12
ヒロキは休み時間に廊下にいた。目薬をポケットから取り出した。これを使い始めてから、朝の小テストだけでなく授業も一変したことに驚いたことを思い返していた。
そこに突然、低い声がヒロキの耳に入った。
三人いるうちの一人と目が合い、ヒロキは軽く頭を下げた。髪を分けた痩せ形の男坂口は、彼に近付き不適に笑った。
「景色見てたの?」
「あ、いや別に」
「そんな怖がるなって」右端にいる背の低いスポーツ刈りの男若林が話に割ってきた。実はさ。軽く言って、ヒロキに詰め寄る。「ここ、俺らの休憩してる場所なんだよね」
ヒロキは合点してこの場を離れようとするが、三人に囲まれ、一歩も踏み出せない。左側にいる面長の男米田は、窓の手すりに手を置いて、逃げ道を塞ぐように隙間を埋めた。
「古橋、お前最近勉強出来るようになったよな?」
「えっ、いや別に」ヒロキは自分の顔の前で手を小さく振った。
「何それ、もしかして坂口さんの口臭くてか?」
若林がやや顎を上げて、ヒロキを睨んできた。
「いや、そうじゃないです」
「じゃ何なんだよ。俺の口くせーからじゃねえのか?」語気を強め坂口が詰め寄ると、ヒロキは窓から頭がはみ出した。
「何お前あぶなっ。俺ら何も手出ししてねえからな」
米田が茶化すように言うと、三人は声を出して笑い始めた。
その隙に、ヒロキはしゃがみこみ二人の生徒の足の隙間から抜け出した。しかし素早く反応した坂口が、逃げようとする彼のズボンを掴んだ。
背後からベルトごと掴まれたため、尻に食い込んだ。
「こっちこいよ」
坂口はヒロキをそのまま引っ張り、階段の直ぐ側まで勢い任せに連れてきた。
「お前、追試受けなくなった理由教えろ?」
手を離されたヒロキはくるりと回り、三人と再び対峙する格好になった。直ぐ後ろは二階へと続く階段だ。
「勉強したからだよ」
「ふざけんな。お前が平日ゲーセンに寄って帰っているのを、俺らは何回か見ている。数日前に、ゲームソフトを買ったのも見たんだ」
ヒロキは片手に目薬を握りしめたまま黙っている。
「カンニングでもしたのか」若林が言うと、腰に手を置いていた米田が話を繋げてきた。「カンペでも持ってきてるんじゃねえのか。Yシャツの袖とかに」
ヒロキは肩で息をしている。何かされそうだと思ったときには、もう遅かった。
坂口に羽交い締めにされ、二人の男に長袖のYシャツの袖のボタンを外された。
「離せっ、離せよ」声を荒げるヒロキ。
「怪しいぞお、こいつ」坂口が馬鹿にした口調で言うと、二人はヘラヘラ笑って袖に腕を無理やり突っ込んできた。その表紙に、持っていた目薬が手から離れた。
カランコロンカランカラン。階段を跳ねながら踊り場に落ちて、滑りながら壁に当たり止まった。
「何落ちた?」
「目薬」
「コンドームじゃないの?」
坂口と米田の話しに、ヒロキを除く三人が叫ぶように笑い出した。
ヒロキは羽交い締めにされたまま向きを変え、階段の踊り場を眺めた。目薬の状態を確かめたかった。だがここからだと、踊り場は薄暗くてよく見えなかった。
「おい、何もがいてんだよ。理由を教えろよ。どっかに隠してんだろ?」
坂口の言葉に、首を何度も横に振るヒロキ。身体を揺すり脱出を試みるが、痩せたわりに男は力があった。
そこに、女子生徒が階段から踊り場に上ってきた。目薬を見つけ拾おうとしたが、二階にいる三人と羽交い締めにされている男の姿を見るや、手を引っ込めてそのまま上がってきた。
女子生徒は無表情で、羽交い締めされた男の直ぐ側を足早に通り過ぎていった。
そして間もなく鐘が鳴った。
腕の力が緩み、三人はヒロキを嘲り笑い教室の方へ歩いて行った。
ヒロキは肩に手をやり、彼らの背中が見えなくなると階段を降りていった。落ちた目薬を手に取り凝視する。大丈夫そうだ。傷はついただろうけど、ヒビや割れは特になさそうだ。
息を二度吹き掛けて、小さな埃を飛ばした。ヒロキは目薬をさすことにした。目薬の効力はまだあるけど、気合いを入れるためにさした。次の授業で挽回してやる。
力では敵わないけど、勉強でだったらやり返せる。
よし、と小声で呟き、ヒロキは階段を一段跳びで駆け上がっていった。
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