴ(水葬弾)と唱え、魔力を流しても放たれるのは強化されたアクアスプラッシュ(水飛沫)程度。それでいて魔力はすぐに枯渇するもんだから、使い勝手が悪い。


 そんな俺を見かねたのか、先生が俺に助言をした。


 「ラピス君は思い違いをしているよぉ?」

 「……え?」


 近づけられたハレス先生の顔が夕日に照らされ、その輪郭が濃くなる。


 「確かに僕は『アクアフルーヴ(水葬弾)を制御』することを目標にしたけど、ラピス君はそれが()()であることを忘れているねぇ」


 先生の言葉の意図を測りかねていると、先生の後ろからジーラとカトレア、アリア、メリアの声が聞こえてきた。


 「甘い! そんなんじゃすぐに殺られるぞ!」

 「はい……ですにゃ!」

 「ん……強い……」

 

 そうだ、三人はジーラに対人戦で実力を見極めてもらっているんだ……


 そうやって思考が散っていると、先生にコツンとデコピンされる。


 「こら」

 「あうっ、すみません……」

 

 ヒリヒリするおでこを擦りながら謝ると、先生が言った。


 「理解できてない魔法は、いつまで経っても制御なんてできない。だからラピス君はまず、その魔法がどのようにしてできているのかを知らないといけない。淡くても朧げでもいい、どうしてあの威力と速度を出せたのか? 自力で見つけるんだ」


 先生が俺の両肩に手を置いて、ウィンクしてこう言った。


 「ラピス君は魔法が好きなんだろう? それぐらいできるよねぇ?」

 「────はい!」


 一日目の魔法授業はこうして幕を閉じた。

 良いところなしだったけど、自分の思い違いを知れたのは良いことだ。

 

 (魔法を理解……する)


 ファーストステップが果てしなく高く見えるけど、その分わくわくしている自分がいた。


 (頑張ろう)


 窓の外に瞬く無数の星を眺め、俺は泥のように眠りに落ちたのだった。

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