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夜更かしをしたことで、寝不足で学校に着いたヒロキ。遅刻は免れたが、今週は小テストのある日だった。
担任からテスト用紙を配られると、答えが既に書かれていた。
可笑しい。どうなっているんだ。黒い目を左右に動かすと、生徒たちは視線を落とし、問題と対峙していた。答えが書いてあるのを配ってきたというのは、どうやら自分だけのようだ。答案用紙を見て小パニックに陥っているのは、他に誰もいない。
声を上げるか挙手をして、担任に伝えるべきか。迷っている場合じゃない。普通の問題用紙に替えてもらわなければ、解きようがない。面倒なことだ。
ヒロキは頭を垂らし、手のひらで顔を右半分覆い机に肘をついた。
そうだ。用紙を替えてもらう前に、答えを暗記してしまおう。最低四問。プラス自力で二問解ければ、今回は追試を受けずに済む。四問以上で赤点は免れるが、万一というのもないとはいえない。前回の帰りはゲーセンに寄れなかったが、今週末はいけそうだ。あのやんちゃな三人組は、十中八九追試確定だ。何故なら、毎度追試では顔を会わせているからだ。
ヒロキは左目だけ開き、答えを暗記しようとした。だが、答えはボヤけていた。ピンぼけのように、字がはっきり見えない。冷静になりかけた彼の頭は、再びパニックを起こしそうになった。この用紙は、答案用紙ではないのか。
手のひらを顔から離し、ヒロキは顔を上げ改めて用紙に目をやる。見えた、またはっきり見えた。何故見えたり見えなかったりするのだろう。訳も分からず、目を高速で擦る。
黒板の上にある時計に目を移すと、残り三分を切っていた。問題とろくに向き合っていないうちに、七分も過ぎてしまっていた。肘をついたまま、指をピストルの形にして目を伏せた。まさか寝不足で、目が可笑しくなってしまったのだろうか。今まで一度もないし、そんなことはあり得ない。
目から指を離して、前方に目を向けた。黒板の右下に書かれている日直の名前が、はっきり見えた。
ヒロキは何となく、手のひらで片方の顔全体を覆ってみた。手のひらをずらして、両目でも見てみた。駄目だ。黒板の名前も時計の数字も、どっちの見方でも変化はなかった。視線を下げて、今度は用紙を眺めてみる。片方の目では、括弧内の答えがボヤけた。目を近付けたり遠ざけてみたりもしてみたが、ボヤけたまま変化はなかった。
手のひらをそっと顔から離して、ヒロキは両目で括弧内を見つめてみた。少しずつピントが合わさり、ボヤけていた答えが、はっきり明確なものになっていった。
自分の目に何かが起こっている。
時間がない。兎に角答えを書こう。この用紙は、答案用紙ではない。普通の小テストの用紙だ。答えなど、最初から書かれてはいなかった。だけど何故か、自分にはこの問題の答えが見えてしまっている。
ヒロキは、答案用紙に書かれた答えを謎って書くことにした。興奮して手が震え、ぎくしゃくとした答えが並んでいく。いつも書いている字に比べれば、それでも綺麗だなと、書きながら思えてきた。
「はい。それでは時間が来たから、後ろから集めてきてくれ」
担任の曽ヶ端は、両手を二度叩いて時間がきた合図をした。
受け取った小テストの用紙を、ヒロキは直ぐに前に座る生徒に声をかけ渡した。そして、何事もなかったように、教科書とノートを鞄から引き抜いて理科室へと急ぎ向かった。
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