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追試の帰り、ヒロキは偶然タカフミに会った。ゲームの攻略本を買いにきたそうだ。
追試の話をして、タカフミの得点が低いことに疑問を抱いたヒロキ。それよりも、訊いてしまったことに後悔をしてしまう。弁解をしようとしたら、タカフミから思いもよらぬ言葉を聞いてしまった。
急な話にヒロキの心臓は大きく弾み、拍の幅が一気に狭まった。眉を潜め、声が詰まる。
「そんなに驚かないでよ。一年の時にも転校した人いたでしょ」
軽く言ってくるタカフミの心境をヒロキは汲めない。転校した生徒はいたけど、親密度が違いすぎる。数ヵ月で去った人と、三年間共にした彼とでは思いが比べものにならない。
「タカフミ、急にどうして」
「家庭の事情だよ。父親の仕事で学校を移らなければならなくなったんだ」
「場所は?」
「それは分からない。家族で知っているのは父親だけなんだ」
俯いて何度か頷き、ヒロキはそれ以上聞くことを止めた。家庭の事情、それだけで十分だった。彼が転校することに変わりはない。
「じゃあ、最後にまたゲームして遊ばないか。明日とか」
「日曜日は用事が入っているんだ。ごめん」
「それなら来週末とか」
苦い表情になり、タカフミは考え出した。僅かな沈黙。雑踏の中、彼からの返事は「そろそろ帰らないと」という掠れた寂しい声だった。
誰かに両足首を捕まれたように、ヒロキは全く動けないでいた。中学校に入学して最初の友達で、三年間通して、これほど接しやすい人はいなかった。これからどうしていけばいいのか。心の一部が欠けたような思いにかられた。
「これ、ヒロキにあげるよ」
ポケットから何かを取り出し、タカフミは拳を作っていた。ヒロキは手のひらを見せると、彼はその上に拳を乗せてゆっくり開いた。
彼の手が引っ込むと、ヒロキの手のひらに透明なケースが乗っていた。目薬だった。
「これを俺に」
「使いかけだけど、まだ結構入っている」
「どうしてこれをくれるの?」
「お互いゲーム好きでしょ、後は勉強も頑張って欲しいしね」
ヒロキは、手のひらに乗った目薬を強く握りしめた。彼の穏やかな声が、涙を誘った。
「気に入らなかったかな」
首を左右に振ると、涙が数滴溢れ落ちた。ヒロキは「ありがとう」と答え、ポケットに目薬を入れた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。感想などありましたら、宜しくお願いします。今後の執筆の力にしていきたいと思いやす。