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塾の帰り、ヒロキはコンビニに寄った。買い物を終え自動ドアの前に立つと、女性が入ろうとしてきた。彼女に先に入ってもらい、その時彼は軽く頭を下げた。すると彼女も会釈をして笑った。
コンビニを出て家路へと向かう道中、声が聞こえ振り向くと、あの女性が早歩きで近付きやってきた。
肩まで伸びた髪からなのか。緩い風に乗って、甘い匂いがヒロキの鼻を掠めた。
渡辺ユイカ。塾でも学校でも、彼女はいつも活発だ。勉強はとても出来る。授業でも誰も分からない時とか、一人手を上げ答えている。小テストでも、追試で顔を合わせたことは多分一度もない。仲間にも恵まれ、教室に入れば直ぐ仲間の輪に入って溶け込めるタイプだ。三年間、ヒロキとは全く別の道を歩んできたと言っていい。そんな彼女と、初めて道が重なった。
「古村君」
ヒロキは乾いた口の中で、唾液を出して飲み込んだ。
何も答えられないでいると、ユイカは彼の隣に並んだ。
「最近、急激に力がついてきたよね。林先生も言ってたけど、化けたっていうか、変わったことが凄くて」
ヒロキは、彼女の横顔を見ると、目が合った。
「あ、ありがとう。そんな風に言ってくれる人初めてだよ」
「学校でも塾でも、先生から問われても答えられているし。クラスでも変わったよねって言っている人、結構いるよ」
「そうなんですか」
ユイカは頷いてから歩き出すと、ヒロキもそれにならい一緒に歩いた。
噂になっている気は既にしていた。やんちゃな三人組が休み時間に絡んできて以来、周りの目を何となく感じ取っていた。声をかけてくる人もいれば、挨拶をしてくれる生徒も出始めた。学力で、周りがこうやって変わるのか。と思う反面、自分の気持ちも自信のようなものがついてきていた。それが、さっきのコンビニの場面であり、今に繋がっていた。
周りが驚いている。いや、尤も驚いているのは自分自身なのだ。
「期末テスト楽しみでしょう?」
ユイカは鼻に皺を作り白い歯を見せた。
「いや、いつもとそんなに変わらないだろうな」
「それはないよ。絶対ない。今の古村君なら、高得点の連発だよ」
ヒロキは肩に掛けている鞄を背負い直し、謙遜した。
「全然駄目だから。きっと話にならないよ」
ユイカも肩に掛けていた鞄を背負い直して、彼を見ずにぼやいた。
「そんなこと言っている人に限って、本番でガッと結果出すのよね。私よりビューンと高い得点出して」
「渡辺さん。だったら、俺と期末テストの合計勝負しませんか?」
「勝負って」
聞き返すように、ユイカは目を見開いていた。
何故そんなことを言い出したのか。ヒロキ自身も分からなかった。ただ、話をしているうちに、楽しくなってきていた。
「勝った方が、何か願いを叶えられる」
「面白そう。でも無理な願いもありそうだけど」
「確かに。金を百万円欲しいとか、○○さんを殴るとか」
凄いこと言うね。ユイカはクスッと笑い、「じゃあ、どんな願いがいいの」と訊いてきた。
駅に着いた。二人は駅の太い柱の陰で、人の往来するなか向き合い話をした。
「渡辺さんと遊びたい」
口を閉じて、ユイカはプププッと笑った。
「それってデートだよね」
「さあ、どうかな」
はぐらかしたつもりだが、ユイカには通用していないようだった。ヒロキは彼女が勝ったらどうしたいと訊いてみた。
「私はねえ。古村君の虎の巻を知りたい」
ヒロキが首を傾げていると、ユイカはニッコリ笑った。
「古村君、急激に頭が良くなったから、その勉強法を知りたい。恐らくだけど、今までのやり方から変えた筈なんだよね」
だから、それを知りたい。と言って口を閉じた後も、ユイカは口角を上げて彼を見ていた。
ヒロキは苦い顔をしていた。恐らく、それを知りたいのは自分のことに驚いた人たち全員に言えるだろう。知られるわけにはいかない。全校生徒プラス塾に広まる。
ポケットに手を入れ、ヒロキは目薬を握りしめる。
「いいよ。それでいこう」
ヒロキの言葉に、ユイカは表情そのままに頷いた。
二人は手を振って別れ、ユイカの背中をヒロキは見えなくなるまで見つめていた。
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