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お気の毒ですが神々の争いに巻き込まれてしまいました  作者: no name
1.始まりの村とモラトリアムの終わり
17/21

17.契約対価《ヴォータム》

 蝋燭の明かりによって照らされる室内。

「それではこれをどうぞ――」

 長らくベッドに沈んでいた腰を上げ、当惑する少年――山田太郎(やまだたろう)に女神――オーティスはスッと手にしていた腕輪を差し出す。

 彼女に促されるままに受け取った金の腕輪からは部屋いっぱいに放たれていた光はすっかり失われおり、地金の持つ煌びやかさだけがそこには残されていた。

「……これは?」

「神との契約の証――フークディニルです」

「フーク、ディニル……」

 オーティスから受け取った腕輪をまじまじと見つめる太郎。

 腕輪には宝石などの輝く石が一つもつけられておらず、見た人を唸らせる細やかで雅な装飾だけが施されていた。

 その細工だけでも十分に持つ者の生活水準の高さを推し量ることができたためか、太郎は表情を曇らせる。


 目の前にいる少女――オーティス。

 神とはいえ、見た目だけならば自分よりも幼さの残る少女がこのような価値の高い装飾品を持っているはずがない。

 ならばどこで”コレ”を手に入れたのか。

 どうやって”コレ”を手に入れたのか。

 誰から”コレ”を手に入れたのか。


 そうした疑念の一つ一つが、手にしたフークディニル(腕輪)を素直に受け取れない理由となって、太郎の表情を曇天のような晴れないものにしていた。

「随分と高そうな腕輪だな。どこから()ってきたんだ?」

「盗んでないですよっ!」

 ジトリとした太郎の目に、両手を振り上げて怒りの意を表明するオーティス。

 顔色こそ紅いものの、その表情は太郎への不服でいっぱいになっていた。

「いいですか? このフークディニル(腕輪)は別名”神の恩恵”とも言って、私たち神々との契約の証であると同時に契約者――”神の使徒(エクスミード)”に力を与える腕輪なんです」

「へえ……で、どこの神様からいただいてきた腕輪なんだ?」

「だから盗んだものじゃないですって! 私が作ったんです! さっき見てましたよね!?」

 未だ疑いの眼差しで腕輪と金髪碧眼(きんぱつへきがん)の神を交互に見やる太郎に、オーティスの頬は今にも爆発してしまいそうなほど膨らんでいた。

「だいたい、この”神の恩恵(フークディニル)”の力は契約した神と契約者(エクスミード)との間でしか発揮しません。だからもし仮に、私が腕輪(コレ)を他の神から盗んできたとして、この腕輪ではあなたと”契約”することはできませんし、もし契約したフリをしたとしても、何の力も発現しませんからすぐにバレてしまいますよ」

「わかったわかった。余計な事言って悪かったよ」

「次変なこと言ったら”契約”やめようかな……」

 顔面いっぱいに怒りを表現する少女の神(オーティス)に続きを促す太郎。

 まるで子供をなだめるような扱いに憤慨するオーティスだったが、すぐにそれが徒労で終わってしまうことを理解すると、大きな息を一つ吐いて話を切り上げた。

「それじゃあこの腕輪を手につけてください」

「これでいいか?」

「はい。では――」

 言われるままに金の腕輪――フークディニルを左腕につける太郎。

 少年の装備が終わったことを確認し、オーティスは目を閉じる。

「古の盟約に基づき、ここに宣言する――」

 わずかな間をおいて彼女から言辞が述べられていくと、輝きのない金の腕輪(フークディニル)から光が溢れ、再び室内を金色に染め上げていく。

「我が力を顕現する器として、汝その命運尽き果てるまで神殺しの禁を破るものなり。されば求め訴えよ。女神オーティスの名において、汝の望みを糧に我が矛をここに宿さん――」

 口上が進むにつれて、太郎の左腕――その腕につけられたフークディニルの発する光は強くなり、そこにいるものたちの視界を眩い光で覆いつくした。

「――汝のその身を以って……ここに契約す!」

「う……うぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 オーティスの語気が強まる。それに合わせて腕輪の光が一層強くなる。

 輝きを増した光に太郎は叫び声を上げ、反射的にその目を閉じた。


 部屋に備え付けられた蝋燭(ろうそく)台。

 灯された火はゆらゆらと揺れ、その灯りが作る二つの影がゆらめく。

 太郎の左腕に在る金の腕輪――フークディニル。

 部屋いっぱいに放たれていた光はすっかり失われおり、地金の持つ煌びやかさだけがそこには残されている。

 短いながらも太かった蝋燭がほとんど原型を留めないほどにまで溶けていることを除けば、太郎が目を閉じる前とほぼ変わらない光景がそこには広がっていた。

「……これで、契約は完了です」

「見た感じ、何も変わってなさそうだけど……本当にこれでモンスターと戦うことができるのか?」

 手で拳を作っては開き、腕に力を込めては力を抜きを繰り返し、体に変調がないかを確認する太郎。

 その一方で、オーティスは再び頬をりんごのように赤く染めて顔を俯かせていた。

「ええ……とは言っても、あなたの場合は戦い方や体の使い方から鍛錬していく必要があるでしょうけど」

「そっか。まあなんにせよ、これでようやくスタートラインに立てたんだ。よかったよ」

「そう、ですね……」

「なあ、どうしたんだ? もしかして、まだ何かあるのか?」

「いえ、契約自体は終わったのですが……」

 不思議がる太郎に、オーティスは顔を上げずに続ける。

「その……あなたたち契約者は私たち神の代理――”神の使徒(エクスミード)”として戦う代わりに、一つだけ願いを叶えてもらうことができるんです」

「願い?」

 聞き返してくる太郎に、オーティスは小さく頷いた。

「文字通り、契約者が願ったことを一つだけ。その大きさや叶えられる内容は契約した神の大きさ――つまり、この世界に対する影響力の大きさに依りますが」

「それって、契約した神によってはどんな願い事でも叶えられるってことなのか。例えば……俺の思い出せない記憶を思い出させてくれ、とか」

 もしかすると……と、淡い希望を抱く太郎の言葉にオーティスは首を横に振った。

「ごめんなさい。私では力不足で叶えられないんです」

「それじゃあ、俺を元の世界に帰してくれ……とかも」

「……ごめんなさい」

「じゃあ、俺の記憶が失われた理由を教えてほしい、はどうだ?」

「……ダメなんです」

「それならば――」

「……すみません」

「ならば――」

「残念ながら……」

「だったら――」

「それも……」

「負けるかーっ! これならどうだーっ!」

「おしいですが――」

 あの手この手と、太郎が考える願い事の数々。

 それらにことごとく、オーティスは『No』の答えを出していった。


 太郎が願い、それをオーティスが却下し続けること半刻。

 手を替え品を替え――当初の”山田太郎が失った記憶を取り戻す”ことや”山田太郎が元いた世界に帰る”ことから離れた様々な内容の願い事が出てきたものの、そのいずれも叶えられることはなかった。

「……なあ、神様よ」

「……はい」

 そんなやりとりが続き、太郎のフラストレーションは噴火寸前にまできていた。

「……お前、俺の願い叶える気ないだろ?」

「い、いえ、そんなことは」

「だったらなんで俺の言うこと全部却下するんだよ! 普通は『高級装備一式と、向こう一ヵ月の生活が欲しい』くらい叶えられるだろ!」

「うぅ……ごめんなさい」

「なんでだよ!? チクショー!! ってか顔上げろーっ!!」

 当座の生活保障についての願いですら断る女神に、思わず叫び声を上げる太郎。

 そんな我を忘れた彼を正気に戻らせたのは皮肉にも隣の部屋からの、

「うるさい! こんな夜中にデカい声出すな!」

 という、苦情の大声だった。


 隣人の声に、水を打ったように静まり返る室内。

 爆発した太郎の感情も、水をかけられたたき火のようにプスプスと不完全燃焼を起こしていた。

「なあ、オーティス。実際、どんな願いなら叶えられるんだ?」

 その一端は声のボリュームこそ小さくなったものの、荒々しさを残す太郎の物言いにしっかり表れていた。

「ごめんなさい……。実は私、神々のなかでもかなり力のない部類の神で……せいぜい明日の天気を希望のものに”寄せる”くらいしかできないんです」

「ちなみにその”寄せる”ってのはどれくらいなんだ?」

「……雨の日にちょっとだけ晴れ間をのぞかせるくらい、です」

 明らかに冷たい視線を向ける太郎に、顔を上げることもできず小柄な体をより小さくして答えるオーティス。

 おずおずと、そんな彼女から出された結果に、

「それ、ほとんど叶えられてないじゃん……」

 契約した神を間違えたかもしれない、と絶望する太郎だった。



 己の命を対価にして得られる願い事にまったく価値がないことを知って肩を落とす太郎。

 顔を俯かせ、床を見つめるオーティス。

 二人の口が閉じ、物音一つしない沈黙の時間が続く。

 話すことを禁じられたわけでもなく、また憚られているわけでもないが、太郎もオーティスも発現をすることなく、ただ時間だけが過ぎていった。

「その……私が叶えられることと言ったら、あとは――」

 終わりの見えない音のない静音をオーティスが切り裂く。

 ランプの灯によって照らされる頬は赤橙(せきとう)色に照らされるも、上気した肌の色と混ざり、すぐに紅緋(べにひ)の色に塗り替わっていった。

「――あなたと一夜を共にすることくらいしか……」

「い、一夜を共にっ!?」

 穏やかな水面にそっと石を落としたようにボソリと出されたオーティスの言葉。すぐに薄暗い室内に消え入ってしまうほどの弱々しい――小さな波紋のような声だったが、太郎にとってはその場のすべてを押し流してしまいそうな――大きな波を一身に受けるような衝撃があった。


 小さな女神、オーティスが口にした――『一夜を共にする』という言葉。

 その意味が文字通りであるならば、オーティスと”一緒に”ただ”一晩を明かす”という、男女混成の旅人たち――特に旅費に困っている者たちの間では至極当然のように行われている”コト”を指している。

 だが、太郎はこの薄暗い部屋で幾度となく目にしていた。

 幼さの残る金髪碧眼(きんぱつへきがん)の少女が見せた――

 りんごのように赤く染まった頬を。

 俯き、太郎に見せまいと隠した表情を。

 その場から消えてしまいたいと言わんばかりに縮こまらせていた身体を。


 それら一つ一つが、太郎に『一夜を共にする』という言葉が持っている”別の意味”を連想させ、彼の平静をあっという間に奪い去ってしまっていた。

「お、おい。その、い、いい、一夜を共にって、そそそ、それはつまり……」

 太郎の質問に、オーティスは何も答えない。肯定も否定もせずにただ無言を貫く。

 小さな女神がとったその返事に、彼女の契約者である少年の顔にもりんごのような赤の色をともらせていた。

「あ、安心してくださいっ。他の(ひと)たちから”良くある事”だって聞いて予習はバッチリですので。ただ、あの、こんな姿ですけど、その、”お務め”はきちんとできますから――」

 次から次へと、オーティスが早口に言葉を並べていく。

 太郎に口を挟ませる余地を与えない勢いで言説を継いでいくなか、蝋燭がその一生を終えて燃え尽き、室内に月明りが頼りの暗闇が訪れた。

「俺は――」

 互いの顔はおろか、その姿も確認できない黒闇(こくあん)

 突如として襲来した暗転に驚きの声を上げるオーティスへ向けて、

 太郎は静かに己の”願い事”を告げた。

 はじめての方、はじめまして。そうでない方、ご無沙汰しております。氷雪うさぎと申します。この度は本作品をお読みいただき、ありがとうございます。

 紆余曲折ございましたが、結局掲載期間にバラつきが出るものの『キリのいいところまで書ききる』形で作品を出す形に落ち着きました。これまでと違って毎日は掲載できませんが、その分読みごたえが出るよう努めていきますので、どうか最後までお楽しみください。


 今回で十七話目です。オーティスちゃんの真っ赤なお顔は尊い……! そんなことを思いつつ、あと少し……あと少し……と、キリのいいところまで書き進めていたら結構な文量になりました。

 掲載が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。


 さて、金髪ロリ女神のオーティス様と自分の名前すらわからない少年の山田太郎(仮)君との”神の使徒(エクスミード)”の契約のお話も終わり、長かった夜が明け……たいのですが、次回のお話は少し閑話休題になります。

 ですが、こちらも目が離せないお話になりますので、どうか次回もお楽しみにしていただけると幸いです。


 それではまた次回のお話でお会いいたしましょう。



氷雪うさぎ

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