12.金髪少女《ヴィティラーゲ》
仲間内で談話や酒肉を楽しむものがいなくなり、シンと静まり返った店内。
かろうじて残った者たちもみな”黒い水差し”を置き、人の話す声は微かになっていた。
数えるほどのそこいない体の客に、ホールに立つ店員たちが空いた席の後片付けを始めていく。
ガタガタとテーブルや椅子を片付けていく音に紛れ、ポツリポツリとこぼれる太郎の声。
カイトの言葉をなぞるように吐かれたその声は今にもその存在が消えてしまいそうなほど弱く、店内の物音に埋もれてしまっていた。
「……太郎君?」
「すみません。わかってはいたんですが、いざ話を聞くと――」
「おいおい。君が何者かを知るための旅なんだから、出発前から落ち込むなよ。そういうのは洛桜に着いてからにしてくれよな」
「はは……。そうですね」
カイトの小さな笑みに、太郎も微かに笑う。
喉まで出かかった言葉を、その思いごと飲み込むように、太郎はコップの水を一気に飲み干した。
「さ。後ろ向きな話はここまでにしよう――」
パン、と手を叩いてカイトが笑う。
「――なにせ、ここからは話してるだけで気の重くなるような話だからね」
「…………」
その笑みは、先ほどまで暗い顔をしていた太郎があからさまに嫌な顔を見せるくらい、清々しいものだった。
「ここから洛桜までは長い道のりになる。山も越えないといけない。もちろん、道中には今日のマルキウルフのようなモンスターや野盗に出くわす可能性だってある」
太郎の空いたコップに水を足し、カイトは口元を引き締める。
「そこで、太郎君にはまず”神の使徒”になってもらおうと思うんだ」
「”神の使徒”……?」
かすかに聞き覚えのある言葉に太郎は首をかしげる。
「そ。神様と”契約”して神の使徒になれば、普通のモンスターや野盗程度なら問題ないしね」
「神様と”契約”……それじゃあカイトも?」
「もちろん。俺も契約してるよ」
ニヤリと笑みを見せるカイトに、太郎の胸の内にあった疑問がストンと落ちる。
服装の差異こそあれど、見た目は自分と大差のない人間が行った超人的な攻撃。
太郎の瞬きの間に、遠くにいたマルキウルフのもとまで行き、そこから細い腕と一本の剣から繰り出された一撃でその首を刎ね飛ばす――超人的な動きの理由に太郎は半驚半喜していた。
「それじゃあ、俺も神様と契約すればカイトみたいに戦えるのか?」
「さすがに俺と同じはちょっと難しいかな。まあ、その辺の話は明日――」
「――やっと見つけましたよ!」
目に光を宿した太郎に苦笑いを浮かべるカイト。
テーブルに置かれた”黒い水差し”によって交流謝絶を表明している二人の間に、本来あってはならない少女の声が突如として割って入った。
「あ、あんたは――」
白みがかった金の髪。
夜も更けているのに眩さを感じてしまう白い肌。
鮮やかな髪と肌を際立たせる深い青の瞳。
十三、四歳ほどの少女を想起させる小さな背。
抱かせる年齢に不釣り合いな大きさの胸。
服こそ村人のものと変わらないものの、その風貌は紛れもなく白一色の世界で太郎に”契約”を迫った少女だった。
「――さあ、私と”契約”してください」
驚く太郎をよそに、店にいたすべての人間から”無法者”の視線を一身に受ける金髪の少女。
店内の明かりのせいか、緩めたその頬はどことなく赤みを帯びていた。
はじめての方、はじめまして。そうでない方、ご無沙汰しております。氷雪うさぎと申します。この度は本作品をお読みいただき、ありがとうございます。
この作品はラノベ大賞作品を書くにあたって、準備運動や長らく作品を書いていなかった自分の文筋(作品を書く力)を鍛えなおす一環で書いています。
だいたい60分を目安に執筆時間を区切って書いていますので、文量は多少バラついてしまいますが、できるだけ毎日書く形でお送りしようと思いますので、どうか最後までお楽しみください。
十二話にして、ようやく女の子が書けました!
まあ、実際に彼女の出番は次からになりますが、それでもようやくロリきょぬうが書けることに狂喜乱舞しそうです。
彼女はいったい何者なのか、その辺りも楽しみにしてもらえると何よりです。
それではまた次回の後書きでお会いいたしましょう。
氷雪うさぎ