11.空虚の記《ヴォート》
酒を飲み交わす人の姿もまばらになり、テーブルに”黒い水差し”を置く者たちばかりになり、店内の静けさはより一層深いものになっていた。
「それじゃま、君の質問に答えるとしようか」
空いた水差しを淡々と新しいものに取り換え、カイトたちの空のコップに水を足すウエイトレス。彼女がテーブルを去るのを確認し、カイトは静かに口を開いた。
「まず、この世界が何かって話だけど、俺はおそらく、君の求めている形で答えてあげることはできないだろうね」
「なっ……!?」
驚く太郎にカイトは言葉を続ける。
「この世界で今何が起こっているのか……そういったことは俺も話すことができるけど、この世界がどうやって作られていて、君のような人間がどうしてこの世界にいるのか……そういったことは残念ながら俺もよくわからないんだ」
「…………」
静聴する太郎にカイトはさらに続ける。
「一つだけはっきりと言えるのは、君のような”この世界の人じゃなさそうな人”が何人もいる、ってことかな」
「何人も、ってことはその人たちに話を聞けば――」
「君のことについて、何かわかるかもしれないってわけさ」
「結局は進展なし、か」
はぁ、と大きなため息を吐き出し、コップの水を一気に飲み干す太郎。事態が好転も悪転もしない、停滞するもどかしさをなだめるよう、そのコップに水を注ぐカイト。
「そうでもないさ。少なくとも君の当面の目的はこれで決まったじゃないか」
頭を冷やそう、と言わんばかりに静かに――ゆっくりと水を注ぎ、太郎の表情から熱が引くのを待ち、続きを語った。
「いいかい? 少なくとも君のような人は何人もいるわけだ。もしかしたら君のことを知っている人がいるかもしれないだろ。あるいはその人たちのおかげで君の、その……”記憶”だって戻るかもしれないだろ?」
「あ、ああ……」
カイトの”記憶”という言葉に太郎の表情が曇る。
親や兄弟、友人知人の顔や名前はおろか、自分の名前すら思い出せない自分への不安や怒りが彼の表情を重く、暗いものにさせていた。
「まずはここから西にある”洛桜”に行ってみるといいよ」
「洛桜?」
「そ。この平山の村からかなり西にある都さ。この国――”ゾンヌ”の中心と言ってもいいかな。ああ、”ゾンヌ”ってのはこの国の名前さ」
「ゾンヌ……洛桜……」
カイトから次々に出る、聞きなれない名前に太郎は改めて痛感する。
(ああ……本当に何もわからないな――)
自分はその名前を知っていたのか、それとも知らないのか。
自分はその名前を忘れてしまったのか、それとも今初めて聞いたのか。
思い出そうと懸命に記憶の海を辿ってもその答えは出ず、ただ”未知”の名前を繰り返すことしかできなかった。
はじめての方、はじめまして。そうでない方、ご無沙汰しております。氷雪うさぎと申します。この度は本作品をお読みいただき、ありがとうございます。
この作品はラノベ大賞作品を書くにあたって、準備運動や長らく作品を書いていなかった自分の文筋(作品を書く力)を鍛えなおす一環で書いています。
だいたい60分を目安に執筆時間を区切って書いていますので、文量は多少バラついてしまいますが、できるだけ毎日書く形でお送りしようと思いますので、どうか最後までお楽しみください。
今回で十一話です。少し長い話になりそうだったのですが、制限時間を迎えてしまい、今回はここまでになりました。
よくある冒頭から目的地を手に入れる……よくあるお話です。まだオープニングの域を出ない所ですが、温かく見守っていただければ幸いです。
それではまた次回の後書きでお会いいたしましょう。
氷雪うさぎ