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余命三年の魔法使いとニヒルな鼠 ─それは余命三年を覆す旅。喋る鼠とともに少年は世界を駆け回る─  作者: 馳せ参ず
第一章『流灯』

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第二話『流灯は瞬いた』

 ──目覚めは最悪だった。

 自分が何者かに脇腹を抉られ、血を流しながら雪の上を転がり落ちる悪夢見て目を覚ましたのだ。

 

 「──っ!? っはぁっ、はぁ、はぁ……はぁ……」


 星暦一九三七年、九月十日、早朝三時半。


 跳ねるようにベッドから上体を起こし、咄嗟に手をお腹に当てる。額から汗が垂れ、息が荒い。悪夢でも見ていたのだろうか?


 だが、その悪夢は詳細に思い出そうとする程に薄れていくので、思い出す事を諦めた。だが、夢の中で死んだ事だけは何故か覚えている。


 「気味が悪い……」


 呟き、くるりと窓を見れば、外はまだ薄暗い事が分かる。時刻を確認するためにベッドから降り、壁にかけられた時計を見た。


 「三時半か……三時半? もう三時半!?!?」


 時刻を確認した俺は目を疑った。

 何故なら、今日起きる予定時刻を三十分も過ぎていたからだ。


 「母さん、起こしてくれなかったのか……」


 愚痴を零しながら急いで服を着ていく。

 チラッと窓を見ると、結露を通り越して氷が張っており、外の寒さが見て取れた。


 普段よりも寒い時のみに着る、真っ白なコートを羽織り、鏡を見る。


 「このコート、やっぱり大きいな……」


 鏡の中の俺は、白い髪と赤い瞳のせいで余計に寒々しく見えた。


 ブカブカのコートが階段を擦りながら、俺は一階へ駆け下りる。

 だが、下の階に人の気配はなかったので、母さんは先に一人で家を出てしまったことが分かった。


 「まあ、予想できたことだったんだけど……」


 ──母さんは、冷たい人だ。

 父が蒸発してからというもの、昔の優しかった面影は消え、一日の会話も必要最低限。ご飯も机に置いてあるだけで、食卓を囲んだのは何年前だろうか?

 ご飯を用意してくれない日も多かったので、俺の身長は一五〇センチ程度で止まっている。


 (しかも昨日は一三歳の誕生日だったのに何も言ってくれなかった。──っと、そんなことより急がないといけないな)


 そろそろ『流灯』が始まってもおかしくない時間帯なのだから。


 机の上に何もない事を確認して、俺はため息を吐きながら玄関へ走った。


 直後吹き込んできた風は顔を思わず逸らしてしまう程の冷たさで、吐いた息が白色に染まる。

 ここ最近で最も寒いと言っても過言ではない寒さに、思わずくしゃみをしてしまう。


 これも『流灯』の影響なのか?


 幾度となく通った雪で覆われた坂道を駆け下りながら、俺は昨日母から受けた説明を思い出す。


 ◆


 数年、まともな会話すらできていない母さんから呼ばれ、現在は一階のリビングで正座になって対面している。

 無言の状態が続き、気まずくなってきた頃に、ようやく母さんが口を開いた。


 「何故、私が()()()を呼んだのか分かりますか?」

 

 第一声がこれだ。

 誕生日の話を期待していた俺からすると、心底残念だった。

 

 俺はそれを表情に出さずに、質問に応える。


 「明日『流灯』が降るからです」


 このタイミングで大事な話となると、かなり絞られる。故に今、世界を揺るがす話題である『流灯』こそが答えではないのかと予想したのだ。


 その答えは正解だったようで、母さんは無表情のまま話を続ける。


 「まず、流灯について話しましょう。流灯とは数百年に一度、世界に降り注ぐ光の雨。そして、流灯に選ばれし者には『祝福』が宿ると言われています」

 

 街や、バイトしている料理店で聞いた話とほぼ同じだ。俺は深く頷いた。

 

 「流灯は人々に与えられし救済であり、奇跡。もし、祝福が宿ればこの生活が変わることは間違いないでしょう」

  

 確かに生活が苦しくなったのは急に姿を消した父さんのせいだろう。だが、その後に散財し、壊しを繰り返していたのは母さん自身じゃないか。


 俺には母さんの言う、どの言葉も心に響かなかった。


 「明日の早朝四時。シャル(住んでいる街)で観測される時刻の予測です。……言いたいことは分かりますね?」

 「はい」

 「よろしい」


 そして、母さんが立ち上がり部屋に戻ろうとする背を見て、俺は声をかけていた。


 「あ、あの──」

 「……何ですか? まだ分からない点があるんですか?」

 「いや、明日の朝……起こして……欲しい、です」


 オドオドと『お願い』する俺を見て、母さんはため息をついたあとにこう言った。


 「はぁ……分かりました」


 そして、母さんとの話は終わったのだ。


 ◆


 もしかすると、母さんが俺を起こさなかったのは、俺が祝福を得ることを快く思っていなかったのではないだろうか?

 考えられる線で言えば、自分一人だけ祝福を授かって、要らなくなった『金食い虫』の俺を追い出す……とか。


 (いや、あの人の思考に合理的な所なんて一つも無かったな……)


 真剣に考えるだけ無駄だと割り切り、頬を両手で力強く叩いて走る速度を上げる。


 突然だが、俺が住む『シャル』は中心に建つ屋敷を囲むように広がる円形の街だ。俺の家はその外れ、南端の丘の上に位置している。


 今回、流灯を見る場所として教えられたのは『大広場』。街の最西端に扇状に広がる広場で、その先は崖になっているため、見晴らしも良い。

 また、街には巨大な十字の街路があり、それを中心にして店や住宅が広がっている。


 そのため、南端の丘から大広間に行くためには、十字の街道をわざわざ通らねばならないのだ。


 最南端の家から最西端の広場までの距離がかなりある今、このペースで走れば確実に間に合わない。

 そこで俺は一つ、家のルールを破ろうと思う。


 「──ここが入口か」


 家の西側にある『裏森』と呼ばれる場所。

 そこを真っ直ぐに突っ切れば最短距離で広場へ向かうことができるのだ。


 森の入口を前にして、俺は一度息を整えてから立ち止まる。ここは母さんに『絶対に入るな』と強く口止めされた場所。


 だが、今は例外だ。

 流灯に間に合わなくてはならないのだから。


 (俺も、人生を変えられるような『祝福』が欲しい)


 決断から行動までは一瞬。

 俺は雪を深く蹴り抜いて森へと走っていった。



 走り始めてから十分が経っただろうか?

 突然降り始めた吹雪によって視界が悪くなり、俺の進行速度は劇的に落ちていた。


 こんなことになるなら素直に街の中から遠回りすればよかったと、後悔する。

 幸い、右手に握りしめた方位磁針が正確な方角を示し続けているので迷わずにはいるのだが……


 「っ──」


 時折足が雪面に沈み込んだり、太い木の根が引っ掛かるせいで満足に進むことができないのだ。


 そうして格闘しているうちに、薄暗かった空が徐々に明るく……いや、明るすぎる程に光りだしたことに気づいた。


 「……結局、間に合わなかったのか」

 

 俺は天を仰ぎながら足を止め、空に目を向ける。


 ──瞬間、きらりと()()()が瞬いた。

 

 薄暗い朝を吹き飛ばす程の蒼い光の渦が、雲をかき分け天地を繋げるように膨張していく。


 それは──光の竜巻とでも、呼べばいいのだろうか。空から大小様々な螺旋状(らせんじょう)の光が空に線を残していく。


 その光景は神秘そのもので、現実ではあり得ないような、夢を見ているかのような感覚を俺は覚えた。


 「見やすい所に行きたかったな……」


 吹雪の隙間から溢れる蒼光に目を細め、白いため息を吐いた。

 

 (どれぐらいまで続くんだろう?)


 光の渦や線が舞い踊る景色は壮観で、腹の底を揺らすような振動が辺りを席巻している。


 だが、結構走ったはずなのに、広場から上がってるであろう歓声が聞こえない。

 まだまだ、距離があった証拠だ。


 「はぁ……結局こうか……」


 俺は不意に見つけた座れそうな平らな石に腰掛け、ため息をついた。


 「うっ!?」


 瞬間、天の蒼い光がより一層強く瞬き、視界が真っ白に塗りつぶされる。

 

 そして、目の前に現れた景色に目を見開く。


 ()()()()()()()()が少女に手を引かれながら『裏森』の中を走っていたのだ。


 (あれは……小さい頃の()? ……もう一人の少女は……誰だ?)


 白い空間の中で、およそ六歳の頃の容姿をした俺と、翠玉(すいぎょく)色の透明感のある髪の隙間から、小さな白い角を生やした少女が手を取り合って笑っていたのだ。


 (分からない。知らない。俺はあんな子を知らない。いつの記憶かも分からない)


 一度まばたきすると、目の前にキラキラとした紫紺(しこん)の瞳が現れ、反射的に後ろに後ずさる。


 それが、すぐに先の少女の瞳だということに気がついた。


 (分からない。何で俺を見て笑っている? 何で六歳の容姿をした俺も笑っている? 君は──)


 分からなくて、分からないのがもどかしくて。

 何かを言おうとして何も発せずに開いた口が、頭から角を生やした小柄な少女の人差し指によって塞がれた。


 その時の俺はどんな表情をしていただろう?

 それは確かに、実際に()()()記憶なのだろう。


 体の奥で揺れ動く情緒がそれを証明している。

 だが、思い出せない。


 ──そして、もう一度声を出そうとした瞬間。

 頭の先から爪先まで雷が貫いたかのような激痛とともに、俺は意識を手放した。


 ◇◆◇

 

  「いっ────────たぁ!?」


 直後、強烈な衝撃を伴う尻もちをつき、痛みに悶えて地面を転がる。同時に、ゴツゴツとした冷たい感触が地面にあることに気がついた。


 「──はっ?」


 目の前の光景が信じられないのか、ゆっくりと上体を起こして目をこすった。

 そこに雪が降りしきる森の面影はなく、あるのは薄暗い灰色の岩壁だけ。ポツポツと青白い光を発する水晶が生えているのが見える。

 

 「……ここ、どこ?」


 俺は何故か、洞窟にいたのだ。


 ◇


 「──と、それからモンスターにばったり遭遇して、死に物狂いで走っていたら、ジーラさんに出会いました。改めてありがとうございます……ジーラさんがいなければ僕は死んでました」

 「おう、もっと感謝してもいいぜ!」

 「はい! ジーラさん本当に──」

 「冗談だぜって…………もしかして本気でやってんのかそれ?」

 「そうですけど」


 「────オーケー……オーケー。万事オーケーだぜ! よし、お前がとんでもなく()()な奴って事が分かった所で、何から話そうかね……」


 そう言った後、ジーラは考え込む仕草を見せたあとに、こう言った。


 「いや、まずはお前の口調からだな。ジーラ『さん』とか鳥肌立つから基本タメ口でいいぜ!」

 「……分かった、ジーラ……これで良い?」


 他者と話す時に敬語を用いなかったのは久し振りだったので、俺の言葉はかなりぎごちなかったと思う。

 だが、ジーラはそれに満面の笑みでサムズアップしてくれたので、ホッとした。


 「さて、それじゃあまずは洞窟にテレポートした原因からだな」


 そう言ってジーラが右手を上に上げた。

 すると、地面から半透明の円柱が俺とジーラの後ろに生えてきた。


 「座れ。休憩代わりに話をしようぜ」

 「う、うん」


 どうやら、ジーラには俺の体力も筒抜けらしい。それに、この円柱の椅子をジーラは息を吐くように出現させた。

 あり得ない練度の魔法だ。


 本当にジーラは何者なのか、それに興味が湧いてくるのを必死に抑えて、即席椅子に座る。


 そして、ジーラはゆっくりと喋りだしたのだった。


 「魔力災害。聞いたことはあるか?」

 「うん。有名どころだと、ヴィドラ大陸の浮上とかかな?」

 「そうだぜ。世界に溜まった魔力は時に人知を超えた超常的な現象を引き起こす。ヴィドラ大陸の海底からの浮上もその一つだ」


 (俺が洞窟にテレポートしたのは魔力災害だって言いたいのか)


 「多分その予想で間違いないぜ。だが、何でお前一点狙いの現象だったのか、お前がテレポートする直前に見た『知らない記憶』が何なのかとかは分からないがな……まあ、理由がどうであれ、お前は洞窟の最下層にテレポートさせられた。それは間違いねぇだろう。何も分からないよりはマシだ」

 「うん、それは同意する。でも聞きたい事があるんだけど、言い方的にジーラはここが何処か分かるの?」

 「ああ。それが次に話そうとしてた事だな。俺達が今いるのはシャルの外れにある洞窟の最下層のフロアにいるぜ」


 (最下層……?)

  

 ジーラの言う通り、シャルの街の最西端のさらに先には洞窟がある。そこは崖の側面に穴が空いてるような感じで存在していて、その景観から観光客もよく訪れる。

 だが、モンスターは出ないし、こんなに大きい洞窟でもない。間違いではないか、とジーラに言ったが、ジーラはふるふると顔を横に振った。


 「理由は言えねえが、本当だぜ」

 「うん、信じるよ」


 話が早いな!と肩を叩かれるが、ジーラの体が小さいせいで、小さな子どもの方がまだ強いなと思う程度の衝撃だった。


 「お前今失礼な事考えただろ」

 「い、いやぁ……そんなわけないじゃないですか……」

 「……はっ、まあいいぜ! ほら、休憩は終わりだ。行くぞ」

 「う? おわぁっ!?」


 ジーラがジャンプして俺の右腕を掴んだと思えば、さっきの力とは比べ物にならないほどの力で腕を引っ張られる。

 そうして、何故か軽くなった体とともに、洞窟の先へ俺達は走り出したのだった。

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