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お気の毒ですが神々の争いに巻き込まれてしまいました  作者: no name
1.始まりの村とモラトリアムの終わり
15/21

15.暗室の涙《テルミナティーオ》

 静音な部屋。

 椅子に座る少年――山田太郎(やまだたろう)

 ベッドに腰かけ、俯く少女――オーティス。

 葉からこぼれ落ちる雫のように、一つ、また一つと言葉を落としていくオーティスを太郎は何も言わずに見つめていた。

「その、”契約”について、なんですが……その前に私たち”神”が行っている”戦争”についてからお話します――」

 オーティスの口から紡がれる”戦争”という言葉に静観している太郎の指先がピクリと動く。

「――私たち”神”はその昔、”神々の頂点”を手にするために争いを続けていました。いかに他の神々を蹴落とすか、どうすれば致命的なダメージを与えられるか……当時はみなそんなことばかり考えていました」

 まるで神に許しを請うかのように手を組んで声を絞り出す、自らを”神”と称す少女。

「それこそ、私たちの争いによって下界――あなたたち人間たちが暮らしている世界がどうなるかなんて、誰も考えていませんでした」

 祈るように組んだ手は震え、吐き出す声は上ずり、俯く顔からは涙がこぼれ、その膝を濡らしていく。

 そのことに気を向けることなく、神の少女は言葉を続けた。

「空気は淀み、水は腐り、土からは生気が失われ、森は枯れ果ててしまい、そこで育まれる生き物たち……そしてそれを糧にしていた生物たちはすぐに死に絶えていきました」

「…………」

 地獄絵図――太郎の脳裏にその言葉がよぎった。

「毒に侵された……魔物たちの放つ瘴気によって……疫病は流行り、残されたわずかな大地や、海も、業火によって……焦土と化して……」

 嗚咽まじりに語るオーティスの姿に、太郎は思わず目を背けてしまう。

 人々が救いや恩恵を求め、日々信仰を欠かさない神々が行った非道。

 そしてその被害を承知のうえでも”神々の頂点”という我欲を押し通したことに太郎は返す言葉を失い、ただ”神”が背負う罪の重さに潰れそうになっている少女の涙を見ないようにすることしかできなかった。

「……そして、私たち神々は絶滅しかかりました」

「え……?」

「私たち”神”は人や動物、精霊などの様々なものたちの信仰によってその存在や力を強くします。そのため、私たちは自分たちの撒いた戦火で自分たちを信仰してくれるものたちを滅ぼしかけてしまい……」

「信仰そのものがなくなってしまった、から……?」

 太郎の言葉にコクンと頷くオーティス。

 自らの力で自らの種を滅ぼす――分別という知性を持つ種族ではまず見られない、ましてや人類に知恵や知識を授けたとされている神々では起こるはずのない惨劇がその場にいた二人から言葉を奪い去ってしまう。

「……幸い、世界が滅亡する前に”神々の頂点”は決まり、世界はもとの平穏を取り戻すことができました。失われていた自然や生命も徐々に戻り、今の姿に落ち着きましたが……」

「また争いが始まってしまった、と?」

 小さく頷くオーティス。その意味する顛末に太郎の表情が強張る。

 再び始まる神々の争い――それはこれまでオーティスが話したことがもう一度起こることを意味しており、太郎が抱いた阿鼻叫喚(あびきょうかん)の世界が目前に控えているということだった。

「前回の勝利者である神――ルーシロッテが身を隠してしまい、神々の間では再び誰が”神々の頂点”――つまり、神々を束ねるものになるのかで(いさか)いが起きるようになりました」

 目にたまる涙露(るいろ)を拭うオーティス。浮いた声を抑え込み、今にも消えりそうな言葉を紡いでいく。

「ただ、前回の戦争(しっぱい)をもとに、神々の間で一つの協定(ルール)が作られました」

「ルール?」

「はい――」

「っ!?」

 オーティスの両の手が膝の上――何もない空間に置かれる。彼女の双眸(そうぼう)が閉じられると、”そこ”から眩い光が溢れだし、太郎の視界を白黄(はくおう)の色で埋め尽くした。

「……っ……腕輪……?」

 光が弱まり、再び室内に闇夜の暗黒がもたらされる。

 再び室内の薄暗さに目が慣れ始め、発光した空間――オーティスの手元を窺う太郎の目に、静かに光を放つ腕輪の姿が映った。

「はい……。私たち”神”と契約を交わした者の証としてこの”腕輪”を与え、私たちの代理――”神の使徒(エクスミード)”として戦わせる、というものです」

「それじゃあ、あんたが言っていた”契約”っていうのは……」

「ええ。私の”神の使徒(エクスミード)”になって、この戦いに参加してもらうことです」

「ふざけるなよ……!」

 太郎の視線に怒りの色が灯る。

 静かに椅子から腰を上げ、ベッドに座る少女を見下ろす。その目には蔑みに満ちており、眼前の少女が我欲のために世界を犠牲にした神々と同種のものであったことに声を震わせていた。

「あんた、前回の”戦争”でどれだけの人間が、自然が死んだかわかってるよな? それなのに戦いに参加するって言うのか? ふざけんなよ!」

「私は止めたいんです! この戦いを! こんな……争いばかりの世界を!」

 太郎をキッと睨み、オーティスは声を荒げる。

「戦って神々の長を決め、そしてまた戦いで次の長を決める……そんな争いの連鎖を断ち切りたいんです! だからどうか……どうか……!」

 目から大粒の涙を流し、声を大にしてオーティスは叫んだ。

 両手でつくった手の器に収まる”腕輪”を太郎の前に差し出し、オーティスは哀願(あいがん)する。

 その様はまるで神に祈りを捧げる信徒のようであった。

「お願い、します……!」

 何も答えない太郎に、オーティスは自らの願いを声にする。

 何度も何度も――拒絶を見せた少年が振り上げた己の意思を下ろすまで、彼女の涙声(るいせい)は部屋の中に上がり続けていた。

「…………はぁ……。わかったよ」

 長い沈黙を押し込んだような深く、重たい息を吐き捨て、太郎が口を開く。

 諦めや妥協といった負の感情を失ったその表情はどこか清々しく、穏やかなものをしていた。

「あんたのその願い、俺が叶えてやるよ」

「それじゃあ――」

 泣き続けたオーティスの顔にわずかに光がともる。

 太郎が見せた小さな笑みに、その頬は赤く染まり、大粒の涙を流していた。

「あんたと”契約”してやるよ。元々そのつもりだったしな」

「あ……ありがとう、ございます……!」

 わずかに掠れた声で、オーティスは笑顔を見せる。

 その顔は無理矢理作った笑みと涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 はじめての方、はじめまして。そうでない方、ご無沙汰しております。氷雪うさぎと申します。この度は本作品をお読みいただき、ありがとうございます。

 この作品はラノベ大賞作品を書くにあたって、準備運動や長らく作品を書いていなかった自分の文筋(作品を書く力)を鍛えなおす一環で書いています。

 だいたい60分を目安に執筆時間を区切って書いていますので、文量は多少バラついてしまいますが、できるだけ毎日書く形でお送りしようと思いますので、どうか最後までお楽しみください。


 今回で十五話目です。今回は少しお休みをいただいたこともあって、長めにしました(話のキリがつかなかったのもありますが……)

 ようやくオーティスとともに神々の争い事に参加することを決めた山田太郎。しかし、ただの人間の彼がどうやって戦うのか……次回をお楽しみください。


 それではまた次回の後書きでお会いいたしましょう。



氷雪うさぎ

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