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余命三年の魔法使いとニヒルな鼠 ─それは余命三年を覆す旅。喋る鼠とともに少年は世界を駆け回る─  作者: 馳せ参ず
第一章『流灯』

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第十七話『■■■との断片 壱』

 深い、深い、記憶の底。














 それは箱の底に破けた穴を覗いているようで。















 アクアフルーヴ(水葬弾)を口に出した事で、ラピスはノイズ混じりの()()()記憶を見ていた。


 ◆


 ──初めに映ったのは翠緑(すいりょく)色の髪に、紫紺(しこん)の瞳、額の左右から純白の角が生えた幻想的な雰囲気を纏う少女の顔。


 場所は『裏森』。

 いつものように雪が降り積もる天候の中、雪を頭から被って白く彩られた木々が少女を包み込むように群生していた。


 体の芯まで凍える程の寒さにも関わらず、少女はフリルのついた水色のワンピースを着てぱたぱたとラピスの方に走っていた。


 ラピスはというと、その身長からして推定十歳。

 やっと身長が伸び始めた時期だったと思う。


 視点は自分のものだと分かるのだが、その記憶がないせいで半分自分ではない──俯瞰しているような感覚。


 「ねえ、ラピス?」

 「なに? ■■■」

 「今日はね、私の国に伝わるすっごーい魔法を見せてあげるよ!」

 

 ……ラピスが少女の名前を呼ぶ度にノイズが入る。まるで言葉が理解できず、耳を横流しに抜けていく。


 魔法について語らう二人は、終始楽しそうに笑っていた。


 「ほいっ!」

 「うわぁ、凄い……!」

 「今度はこう! 風花の舞い(ウィンドフラリエッテ)!」


 少女を中心に渦巻く風。

 ぽぽぽんと風に乗って空中に花が咲いていた。


 「今度は俺の番だね──」


 □


 唐突に場面は移り、眼前に広がるは荒れ狂う吹雪とこちらを泣きそうな顔で見る少女。


 場所はいつもと同じく円形の広場──裏森の奥地に俺と■■■が作った憩いの地。

 木々に囲まれたこの場所は雲に隠れ、いつもの数段暗く、寒い。


 ──少女が口を開くと、いつもは動物の鳴き声が響く森が静まり返り、妙な緊張感が辺りを包んだ事が分かった。


 ラピスと■■■は何かを言い合っているように見える。

 そして話の途中、ラピスは口をきゅっと閉め、顔を真っ赤にしながら■■■から逃げるように走り出した。

 

 それを■■■は追おうとはせず、苦しそうな表情で右手を前に──出せなかった。痙攣した唇を閉じ、■■■はいつも座る()()()()()()()に体を丸めて座った。


 雪は無情にも■■■へ降りしきる。

 自然現象に感情なんてものは存在しない。

 二人の少年少女の間に出来た溝を示すように、吹雪は目に見えるほど強くなる。


 木々が戦慄(わなな)き、足を確実に止める程に雪が振ってきた頃、ラピスは走っていた足を止め、元いた場所へ引き返した。


 戻った理由は何だろうか?

 そもそも何で仲違いが起こったのだろうか?

 

 ノイズ走る滑稽な鑑賞会程度では知ることはない。──そう、頭痛が物語っていた。





 兎にも角にも、ラピスは走った。

 それはもう走った。

 足から腕にかけて段々と感覚がなくなりながらも、走った。

 無我夢中に、何かに取り憑かれたように、激しい後悔を目尻に浮かばせながら──


 


 

 「■■■!!!!」

 「ラピスっ!? 何で戻ってきたの!?」


 悲鳴のような■■■の声が聞こえるが関係ない。ラピスにとっては■■■の無事こそが最優先なのだ。


 ■■■は黒い外套を身に纏った集団に囲まれていた。どこから現れたのか、何故彼女が襲われているのか、疑問を殴り捨てて俺は右手の照準を集団に合わせた。


 黒い集団は反応が遅れる。

 刹那、ラピスは【アクアフルーヴ(水葬弾)】を放ち、形成された水弾が敵と思わしき男の心臓を正確に撃ち抜いた。


 撃ち抜いた。

 そう、ラピスは人を■したのだ。


 手の震えが止まらなかった。

 ゾワゾワとした寒気に激しい気持ち悪さ。

 とても、形容し難いものであった。

  

 「ラピス!! 避けてぇっ!!!!」


 致命的な、隙であった。

 脇腹を冷たい何かが抉ったと同時、激しい衝撃で雪原を転がり、一筋の紅い線を描いた。 

 どくどくと生暖かい液体が雪でできたキャンパスを真っ赤に染めていく。


 視界の端で、■■ロが目を見開き、戦闘中だというのにこちらへ走る姿が見えた。


 もう、一人にはしないと誓ったのに。



 『私たち、また会える?』

 『きっとあえるよ! おれたちだけのやくそく!』



 ──嗚呼、永遠に遊べていたらよかったのに。


 次に瞬きをした時、雪は冷たい雨へと形を変え、俺と■ュロの体へ振り注いでいた。

 雪は雨によって無理矢理剥がされ、紅い線だけが地面に流れていく。


 「止まらないッ……!?」

 

 脇腹だけが暖かくて、それ以外は冷たかった。

 彼女の触れた部分が光を発しているのが見える。


 「ね、ねぇ! ラピス! さっきはあんな事言っちゃったけど、まだ友達だよね!? また……何にもなかったように……遊べるよね……?」


 開こうにも、開けなかった口はただ痙攣するばかりで。

 すっかり生気の抜けた()の顔に雨とは違う(しずく)がぽつぽつと落ちる。


 それすらも雨は洗い流し、なかったようにしてくる。つくづく自然は無情だなと思う。


 ここまでくれば俺がどんな状態になっているかは察しがつく。シュ■ですら治せない程の怪我を……脇腹に負っているのだろう。


 (俺はもう、助からないのか)


 「何か、喋ってよ」


 力ない、掠れた少女の声が雨に打ち消される。

 土砂降りの雨はついに少女の(すす)り泣く声さえも聞こえない程に強く、地に降り注いでいたのだ。


 命の元がどくどくと、小女の小さな手の隙間から流れ落ちていく。


 もはや痛覚は麻痺し、体温も感じられず、雨のせいで耳は使えものにならず、視界すらもかすれていた。


 少女の弱々しい拳が俺の胸を叩く。叩く。叩く。

 

 叩いて、叩いて、叩いて──


 少女は震える手を胸の上で止めた。

 さっきまで半狂乱だった少女の呼吸が段々と落ち着き、少女は何かを決意したような表情でこちらを見た。

  

 満杯になったグラス、今にも涙が溢れそうな顔で少女はぽつぽつと語り始めた。


 「私ね……嬉しかったの。生活が嫌になって城を抜け出して──辿り着いた森で初めてあなたに会った日を今でも覚えてる、よ……」


 もう、()()()()()()()()()()()()()冷たくなった俺の頭に手を置いて、これまでの思い出を噛み締めるように少女は震える口を動かし続ける。


 「一緒に魔法を練習して、たっくさん遊んで、時にはケンカしたけど……私達はいつも一緒にいたよね」

    

 雨の音が増す。

 雷鳴が天を揺らす。

 灰色が天を侵し、陽光が遮られる。


 けれど、少女は俺に話しかけるのを諦めなかった。


 「五年間……長いようであっという間に過ぎちゃったね。でも、私にとってかけがえのな、い……」


 少女の言葉が途切れる。

 それから数秒、少女は嗚咽を漏らしながらも、声を出そうと必死に息を吸っていた。


 「ううん、私の全てだった。ラピスと過ごした五年間は」

  

 俺の血で汚れた右手を自らの胸に押し付け、少女は俺の左手を握る。そして、ぽつぽつと『詠唱』を始めた。

 途中何度も言葉が詰まり、咳き込んでも、少女は『詠唱』を止めない。


 「私、幸せ者ものよ。だって、こんなに面白くて、素敵な人に出会えたんだから」


 少女の周りに緑色の淡い光が漂い始め、雨に濡れた美しい髪が持ち上がる。その光は半径五メートルの円形範囲に広がり、ドーム状に俺達を包み込んだ。


 「私は()()()()()()()()。今、禁忌を侵し、奇跡を起こす者の名。

 生命の神よ、生死の神よ、この地を傍観する者よ、今、我が魔力に呼応し、代償をもって奇跡を起こさん!


 禁忌魔法・リザレクション(生命蘇生)


 その瞬間、音と色が消えて、まるで世界に俺とシュロしかいないように極光が広がっていく。

 

少女を中心に眩い光が森へ急速に広がり──地面に横たわった俺の脇腹へ向けて収束した。


 「代償は──【私との記憶】」


 脇腹の細胞が活性化し、消失したはずの脇腹が一瞬で元通りになる。流れ出た筈の血液も元に戻り、顔色が良くなっていく。


 そしてバケツをひっくり返したような雨が嘘のように止み、灰色の空が青くなっていく。すぐに陽光が俺と少女を包み、気温が上がった。


 静かな寝息をたて、先程まで死んでいたとは思えないような状態で地面に横たわる俺を見て、今にも倒れそうなシュロはこう言い残した。


 「ばいばい、ラピス。短かったけど、楽しかったよ。一緒に魔法を創って、競いあって、笑い合って、いつまでもこんな日常が続けばいいなって思ってたよ」


 絞り出すように、名残惜しいように、言葉を紡いでいく。


 「ラピス。

 私と出会ってくれて、一緒に遊んでくれて、『もう一人にしない』って言ってくれて──










 ありがとう。












                 さよなら」


 ◆


 「──────シュロっ!!!!」

 「ラピ……ス?」


 目を覚ましたかと思えば、突然叫びだした俺の姿を見て、ベッドの周りにいたジーラ達は驚いていた。


 (俺は……俺はっ……!)


 伸ばした右腕は空を切るばかりで、守りたかった日常は零れてしまって。いくら涙を流しても、腕を伸ばしても、シュロが何処にいるのか、どんな遊びをしていたか、先程見た記憶以上の事は何一つ分からない。


 (無力だ)


 「あああああああっ!!!!」


 拳をベッドに打ちつける。

 叫ぶ。

 口を手で押さえる。


 ──今だけは、他人の目さえも気にならず、流れ続ける涙を止めることはできなかった。

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