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家業は吸血鬼

作者: 田中 まもる

 私は十六歳の吸血鬼。両親も吸血鬼。我が家は由緒正しき吸血鬼の家系だったりする。吸血鬼はお互いがその気になれば子どもが生める。ちなみに男女関係なく。まあ、出産自体が極めて珍しいことだけど……。


 我が家は、六百年前初めて真祖吸血鬼が誕生した時に、真祖様に噛まれて眷属けんぞく第一号になった由緒正しき吸血鬼だと祖父おじいちゃんがいつも自慢している。めっちゃウザい。


 真祖様は現在、休眠期間中なので、すべて吸血鬼絡みの事件の決済はうちがしている。由緒正しき吸血鬼の家系だからではなく、一番お金を持っているから。吸血鬼の世界も金次第なのだ。


 ちなみに真祖様は我が家の地下にあるVIPルームで眠っておられる。なお、私はその真祖様の花嫁候補だったりする。年齢差が激しい。私としては同じ年の男の子が良いのだけど……。


 私には、日光も海水もまったく何の影響も及ぼさない。でもさすがに胸に木の杭を刺されたら死ぬとは思う。真祖様も同じ。でも真祖様は、何代か前のヘルシングに胸に杭を打たれても死ななかったそうだけど……。


 私は十六歳、真祖様は六百と数十歳。でも真祖様の見た目は二十歳代にしか見えない。年に一回真祖様のご機嫌伺いをした時にチラッとお顔が見たことがある。でも、タイプじゃないんだ。青白い顔の人より健康的な顔の人が好き。



「エリカ、学校に行く時間よ。早く支度して、人工血液を飲んでちょうだい。片付かないから」


「はあーーい、お母様」


 私は人工血液を飲み干すとカバンを持って玄関から外に飛び出し、ダッシュで門に向かった。この距離がなければ、学園までの通学時間が半分になるので、私は学園近くのワンルームマンションを借りたいと両親に交渉している。


 残念ながら、父親の溺愛でマンション暮らしはかなり困難な状況下だ。お父さんには早く子離れしてほしい。もし将来、私が彼氏を家に連れて行ったら、彼氏は家から生きて出られないと確信している。


「エリカ、ご機嫌よう」


「アリサ、おはよう」


「エリカ、いつも走って通学なさるのは聖アリエス学園の生徒としてどうかと思いますけど」


「そう、聖アリエス学園も女子校から共学になったし、今まで通りには行かないものよね」


「偏差値が高いだけの男子と一緒に学ぶなんて、私、理事長の孫ですけど転校も考えておりますのよ」


「そうなんだ。私はアリサのこと好きだから、離れるのは嫌だなあ」


「エリカ、あなたは自然に振る舞い過ぎます。困ります」


 なぜかアリサが頬を紅く染めていた。アリサの取り巻きの視線で殺されそうだ。


「それじゃあ、アリサ、私、日直だから先に行くね」


 私はまた走り出した。



「あれ、日直より早く来る人がいるのって珍しいよね」


 教室の中に人の気配がする。私、吸血鬼だからそこは敏感だったりする。私は教室の中に入った。


「誰もいない?」


 私はカーテンの後ろに隠れている人に気付いた。不審者? 違う私のストーカーのミーメ!


「ミーメ、何しているの? 早く来ていたなら日直の仕事をしてくれていたら、私、嬉しかったのに」


「えっ、エリカ気付いたの。驚かそうと思っていたのに! わかったからそんな怖い顔をしないで、ちゃんと日直の仕事手伝うから」


「だったら許す。ええと机をそろえて、私は黒板をきれいにして、白ボクを用意して、黒板消しをクリーナにかけるから」


「了解です」


「よろしい」


 ミーメは楽しそうに机をそろえている。ミーメは本来なら隣のクラスだったのだけど、クラス発表があった当日、家に電話をして顧問弁護士を学園に呼び寄せ、顧問弁護士と一緒に学園長室に二時間入って、一枚の紙を入手した。それには二年A組からB組に出向とそこには書いてあった。


 私としては意味不明な行動だ。A組は文字通りAクラスで学年におけるトップクラス、二十人が集められたエリートクラスなのに、わざわざBクラスに落ちて来るなんてだ。


 ミーメは幼稚園、小学部、中学部で常に学園トップで、実家は政財界を牛耳る実業家の父親と元女優さんの娘で私が見てもとっても整っている容姿だ。可愛いと言うより美人顔だと思う。


 その学園の女王陛下が私のストーカーになっている。ミーメはその権力を存分に振るって私の側にいる。ただし、昼食のみ彼女は別室で食べなくてはならない。


 彼女はVIPなので学食では食べることが出来ない。これは学園における暗黙の了解なので、彼女でも変更が出来ない。


「昼食の時間だわ。あなたもVIP待遇なのだから私と一緒に来たら良いのに……」


「私、学食で十分よ。ありがとう」


 私の父親が多額の寄付を学園にしたので、私もVIP待遇だったりするけれど、私は吸血鬼なので今一つ美味しい料理なのかどうかがわからない。それと人工血液で必要カロリーが取れるので、私には昼食を取る必要性がまったくないし。



 私がいつも通り学食で昼食を食べていると、これまたいつも通りヘルシングとヘルシングの親友で人狼のロンが私のテーブルに座った。


「ヘルシング卿、私はこの学園で騒ぎを起こすつもりはないので、私の正面の席をご自分の指定席の様に座らないでもらえますか? 最近、どなたも私のテーブルには、食堂が混んでいても座らなくなっているので」


「ドラクマ家の娘エリカ、私はお前を常に監視している」


「ヘルシング卿は私のストーカーなのでしょうか?」


「最近、吸血鬼騒ぎがこの街で起こっている」


「ええ? その様な情報はうちには来ておりませんが……」


「我々が抑えている。この科学が進んだ世界に中世のオカルト話を広めるわけにはいかないからな!」


「ロン、どうだ嘘をついているか?」


「嘘はついていない。ヴァン」


 人狼であるロンは吸血鬼も含めて言葉が話せる生物なら、嘘を言った場合わかるらしい。私は厳密には生きてはいないのだけど……。心臓が動いていない。


「私の方でも探ってみますけれど、その情報は必要でしょうか?」


「そっちはそっちでやってくれ。俺たちは俺たちでやるから」


「連携はなしですか?」


「ヘルシング家がドラクマと連携することはあり得ない。吸血鬼と人間との共存はない」


「人狼とは仲良くなさるのに、吸血鬼がダメな理由がわからないですわ」


 ヘルシングとロンは無言になって昼食を食べた。食べ終わるとさっさと席を立った。


「私たちの街で、私たちの知らない吸血鬼がいるのは不愉快ね」


 私もさっさと昼食を済ませると席を立った。私が入学した年からこの学園も男女共学になったのだけど、男子は男子でかたまって食事をし、女子も女子でかたまって食事をする。


 ヘルシングはそのあたりがわかっていない様で、昼食時の私たちは常に男子、女子から注目を浴びている。


「今日もエリカはヘルシング伯爵のご子息とお食事されたのね」


「ええ、ヘルシングとうちは数百年のお付き合いだから、かたき同士と言う方が良いかしら。因縁が深いのよ」


「あらまあそうなの。大変ね」


「ありがとうミーメ」



「セバス、ヘルシングがこの街で吸血鬼が暴れているって文句を言って来たわよ!」


「それはそれは災難でございましたね。その件はお父上様が調べておられます。まもなく片付くと思います。ご心配なく。エリカお嬢様」


「吸血鬼が人間を襲ったら、私たちは協定違反でヘルシングと戦わないといけないのよ。ヘルシングに潰されたクレイマン家の二の舞はごめんよ」


「それが、今この街にいる吸血鬼はそのクレイマン家の者のようでございます。幸い人間は襲ってはおらず、家畜またはペットの血を吸っております」


「クレイマンには生き残りはいなかったはずではなくて」


「そのはずだったのですが、古参の調査員がクレイマン家らしき者がいたようだと申しております」


「生き残りが何かのきっかけで目覚めたのかしら?」


「わかりませんが、問題なのは噛み跡でございます。二種類の噛み跡がございまして、一つは犬歯二本で噛んだ噛み跡ともう一つは円形にヒルの様な口が噛んだ様な噛み跡の二種類でございます」


「円形の噛み跡って吸血鬼ではないのでは……」


「わかりませんが、主に襲われたのは大型犬でございます。干からびるまで血液を吸われておりました」


「後始末は? 下手に埋めるだけだと、吸血犬になってしまうわよ」


「大半はヘルシングが心臓に杭を打ち込んで、火葬にしております。彼らが見落として墓から出て来た犬は当家の処理班が見つけ次第消去しております」


「クレイマン家って犬の血が好きだったの?」


「いえ、好んで人間の血を飲んでおりました。吸血鬼界最強の武闘派でございましたから」


「その武闘派が人間ではなく犬の血ですか。変よねえ。噛み跡が二種類あるのも変だわ」


「セバス、資料室に行きます」


「お嬢様……」


「ヘルシングに毎日グチャグチャ言われるのは、私、嫌なの」


「承知致しました。お嬢様」


「ありがとう。セバス」


 クレイマン家、真祖様直属の吸血鬼の一族で、元々このスコットエリアの統治者だった。スコットエリアはヘルシング家の領地でもあったので数百年に渡って、クレイマン家はヘルシングと戦い、敗れた。クレイマン家が根城にしていたモンゴメリの屋敷を奇襲されて一族は殲滅せんめつされたことになっている。


「モンゴメリに行くしかないか」


「お嬢様、この件はお父上にお任せなさいませ。本当に吸血鬼が関係しているのか? 疑う余地が多いと思われます」


「でも、クレイマン家の生き残りがいるわけでしょう? 現在スコットエリアの統治はドラクマ家よね。ヘルシング家同様に恨まれていると思うの」


「そうですが……」


「セバスは父上に私の行動を逐一報告すれば良いのです」


「はあーー」


 私はモンゴメリに行くことに決めた。学園の方は体調不良で欠席と言うことにして、お見舞いは遠慮するとも付け加えておいた。もっとも最悪、コウモリになって飛んで帰るつもり。ミーメが絶対来ると思うので。あのの推しには吸血鬼も敵わないから……。



 自動車でスコットエリアから五時間掛けてモンゴメリに来た。空はなまり色、今にも雨が降りそうだ。モンゴメリに入ると道の両サイドに見えるのは牛と羊とたまに豚ばかり。人の姿は見えない。


「お嬢様、雨が降りそうですね。急ぎましょう。あの城が旧ヘルシング本部、元はクレイマン家の屋敷でございました」


 運転をしながらセバスが説明してくれた。


「誰もいない村ね」


「はい、今も昔も変わらず辺境の地でございますから、人口が少ない。クレイマン家がスコットエリアに出て来たのは食糧不足が原因でした」


「ロマニアで問題ばかり起こしていたクレイマン家は他の五家から追放される形でここに住み着いたのよね」


「はい、お嬢様。クレイマン家の者は思慮が足らず、すぐに腕力で解決しようとして、嫌われたのです」


「うちが、クレイマン家を追い出した者たちの筆頭だった」


「そうなりますか。一番和解しようと努力したのにですね……。さて、目的地に着きましたがどうされます。門は閉まっておりますが」


 旧ヘルシング本部の門は閉まっていた。私は車から降りて門に向かって言った。


「ヘルシング卿、私のことをご覧なんでしょう? 門を開けてくれませんか? ダメなら後日門の修繕費の請求書を私に送って下さいませ」


 門が静かに開いた。


「セバス、旧ヘルシング本部の入口の前で車を停めて」


「はい、お嬢様」


 遠くで雷鳴が聞こえて来た。


「お嬢様、ヘルシングの城に入りますか? あまり気乗りはいたしませんが……」


「その必要はないわ。ヘルシングも隠し扉とか隠し部屋とか探したと思うから。この城の周囲を探して見ましょう」


「はい、さて何を探せば良いのでしょうかあ……」


「そうね、吸血鬼が嫌がるものかな」


「あまり嬉しくないですね。雨も降り始めました。お嬢様、傘を」


「ありがとう、セバス」


 私は城の周囲を巡って吸血鬼が嫌がるものを見つけた。礼拝堂だ。


「礼拝堂だわ。中に入ります。セバスはここにいてね。気持ち悪いでしょうから」


「はいと言いたいところですが、護衛が全員動けないので、私がお供をしないとお父上様からお叱りを受けますので……」


「大変ねえ」


 私は礼拝堂の扉に触れた。カチッと音が鳴って鍵が開いた。吸血鬼のスキル鍵開けを発動する。電子錠だとこういう風にはいかない。私たちのスキルが時代の変化に追いついていない。


 礼拝堂に入ると私はすぐに祭壇の下あたりを探って隠し扉を見つけた。これってお約束だから。隠し扉を開けて地下へと続く階段を降りた。セバスは私の後ろを守ってくれている。


 地下に降りると石の台が置かれていた。


「ここは吸血鬼の下僕たちの休眠場の跡の様でございますね。ここで焼かれた様ですな。台の上に炭の跡がございます」


 私はかつて休眠場だった場所を見回した。地面になぜか大きな岩が置いてあった。


「あれって、嫌がらせの大岩じゃないかしら。今でも下僕たちがふざけて仲間が休眠期に入ったら、ひつぎを埋めてその上に置いて出られなくするやつ」


「確かにあの大岩は不自然ですね」


 私たちは大岩の周囲を見て回った。


「モグラかしら……」


 私は穴を見つけた。


「セバス、この大岩を動かしてみて」


 セバスが岩を動かした。私は地面に手を置いてみる。


「棺があるわ」


 私は、眷属を召喚して穴を掘らせた。かなり朽ちた棺が出て来た。私が棺の蓋を触れると砕けた。中には何も入ってはいなかった。


「この下僕さん、モグラにでも変身したのかしら」


「さあ、もしモグラになれたのなら、棺を壊せば外に出られますし……。仲間たちもそれを知っていて、ふざけて岩を置いたのかもしれませんなあ……」


「仲間のイタズラで助かった吸血鬼の下僕かあ……」


 私たちは休眠場の跡を探ったけれどそれ以上の事はわからなかった。私たちは礼拝堂を出て、吸血鬼のスキルでちゃんと鍵も閉めた。


「お嬢様、これからどうされます?」


「吸血鬼の下僕が何とか外に出てすることって何だと思う」


「食事ですが、いつ外に出たかがわからないと調べようがございません」


「クレイマン家が滅びてその後、このあたりで吸血鬼騒ぎが起こったというは記録はなかった。まあ、ヘルシングは何か手掛かりを持っているかもだけど、協力はまったく期待出来ないし……。クレイマン家の生き残りがいたってことがわかっただけで良しとしましょう」


「ヘルシングに文句を言われたくないから、元の状態に戻ったかどうか確認をお願いね。セバス」


「承知しました。お嬢様」


 私たちはスコットエリアの屋敷に戻った。



 学食で昼食を食べているとヘルシングがいつものように席に座った。人狼のロンは今日はいなかった。


「エリカ、ヘルシングの城を調べて何かわかったのか?」


「珍しいわね。今日はお一人なの。ヘルシング卿」


「ロンはちょっと不安定な時期なので屋敷に残っている」


 人狼になりやすい時期になったのか。ということは鎖に繋がれている状況だろうな。


「地下牢に繋がれているのね。ロンはまだ若いから自分をコントロールするのが大変なんだ」


「そういう事だ。しかしすぐにロンなら自分をコントロール出来るようになる。で、何かわかったのか?」


「ええ、礼拝堂の地下室に降りたらね……」


「お前、本当に吸血鬼なのか?」


「そうね。十字架のペンダントを首から下げている吸血鬼っていないかもね」


 私はペンダントの鎖を少し引き上げて、ヘルシングに見せた。


「……」


「お前、絶対変だ……、それでだ、何がわかった」


「クレイマン家の生き残りの吸血鬼がいることがわかったわ」


「クレイマン家の生き残りってまさか、あそこは三十年前までヘルシング本部だったのに……」


「灯台下暗しってやつね。でも、地下室の上に礼拝堂を建てたのは生き残りを警戒してのことでしょう?」


「万一に備えてだし、ヘルシング本部を置いたのも万一に備えて……、地下室をもう一度捜査する必要があるな。モンゴメリで吸血鬼騒ぎがあったかどうかも調べなおさないとだ」


「頑張ってちょうだい、ヘルシング卿。あと、ロンにもよろしくって言っておいて」


「……」


 ヘルシングはそそくさと食事を済ませて席を立った。


「クレイマン家が滅んで以降モンゴメリでは吸血鬼事件は起こっていない。どうして?」


 お腹を空かせた吸血鬼の下僕ならすぐに人間を襲うはず、この街では人間は襲われていない。つまり下僕は人間が襲えないほど弱いから? あり得ない。仮にも吸血鬼の眷属なのだから人間が数人で襲いかかっても負けるはずがない。でも、仲間がふざけて棺を地面に埋めて、その上に岩を乗せられた吸血鬼の下僕か……。


 私、同様に吸血鬼のイレギュラーなのかもしれないな。もう一度調べなおさないといけないよね。吸血鬼のイレギュラーについて……。


 私が屋敷の書斎で吸血鬼のイレギュラーについて調べていたら、セバスが書斎に入って来た。


「どうかしたのセバス?」


「お嬢様、悪いお知らせです。吸血鬼が人間を襲いました」


「そう、これでヘルシングとウチとの平和協定が破棄になったわけね」


 祖父おじいちゃんが極秘でヘルシングと協定を結んだ。ドラクマ家管轄地域では決して吸血鬼は人間を襲わない。そのかわり、ヘルシング家もドラクマ家を攻撃しないという協定を結んだのだった。


 ドラクマ家では人工血液の開発に成功して、人間を襲う必要がなくなったことも大きいのと、変な眷属、下僕が生まれるのを止めたいという狙いもあったりする。


 ヘルシングにしても、吸血鬼界の穏健派で最大派閥のドラクマと抗争するより、他の過激な吸血鬼を狩る方を優先出来るので、損な取り引きではなかったと思う。


「いえ、逆でございます。ヘルシングからお父上に使者が来まして、協定の維持をするかわりに、今回の事件についてヘルシングと当家で共同して調査してほしいとのことでございました」


「まさか……」


 ヘルシングとウチとの協定は秘密協定で外部の吸血鬼には知らせていない。とは言ってもすでに百年以上が経っているので、協定のことを知らない吸血鬼はいないのだけれど。


「セバス、事件についてわかっている範囲で教えてちょうだい」


「被害者は、オルタ・ワーゲン。女性。年齢が八十歳で、エルム街のアパートの三階に一人で住んでいたそうです。襲われたの昨日の夜の十時から朝八時の間でございます」


「吸血鬼が八十歳の女性を襲ったの? 少女ではなく?」


「はい、お嬢様」


「変ねえ、とりあえず現場に行きます。車の用意をお願い」


「承知致しました」



 事件現場に着くと、警察によって規制のテープが貼られていた。


「中には入れないか……」


「エリカ、俺に付いて来い!」


「はあ?」


 いつの間にかヘルシングが私の隣に立っていた。さすがは吸血鬼ハンターだ。私に気付かれることなく隣に立つとは。私、ちょっと警戒心が薄れているみたい。しっかりしないと。セバスが笑っている。


 警察官の制止もなく私たちはアパートに入った。床が濡れている。血ではなく水みたい。ヘルシングはエレベータではなく階段を上がって行く。やはり階段も水で濡れている。


 被害者の部屋に入った。ご遺体は司法解剖に回されたので警察の依頼を受けた大学病院に移されていた。


「ヘルシング、ご遺体だけど……」


「ウチの者が一緒に付いて行っている。問題ない」


「どう思う? エリカ」


「吸血鬼らしくない……」


 被害者の部屋の床も濡れているし、犯行現場ぽいベッドも濡れている。びしょびしょに濡れた吸血鬼が人間を襲うってことがあり得るとは思えない。吸血鬼ならかすみになって部屋に侵入するもの。クレイマン家の下僕はモグラだから、水ではなく土だろうし、第一下僕は半分は人間だからエレベータを使うと思うし……。


「熟女好きの吸血鬼……」


 ヘルシング、あなたは何を考えているの?


「ねえ、セバス、この部屋に入ってから気持ちが悪い臭いがするのだけど……」


「はい、私もかなり気持ちが悪いのです。お父上が東洋の国で買付られたお線香の臭いかと思います。お父上が魔除けとして販売しておられます」


 父上は自分が気持ち悪くなったので、魔除けになると思ったに違いない。私たちは奥の部屋に入ると、そこには祭壇があったが、私の見知った祭壇ではなかった。


「この絵は曼荼羅まんだらだろうか?」


「何、曼荼羅ってヘルシング卿」


「俺もよく知らないけれど東洋の宗教絵図だと思う……、ご同業かあ」


「ご同業ってどう言うことなの。ヘルシング卿」


「被害者は俺たちと同じ職業だと言うこと。吸血鬼を追いかけて来て返り討ちにあったってとこかな」


「東洋の国からここまで追いかけて来て、襲われて死んだってこと?」


「そういう事だが、でもなぜ追いかけたのか? 吸血鬼ハンターは原則、自分たちの管轄から吸血鬼を追い出しさえすれば、ほぼ仕事は終わりなのだが、東洋からここまで追って来るとは……」


「オルタ・ワーゲンさんについて調べてみるわ」


「どうせ偽名だろうし、難しいと思うが……、やらないよりやった方がマシかあ……」


「セバス、父上にお線香の製造元、購入者リストを手に入れて貰うよう頼んでみて」


「承知しました。お嬢様」


「俺の方はオルタ・ワーゲンの足取りを探ってみる。ただ、吸血鬼らしきものが人間をこれからも襲うとなると、マスコミを抑えるのは無理なる」


「オカルトが広がってしまうわね。それよりマッドサイエンティストが血を抜いて回っていることにしたら」


「それはそれで、医学者からクレームが来そうだ……」


 マスコミ対応で頭を抱えたヘルシングだった。けっこう可愛いかも……。どうでも良いことだけど。


 それにしても吸血鬼たちはどうやって吸血鬼ハンターの居場所を知ったのだろうか?


 下僕さんに尋ねるしかないか……。


「エリカ、ともかく、わかった事は共有する。ヘルシングの名に掛けて誓う」


 あら、珍しい。いつもはドラクマの娘って言うのに。エリカって呼び捨て。悪い気分はしないわね。今日の私はちょっとどうかしている。満月が近いせいかしら。


「私もドラクマの名に掛けて誓うわ」


 私たちは、被害者のアパートを出た。セバスが車の中で話出した。


「私、あの部屋、その周辺でクレイマンの者の気配を感じませんでした。であれば、吸血鬼らしきものはクレイマン家の下僕の支配下から出たのではと愚考いたします。元々下僕には、人間を自分の下僕にする事は不可能ですし、人間以外なら可能かもと思ったのですが……」


「吸血鬼らしきものについては父上にお任せして、私たちはクレイマン家の下僕を探しましょう。たぶん、地下に寝ぐらがあるはず」


「承知しました。お嬢様」



 クレイマン家の下僕は、残念ながら地下にはおらず、コンビニの店員をして、アパートを借りて普通の人間として暮らしていた。


「クレイマンさん、お仕事は終わりですか?」


 男はギョッとしていたが、周囲が囲まれているのに気付いたようだ。


「オレはトルーマンだ。クレイマンじゃない。ご主人様の名前で俺を呼ぶな。不敬だ」


「では、トルーマンさん、あなたの相棒はどこですか? そいつが人間を襲いました。処分しないといけません」


「知らない。どこにいるのかもわからない。本当だ。アレは自分に危害を及ぼすものを襲う性質があるので、危害さえ加えなければ……。もっとも空腹になれば手近な生きもの……、俺でさえも襲う……」


「トルーマンさん、あなたの相棒は吸血鬼なの?」


「いや、吸血ヒルだ。オレが東洋で見つけて、オレの血で育てた」


「トルーマンさん、詳しいお話を屋敷で聴きたいので、一緒に来てください。ヘルシングたちがあなたを追跡しているので、私があなたを保護します」


「それは困る。明日からのシフトに穴が空く」


「はっ? 了解しました。コンビニの店長さんとお話をしてあなたの代理をうちから出します。その者がシフトに入るので安心してください」


「……」


 なんか律儀な普通の人って感じだな。クイレイマンへの忠誠心も忘れていないしね



 トルーマンを私の屋敷に連れて行く。同席させろとか言い出されると面倒なのでヘルシングには後日連絡することにした。


 一応吸血鬼の世界での問題ということにして。ただ、吸血鬼らしきもの、吸血ヒルついての情報は伝える。被害者が増えないために、それは必要なことだから。情報源は善意の第三者とでも言っておこうか。


「トルーマンさん、吸血ヒルについてお話いただけますか?」


「あんたは、ご主人様と同格の吸血鬼だろう。下僕の俺に、さん付けはいらない」


「では、トルーマン、吸血ヒルって何なの?」


「東洋の生き物で、木の上にいて、獲物が下に来たら、木から落ちて獲物にくっついて吸血をするヒルだ。腹がいっぱいになれば、獲物から落ちて、また木に登る」


「大きさは、五センチってとこか。俺が逃げ出す前に見たときは、アレは子犬ほどの大きさになっていたがな。でも、アレは自分の大きさを自由に変えられる。五センチ以下にもなれる……」


「アレというヒルは一匹だけですか?」


「一匹だけ。東洋で、多くのヒルに俺の血を吸わせたけれど、俺の血を吸って死ななかったのはアレだけだ」


「トルーマン、あなたはどうして吸血ヒルに自分の血を吸わせたのですか?」


「俺が弱いから。吸血ヒルがもし俺の眷属になったら嬉しいとも思ったから。実際にアレは吸血ハンターたちから俺を守ってくれたし……」


「トルーマン、オルタ・ワーゲンという八十代の女性を知っていまか? 東洋からあなたたちを追って来たみたいなの」


「オルタ何とかは知らない。俺たちを追いかけてる吸血鬼ハンターは四十代の女だったはず。アレが女の仲間たちを殺したので、追いかけられていた……。死んだのか?」


「ええ、吸血ヒルに血を吸われて死んでいました」


「気の毒に。襲わなければ死ななくてもすんだのに……」


「いいえ、吸血ヒルに襲われたの?」


「アレは自分自身では移動しない、動物の体に付いて移動するので、こちらからアレの近くに行かなければ襲われるはずがない……」


「たまたま、偶然、あなたたちを追いかけて来た吸血ハンターを吸血ヒルが襲ったってわけ、そんな偶然ってあるかしら? 第一、吸血鬼が嫌いなお線香を吸血鬼ハンターは焚いていたのよ!」


「お線香! アレはあの臭いに誘われる。嫌うどころか引き寄せる!」


「あらまあ、大変。セバス、お父様に至急連絡して」


「承知しました」


 セバスは部屋から出て行った。


「吸血ヒルの弱点は何かしら? お塩を掛けたら消えるとか?」


「そんなわけあるかよ。まったくわからない。ただ、再生能力が凄い。俺たちが熊に襲われた時、アレはズタズタに切り裂かれたが、すぐに再生した」


「銀の弾丸で死ぬとか?」


「アレは吸血鬼じゃない。モンスターだ。そんなもんで死ぬはずがない。第一、アレには心臓らしきものがない……」


「はああ……」



 セバスが部屋に戻って来た。



「お嬢様、お父上には連絡しました。販売した製品を回収するそうです。それとヘルシングから至急、第二の殺人現場に来るようにと連絡がございました。いかがされますか?」


「第二の殺人事件ですか。行きます。トルーマンも一緒に」


 トルーマンは震えている。しかし、彼には行かないという拒否権はない。



「遅いぞ! エリカ。そいつは誰だ?」


「ごめんなさい。協力者とお話をしていたの。こちらが協力者のトルーマンさんです」


「彼はヘルシング卿のご子息です」


 トルーマンの顔がが赤くなったり青くなったりしている。


「トルーマンさん、協力感謝する」


「いえ、……」


「ヘルシング卿、殺人現場はどこでしょうか? 今回は警察官もいないようですけど……」


「警察には連絡していない。やられたのはうちの者だ」


「それはお気の毒に。吸血モンスターを見つけて、返り討ちでしょうか?」


「見つけたのではなく、襲われた……」


「またですか?」


「そう前回と同様だ。ただ、やられたのは被害者の部屋ではなくアパートの階段の踊り場で襲われている」


「仕事中、被害者の体調が良くなくて、心配した同僚が仕事終わりに見に行ったところ発見した。現場は階段の踊り場、被害者の借りている部屋は階段を上がった廊下の突き当たり。吸血モンスターは被害者を襲ってそのまま階段を登って被害者の部屋に入ったようだ」


「なぜ、被害者の部屋に入ったのでしょうか?」


「わからない。ともかく現場を見てくれ。もしかすると部屋にまだ吸血モンスターがいるかもだ。うちの者がずっと監視している」


 トルーマンの顔色が真っ青になっている。


「トルーマンさん、大丈夫ですか?」


「いる! アレがいる」


 私たちは殺人現場を見た。途中の階段には濡れた跡はなかった。なのに踊り場から被害者の部屋まで水で濡れた跡が残っていた。



 被害者の部屋の前には三人のヘルシングの部下が待機していた。ヘルシングが到着するまで待機の指示が出ていたようだ。一気に彼らの緊張感が高まったのがわかった。


「セバス、後は任せます。私は屋敷に戻ります」


 そう言うと私は元来た階段を下りようとした。


「お嬢様、ここで逃げてはなりません!」


「逃げてなどおりません。アレは最低でも五匹、確認できました」


 ヘルシングたちの緊張感がさらに上がったのがわかった。


「一匹ではないのか? エリカ」


「そうです。五匹、部屋の中に確認できたので、一匹見つけたら十匹はいると私は思っているので、五十匹はいると思います」


「アレは、再生はするけれど、分裂はできないはず。そんなに増えるわけがない!」


 トルーマンがボソッと言う。


「お嬢様、そろそろゴキブリへの恐怖心を克服していただかないと……」


 あれは私が四歳か五歳だった頃、目覚めるとG様が私の視界に入った。私は初めて恐怖というものを感じて叫んで飛び起きた。その後のことは覚えていない。気がつくと父上と母上とセバスにはがいじめにされていた。


 私の寝室は瓦礫<がれき>になっていた。屋敷も半壊していた。私はG様と激しい戦いをしたみたいだった。まったく覚えていないのだけれども。


「お嬢様、これをどうぞ」


「ゴキブリ用瞬間冷凍剤とハエ叩きとビニール袋! 私にないをしろと言うのセバス」


「吸血ヒル、モンスター退治は我々がしますので、お嬢様はゴキブリの駆除をお願いいたします」


 私の顔から血の気が引いた。セバス、お前はクビだ! 今決めた。私は部屋のドアを蹴破り、天井に張り付いている吸血ヒルに冷凍剤をぶっ掛けて凍らせると、ハエ叩きで叩き落として、ビニール袋に放りこんだ。ちなみにこのビニール袋は強酸でも強アルカリの薬剤に浸しても分解しない。しかも燃えないと言う、本当に環境に悪いビニール袋だったりする。


 私は凍ったヒルをその袋に入れた。


「後で、被害者の部屋を私も調べるので、セバス、ヘルシング、トルーマン、この部屋のG様を駆除してくださいませね」


 みな呆然としている。そう言うと私はG様のいる部屋を飛び出した。


 小一時間するとトルーマンが私を呼びにアパートの外にやって来た。


「お嬢様、準備が整いました。お部屋にお戻りくださいとのことです」


「ねえ、トルーマン、このヒルって血液だけではなく、動物の体温、外気温からでも、自分に必要な栄養を作り出せるみたいね。まあ、私が強引に取り上げたら、殻にこもってしまったわ」


「ヒルが作った力を吸いあげるなんて……」


 トルーマンが、私を化け物を見るような目をしたように見えた。だって、このビニール袋、溶けないけれど、中でヒルが大きくなると破れるかもだし、やむを得ずなんだけど……。


「エリカ、ヒルはどうなった?」


「なぜか殻に閉じこもってしまいましたわ。どうしたのかしら?」


「そのヒルはドラクマ家で管理してほしい。我が家はモンスターは専門ではないので……」


 ウチだってモンスターは専門外なんだけど、吸血鬼の下僕が作り出したモンスターだし、まあ仕方ないかあ。


 この部屋の住人もまたウチが販売している魔除けのお線香を焚いていた。吸血ヒルはその臭いに誘われて、被害者が、ヒルが棲み家にしていた公園に入った時に、被害者の体にくっついて吸血を始めた?


 被害者は早めに帰宅したものの、吸血され踊り場で力尽きて倒れ、ヒルは被害者の部屋のお線香の臭いに誘われて、部屋の中に入ったみたいだ。


 私の頭の上に何か落ちて来た。カサカサという音が聞こえた瞬間、私は意識を失った。気がつくとドラクマホスピタルに入院していた。


 目を開けるとミーメが号泣しながら抱きついて来た。セバスはほっとした表情になっていた。


「お嬢様、お父上とお母上に、お嬢様の意識が戻ったことを報告してまいります」


「ごめんね。ありがとう。セバス」


「エリカ、私、約束するわ! この街では一匹のゴキブリも生かしておかないことを!」


「ありがとう、ミーメ。でもやり過ぎないでね」


 後日、保健所にゴキブリ駆除班という班が作られて、毎日、各家庭、施設を毎日巡回するよになった。またゴキブリ撲滅運動が始まり、全国に広がっている。ウチのゴキブリ瞬間冷凍剤の売れ行きも爆上がりしていた。


 私が意識を失っている三日間、セバスが辞表を父上に提出したり、色々あったみたい。私としてもG様への耐性をつけないとマズイと思った事件になったのだ。


 吸血ヒルは相変わらず殻の中に閉じこもっている。でも、私が研究室に入ると一度は殻から出て来る。どうも私のことを主人だと感じている? 私にはヒルの気持ちはわからないのだけれど……。






 



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