ここは一話。深夜、森の中と私。(一話と二話統合しました)
変更点としては、一話で一日を過ごすという私の意見を修正し、躁鬱の原因も修正。でも全体的にダウナーな感じにします。
改めて謝罪と感謝を。
一話と二話統合しました。
ここは遠い、遠い久遠渦巻く常闇の中である。けれど心温かくなる感覚になる夜闇のような場所なのだ。
そんな場所で半透明の少女が一人膝を抱えて泣いていた。記憶がないこと、知識がないことを無意識に嘆いている。寂しくて、悲しくて仕方ないと遠い星のような涙をぽつりぽつりと流している。
だが彼女は深く闇の底で、意識を保ちながらも眠っていた。泣きながら、今日も眠っている。
悲しい時間が永遠に続くと思われたけれど、あるとき優しい声が空間に降ってきて少女を呼び起こす。
『起きなさい、我らの母であり私たちの子よ。私があなたに抱くのは愛情です。心配しないでください』
少女はその声に嗚咽を零し、涙を止めて耳を傾ける。声からは温かいような何かを照らすような、そんな気配を感じた。
『あなたに、すこし大変なお仕事を任せます……。というか半分お願いですね』
なあに、と少女がか細い声で返事を返す。お願い、とは何か不安で仕方ないし、発声に慣れていないから酷く甘えたような声になってしまう。
しっかりと感じ取れば太陽の気配がする、ひどく優しい声はなぜか呻いてから続きを話す。
『ぅ……あなたにはこの世界を旅してほしいのです。旅をし続けて、合間にわたしたちの空間まで来て、あなたの好き勝手に生きてほしいのです』
「なぜ、どうしてなのか。りゆうはしらないけど、そとにはいきたくないきがする」
目がうっすらと開いてしまうが、それでも嫌だと告げたものの既に意識は覚醒し始めているようだ。彼女にとっては眠ることこそ至高で、起きてなどいたくはなかった。
『ではそんなお眠りさんのあなたに、私達からプレゼントを用意します。出てくれないと困るし……というわけで、はい』
突如光り輝く白色が、この空間の闇とは違う闇とともに降り注ぎ彼女の体となった。彼女はその様子に驚いた。そしてなぜか安心している心に更に驚きを覚えている。
闇に星が瞬き空間の闇と一緒に彼女の魂となる。その魂は服を作り、魂は断片的な知識を渡してきた。
「やっぱやだ。これ見せられたら余計に行きたくない。ここで眠っていたい」
『ふふふ。手がかかる子ですね。あなたのお母さんが待っていますよ。私も会いたいです』
すると太陽の気配とは違う、少女のような声が二つ聞こえてきて急かしてきた。
『仕方ない子は、おはようの時間よ』
『またいつか、会える日を。またね、アイラ』
その声を皮切りに闇は徐々に暁色へ染まっていくと、少女は急いで元居た闇を追いかけるが努力の甲斐なく意識は覚醒する。
◇
「……っは! あの人、嫌い」
少女は仰向けに転がっており、目を開けてじっと空を睨むがそこにあるのは、星が月に負けぬほど瞬き大きな白黒の月が上る夜だけだ。
もう一度目を瞑れば戻れるかな、と再び目を閉じて眠ろうとする。目を閉じれば浮かぶのは今持っている知識の事にさっきの闇での出来事、それと断片的で不確かな記憶の数々。いろいろなものが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
その中には自身の名前がアイラ、と言う事も発見する。要るのかな、と思いはするがここはもうあの空間ではないので仕方がないだろう。
そこまで考えてしまえばもう一度眠れるほどあったあの眠気はアイラを包み込むようなことはなくなってしまった。
手持ち無沙汰で仕方なく、風で揺れる木々のざわめきに耳を傾けよう。穏やかな風は一緒に動物の息遣いと気配を運び、アイラへ届く。動物の気配と言えばひっそりとこちらの様子を窺ういるようで、少女を遠目から緊張気味に確認しているようにも感じられ、異質なものを感じる。
記憶上初めて感じる気配には何も感情が湧くことは無く、これが気配? と直感で理解できず頭に疑問符が浮かぶ。それも仕方ない、感覚的なものはよくわからないのも事実だ。
そんな夜の静けさの中にある、あらゆる音や感触に意識を溶かし眠ろうとする。しかし少し落ち着いた心になって眠れそうな頃、それを邪魔する小さな気配が二匹出てきた。
アイラはその存在を確認するためにうっすら目を開けるも、何分仰向けの状態で見ているので上下反転しているのだが、どことなく愛くるしい何かを感じる。
よく見てみれば小さな気配の正体は群れからはぐれた様子の子供の狼で、アイラをおもちゃと認識したのかゆっくり寄ってきたようだ。見るからにはしゃいでいるのが、可愛い。
警戒するでもなく小さな狼が小さな手足で髪を揺らす様に叩くのを見れば、心が疼くのを感じついそのままにさせてしまう。
少しの間だけ髪で遊ばせていると、後ろから親と思しき狼がやってきて子狼と一緒に、アイラの目前で座り頭を下げた。
その様子を理解するには座らなければ何も始まらないと感じ、仕方ないのでゆっくり起き上がる。
彼女は狼と見つめ合うが、その脇にいる子供は何もわかっていなさそうだ。アホっぽい顔でアイラを見ているだけで、頭を傾けすぎて倒れそうだ。
これは期待していいのかと見つめ合ってから、ふむ、と一置きしてからアイラは手を子狼に差し出し一言放つ。
「お手」
知識、あるいは記憶なのかよくわからない物の通りにやっただけで何もわかっていないし、子狼も何かわかっていないのか小首を傾げるばかり。
そうなればもうこの何もわからない空気が繰り出す結果はお互いかわいそうなものである。
アイラは手を半分ほど子狼に噛まれ、彼女の手を噛んだ子狼は親に怒られ、互いに救われない結果だ。もちろん甘噛みなので血が出たりはしなかったが痛いものは痛い。
しかし、子供の狼というのは手を噛まれてさえ特別可愛く思えて、その後も子狼と手や棒などで遊び愛でていた。棒を取っていかせたり、お手を教えさせようと試してみたり。
遊び倒していると月は頂点を大きく過ぎていく。アイラは子狼を二匹同時に持ち上げてほおずりするほどには気に入った……すこし獣臭かったが。そして周囲に気を向ければなぜか周りの気配は柔らかさを伴っている。
子狼で遊ぶのに満足し離せば、狼達は人間のように頭を下げながら去って行った。そんな狼たちを見送った後一言「痛い」とだけ残し後ろに倒れるように寝転ぶ。それも仕方ない気力が尽きてしまったのだ。
アイラには気力がない。旅に出る勇気もなく、ましてや知識も記憶すら不完全だ。多分、この後何とかなるだろうが故にこそ旅の理由などが湧くわけもなく。しかし、理由はそれだけではないような気がして一つ、現在の答えを口に出した。口に出せば穏やかに旅ができると思ったのだ。
「会いに行かなきゃいけないな、お母さんとやらに。なんで旅に出なきゃいけないのかも知らないし、めんどくさいけど」
暫定的な目的はあの声を辿るため。そしてあわよくばまたあの温かい闇で一緒にお昼寝をする為だった。一日くらいは許されるだろうと決めつけて。
「明日、明日から頑張ろう。そうしよう。今は、夜だから」
目を閉じ、あの温かさを思い出す。そして最後に聞こえた何にもない闇と何もかもがある光で照らされた、語りかけていた太陽のような声とは別の声を強く脳内に染み込ませる。
気品があって、愛嬌があって、慈しみを感じた。もちろん太陽のような声にも感じはしたがあれほどまでの親近感はなかった。
推定二人の声を思いそうとして、いつの間にか眠りについた。人、本来夜は眠る時間だ。体質ならば仕方がないが夜は寝て、また明日を生きると決めたかから。
◇
しばし月はめぐり、眠りたい夜も日は登る。
鳥の囀りと瞼に差し込む朝日で起きる時間だと気が付き、眠い目を擦りながらも起き上がった。眠気を何とか覚まし、完全に目を開けばここが深い森の中にある朽ちた儀式場なのだと悟る。
寝ていたこの場所は、祭壇と大きな黒い鏡、同じく白い鏡だけを残してほとんど崩れているようだ。石畳だけは朽ちたようなものと綺麗な物の二通りある。
少し寝苦しいわけだ。石畳は固いし段差はあるわけだから、動物も寄ってこない。
寝ている間に着いた砂ぼこりを払いながら立ち上がり、数歩先の祭壇に向かう。アイラの腰ほどの高さで簡素な見た目をしている祭壇の上には一つの袋が置いてあってその袋は装飾や色は付いておらず質素な見た目をしていた。
大きさは片腕ほどの、肩掛け袋だ。座ってひもを解けば中には価値のわからない通貨が数枚あって、金色と白金色、赤色となっていたが、どのぐらいの価値なのかはわからない。
そして『何かあったら封を破ってください』と丁寧に書かれた手紙も入っている。差出人は書かれていないが十中八九アイラを起こした声だろう。仄かに便箋は温かく、無地の手紙だ。
「もう開けちゃっていいのかな。すでに非常時だよ」
そう言いつつも手紙とお金を仕舞い紐を締め、次は白い方の鏡へと向かった。周囲は何千年前につくられたか如くの様子だが残っているものに関しては妙に綺麗だ。
当然鏡も使える状態で残されておりアイラはめんどくさそうに鏡を覗く。鏡とは自己を確定させる行動に他ならず、否応にも先を想像してしまうのを嫌ったのだ。
しかし、やらねばならない。成せばきっと、気楽に居られるだろうと。意を決して鏡を覗き込む。
白色の表面にすっきり映ってしまった時、まず見たのは顔。鏡には対比を知らないのでなんとも思わないが、きっと誰もが見たら振り向くだろう端正な顔が眠たそうにしている。
髪の長さはストレートミディアム。全体的に少し濃い灰色で白と黒のメッシュが入っていた。
アイラが鏡に映る半目がちな緋色の瞳を見れば鏡の中もこちらの瞳を見て、見て……おかしくなりそうなので顔を逸らす。鏡の中に取り込まれそうな気がしてしまう。
心を落ち着け、次に服を見れば灰色の小袖らしきもの、そして緋袴を着ていた。動きづらいので鬱陶しそうに服を睨む。
祭壇を挟んで反対側にある鏡は真っ黒で何も映っていない代わり、側面に印が刻まれるついなのかなぜかつまみも付いていて身長が図れるように作られていた。鏡には使い方が浮かんできていて、やるのかと絶望する。
顔が渋顔になるのを感じるが、やらねばならぬと決めたので一応図ることにした。自分を知るのも一歩だろうと。
「大きな印十五個と小さな印五個分? ……あ、百五十五フェントか」
単位を思い出すもその数字がどことなく低いような感覚を感じ、鏡を睨む。何故ならば鏡には百六十五を示す切れ込みのところに何よりも大きい切れ込みが付いている。これが女性の平均身長のような気がして、悔しい気持ちになりつい何も映らない鏡を軽く蹴飛ばす。微動だにせず何も起こらなかったが。
ムカつきを押え、祭壇の前に戻り静かに目を瞑った。そうすると途端に風は凪ぐ。空からは朝をようやく越した日差しが燦々と降り注ぐ。周囲は森、動物の息遣いが風のない森に木霊した。
「さぁ面倒臭くならないうちに出発しますか。何していいか知らないけど」
これから先何が起こるか分からない。けれども歩もう。あの闇に、あの光に誓いこの世を楽しく旅をすると決めた。それを改めて今、誓おう。
祭壇と鏡を一瞥した彼女は振り返ることなく一歩を踏みしめる。
きれいな石畳が少しだけ熱を持ち肌を刺すがそれももう気にならない。
たまにある石や枝をよけるのがめんどくさいが気にならない。
様々な動物が儀式場の下で目を輝かせて待っているが気にな――。
「いや気になるよ! なんなんだ、もう」
その様子にとてもアイラはすでに決意を曲げてしまいそうで大きく項垂れてしまう。昨日から思っていたがなぜ動物が懐いてくるのだろう……と。
(まぁ、可愛いからいいか)
項垂れたまま動物達をると動物達も同じように項垂れていたので、その様子に思わず笑みが零れた。そして、もともとそんな無いやる気が出る。階段に足を踏み出す。ここからいろいろな景色を見ることだろうがたぶん何とかなる。心配しないでいい。そう言い聞かせ、動物達のもとへ行き笑顔で言う。
「誰か乗せて。やっぱ足痛い」
傍から見ると何とも締まらない様子だろう。そもそも靴を履いていない時点で絵面は締まらない気もするが、言わないでほしい。そして動物たちはその言葉を分かっているのか分かっていないのか、走って行ってしまう者すらいるほど嬉しいらしい様子である。
鹿、猪に狼。兎や鷹のような生き物。一部の世界では表現が効かなそうなほど突飛な見た目をした動物も居て少し驚く。青の弦でもじゃもじゃの生き物も居たりするが貰った知識で言えば、動物の範疇らしい。
そうしてアイラが少しの間足になる動物を選んでいるとひときわ大きい鹿がやってきた。
周囲の動物は目を輝かせて場所を譲り、鳴き声を上げて騒いだ。この鹿なら許せる、ということなのだろうか。
大きなその鹿の角は大木の枝を模したかの如く雄々しい。四肢は巨体に対して華奢なようでいてしっかり筋肉が付いているとわかる。
その大きさはアイラを三人乗せられそうで、乗っている途中に寝たとしても安心だろう。森の広さを知らないので重要だ。
アイラと鹿は互いに近づき、見つめ合う。
「乗せてください」
その言葉に鹿は声帯がないか何も言う様子はなく、けれど意思を告げるようにゆっくりとその場に座る。アイラは挨拶混じりで撫でながら抱き着くように乗る。高さはアイラからするとやはり少し大きいらしい。
アイラは鹿の首を優しく叩く。すると鹿はアイラを落とさないためなのか、ゆっくり立ち上がった。
(毛も触るとふさふさだし、ゆっくり立ちあがってくれて優しい子だ。自分の大きさでびっくりしないようになのかな)
「じゃあ、行くよ。おー」
それを合図に鹿は軽やか且つのんびりと歩み始める。そうすればほかの動物も着いてきて鹿の周りを楽しそうに歩いている。
鹿の上に乗っているのでぶら下がっているアイラの素足は時折悪戯のように触れられ、時折身じろぎすることとなっても抗いきれない可愛さの塊達が彼女の周りを歩いていた。故に足裏が唾液塗れになってもアイラには何も文句はない。
木々を縫うように歩き、大きな岩をよけ通りにくい低木も熊のような動物がその身でどかす。
通りにくい坂も、滑りやすい小川も大きな鹿に掛かれば何も問題はなかった。鹿がアイラを乗せ歩く姿はどこか誇らしげに胸を張っている気がする。
問題はアイラの筋力不足だったが、猿などがたまに後ろでサポートしており、そのうち乗り方を覚えたようだ。
鳥類が方向を教え着実に森の外へと向かっている。
「乗り続けるのはちょっと疲れるけど、楽しいな。多分、この森だけの現象なんだろうけど」
動物に惚れたアイラの口角は少し緩んでいるようだが、アイラの知識において本来、動物はすぐには寄ってこない、と記されているので外を知らない彼女から見てもこの光景は異常だとわかる。疑問は尽きないが外を見回ればわかる可能性もあるので、とりあえず放置している。アイラを襲う素振りを見せずに悠々と障害を乗り越える彼らを見てまだまだ先は長いと察した。
のほほんと歩く鹿に揺られながら五回ほど大きな坂を上り、大小ある川を四回渡った頃平和なはずの道中に異変が現れる。
道行く動物たちは徐々に落ち着かない様子で進む先を見つめ始めた。鳥も近距離を飛ぶばかりで先に行く気配はなく、ほかの動物も足取りが重そうだ。
唯一鹿だけが堂々としているが、もも裏に感じる緊張の証。少しだけ汗をかいていて心境を察することができる。被捕食者でありながら小動物のように体を振るわせないのは彼の矜持だろうか。
体の大きな熊すらも警戒しきりでアイラは人間でも来るのかと思い緊張と喜びで胸が高鳴っていたのだがすぐに思い違いだ、と認識した。
初めに空気が曖昧になるのを感じる。それはどこから空気で、どこから呼吸ができないほどの煙に巻かれているのかわからない感覚だ。
その時点で体の小さな動物は足を止めた。
次に薄く白と黒で斑になった煙が立ち込める。問題なく呼吸はできるし異物感もない上視界を保つこともできる。だからこそ歪な気がする。何も吸っていないハズなのに息を止めそうだ。アイラはその時点で前方から威圧感を覚え体の大きな動物も動きを止める。
薄い煙から現れたのは魔獣。森の偏った魔力で生み出されたその存在はアイラの乗っている鹿三匹分の大きさだ。
その姿は大きく捻じれた三本の角に棘の混ざった毛。顔と目はなく狼の顔を醜く潰したような感じで、何よりも体色は黒色の絵具に小さな白を混ぜたような色をしていて見るものに恐怖を与えるだろう。
魔獣がこちらを認識したのか、にじり寄ってくる。
アイラは確信する、やらなければやられると。逃げることは許されなことを体で感じた。
(戦わなきゃ。やらなきゃ、やられる。それに、モフモフが居なくなってしまう。こいつを消滅させられるのは、私だけだ)
この魔力渦まく瘴気の中、抵抗する手段を思い出す。
「私には力があった。みんなを護る力が」
――何をすればいいのか知らなかった。けど、これなら私でもこの世界で生きられる。
アイラは魔獣に会った時、世界を垣間見た。見えたのは断片的な物。それだけでアイラが今後を期待するのに十分な量だが、同時に力を知り、絶望をも知る。しかして最後に勇気を知れば怖いことなんて無い。
アイラは鹿から飛び降り魔獣の目の前に躍り出て、手を広げ虚勢の笑みを浮かべた。
「灰霧纏う夢を、見せてあげる」
ありがとうございました。
下の星、欲しいな。
久しぶりの執筆なので下手なのと、数話の間オノマトペを減らしていため読みにくい、それと三人称でどこまでの記述が許されてるのかで悩みながら書いてます。ストーリーは変えないが表現の修正を行うかも。
追記。前作とは変えました。
アイラの一言
「んぅ……わんこー……」