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第五話 〜はじめての街〜

カールシュの後について歩いている間、この世界について軽く話してくれた。

転生者は年に数人ほど現れることや、この世界では外国人くらいの認識で馴染んでいること。

この地方は比較的温厚な生物が多くて危険が少なく、交易や他国との交流が盛んなこと。

目の前を歩く先輩転生者の背中は、なぜだかさっきよりもずっと大きく見えた。


「ところで、さっき挨拶したときに手を合わせたよね」

カールシュは右手をこちらに見せて、話を続けた。


「とても素敵な挨拶だと思う、けれど」

カールシュは一息ついて言った。

「……現地の人にはやらない方がいいかな。この世界では、手を合わせるのは”主従関係”を表すときか”婚姻を申し込む”ときなんだ。」


俺はあわてて頭を下げた。

「さっきのはごめん。そういう意味があるとは知らなくて……」


「いいのいいの、誰だってわからない内は失敗するもんだ」

カールシュは軽く笑ったあと、真剣な顔になった。


「──大事なのは、間違えたらすぐ直すことだ。この世界は、異国の文化に寛容な連中も多い。だけど、知らなかったからといって、人を傷つけるのは違うだろ?」


その言葉は、俺の胸にストンと落ちてきた。

「……わかった、ありがとう。肝に銘じておくよ」

小さく頷いて、カールシュは再び歩き出した。

その後も、この世界での挨拶や街について話しながら進んでいるうちに、気がつけば立派な石造りの門が目の前に迫っていた。

門の前には、鉄の鎧に身を包んだ門番が二人立っていた。

二人は俺たちを認識すると、軽く目配せを交わし、片方は腰に携えた剣に手をかけ、もう一人が一歩だけ前に出てこう言った。

「シルバーランクのカールシュだな。今回はめずらしく連れがいるな。」

門番は俺をちらりと見た。


「今日召喚された後輩の転生者だよ。巨神鳥に襲われてたところを助けてやったんだ。」

剣に手をかけていた方の門番が背後で噴き出すのが聞こえた。

「こらっ、仕事中だぞ。……ごほん。カールシュ、あんたも冗談を言うのはよしてくれ。」

門番の顔つきが少しだけ和らいだ。


カールシュはごめんごめん、と軽く謝りつつ、続けた。

「カードの使い方や、この街での過ごし方をこれから教えてやるところだ」


門番はふん、と鼻を鳴らした。

「通っていいぞ。……新人、ここでは余計なことをしないことだ。俺たちの仕事を増やさないでくれ」

門番は俺の肩をポンと叩いた。


「わかりました。ありがとうございます」


そんなやり取りをしながら、俺たちは無事に街の中へと入った。

石畳の広い道に、活気ある露店が並ぶ。

見慣れない服や装備を着た人々が行き交っている。

初めて見る異世界の街並みに、俺は思わず足を止めた。


「ようこそ、この地方最大の交易都市セリマルへ」


──カールシュの案内で、まず最初に訪れたのは宿場だった。

大通りから少し離れたあたりにずらりと建物が並んでいる。

カールシュはその中でひときわ目立つ大きな建物に案内してくれた。

宿場案内所と説明されたその建物の奥から出てきたのは、大きな帽子にぶかぶかの服を着た、明らかに気怠そうな雰囲気を纏った女性だった。


「……宿を探しに来たの?」


俺の顔を少し見て、女性は面倒くさそうに言った。


「サーニャさん、彼は新人の冒険者なんだ。色々教えてあげてくれ」

カールシュが俺の代わりに話をしてくれる。

どうやら彼女はサーニャというらしい。


「え、いやだけど」

──カールシュの頼み事は、あっさりと断られた。


「はぁ、まったく……」


カールシュはため息をつくと、机の上に干し肉を置いた。


「えぇ……でもなぁ……めんどくさいにゃぁ……」


サーニャは干し肉をチラチラと見ながら、口の中でぼそぼそと文句を言っていた。


「仕方ないなぁ……」


カールシュはそうつぶやくと、干し肉を更に追加で二つの干し肉を置いた。


サーニャは少し鼻をピクピクさせた後、素早い動きで干し肉を奪って服の中に隠した。


「お前、カードは持っているか?」


少し元気になったサーニャは、俺を見て言った。


「これですか? ありますよ」


「ここに置け」


サーニャは手のひらを差し出す、俺はそれを見て驚いた。

──彼女の指は人間の指よりもずっと短く、肉球がついていた。


「何してる、早く置け」


改めて顔をよく見ると、口元にはヒゲが生えており、鼻の形も人間のものではない。

何より、黄色い目の中から細長い瞳孔がこちらを見つめている。


「優助、紹介が遅れたが、彼女は獣人種なんだ。こう見えてとっても賢くて、獣人種では珍しい魔法を使うんだ」


俺はサーニャの手の上にICカードを差し出した。

……すると、肉球がぼんやりと青く光り、ICカードに肉球型の印が浮かび上がった。


「これで今日からお前は”白耳商会”の宿と取引所を利用できる……入会料は干し肉に免じて無しにしてやるにゃ」


「……にゃ」

思わず、反復してしまう。


「あんまり僕の言葉を、馬鹿にしたら引っ搔く……ぞ」

サーニャはあくびしながら俺をひとにらみする。


「商会利用の会費はランクによって変わる。お前はまだ職業を登録していないから……詳しいことはギルドで聞け」

サーニャは頭をポリポリと搔こうとして、被っていた帽子が落ちる。

帽子の下からは、白い毛と猫のような耳が二つ現れた。


「宿は空いているところを勝手に使っていい。今は……」

大きなあくびをひとつ。


「ひゅう、多分南東の赤い屋根の家が空いてたと思う……後のことは……また今度で……」


サーニャは喋りながらすやすやと寝てしまった。


困った顔をしていると、カールシュが”外に出よう”と手で合図した。

俺はそれに従った。


「彼女はサーニャ・ミュッパ・キトゥー。キトゥー族の獣人で、この街の”白耳商会”の案内役を任されている魔法使いだ」


「珍しい魔法、でしたっけ?」


「この国では、商会を設立するために必要な三つの役職があってね、商会のリーダーとなる商会長、国の連絡係と通信魔法で連絡を取る連絡役、そして、契約魔法で商会と会員をつなぐための案内役だ」


「結構……すごい方なんですね」


「商業系の魔法使いはこの世界では貴重だからね」

カールシュは肩をすくめながら続ける。

「気まぐれでマイペースだが、ああ見えて商人としては上級シルバーランクだ」


話を静かに聞いていると、カールシュは

「……って言っても、ランクとか職業とか、まだわからないよな。その辺についても、またあとで説明しよう」

と優しく言った。


──なんというか、前世のクセで相手が話しているときはつい集中して聞いてしまう。

異世界だということもあって、少し集中しすぎたかもしれない、と軽く反省する。


「とにかく、南東の赤い屋根の家で借家登録をしたら、次はギルドに行こうか」


「……はい!」


俺が明るく相槌をすると、カールシュは軽く笑ってみせた。


──借家登録を終え、部屋に荷物を置いた後、俺たちは街の中央にある酒場に向かった。

街の中で最も目立つ、ひときわ大きな建物からは、人々の楽しそうな声が聞こえてくる。


「ここがセリマル中央ギルド兼酒場だよ。職業の斡旋、クエストの依頼、冒険者の登録、お金の管理とか……まぁこの街で暮らすために必要なあれこれは大体できるって場所だ」


「ギルド、ですか……」


「ああ、冒険者だけでなく、商人や鍛冶師なんかも、この国ではギルドによって管理されているんだ」


どこの国でも国民は細かく管理されてるんだなぁ……書類の整理とか大変そうだ……。


「さあ優助、さっそく職業適性を調べに行こう」

カールシュは酒場の受付と軽く話した後、俺を二階の一室へと案内した。


「お久しぶりです、ミルダさん、また新しい転生者が来ましたよ」


カールシュが丁寧な口調で挨拶した相手は、年齢が100歳を軽く超えていそうな老婆だった。

カールシュに倣って俺も”この世界”での挨拶をする。

ミルダと呼ばれた老婆は、わずかな動きで俺の方へ顔を向ける。


「ほう……巨神鳥に見初められたか……なるほど……これは……興味深い……」


ミルダは、何かをブツブツと呟きながら、机に置いてある水晶を差し出した。

俺は、なんとなく意図を察して水晶を手に取った。


すると、水晶は薄暗い灰色に変化し、砂のように溶けてしまった。


「あっ……ごめんなさい」


俺が慌てて謝ると、隣に居たカールシュは驚いた顔をしていた。


「これは……すごいことが起こったな……」


「えっと、やっぱり水晶を壊したのは、まずかったですよね……?」


「いや、その水晶はそういうものだから大丈夫だけど……とりあえず、ギルドの人を呼んでくるよ」

そう言って、カールシュは小走りで部屋の外へ出て行った。


「えっと……」


俺があたふたしていると、ミルダがこちらに一歩近づいてきた。


「そなたの適正職は……”ストレッサー”」


「ストレッサー……?」

老婆の眼差しを、先ほどより鋭く感じる。


「その身に受けたストレスを、力や魔力に変換する……この世界では最強の、そして最悪の職業だ」

ギルドの喧騒に紛れ、酒場の隅の席にポツンと座っている少女の姿に気が付く者は少ない。

色白な肌、華奢な身体、そして特徴的な細長い耳──。

彼女は、ギルドの階段を上っていく二人の男のうちの一人。矢崎の姿を、じっと見つめていた。


もちろん、彼の容姿に心奪われたわけではない。

彼女に視えていたのは、彼の中に眠る強大な魔力だった。


エルフは種族的な特徴として、人間よりも魔力を敏感に感知することができる。

二階の部屋に入っていく姿を見送った後、彼女は小さな声で囁いた。


「──やっと、魔王を倒せる”可能性”に出会えたよ、先生……」


彼女の声は、誰の耳に届くことも無くギルドの喧騒に飲み込まれた。


予定より遅れたけど働きます。

2025/04/28 投稿

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