16.契約条件《タラタティーバ》
部屋に備え付けられた蝋燭台。
太郎の手によって付けられた火がゆらゆらと揺れ、その灯りが作る二つの影がゆらめく。
時折聞こえる嗚咽の声を聞かないように、椅子に座って外を眺める少年――山田太郎。
ベッドに腰かけて、漏れ出てしまう声を必死に押し殺している少女――オーティス。
まるで金縛りにでもあったかのように動かない二人をあざ笑うかのように、蝋燭の灯に合わせて二つの影法師がゆらりゆらりと揺れていた。
台に刺さった蝋燭の形が崩れ、溶けた蝋が受け皿に溜まっていく。
動きのない二人で遊ぶのに飽きてしまったのか、二つの影法師もすっかり大人しくなってしまっていた。
「……すみません。もう、大丈夫です」
落ち着きを取り戻し、伏せていた顔を上げるオーティス。
笑顔を取り繕うも、泣き腫らした目元は真っ赤に染まっており、その顔を見た太郎にも彼女がどれだけ泣き続けていたのか、想像させるには十分なほどだった。
「改めて本題に入りたいのだけど……いいのか?」
「せっかく太郎さんが”契約”して神の使徒になる気になってるんです。いつまでも泣いてる場合じゃありませんから」
太郎の気遣いに、精一杯の笑顔を見せるオーティス。
ぎこちなく作られたその笑顔に、太郎はどう言葉をかければいいのか、わからなくなってしまった。
「……わかってるとは思うが、『山田太郎』って名前は仮の名前だからな」
「え゛っ!? そうなんですか?」
「お前、俺のこと何も知らないで”契約”しようとしてたのか」
「あ、いや、その……はい……」
「ほんといい加減だよな……」
結局、彼女の心境については何も言えず、ただ軽率な契約者選定方法について苦言を投げることしかできなかった。
「俺は自分が何者なのか、名前すらわからないんだ。だから、俺のことを知ってる人間を探しに行きたいし、そのために必要な力が欲しい」
太郎の目の前にマルキウルフとの戦いの光景がフラッシュバックする。
己にできることのすべてを尽くしても決して覆ることのない結果――死。
その未来を容易く変えてしまった男――カイトの姿が太郎にとっては羨ましく、そして妬ましくも思えた。
「俺の旅の邪魔をしないなら、あんたの願い事にも協力する。それでいいか?」
太郎の言葉に、無言で頷いて肯定の意を伝えるオーティス。彼女としても、太郎が”契約”に応じること、そして強くなることには何の異論もなかった。
「よし! なら話は決まりだ。さっそく”契約”しようぜ」
「そ、そうですね……」
「…………?」
清々しく笑う太郎に、深い碧色の目を伏せ、頬を染めるオーティス。
先刻まで声を殺して泣いていた金髪碧眼の少女の変わりように、太郎は戸惑いを隠せなかった。
はじめての方、はじめまして。そうでない方、ご無沙汰しております。氷雪うさぎと申します。この度は本作品をお読みいただき、ありがとうございます。
この作品はラノベ大賞作品を書くにあたって、準備運動や長らく作品を書いていなかった自分の文筋(作品を書く力)を鍛えなおす一環で書いています。
だいたい60分を目安に執筆時間を区切って書いていますので、文量は多少バラついてしまいますが、できるだけ毎日書く形でお送りしようと思いますので、どうか最後までお楽しみください。
今回で十六話目です。ようやく山田太郎君もこの世界という盤面において、女神オーティスのコマとして登場することになりそうです。
これからどうなっていくのか、楽しみにしていただけると幸いです。
それではまた次回の後書きでお会いいたしましょう。
氷雪うさぎ