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第四話 〜ようこそ異世界へ〜

まばゆい光に包まれた俺は、気づけば前の世界を俯瞰していた。

巨大なビル群と、蜘蛛の巣のように張り巡らされた鉄道網。

ヒトが暮らすためではなく、命を消費しながら働くために造られた街を眺めていた。


──思えば、21年間の人生は、あっという間だった。

もっと遊ぶこともできたはずだ。

子供の頃に所属していた野球のクラブチームは、まだ続いているだろうか。

中学時代の友人たちは今、どんなふうに生きているのか。

高校時代、ほんの一瞬だけ付き合った彼女は、今も元気にしているだろうか。

弟たちは……。

両親は……。


──俺は鳥のようだった。

世界のどこへでも、自由に飛んでいけた。

生まれ育った家の上空にたどり着いたとき、玄関から複数の人影が出てくるのが見えた。

間違いない、あれは、俺の家族だ。

全員、暗い顔をして、真っ黒な服を着ていた。

その瞬間、俺は悟った。


──彼らは、俺の葬式を執り行うのだ。

この世界において、俺の居場所は、もう永遠に失われた。


──不思議と、心は晴れやかだった。

俺の魂は空高く舞い上がる。

生まれ育った町が点となり、日本という島国の輪郭が浮かび上がる。

やがて地球全体が視界に入り、どんどん遠ざかっていく。

たった数秒の、宇宙旅行。


──俺の魂は、まわりの星々と同じ、ひとつの光となった。

夜空を彩る星のひとつとなり、それが、家族に見せる最後の姿だった。

どの星よりも明るく輝き、そして──


──流れ星のように飛び去り、二度と帰らなかった。

──空が、広い。

地平線まで続いている草原の上を、乾いた風が吹き抜ける。

背丈の低い草が揺れ、みずみずしい青臭さが漂ってくる。

辺りを見渡すと、遠くに森があり、その先に巨大な山々がそびえている。

反対側には、轍のように削れた土の道が伸び、その先には煙が上がる街が見えた。


まるでゲームの世界に迷い込んでしまったみたいだ。

新しい世界と現実離れした景色に、俺はしばらくの間見とれていた。

「今更だけど、ここに来て最初に何をすればいいとか何も聞いてないような……」


草原の真ん中でぽつん、と突っ立っている青年──矢崎優助は、今まさにこの異世界へと放り出されたばかりだった。


──ピエーーーッ!!


という動物の鳴き声が聞こえ、空を見上げると、そこには巨大な鳥のような生き物が、円を描くように飛んでいる。

どれくらいの高さかはわからないが、それでも俺の位置からはっきり見えるということは、相当な大きさなのだろう。


──刹那、俺はその生き物と”目が合った”ような気がした。

きっと偶然ではないのだろう。

背中に冷や汗が流れ、俺はハッとした。


「狙われてるっ!!」


俺が草原を走り出したと同時に、空中の巨大な鳥は俺に向かって急降下していた。

非常にまずい状況だ。

俺の前世の記憶には巨大な空を飛ぶ捕食者から逃げる術なんてものは存在しない。


──隠れる? いや、不可能だ。こんな何もない草原のど真ん中で何に隠れればいい?

なら逃げるか? 空を飛ぶ捕食者を相手に、平面的に逃げることなんてできるのか?


どうする……どうすればいい……?

鳥はすぐ頭上まで迫っていた。

俺は一か八か、地面に飛び込んで目をぎゅっと瞑る。


──俺はまだこの世界に来て何も為せてないのに、こんなところで終わりとか……理不尽すぎるだろ!


風を切る音が、耳元で鋭く唸った。


ドンッ!!


地面に体をたたきつけるような音が地響きと共に伝わってくる。

砂ぼこりが舞い上がり、息が苦しくなる。


生きてる? それとも既に丸呑みにされて胃袋の中なのか?

俺は恐る恐る目を開けると──


「えっ」


俺から1メートルほど離れたところに、地面にクチバシを突き刺したまま垂直になっている鳥の姿があった。


──助かった……いや、助かってないかもしれない。まだ目の前に鳥はいる!


「……」


オブジェみたいになっている鳥と再び目が合った。

その瞳はどこか悲し気な感情を宿しており、心なしか同情してしまう。


すると、背後から声をかけられた。


「テーウォン、ディフヴォンス、コー?」


いかにもファンタジーな冒険者という風貌の男性が、聞き馴染みのない言葉で話しかけてくる。

ポカンとした表情で見ていると、男性はハッとした顔をする。

「テークィ、テー、テセカ、コー?」

「テーヒッホ、アイシーカード、コー? マイ、フ」


──今ICカードって言った?

見ると、男性は首から下げた紐付きのカードをこちらに見せてくる。

そういえば、女神様に渡された資料と一緒にカードを渡されたような……。

俺はポケットをまさぐって、中から”ICカード”を取り出した。

カードを見せると男性はうんうんと頷き、自分のカードをもう一度指さした。


俺は促されるがままに、カードを首にかけた。

一瞬、自分の身体に電気が流れるような感覚を感じる。


「……僕の言葉はわかるかい?」


「えっ、日本語!?」


俺は驚いて男性に向き直った。


「転生前に神様から説明があったと思うけど、そのカードを首にかければ、どんな言葉も自動で訳されるんだ」


──そんな説明あったっけ?

いや、もしかしたら渡された資料に書いてあったのかも?

俺は手に持っていたはずのファイルを開いて……。


「無い!?」


「どうしたの? 何かなくしちゃったのかい?」


「えっと、神様から転生前に渡された資料が無くなっちゃって……」


「えっと、それってもしかしてだけど……」


男性は地面に突き刺さった鳥のクチバシあたりを指さす。


「”あそこ”に刺さってる紙のこと?」


さされた方向に目をやると、そこには、無残にも巨大な鳥のクチバシに貫かれたファイルがあった。


「うわあああ……」


俺は思わず頭を抱えた。転生初日でファイルを失うとか、もう運命的に雑すぎるだろ……。


「っと、いけない。いろいろと教えてあげたいろころだけど、まずは……」


男性は鳥の方へ向かうと、優しい手つきでクチバシを地面から引き抜き、鳥を放してあげた。

そのまま、ボロボロになったファイルを拾って俺に渡してくれた。


「僕はカールシュ。五年前にこの世界に転生してきたんだ。」


ファイルを受け取った後、俺はなんとなく手を握ってみる。

「俺は矢崎優助……ユウスケでいいよ」


「やっぱり、ユウスケも転生者だよね。”これ”がユウスケの世界での挨拶なのかな? 素敵な文化だね」


実際には、日本式の挨拶はお辞儀が基本で、握手は”海外向け”の挨拶なのだが、説明するのもおかしな話だな、と思いつつ、ふっと鼻で笑ってしまった。


「安心したかい。僕も転生してすぐは君みたいにパニックになって大変だったよ……でも、こうして出会えてよかった。」


忘れていたが、俺はたった今巨大な鳥の襲撃から助けてもらったところなのだった。


「そういえば、あの鳥から助けてくださり、ありがとうございました」


「ああ、そのことについては……」

カールシュは頭をポリポリとかいて、気まずそうに言った。


「あの鳥、狩りが下手すぎて絶滅種に指定されている鳥だから、多分僕が来なくても君は助かってたんだよね、あはは……」


「……いやいや、それでも普通に怖かったですから! 心臓止まるかと思ったし。」


思わず声を張ってしまうと、カールシュは申し訳なさそうに笑って自分の手を重ねた。


「ごめんよ、でも、ああ見えてあの鳥、目が悪いからキラキラしてるものを無差別に襲うクセがあってさ。多分君の持ってたファイルが光に反射したのをうっかり突いちゃったんだろうね」


「そんな……」


──ってか、その理論だったら俺のファイルに大穴が空いたのって相当運が悪かったってことなのか……。


「ともかく、ここでずっと立ち話をするのも何だから、近くの街まで案内するよ」

カールシュは笑って肩をすくめると、歩き出した。


俺は慌ててその後を追いながら、ふと聞いてみた。

「そういえば、あの鳥ってなんて名前なんですか?」

「ああ、あれかい? ”巨神鳥”っていうんだよ」

「大層な名前だな!? 生態めっちゃアホっぽいのに!!」

「ここら一帯では、最大クラスの生物だからね。昔の人は神の遣いだと信じてたらしいよ」

思わず出たツッコミにも、カールシュは優しく説明してくれる。


──俺の、異世界での生活が始まった。

巨神鳥と呼ばれるその生物は、人間よりも大きな体躯を持ち、二人の人間を見下ろしながら自分の巣に向かって飛んでいた。

種族的な特性により彼らは目が悪い。

しかし、代わりに空気の振動や地熱を敏感に察知する器官を有しており、それで世界を認識している。

鳥は山奥の祠の近くにある自分の巣へと舞い戻った。

到着すると、大きなクチバシを開いて、口の中に残った土をすべて吐き出した。

すると、巣の奥から数匹の雛がよちよちと這い出してきて、土の中にいた小さな虫を美味しそうに捕食した。

巨神鳥は土の中に混ざっていた紙切れを慎重にクチバシで咥えると、祠の傍に、まるで”奉納”するかのように置いた。


鳥も働きます。

2025/04/23 投稿

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