9.平山の村《フォスタ ヴン》
どこまでも草と石が続く、茜色に染まった世界。
その中に獣たちの侵入を阻まんと立ちふさがる、大きな柵。
大型獣を想定しているためか、村の男三人ほどの高さの障囲がやってきた山田太郎とカイトを出迎えた。
「さて、と。ここが平山の村だね」
「ここが……」
守衛たちの守る入口を抜け、村内に入った太郎はしばらくぶりに見たカイト以外の人の姿に安堵と驚嘆の声を漏らしていた。
「俺もこの村には初めて来たけど、意外にちゃんとした村だったな」
「意外にってどういう意味だよ」
「この辺りはマルキウルフみたいに大型のモンスターも多いからね。あまり村として残ることは少ないんだよ」
「そうなのか――」
立っている柵の先を見上げ、太郎は自身の幸運に感謝していた。
大の男ほどある木の何本も組み合わせて作られた柵。それは襲来するモンスターの巨大さや強靭さを物語っており、そんな獣たちが生きる地平を何の装備もなくしばらく歩き続けていたことに太郎は自分の背筋が凍りつくのを感じていた。
「ってことは俺が人のいる村に来れたのって」
「そ、偶然……というか奇跡だね。普通だっららまずマルキウルフたちのエサだっただろうね」
「…………」
ハッハッハと笑うカイトに、無言で睨みつける太郎。
助けてもらった恩を差し引いても余りある恨みの念を表すも、当の本人にはまったく伝わらず、軽やかな笑い声だけがその場に響いていた。
「ま、立ち話も何だし、夕食がてら話でもしないかい? 君のその”神様の落し物”について乾杯しようじゃないか」
「”神様の落し物”?」
「そ。今日君が掴んだみたいな、奇跡的な幸運のことをそう呼ぶんだ」
「へぇー、”神様の落し物”、ねえ……」
立ち話に花が咲き始め、一向に足を進めようとしない太郎。そんな彼の肩にしびれを切らしてしまったカイトの腕が飛び乗り、石のように固くなっていた太郎の足を動かそうと促す。
非力な太郎が抗えないほどの力を込めて強引に歩みを始めるその姿は、人目につかない所へ連れ込もうとする人攫いと遜色がない様相だった。
「さ。早くしないと席もなくなるし、行こうか」
「あ、ああ――」
カイトに肩を組まれ、村の中へと進んでいく太郎。
彼の腹からは食事の誘いに応じるように、空腹の声が上げられていた。
平山の村にある、唯一の酒場『天使の息吹亭』。
そこには今日も、大勢の客が酒に、料理に、人々との出会いに感謝し、一日の疲れを吹き飛ばしていた。
「さて、それでは山田太郎君の”神様の落し物”について――」
乾杯、とそれぞれ手にした木製ジョッキを傾け、中の液体を飲み干す太郎とカイト。
すかさず商機を見逃さずにやってくるウェイトレスが空いたジョッキに次の一杯を注ぐ。
カイトの身なりを値踏みしながらすかさず次の注文を受ける様に太郎は感心していた。
「――っと、今日は俺のオゴリだから遠慮なくやってくれ。マルキウルフも狩れたしね」
「いいもの?」
カイトに謝辞を述べ、次々に運ばれてくる料理に口をつけていく太郎。上機嫌に焼かれた魚に口をつける出資者に遠慮したい反面、背中に集まる店員たちの熱い視線に押され、骨のついた肉にかぶりついていく。
「ああ。あのマルキウルフ、かなり大きかったからね。予想以上にいい値段で売れたからさ」
「売るって、でもカイトさん――」
「ああ、カイトでいいよ」
よそよそしい太郎の様子にニッとした笑みを見せ、空いた彼の皿に肉の乗せていくカイト。
一枚、また一枚と乗せていくにつれ、太郎の表情が重くなっていくのが楽しくなり、山盛りの肉を作り上げるまでその手が休まることはなかった。
「俺みたいな冒険者は魔物の毛皮や牙、肉なんかを集めて商会に売ったりして金にするんだよ。でもさ、あんな大きな魔物担いで街の中に入るわけにもいかないだろ。そこでこれ――」
そう言って、カイトがポケットから取り出した小さな袋。人の頭一つほどの大きさの袋がぽっかりと口を開けて太郎の前に置かれた。
「――この魔法の袋の出番ってわけ。こいつの中は異次元に繋がっていて、大抵の物はこの中に納まってしまうってわけさ」
「へえー、こんな袋に――」
「おっと、覗かない方がいいと思うよ。特に”食事中”は、ね」
暗い闇に包まれている袋の中を見ようと口を開けようとした太郎をカイトが制す。その言葉の意に太郎の表情から血の気がサーッと引いていく。
「まあ、君の場合は食事中じゃなくてもやめておいた方がいいかもね」
生きたままの魔物を捕まえる場合もあると付け加えるとカイトは再び料理に手を伸ばす。
何を気にするわけでもなく食事を続ける彼に、太郎は一抹の不安を覚えた。
(もしかして、この食事って俺を太らせてこの中にいる魔物に食べさせるため……?)
頭によぎるバカバカしい考えに太郎の手はより一層重くなっていった。
はじめての方、はじめまして。そうでない方、ご無沙汰しております。氷雪うさぎと申します。この度は本作品をお読みいただき、ありがとうございます。
この作品はラノベ大賞作品を書くにあたって、準備運動や長らく作品を書いていなかった自分の文筋(作品を書く力)を鍛えなおす一環で書いています。
だいたい60分を目安に執筆時間を区切って書いていますので、文量は多少バラついてしまいますが、できるだけ毎日書く形でお送りしようと思いますので、どうか最後までお楽しみください。
今回で九話です。文字数だけならばそろそろそれなりの量になって、ようやく一話分くらいの大きさになったのではないかなと思っています。
本当は話中に出てくるウエイトレスの女の子についてもっといろいろと書きたかったのですが、作品上『店員A』くらいの子になるのであまり書けないジレンマと戦っています。女の子をそろそろ書きたい……書きたいです……!
それではまた次回の後書きでお会いいたしましょう。
氷雪うさぎ