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ここは六話。寝てその後。


「えっと、一人だけ今泊ってる部屋で一緒に寝たいんですけど」


 討伐者協会の総合受付の至人種――明らかに普通の人間ではない見た目だ――に、交渉を始める。記憶上初めての交渉となるが、まぁこの場合は容易いだろう。


「はい。はい? まぁ、そういうのが必要な方もいますし、大丈夫ですが……一人部屋ですよね?」


「本当ですか! どのみち昼には講習予定なんで、それまでです。なんか書くものとかありますか? 一人部屋ですよ?」


 アイラは嬉しくなり、声のトーンが上がっているが務めて冷静に必要なものを確認する。訝し気に眉? をひそめられたがそんなことは気にしてない。人と一緒に居られるのが嬉しいのだ。


「ああ、それならこれにサインください。電子でどうぞ」


 一応沢山汚した場合に料金が取られる、という事を言われただけ特筆すべきことは何も言われなかったのでアイラは安堵したが、職員の訝しげな顔は変わっていない。ちなみに何故そんな顔しているのかはよくわかっていない。


「アイラ……と。ムエナ! 部屋取れたよ」


 難しい顔をしている職員も小さなムエナを見て理解しただろうか。


「交渉ありがとうございます! 無事に許可を得られてよかったです」


 ムエナが何度もお辞儀するのでアイラは慌てて頭を上げさせる。

 交渉の目的はムエナと部屋で一緒に寝ていいか、の事であった。アイラにとっては誰かと一緒に寝るとはとてもハードルの低いことである。一人とはそれだけ寂しいもので、改めて一人になることを恐れているのだ。あと、ムエナくらいなら何とかなると思っている。


 一応手を軽くタオルで結ぶ、などはするがあんまり意味はないだろう。いざとなればムエナにはフェライパンもいるし、何より彼女には邪気が無さすぎるのでおそらくアイラに危害を加えるという行為はしなさそうという意味でも意味はなさそうだ。

 もともとこの世界に来れるのはは悪辣すぎる要素を持たない神が贔屓している存在だけなので極端におかしい奴は出てこない、ということになっている。この世界に来てから豹変することはあるらしいが、今は関係ないだろう。

 


「いや、いいんだよ。なんとなく誰かと寝たい気分だったし」


 そう、アイラの目的は謎の声との添い寝もある。一人で寝ていて寂しくないわけがなかった。確実に成せる保証も知識も無い不確定な愛より、愛のない誰かとの睡眠を優先するのがアイラだ。


「はい! 精一杯添い寝を務めさせていただきます!」


「じゃあ部屋にいこ。一人部屋だから枕は一個だけど、いい?」


「大丈夫です。野宿してれば枕なんてなくて当然なので」


 和気あいあいと部屋に向かう二人を見て、今さっき知り合ったと言われても信じる者は少ないだろう。アイラは添い寝相手が見つかって少しだけ舞い上がっていた。早く寝たくて足を速める。ムエナはそんなアイラの横でニコニコ笑っている。


「ふへへ。明日は何をふるまえばいいんでしょう。ハンベルグもいいし、魔獣肉がたまに出回ることもあるとか……恩人に料理を振舞うのは嬉しいですしねー」


「ムエナ、ハンベルグってなに?」


「あっ! ごめんなさい、口に出てましたか?」


「うん。がっつり」


「えへへ。えっと、ハンベルグは細かく磨り潰した物を捏ねて焼いた物の総称です。たまに煮込んだりもしますけど」


 アイラは先ほどのお腹が空いたような感覚を思い出しながら、想像した。材料は何でもいいので肉で想像すれば、用意をする前から気になり始めている。


「へーおいしそうな料理だね。明日が楽しみかも」


「はい! 楽しみにしていてください」


「楽しみだなぁ……お、ここだよ。私の部屋」


 部屋に到着したので、アイラはさっさと風呂に入り身を清めてベッドに入っていく。ムエナはアイラの後に風呂に入ると、ミェナをタンスに閉じ込め、アイラと同じベッドに行った。


「じゃあ一応手を縛るね。ここのタオルはフカフカだから何も問題はないはず」


「一応警戒は必要ですもんね。大丈夫です! ガッといっちゃってください!」


 アイラは縛り方がよくわからなかったので、適当にグルグルに巻いて縛った。

 ムエナは少しだけむずがゆいのか身じろぎしたがそのまま何も言うことなくベッドに転がる。


「あ、ムエナの服も礼装なんだね」


「はい。この世界に来るときに愛用のエプロンとその時着てた半脚衣に半袖の上着を礼装化してもらったんです」


「そう。私はいつの間にか着てたからよくわからないけど、汚れないのは分かってる」


「おお! 汚れないの大事ですよね。油跳ねとか、調味料を落としちゃったときとか便利になりそうなので最優先で付けてもらったんです。私の場合は冊子に書かれてる表から選ぶ形だったのであれこれつけちゃいましたけど」


 えへへ、とはにかんで笑うムエナにアイラは、そういうものもあるのかと思い感心した。アイラは出自不明なので信仰する神というのもおらずダルレアンやムエナの気持ちはわからない。

 けれど感謝していることはしっかり伝わった。


「そろそろ寝ようか。電気消すね」


「はい……使い方があってるのかわからないんですけど、よい暁を得られますように。おやすみなさい」


「……おやすみ。よい暁を」



 アイラはなにか腕の中で蠢いている感覚で目を覚ました。それは生暖かく、縦長く、頭のようなものと体のような物が付いていそうだ。

 そう、何か生き物を強く抱きしめている感覚の腕の中を見下ろせば、


 ――んんー! んんんー!


 ムエナが藻掻いて苦しそうにしている。


「わー! ごめん!」


 その様子に慌ててアイラが腕を離して起き上がれば、ムエナも息を荒げぐったりした様子で起き上がり無言で俯く。

 気まずい空気でお互い俯いているが、おずおずと話を切り出す。アイラは頭を下げながら言葉を紡ぐ。


「えっと、ごめんね。抱き癖があるとは思わなかった」


「いいえ、大丈夫です。朝になりかけた時になぜか寂しそうにするアイラさんが見えたので声を掛けたら、抱き着かれただけですから。しばらくして完全に朝になったので起こすため、うごうごしてみました」


 えへへ、うごうごー。と何も思う様子はなく無邪気にはしゃいでいるムエナは何も思うところはなさそうな笑顔を浮かべている。

 つまりそこから導き出されるのは、おそらく言葉通りの行動をとっただけということだ。

 その様子に嘘を吐いている気配はないが、アイラにはこれがどこまで本当の事か察することはできない。しかしこれなら手を縛らないでもよかったなと思い、再び謝った。

 思い返せばフェライパンのミャナを閉じ込めたのはムエナの意思だったことを鑑みるにきっとムエナにはこの扱いに何も思うところはないのだろう。


(とても、とても優しい人だ)


「あ、タオル解くね」


「これですか? すぐに解けますよー」


 ほら、と言われて見えたのは自由になった手。どうやら起きるのを待ってくれていたようだ。

 自分が快く部屋に呼んだのに迷惑をかけてばかりだと反省した。夜間にでも講習を勧めた方がよかったのかな、と思いさらに沈み項垂れる。

 そんな状態のアイラに言い聞かせるように声を声をかけてくれて、項垂れた頭に手を置いて撫でた。慈しむように、大事にするように手を横に動かす。けれど何処か遠くを見つめるような空気を纏っている。ムエナの瞳は今は何を映しているのだろうか。


「えっと、アイラさん。私的には助けてくれた人、っていう最低限信頼できる同性の方と夜を過ごせるのはとても安心できることなんです。

 私が居た世界では神の寵愛者はみんな残らず命を狙われる世界でしたから」


 そうやって少し寂しそうに言うムエナにハッとして急いで言葉を返す。誘ったのは間違っていなかったとそう言ってもらえたのが嬉しく、アイラは沈んだ顔を切り替えた。


「うん。ごめんね、善意とかにに付け込んだみたいになっちゃって」


「大丈夫です! その代わり私の料理を食べてくれると嬉しいです! お礼でもなく、何でもいいので。えへへ、何も考えずに料理を振舞えるのも新鮮ですね」


 ほんわかする空気にアイラの気持ちが解れていく。そこで気持ちはムエナも同じだろうと信じて提案をする。


「……ムエナ、ありがとう。とりあえず今六時頃だから講習の予約を取ってその後厨房でも借りる?」


「そうしましょう! それでお昼までは市場に行きましょう! と言っても私にはお金が無いので借りることになるんですが」


 アイラは枕元に置いてあった袋を掴んで頷き言う。


「大丈夫。私はある程度持っている、はず。昨日の討伐報酬もあるはずだし」


「じゃあ報酬を受け取ってから市場に行きましょう! わー!」


「わー!」


(ちょっと恥ずかしいけど、部屋で話していると時間が過ぎていきそうだ)


 二人が一階に出るとまたしても同行者の募集や雑談、掲示板の確認でにぎわっていた。

 ムエナが講師指名で昼にダルレアンを指定できたのでアイラは換金と手持ちを振り込みしに行くことにした。ムエナは食堂で軽く料理と食材を確認しているようで、いろいろ見て回っている。

 手早い換金が終わり後ろを向けばそこにいたのは総合受付でお世話になったソレアだった。アイラと話すためだけに交代してもらったようで、ムエナとの初見やどうして一緒の部屋で寝たのかを聞かれたが、すべて素直に話せばすぐに解放される。


「なるほどねー。何があったのかと思ったわ。じゃ、買い物いってらっしゃい。厨房は夕方で通しといて上げるわ」


「はい、ありがとうございます。行ってきます」


 手を振りながら去って行くソレア。ムエナに聞いて急いでこちらに来てくれたようで、総合受付も受付が暇なだけで書類整理などは沢山あるらしい。


「アイラさーん! 終わりましたー。今の人受付の人ですよね? お知り合いですか?」


「うん。お疲れ、さま? 今の人はソレアさん。なんか気に掛けてもらってる」


 アイラの言葉にムエナは深く頷く。


「ははぁ……なんとなくわかる気もします。アイラさんってお世話したくなるんですよね、なぜか」


「なぜか?」


「はい。なぜか。不思議な感覚なのでアイラさんにはわからないかもしれませんねー」


「そっか。とりあえず市場行こうか。何が売られているかな」


「レトマニャトー! あ、これ私の世界で行くぞー! の意です。それと私の神様から聞いた話では、この世界ではよその世界の物でもなんでもあるそうですよ!」


「なんでもかー。迷っちゃうな。そういえばムエナ、ミェナは?」


 その言葉でムエナは顔を青くし、カエルをつぶしたような声で呻く。


「忘れてました! 取りに行ってもいいですか?」


「ははは。いいよ、一緒に行こう」


 無事にミェナを連れてくることはできたが、アイラとムエナは体? 全体で怒りを表すミェナに平謝りだ。討伐者協会を出るころにはミェナの怒りも収まっており静かにムエナの手に収まっていた。

 そしてムエナの頭には何かで叩かれたような痕があったが、触れてはいけない。

ありがとうございました。

下の星、欲しいな。あとブックマークと、感想も欲しいな。


アイラの一言。


「ムエナって良く生きてこれたな、って気もするけど意外とお姉さんなんだよね」



誤削除。

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