5.空気の刃《サデンリーアタック》
眼前に立つ少年に食らいつかんと跳びかかる大きな狼。
万策尽き、己が最期を受け入れ、目をつぶる少年。
目前に控えた食事にマルキウルフの口元からは涎が飛び出し、少年の顔ににちゃりと張り付く。
独特の臭さと粘り気のある水気からくる不快感を忘れ、自身の”終わり”に体を震わせる少年。
これから迎える満腹の至福感に思いを馳せ、その”時”を今か今かと待ちわびるマルキウルフ。
開かれたマルキウルフの口から漏れた湿り気のある息が少年の頬を撫でる。
一人と一匹の間にあった距離はほぼなくなった。
これが肉となるはずだった弱き人間――少年と、それを食するはずだった強き獣――マルキウルフとの間にあった、一瞬の出来事であった。
その場にいた少年とマルキウルフがともに理解していた”変わることのない未来”。
しかし、その結果は突如として吹き抜けた一陣の風によって簡単に覆ってしまった。
「ギャッ!? グギギャッ!?」
風と共にやってきた空気の塊――三日月状の斬撃がマルキウルフを襲う。
空気の刃が横腹に沈み、その身を切り裂こうとするも、巨大狼の体に比して小さな一撃が与えるダメージは弱く、浅い傷を負わせるだけに留まっていた。
しかし、傷こそ深くはないものの、内包していたエネルギー量は大きく、少年に食らいつかんとしていたマルキウルフの体をその場から弾け飛ばし、大地に沈ませることに成功していた。
「キャヒンッ!? グルルルル……!」
「…………?」
思いがけない事態に驚き、苦しむような声を上げてその身を横たわらせるマルキウルフ。おそるおそる目を開け、自分を食べようとしていたものが突然負傷したことに、少年は現状をきちんと理解できないでいた。
(――いったい何が起こったんだ?)
横になり、苦痛の声を上げるマルキウルフ。
傷口からは血が溢れ、白い毛並みを紅に染め上げていく。
染め上げてもなお体を流れ、滴る血が落ちて形づくる血だまり。
痛みに耐えながらも周囲を探るマルキウルフには警戒の色が見え隠れしていた。
はじめての方、はじめまして。そうでない方、ご無沙汰しております。氷雪うさぎと申します。この度は本作品をお読みいただき、ありがとうございます。
この作品はラノベ大賞作品を書くにあたって、準備運動や長らく作品を書いていなかった自分の文筋(作品を書く力)を鍛えなおす一環で書いています。
だいたい60分を目安に執筆時間を区切って書いていますので、文量は多少バラついてしまいますが、できるだけ毎日書く形でお送りしようと思いますので、どうか最後までお楽しみください。
今回で五話目です。ようやく少年にファンタジーらしいお話が見え出したのではないでしょうか。
相変わらずの遅筆のおかげでまだまだ話が進まない予感がしますが、引き続き頑張りたいと思います……!
それではまた次回の後書きでお会いいたしましょう。
氷雪うさぎ