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期末テストでユイカより得点の高かったヒロキは、夏休みのある日、デートをした。
帰り際、広場でヒロキはプレゼントをユイカに渡した。そして、付き合って欲しい気持ちを伝えた。
フラれてしまったが、理由を聞いて尤もだとも思った。
ヒロキは、駅でユイカが見えなくなるまで、その背を見ていた。
デートにゲーム、しこたま遊んだ夏休みが終わった。二学期が始まり半月が過ぎていた。
ヒロキの周りには、いつも友達がいるようになっていた。仲の良い友達も出来て、休み時間には教室で話をすることが日常化していた。自分から進んで接せれるようになり、友人関係が築いていけているのを実感していた。
学校が終われば、週二度ある塾も相変わらず順調だ。ユイカとは友達の関係を維持していた。取り敢えず今は、仲の良い関係を続けていければと、ヒロキは高望みはしないでいた。塾の終わりには、いつも駅まで一緒に帰れている。ユイカの方から、終われば側にも来てくれる。今はそれで十分だ。
駅に行く途中には公園がある。コンビニで買ったジュースを飲みながら、たまに話をしたりもしていた。今日の塾帰りも、何となくコンビニに寄り、足が自然と導かれた。
「そろそろ行こっか?」
ユイカの通った声が、真っ暗な公園に、小さく響く。ヒロキは腕時計に目をやると、夜の八時半を過ぎていた。日頃のことばかりの話だったけど、楽しかった。
ヒロキは「そだね」と、気取った風にも聞こえる声で答えた。ブランコからゆるり立ち上がり背伸びをした。
「明日も学校かー」
両手を万歳させ背伸びをし、ヒロキは唸るような声を発した。
「あと二日で終わりだよ。ヒロキ、今回も追試なくて良かったね」
「もうあれは、うんざりだよ」
ユイカは見上げて、ヒロキの顔を見ながらクスクス笑った。
小テストの追試は、タカフミと最後に会って時以来、一度も受けていなかった。常に十問中八問は正解していた。合格すれば何点でも良い。そうは思うものの、今のヒロキは「頭の良い古村ヒロキ」と、謂わばレッテルを貼られているといってもいい。今の立場を崩したくない。これをキープして高校生へと突入するのが、ヒロキの願望だ。
公園内にあるゴミ捨て場に、ヒロキは空き缶二つを投げ入れた。既に出入り口にいたユイカと公園を出て、駅へと歩いた。
普段ならフラッと寄りたい中古本屋やゲームセンターには目もいかず、ヒロキは隣で歩くユイカの横顔に話し掛けた。
ユイカは、本当によく笑ってくれる。ゲームの話も、部屋でスナック菓子を数分で食べ終える話も、そして学校での友達とのエピソードも。そのどれも、楽しそうに笑ってくれる。性別が違えど、それはタカフミにも重なるところもあった。
駅でユイカとさよならをし、一人家路へと向かう。
暗い夜道を歩きながら、ヒロキはポケットから目薬を取り出した。満月に翳すと、中に入っている液体が斜めに流れた。大分減ってきていた。
二学期に入り、目薬を使う頻度がまた増えていた。正確には、夏休みの終わる数日前の塾の日辺りからだ。そこから遡ること二日前に、夏休みの宿題をでかすために目薬を両目に一滴ずつ垂らした。いつもなら二日ないし三日は持つ。これで塾の日も大丈夫な筈だった。
当日、塾でも夏休みの仕上げにテストがあった。名前を書いて問題を眺めるが、答えが全く浮かんでこなかったのだ。可笑しい。テストの日は二滴垂らすことにしていた。だが、ユイカのことを思ううちに、つい垂らすのを忘れてしまった。ズボンも夏はよく変える。目薬を部屋の机に置きっぱなしで、塾へとやってきてしまった。
完全に油断をしていたのだが、これ以上にヒロキは、目薬の効力がまた減ってきているのが気がかりだった。
結局この日は、体調不良でテストを途中退席して塾を出た。問題は白紙のまま席を立った。塾講師の林も周りの生徒たちも、そしてユイカも心配そうな顔をしていた。
それ以来、こうして一人になると心に不安が浮かんでくる。目薬の量も心配だ。調整をしたいが、効力が短くなってきているとなるとどうしたらいいのか。
背中に汗が滴る。残暑でも、夜は涼しくなってきているというのに。
夏が終わって欲しくない。そう思うのは、自分だけだろうか。ポケットに目薬をしまい、手を突っ込んだまま、静かな夜道を足早に歩いた。
黒い門扉を開くと、女性の叫び声のような音が一瞬鳴った。玄関の扉を開けると、ヒロキの表情とは裏腹の顔で、母親がスリッパの音を立てて近付いてきてくれた。
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