13.神様の娘《オーティス》
夜も更け、光量の足りない明かりも相まって薄暗い店内の酒場――『天使の息吹亭』。
その薄暗さの中でも明るさを失わない金髪と、白磁のような肌の少女。
思わず目を奪われてしまうその出で立ちに、その場にいる者たちの視線を独り占めにしてしまう。
しかし、今の彼女に向けられている想いは目じりが下がるような好意ではなく、みなが暗黙に守ってきた酒場のルールを無視したことに対する敵意だった。
「あんたはたしか……えっと……」
「そういえばまだ自己紹介もしていませんでしたね――」
周囲から刺さるような視線を気にも留めず、少女はニコリと笑う。
「――私はオーティス。一応”神様”です。よろしくお願いします……えっと……」
言葉の詰まりとともに金髪の少女――オーティスの笑みが固まる。
「…………」
話を遮らないように静観する太郎。
「えっと、その……あはは……」
「え? あ……」
自分の名前を知っているだろう少女が見せた、だんまり。
そんな思いもよらなかったオーティスの態度に、声をかけるタイミングを逸してしまった太郎。
「「………………」」
沈黙が沈黙を呼び、ついに両者ともに声を発することなく固まりあってしまった。
その様子には一同のやりとりに聞き耳を立て、異端者をどう粛清するかを思案していた酒場の客たちも目を点にするしかなかった。
(なんというか、見ていて飽きないよな……)
ただ一人、そんな二人の拙さすぎる言葉のキャッチボールにカイトだけは好奇の目を向けていた。
「……あのさ」
「……はい」
しばしの時が流れ、ようやく太郎が口を開く。
「もしかして、俺の名前……知らないのか?」
「!?」
その問いにビクッとオーティスの体が跳ねる。
「…………」
「……………………」
右へ左へ目が泳ぎ、何もない宙を往復するオーティスの視線。
太郎の冷ややかな目にその動きは加速し、閉ざした口の真一文字をつくったまま固まってしまった。
「…………」
「………………」
終わりの見えない重黙の時間。
その圧力に耐えかねた、オーティスの愛想の良い照れ笑いにも太郎は何も答えず、ただ黙したまま彼女からの回答を待つ。
(知らないなんて言えない……!)
一向にリアクションのない太郎に、オーティスの頬が緊張のあまりぷるぷると震える。神としての自身の沽券に関わる問題に、最良――悪くても次善の回答を必死に模索するも、その答えが見つかる気配はまるでなかった。
(た、助けてぇ~!)
悩めども出口の見えない沈黙街道に、オーティスは胸の内で悲鳴を上げるしかなかった。
吐き出す言葉を失い、黙ってしまったオーティス。
その沈黙を記録するかのように、壁にかかっている時計の秒針がコチコチと時を刻んでいく。
一秒一秒確実に進んでいく――その針が一周する頃には、大人しく返答を待っていた太郎も我慢の限界を迎えざるを得なかった。
「……山田太郎だ。というか、なんで俺の名前知らないんだよ」
「あはは……。これには深~い事情がありまして……」
やれやれと息をこぼす太郎。そんな彼の差し出した手をとり、苦い笑みを浮かべる少女――オーティス。
「あのー。なんかいい感じに話がまとまっているところ悪いのだけど――」
一段落を迎え、弛緩した雰囲気の二人にカイトが小さく咳を払う。
クイッと首で店内見るように促された太郎たちはようやく自分たちに向けられている敵愾の視線に気づくことになった。
「――とりあえず、続きは明日ってことで……いいかな?」
「「あ……はい」」
太郎とオーティス、二人して固まる姿にカイトは苦い笑い声をこぼした。
はじめての方、はじめまして。そうでない方、ご無沙汰しております。氷雪うさぎと申します。この度は本作品をお読みいただき、ありがとうございます。
この作品はラノベ大賞作品を書くにあたって、準備運動や長らく作品を書いていなかった自分の文筋(作品を書く力)を鍛えなおす一環で書いています。
だいたい60分を目安に執筆時間を区切って書いていますので、文量は多少バラついてしまいますが、できるだけ毎日書く形でお送りしようと思いますので、どうか最後までお楽しみください。
今回で十三話目です。最近、筆がノッてくれるのか、書く速度とクオリティ(自分比)が良くなっているような気がして、できればこの調子で書けていければいいなぁと夢見ていたりします。
ようやく本編が始まります。ここまで展開の遅さに読者の皆様をお待たせしていた分、盛り上げていければと思います。
それではまた次回の後書きでお会いいたしましょう。
氷雪うさぎ