18話『記憶の回廊と戦いの顛末』
「──ん?」
何処だよここ──
視界が暗転したと思った刹那、眼前に広がるのはどこまでも広がる黒。白い空間ではないことから気絶していないことが分かる。方向も足場も自身の手すら視認出来ない。宙に浮いてるような感覚に陥る。
そもそも何故俺はこんなところにいるんだ?
記憶があるのは、ラピッドとフラムを見つけところまで。それ以降の記憶がない。
いや、この感覚何処かで──
思い出した。洞窟にテレポートされた時だ。あの時も同様に全身が宙に浮くような感覚に陥った。だが、前回と違い、決定的に違う点がある。
「なんで視界が晴れない──」
数分経っただろうか。未だに眼前──いや、本当に目の前が見えているのか?
停滞しているこの状況に焦燥感を覚える。世界に俺一人だけのようなこの感覚が怖くて仕方がない。
無音。黒。意識。
この空間を表すとこうなる。どうにか出る方法はないのか?
「う゛っ……なんだこの匂いは──」
顔をしかめるような、何かが焼け爛れたような異臭がそこにあるかも分からない鼻腔に広がっていく。
頭がクラクラして気持ち悪い。体の全神経が逆立ち、警鐘を鳴らし続けている。ここにいてはならない、と言っているかのように──
「───」
思考に稲妻が落ちた。これは初めて白い空間に入り込んでしまった時、その時も同じような状況に陥った。空間を黒い影が席巻し、どんどん迫ってきた中、『声』に従って突然現れたドアに飛び込んだのだ。
状況はかなり変わり、白は無く黒一面だが、同様の現象だと考えるなら『声』と『ドア』が必要なはず。だが、ここにはヒイロがいない。二つの条件のうちの一つが最初から欠けているのだ。
「いや──『声』=『ヒイロ』でないとしたら?」
前提条件が間違っているのかもしれない。俺はヒイロが現れた時、勝手に声の主なのだと解釈してしまっていた。だが、今思えばヒイロの『足』が出現する前から『声』は聞こえていた。
なら、声は何なんだ?
この声は意識的なものだ。直接脳内に響くような声。優しく、芯のある声。俺を導いてくれる声。
落ち着け──冷静になれ。
焦燥に駆られて俺は何をしでかした?冷静さを失えば待つのは破滅だ。それは先の結界が証明している。
俺の最後の手がかり──
それはあの記憶。
思い出そうとすればするほど激が付くほどの痛みが頭の中を引っ掻き回す。だから、避けてきた。痛みが怖かった。俺が知らない、本当にあったかのような情景が激流のように流れ込んでくる。俺が俺でなくなるような感覚なのだ。
「でも──」
これは超えなければいけない壁なのかもしれない。こんなところで挫けて日和ってどうする。運命に抗うと決めたのは俺だ。ならば、俺が動かずして運命は変わるのか?
「否」
記憶の欠片と、俺の知らない俺と向き合え。
吸って吐く。深く深呼吸をして心を落ち着かせる。
目を閉じて記憶の海を泳ぐ──
こうして、耐え難い苦痛を伴う記憶の旅が始まった。
俺という存在の輪郭がぼやける。溶け合う。雪原の森での情景が、シュロという少女との会話が、抜け落ちた記憶が──
「負けるなラピス。今お主は『記憶の回廊』に両足を突っ込んでいる。下手すれば二度と帰れないぞ」
「───」
「人格を形成する記憶の抜け落ちた部分を見ようとしておる。わっちはお主が本当に危ないと感じたから無理矢理意識に入り込んでおる。無論わっちも危険なのじゃがな──」
「───」
「問いかけに答えなくとも良い。今は記憶に全神経を集中させよ。下手すれば人格が壊れるぞよ」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。意識が波になったかのような感覚、叩きつけられるような痛み。感覚でわかる。俺の最も大事な部分に手を付けているのが。『下手すれば人格が壊れる』、か。望むところだ。
何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。何処までも 何処までも 何処までも 何処までも。 何処までも 何処までも 何処までも何処までも 何処までも何処までも 何処までも何処までも 何処までも何処までも何処までも何処までも何処までも何処までも何処までも──
遠く、無謀だったとしても俺は取り戻す。俺の『欠けた記憶』を。
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ここは──
「あなたの抜け落ちた記憶」
俺は──
「ラピス・エーテル。太陽のように眩しくて、私の最愛の人よ」
あなたは──
「シュロ・ソティエ。あなたとは幼い頃からずっと一緒に遊んでた仲よ」
嗚呼──なんて、温かいんだ。
細い、細い記憶の糸を辿り、痛みに耐え、辿り着いたのは何処までも白く、そして温かい場所だった。
そこにはエメラルドグリーンの短髪に、短く可愛らしい白い二つの角が生え、吸い込まれるような紫紺の瞳で柔らかく微笑む少女が一人。
「もうっ分かってるくせに。ほら早く」
「何を──」
駄目だ、彼女と目を合わせると何故か恥ずかしくなる。
「私の名前は『彼女』じゃないよ!
──ねえ、私の名前を呼んで?」
「──シュロ」
カチンッと音を立てて記憶が俺に馴染む。不思議な感覚とともに満足感を覚える。『痛みでしかなかった謎の記憶』が『温かい俺の大切な記憶』に変わった瞬間であった。
シュロは何度も頷きながら雫を零す。
「──私の所に来て」
「うん──」
シュロが涙を流したまま笑顔で手を差し伸べる。
二人、手を取り合い光の方へ向かう。
もう忘れない。
そして、また会うことになるだろう。
そんな、儚い希望を持って光へ踏み出す。
そして踏み出す瞬間、聞き間違えかもしれないが、どこか驚きを纏った笑い声が聞こえた気がした。
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今度は完全に目が開く。瞬間口にジャリジャリとした雪と土の味が広がる。それらを吐き出して辺りを見回す。今度はしっかりと現実で、周りが黒かったり白かったりすることはなかった。どうやら帰ってこられたようで──
「──ラピッド、フラム、フローは!?」
暗転する直前の記憶が頭に浮かぶ。確か俺はラピッドとフローを見つけた所で倒れたはずだ。だが、辺りを見渡しても狼達の姿は見えない。それに、時間が経っているから先生達が来ているはずなのに……
待て……雪と土の味?
試しに地面の雪を掻くと土が出てきた。他の場所も掘ってみたが、同じように土が出てくる。
俺がいた場所の雪は厚く、狼達が雪を掻いてもずっと雪が出てきたはずなのに。
え、本当にテレポートしたの俺。
冷や汗が垂れる。気温と景色からしてメトーゼ山脈にいるのは間違いない。なので、ここが単に雪が浅い土地だとは考えづらい。つまり、ここは人が雪をかいた後だということだ。
近くに人が住んでいる可能性がある──
今の俺の状況は完全に遭難そのものだ。周りに知人はおらず、自身の位置すら分からない。以前の俺ならばこの時点で足が竦んだだろうが、目的が増えた今立ち止まることは許されない。俺にはここで停滞している暇は存在していない。
俺の勘だが、先生達とはとんでもない程の距離があると思う。だから一応煙を焚いておくが、見つけられる可能性は低いだろう。だが、ないよりはマシだ。
頬を強く叩き、気合を入れる。
今の俺の持ち物はグレイシア*ピリオド(愛杖)だけだ。
魔導書や食料、その他諸々の生活用品はボートに置いてきてしまった。先生は魔導書がどれだけ重要なものなのかを理解しているようなので、それは問題ないと思う。
まずは人の痕跡を探す所からかな……
予定が狂いまくっているが、俺はなんとか合流すると心に誓った。
◇
「これは──」
「ここで必ず仕留める」
怒りに任せて放ってしまったが、問題ない。この空間でケリをつければ良いのだから。
氷雪世界は相手を一定範囲内に閉じ込め、無尽蔵に範囲内360度から氷魔術を放てる魔法だ。その分魔力消費と何らかの形で防御、回避されてしまった場合のリスクが大きすぎる。だが──
「もう逃げられないですよデセヴァン」
「それは……どうかなー?」
吹雪吹き荒れるこの空間で相手の視覚をシャットアウト、この空間内ならデセヴァンの事を探知するのは容易い。相手からはどこから攻撃が来るのか分からず、動けない状態。圧倒的に有利だ。
だから先手を最速で取る──
「雹嵐」
殺傷力の高い尖った氷の礫がデセヴァンに吹き荒れる。だが、これくらいでは死なないと知っていた。
「虹の弾丸」
であれば、決定打を増やせば良い。単純な話だ、視覚できない状態で全方位から氷を浴びせれば、何でもいずれ死ぬ。
「虹の弾丸」
接近しながら十二発、六属性の弾丸を撃ち込む。ドスドスと鈍い音が響く。手応えがあった。
だが、何故反撃してこない。
世界魔法に囚われた時点で負けは濃厚なのだが、それが抵抗を緩める理由にはならないはず──
まだ、何かあるのか。
「何故そこまでして──」
「みんな何故何故何故何故って五月蝿いなー単純にこの世界が嫌いで消えて無くなって欲しいからだよ」
「まさか──」
虹の弾丸は全部で五発、デセヴァンを捉えていた。無くなってはいけない箇所が弾丸によって抉り取られている。どこからどう見ても致命傷だ。だが、彼の眼光は緩まない。それどころか、むしろ強みを帯びている。
次の刹那、全身を寒気が襲った。
「罠か──!?」
「気づくのが遅いよ『天才』君」
氷柱で後ろに飛びながら前方に出せる限りの氷壁、雪崩、突風、結界魔法『陽炎』僕が出せる全ての防御魔術を展開した。だが、この世界はすぐには閉じない──
耐えてくれ──頼む。
「体砕」
「ぐっふ──」
あまりの衝撃波に鼓膜が破裂し、耳から血が垂れる。次に来るのは脳が揺れる感覚、体が後ろへ押しつぶされ、身動きが取れなくなる。永遠にも思えるこの瞬間、体が痛みに絶叫する中、思考だけは冷静さを保っていた。
爆発の範囲はこの空間全て───
もう氷壁や雪崩、突風は全て衝撃波によって砕け散ってしまった。だが、眼前に『陽炎』を出し続けることによってまだ体がバラバラにならずにいる。だが、それも時間の問題だ。今『陽炎』を出し続けられているのだって奇跡に近い。普段あんなに苦手だった結界魔法を見直すきっかけになったのはラピス君の『陽炎』。あれを受けてイメージが変わった。
ともかくデセヴァンがやっているのは僕ごと巻き込んだ壮大な自爆だ。あいつは僕を巧みに挑発し、世界魔法を使わせた。世界魔法はその空間が閉じるまで時間がかかる。それを利用されたのだ。
耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ 耐えろ!!!!
こんなところで終わって良いはずが無い。生徒に手をかけた奴に負けるわけにはいかない。カトレア嬢と約束したではないか。
「ゴフッ──」
あと、あと数秒。数秒を気合で──
目の前がかすみ、焦点がズレて意識を手放しそうになった。もう限界、な、のか──
刹那、頭にカトレア嬢の声が響いた。
『先生……大丈夫なの?』
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「──ええ、勿論です。あなたの先生ですからねぇ!!」
俺は最後の気力を振り絞り、永遠にも思える爆発を耐えきった。
読んでいただきありがとうございます!
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( ゜∀゜)o彡°次回更新は明日です!