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第一章

ここまではっちゃけてるのは久しぶりですね。おもしろくない気がする。

 『君と、ぼく。』第一部

 

 

 

 心に強く思うことがあるのならば、やるべきだ。

 そうやって、生きてきた。

 君がどうすればいいか、どうしたいかじゃない。君の心だ。ねえ、何て言ってる?

 そう思って、ずっと生きてきたんだ。

「だけど、僕はそんな風には、やっぱり生きられないよ。」

 僕は、一体誰に向かって言ったんだろう。日ごと、独り言が癖になっていった。

 

 

 冬、世の中の人々が皆してジングルジングル鈴を鳴らしている日に、僕は一人だった。凍えるほど寒い部屋で、布団にもぐりながら本を読んでいた。しかし、この布団キンキンと音が出るんじゃないかという位冷えていて、僕の体温はとっくの昔に降伏してしまったので一向に温まる様子がない。そんなものが全身に張り付いているのだから手元が震えて本なんてろくに読めたもんじゃなかったけれど、布団からでたって状態はよくなるわけでもないので、巨大ひえぴたシートの中で数時間本をめくり続けた。実際のところは、寂しさを紛らわすために読書を楽しむ形をつくっているだけでしかなかった。その無意味な強がりのおかげで、意外にもさっさと聖なる時間は過ぎ去り、キリストの誕生日だとかいう心底どうでもいい日の夜を、まったくもって無駄に過ごすことになった。3時間かけてホビット族の村にガンダルフがやってくるくだりまでしか読めなかった。途中、意識を飛ばしながらもページをずらそうとしていることに気付き、諦めて布団から這い出た。

 さあ、世の中はどうしようもない。狭い部屋に置いてあるものはテーブルと、数冊の本と、コンビニおにぎりのゴミくらいだ。テレビも、ラジオもない。むろん、恋人もない。小さい木のテーブルだけが不自然にぴかぴかだ。この前友人がくれた。極貧生活を貪る僕を気遣ってくれたのだろう。本は、行きつけの古本屋の隅から万引きした。一通り斜め読みしたら売り飛ばす。雀の涙ほどの金にしかならないが、あの古本屋にはお世話になっている。食事は、バイトしているコンビニの賞味期限切れの商品を頂戴している。実に、環境に優しい。

 いやしかし、こんな生活が一体どれくらい続くと言うのだろうか。もうじき限界がやってくるに違いない。破綻するのは我が家の経済が先か、それとも僕の心か。そんなこと、もう解りきっている気もする。今までもずっとそうだったのだから。とは言え、どうしたらこれ以上落ちぶれることが出来ると言うのだ。ニートにでもなるか?いや、それは駄目だ。周りが騒ぐ。銀行強盗でもやらかすのも、面倒。結局のところ波風立てずに、適当に社会の渦に飲み込まれているのが楽なんだ。

 ぼんやりと考えごとをしていたら、眠くなってきた。窓を全開にして床に寝転がった。星の明かりを含んだ夜風が部屋の空気に混じり会う。小さく、遠い月が見えた。気がした。

 

 次の日の朝、真冬に野外と連結した部屋で眠るなんて愚行を犯したもんだから、僕の体はもうなんというか大変なことになっていた。筋

 ががちがちに凍りつき、頭がぼうっとし、体がふわふわ宙に浮くようで、視界もなんだかぼやけていた。白い光と音が見えた。

「・・・・・・まあいいや。別に気分が悪いわけでもないしね。」

  泥棒が入るわけもないけれどしっかりと窓を閉め、冷たい外気が全身にぶつかって来るのに苛つきながら、健全でまじめな青年は朝からバイトに出かけた。

 今日は、朝からだいぶ機嫌が悪い。体がおかしなことになっているのに加え、コンビニの奴らも、おかしい。

「こいつら、浮かれてやがる。昨日のクリスマスにまだ浮かれてやがる。」

 全く、だらしのない話だと思った。僕が何か話しかけても言葉が耳に入っていない様子で、気持ちがどっかいっていたり、おしゃべりしていたりする。

「ふん。それなら、いいさ。」

 もともとバイト先では親しい人なんていなかったので、そのまま押し黙ってだらりだらりと仕事をこなした。僕は元々、どんな場所でも人間関係が円滑だった試しがないのだ。せっせと働いていたら、今日も一日が終わった。一人で帰り道を歩き、自宅に帰ってそのまま寝むりに就いた。明日になってみてもその状況は変わらなかった。それが数日続いた。

「もしや・・・。これは苛めというやつか。」

 僕はこんな歳になってもこんなことをしようとする店の奴らに呆れてみた。だけど、何が理由なんだろうか?と考えていた時、店長がやってきてこう言った。僕は耳を疑った。

「おい、ここのところバイトの奴が来てないな。」

 まさか店長までが僕を嫌がらせる為に尽力しているとは、思いもしなかった。そんなにこの店は暇なんだろうか。しかしいくらなんでも、このまま黙っているわけにはいかないだろう。そう思って拳を高々と振り上げ、超スピードでハゲオヤジに向けて振り下ろした。日頃の鬱憤を霧散させるのにぴったりの機会だということで、最大出力オーバーヒート覚悟滅殺拳!

「おらぁっ!」

 ごがんっ!硬質と硬質が激突した音が響く。

「あれっ」

 

 === === ===

 

「わからない。」「何がなんだか解らない。」「僕は・・・。」

 僕は、混乱している。さっきの一瞬で色んなことが解りすぎて、起こりすぎて、少々こんがらがっている。

「でも、大丈夫。これだけは解っている。つまり僕は―――・・・

 

 ・・・―――しんでいるんだね☆」

 

 === === ===

 

 前回、自分が幽霊になっていたことに気が付いた主人公。つまり、僕だ。どうやら、僕はすでに死んでいる。それにを知らずに霊体のままいつもの生活を送っていたようだった。

「すると、何か、僕はそんなに馬鹿だったのか。こんなにも都合のいい馬鹿だったと言うのか。」

 何故気付かない?普通気付くだろう。と言うか、僕の死に様とは、もっとおじいちゃんになって皆に囲まれながら涙を流す様子を微かに見取りながら微笑んで死んでいくんだと、そうとばかり思っていた。それが何故、こうも理不尽な・・・。いや、少し待てよ?

「死んで気付かないというのならば、僕はいつ死んだ・・・?」

 真っ先に思い当たるのは、クリスマスの夜?その次の日から僕の周りが狂い始めた・・・・・・そうだ、あの日、もしや僕は凍え死んだ?寒すぎて心臓が停止したのかそうなのか!?

「・・・・・・。まさかな。」

 しかしその通りなのかもしれない。それ以外に思い当たる節は完膚なきまでに皆無なのだから。僕は誰かに恨まれる覚えなどない。極力誰とも関わらないようにしてきたのだから。誰に羨まれることのない折れそうな人生を歩いてきたのだから。誰の目にも留まらないほどちっぽけに、それでもひたすらに険しかった道のりを小さく進んできたただそれだけなのだから。

「おい、それはまぬけだなぁ。とてつもなく、なんだか悲しくさえなってくるんだけれど、ていうか、悲しいなぁ。」

 これが、以上が僕の人生だった。もうそれは終わった。終局したものを覆そうとするほど、僕が馬鹿だと言うのならば、それは真っ赤っかな嘘だと、そう言っておこう。

 まずするべきはなんだろう。とりあえず壁をぶっ叩いてしまい赤くなった拳を手当てした。僕の最大攻撃を見事にすかした店長はまたどこかへ去っていった。こんな場所にいつまでも居ても仕方がないので家に帰った。

「あれ?あれれれぇ?」

 僕の死んだ部屋に死体がない。おそらく僕は窓下の床で昇天したはずなのだが、ぐるりと見渡して見ても狭い部屋のどこにも自分の体は落ちていなかった。

「これは、どういうことなんだ?」

 普通の人間ならば、例えば小説や映画の主人公でなくともこのような不可思議な出来事に遭遇したら、大なり小なりの思考をもって推理をするはずだろう。しかし、しかしだ。ここで僕はそんな無駄な時間の使い方はしない。なぜならば多大な労力を支払って真相を突き止めたとしても僕が死んでしまったという現実は変わりようがないのだ。僕は忘れることにした。

 今の状態を考えて見る。幽霊になったとは言え空中に浮かぶことは出来ないようだ。そして店長には触れなかったが壁や救急箱には触れることが出来た。あと、当たり前だが誰にも僕の姿は見えていないようだ。

「なんだか、偉く中途半端な幽霊だな。しかし、まあ僕だからな。」

  しかしこの他にもたくさん疑問は残るし、明確にしなければならない項目もいくつもある。

「・・・ふむ。それでは、透過能力を利用して自由に出歩かせてもらう事にする。」

 外は冬の季節の風が鋭く吹いていて、思わず身を震わせた。しかしそれは思い込みによる思い過ごしのせいなのかもしれない。無意識に足が進んだ道は、通い慣れた通学路だった。現在、と言うかついこの間まで僕は高校2年生だった。高学生といっても、あんまり勉学にいそしんだ覚えはなかった。まあ、なんと言うか暇つぶしの要素みたいなモンだったし。適度にイラついた出来事に遭遇するので暇することはない。だから、自分にとっては学校に行くことは一日の出来事の中の一つでしかなかった。そんな中でも、やはり年頃の男子学生としてはどうしても捨て置きならない事柄があるのです。

「ふふ・・・。この際だ。好き放題やってやろう。」

 それは何かと言いますと、そりゃもう、決まっているんでしょうが、

「見てやるぞ・・・。気が済むまでジロジロみてやるぜ。」

「可憐な制服の女の子を!」

 ということである。まあ、こんなオレでもやはり女子に対しては耐性がなかったりする。なんと、ここで暴露してしまうオレは頭がどうかしているのかそれとも読者への嫌がらせなのか、とりあえずばらしちまうとしたら、このお話はそれだけなんである。憧れの天使の元へ幽霊が辿りつくまでの大冒険を描いた大作なのだぁ!ということ。そんな情けない理由のために、紙を二十枚も無駄にするってんだから、もうちょい自然に対する心遣いが僕にあってもいいかと思う。さあ、可哀そうな木々よ、オレは報われず切り刻まれたお前の魂を無駄にしない為にも必ずや、この物語をハッピーエンドで終わらせて見せるぜ!

 

 ・・・・序章おわり☆

 

 なんて色々と息巻いてみたのは、なんと言うかそういう様な奴を気取ってみただけだ。現実的な僕をみてみれば、どうあがいたってオレオレ詐欺に走ることはないし、まあもちろん暴露しなくたって僕の姿を一目見れば女性という生き物とは縁遠い野郎だと悟りきるだろう。

 そういうわけでとんだ妄想男の変態物語がここに始まる。しかし、心配とか不安みたいな要素は全くもってなかった。なぜなら、僕は幽霊だしね。誰にも見えてないしね。とりあえずクソ高校まで行って目当ての女の子を発見したら気が済むまで視姦なりなんなりすれば、それでばっちしなんだぜ。

「ひゃっほう!」

 

 ぐだりぐだりと考え事なんかをしながら歩いていると(まだ涎は垂れていないのである)、野良猫が歩いていた。三毛猫だった。とするとたぶんメスではないだろうか。三毛は9の割合でメスなのだ。何故なのかは知らないけども。それにしても、人間どもは三毛猫を見かけると直ぐに「ミケ」って呼ぶのをやめて欲しい。なんていうか、すごくマンネリで嫌なのだ。「タマ」と張り合える唯一である。こちらに至っては由来のカケラすら感じ取れない。猫のどこら辺がタマなんだ。そんなの、地球上のオスはたぶん殆どが持っている。冗句だ。

 さあ、猫フリークの僕としては撫でないわけにはいきません。自分が生きるドラマの中の細かい設定なんて、夢中になればいとも簡単に忘れてしまうものだ。だから、僕はたぶんすかっとなってしまう掌を痩せたミーたん猫に押し付けた。

 ら。

「フシャアッ!」

 突然に毛を逆撫でされた猫が怒って僕の手の甲を叩いく。

「ったく・・・。まあ、野良猫は人間になれていないから仕方がないか。人見知りで、孤独主義。同類以外は馬鹿にしている。自分の性質を貫き通すところなんか、まさに僕とそっくりである。本気に、来世は猫を希望する。一日のうちに何回「べごりん(飼い猫の命称)になりてぇ」と言っているか解らないくらいな自分だし、僕が死んだ暁には神様だってきっと「仕方がないなぁ、まったく」てな感じに呆れ・・・。」

 あれ。

 いやいや。

 まってよ、そういえばさ。

 僕って、もう死んでませんか。

 ですよねぇ。

 ねぇ・・・・・・。

 

 ここでしばし、泣くことを許して欲しい。

 

 

 === === ===

 

 さあ、気を取り直して幽霊やっていこう。かなり気になるのが、なぜミーたんに触れることが出来たのかということ。ハゲオヤジには触れられず、どうして痩せた野良猫には触れることが出来たんだろう。そういえばここ何日か、べごりんが部屋のベランダに姿を現すことがなかったからな。それで気付かなかった。※補足、べごりんは飼い猫と言うか、真実は八割ノラみたいなもんである。よくアパートのベランダに日向ぼっこにやって来るから可愛がっているだけでなのだ。しかし、付き合いは長い。もうすでにソウルフレンドである。べごりんが「あおん」といえば僕が「おっ、どうしたべご助、腹減ったか。」といって窓を快く開けてなけなしの残飯を与える。べごりんが「うおおっ」と鳴けば、「そうか、少年よ寂しいかい。おじさんの腕の中へおいで。」といって抱こうとして叩かれる。もう、意思の疎通完璧。お互いがお互いを思いやるあたたかな関係。けして、目つきの悪いボス風の猫に言いように使われているわけじゃないぞ。そんな情けの無い人間があってたまるか。確かに、あやつのパンチの速度は半端じゃない。顔も大きく、まだ若そうだし実際実力は凄まじいのだろう。でもほんとは、べっちゃんにも可愛いところがあるのだ。あいつが初めて僕のベランダにやってきた日、日曜の午後の日差しに照らされて白い毛を輝かせながらべごべご仰向けに回転していたんだ。埃をもうもうと巻き上げながら、土だらけになりながら、べごべごしていた。これからも、よろしくなべごりん。

 以上補足。

 

 先まで僕は、救急箱や壁などの無機物には触れることができるが、人間に代表される生命体たちには触れることが出来ないものだと、そう思っていた。それに今の出来事を加味すれば、自分と同種族である人間のみには干渉することが出来ない、ということなのかもしれない。いや、この時点で決め付けてしまうのはあまりに短絡的思考だと言うこともわかっている。ミーたんが特殊だったのかもしれないし、それに人間に干渉できないためにこの条件があるのだとしたら、物をぶち壊しまくって人間さんたちに迷惑をかけることも可能になってしまうので矛盾する。

 ああ、あながち、この体も悪いもんじゃないかもしれない。考えることがいっぱいあって退屈しないし。新しい環境と言うのはいいものだなぁ。それに、もしかしたら食べなくても生きていけるのかもしれない。幽霊が餓死、なんてお話はお目にかかったことがないし。うわーっ、それってなんと効率的な能力なんだ・・・。寝なくてもいいのならさらいに好いぞ。

 ・・・・・・。

 僕という人間は、いつだって冷めている。どこかで周りを笑っているところがあるのだ。だから今だって、そういう様な奴を気取ってみただけだし、そんなに物事がうまく運命を運ばせるわけがないのを知っていた。別に命は運んじゃいないけれど。

 でも、本音だったり。

 

 少しずつ、不安になってきた。そもそも僕、現実的に幽霊なんだろうか。ていうかその認識が曖昧な時点で大分怪しいのだけれど。それは、少し、ていうか結構困る。これで実はなーんでもなく、僕の脳みそがはチャめちゃイカれているだけでしたってなったら、多分だけれど精神打撃が僕の許容上限を軽く突破する。あーいやトチ狂ってるんなら永遠に気がつかずに死んでも幽霊として存在し続けるだろう。ん、いや、まて、もしや幽霊になる条件てのはそういうことなのかもしれない。微塵のブレもなく死後の世界を信じた生命だけが、蘇りの輪廻から外れ魂が迷走してしまう、そんなの、ちっとも楽しくない・・・。

「・・・・ああ、くそ、もうどうでもよくなって来た・・・・・。」もういいじゃん、とりあえず目的だけでも果たそうぜ。

 どうやら、僕の脳みそ君はすでに考えることに疲れてしまったようである。へたれ、ここに極まれり。

 

 === === ===

 

 さて・・・。僕の道のりは続く。しかし普段に見飽きた、代わり映えのしない街中の背景が、妙につまらない。そんなのを描写する気にもなれないのだが。

 それは、突然のことだった。

「お。おっとおおおッ!」

 あっ、あれは!

 少女だ!少女が!

 ここで、このお話の主人公をよおく理解している読者は、「またコイツ変態的な妄想おっぱじめやがりましたな」と、おのおの怒りの言葉を脳内に孕ませているところでしょうが、どっこい、今回ばかりはそうはいかん!

 少女が、落ちそうになっている!

 今回は、ことが、ちげえ・・・・。

「こ、こりゃやばいんじゃ・・・・。」

 小さな女の子が、ベランダから垂れ下がっている。マンションの3階から、ぶらり。はるか下の地面を拒み続けているのは、ほそい右腕だけしかない。

「そして、ついに・・・・。」ついに?

 短く叫ぶと女の子は手を離した。硬質化した空気を滑って、それが一人の少年の鼓膜をすばやくノックした。

 景色がぶうんと揺らぐ。全てが後方を目指して移動する。僕は何か痛めつけるように何度も地をけりつける。心臓が、祈るように傍観するように動きを止める。筋肉が狂乱する。意識が踊り、零れ落ちたまま僕は置き去る。景色が意識から姿を消す。

 世界が、二つだけになる。その中の全てを受け止めようとするかのように見開いた目が、もう一つをとらえる。遠い。

 遠い。まだっ。

 遠い!

「ッツああああっ」

 あふれ出した絶唱が肺の酸素を全て噴出し、体が、おどろいたように可動を躊躇う。勢いがその状況についていけず、わけもわからず背中を突く。ゆらいだ。君の姿が掻き消えた。魔法?

 ちりちり、空気の摩れるBGM。

 声は、感嘆符を付属される前に途切れた。風に、痛む目をすぼめると、いつのまにか少女が腕のなかにいた。僕は、ただなんとなく少女を見つめた。一瞬後にその小さな体躯がゆるく跳ねた。鈍い音がした、気がする。だって、ぱしゃりって、血が吹き散れる音がすごく大きく聴こえたんだ。つかれて乾いたような無表情に、涙が一粒、こけて線になった。

「馬鹿か、おれは。」

 僕は、幽霊だ。世界と関われない。心がさけんだことすら、何も出来ない。いや、これまでだってそうだっただろう?だったらさあ、

「こんな時くらいさ、いいかっこさせてよ。」

 やたらと低いところに浮かぶ分厚い雲も、やさしい音を奏でながら足元を転がる葉も、それと遊ぶ風も、僕をぬらした赤と透明も、恐怖に震えたからだも、全部僕とは関係ないものだっておもえた。そのまま、なんのドラマもないようにただ普通に、立っていた。

 目を見開きすぎて涙を求めた眼球は、何度か瞬きしたら満足して涙も乾いた。びっくりするくらいに、無感動に僕はそこを離れた。体をそむけたら、さっきのはなんかの冗談だったようにおもえた。過ぎてしまえばあっというますぎて何の感慨に浸る暇もない。まるでふざけたビデオを眺めていたみたいに、僕は視界からそれを消すと、ここは僕の生きる場所ではないと理解してひくいマンションの影下を通り過ぎた。理解なんて、つきつめたらどこまでも必要になるし、逆もそうだ、から世界なんてこんなもんでいい。

「こーんな、もんか・・・・?」

 

 ぶつぶつと、自分と思いつく限り全てを罵倒していたら気分も晴れた。

 はて、ここはどこだ?

 

 

 いつものように足を動かして体を進めていると普通に思い出した。ほら、すぐそこの角を右折すれば、そこは通い疲れたいつもの校舎。ここが、僕の旅の終着点。旅と呼ぶには、あまりに短く、多くの人が大切だという感情も、悲しさ通り越してどうでよくなっちゃうくらいになかった、そんなみちのりだった、よなあ。僕は、ヒネたようなせりふを吐きながら笑ってみせる。誰にでもなく、格好つけてみる。ほらね、ほんとはなんだか、さびしいんだ、自分てやっぱりこんなもんなんだって、そうだれかからいわれてるみたいで。そうなんでしょ?

「うふふ、世界は、僕を中心にまわっているんじゃ、ないのさ。」

 もしもし、ぼく。きこえて、ますか・・・。

 

 心を意味なくくるりと一回転させて遊んだして、僕はふと自分にも触れられなくなっていることを知る。そうして知る。

「のこってるのは、あといくつだ?」

 唐突に笑い声がきこえて、僕は傷つけられた。誰だ、今オレを笑ったグズは!

 それも収まると、僕の、世界を研いだ凶器のように悪意をもつナイフのような静音が積もり、あっと言う前に満ちた。縋るように泣きたい気持ちになったから泣き顔をつくってみたが、涙はでない。苦しい気持ちになった。ここんとこが、物凄く・・・・。うううう・・・・。うう?誰か・・・・。誰か・・・・・・。

 

 僕は、帰った。

 そういえば、僕に帰る場所なんてあったっけ、なんておもった。本当の意味で、帰るってなんなんだろう、っておもった。しばらく考えたら、なんとなく、自分に戻るべきところは、ないのだとおもえてきた。

「それでも、僕はかえるよ・・・。少し、休みたいんだ。砕け散りそうだからね・・・。」

 

 なにがだ?

 それを具体的に考えださないと、現実的に、僕は死ぬとおもう。もう死んでいるから、よけい怖い。

 えらく・・・長くかかりそうだぜ・・・。

 な?

 

 

 アパートのドアの前にたって、ノックした。何度もしてみた。何も変化しなかった。なので、全力で前蹴りをぶちかましてドアを破った。

 なぜ鍵がかかっていたのかもわからないし、どうしてノックしてみたのかもわからない。自分の存在を確かめてくれる誰かが、この中にだけは入っているような気がしていたのかもしれない。

 相も変わらず、僕の死体は無い。気付いていたんだろう?本当は、とっくの昔に、知っていたはずだ。愛なんて言葉の正体も、現実って言葉の強さも、僕のことも。

 心が虚無で満たされる。体がバランスを失ってふらふらさまよった。

 ド ン

「一体、なんの効果音だよ・・・・」

 自分が何かにぶつかったという事象は触覚センサーは感知しなかったけど、はて今のは。

 目の前で音が鳴ったのだが、自分のゼロ距離に目を凝らしても特筆すべきものは、何もない。とくに、人間がぶつかって音エネルギーが発生するような物体は、なにも。

 つまり、空気があるわけだ。

「はあ、つまりそれか。」

 くそ、冗談だろ?ついに僕は空気とも絶交されちまった。

 ・・・・・おいまてよ。

「まさかああッ!」

 強大な悪から逃げのびようとするかのように、僕は走りだそうとした。しかし、動けない。体が密閉されてしまっているようだ。呼吸だけは可能なようだった(ただし死んだ状態での呼吸だ)。しかし、僕はついに空間からさえも拒絶されてしまった。共に生きることを拒まれ、捨てられた。

 それから、六十五万二千八百七十一日の間、僕は、そこにたっていた。永遠かと思われる時空間のなかで立ちすくんでいた。それだけの時間を過ごしても、僕自身の状況は、コンマ一ミリ単位でも変化しちゃあ、いなかったんだ。だから、僕はそのあいだ生きていないのと同じなんだろう(ただし、死んだ状態)。

 

 みつめる景色は僕を苦しめるかのように、かさりとも動かない。僕の体があることすら解らないし、確かめることもできなくて、それでも僕の意識だけは世界とまわり続ける。空の音と、空気の摩れる香りと、僕の魂から流れるエネルギーは、もうここにはない。この次元世界には、宇宙には、星には、街には、ぼろいアパートにも、僕の生きる部屋にも、僕の心のでさえ感じられない。水、空、太陽、ひかりと踊った世界の景色、森、花、そのすこし上を飛び回る虫たちと、それを眺める風、その勢いを喜んでずっと上のほうを走る無数の鳥、背景にゆらめく夕日、動物たちの漆黒の影がかすかにどこかを見上げる。そして、星の地球のこえをきいているんだ。全てがあつまってうまれる、星の声・・・・。

 

「ぼくらは、いきているんだ!」

 

 そうやって、世界は巡った。殺し合いと、共存と、孤独と、そのなかでみつける愛と夢を追って、人間は生き、死んでいった。そうやっていままでのすべてを終着点に運び終え、大きく息をはいて、これでおわりかあって、そこで全部の価値と意味をしって、僕らは死んでいくはずだったのに。僕は、はるか遠い地にあるそこを目指して、苦しんで、自分を罵倒しながら、それでも食べ、寝て、生きてきたはずだろう?

 六十五万二千八百七十二日目の朝か夜、僕は泣いた。

 僕は、死にたいんだ。きっと、きっと、もう生きることができないのなら、僕は大切な、生きてた頃じゃ測れないくらいにおおきかった、「死ぬこと」、それと出会いたい。だから、どうか僕の手を繋いでつれていってくれないか・・・?

「僕は、それを望むから・・・・」

 こころのあたりがあつっくて、ほほがつめたかった。いままで表情を変えてくれることのなかった視界がぼんやりと、笑った。気がした。

「ああ、いつまでもそんな顔して笑ってくれたらいいのになあ・・・」

 呟き声が、たしかに僕の耳に届いた。

 なにもかもが、喜びの歌を泣き叫んだ瞬間だった。そうおもえた。世界中のわらいごえが僕の耳をつんざいた。

 世界のうまれる音が復活した。空気とうかぶ小さな色々が暴れだし、声。

 七色じゃたりないくらいの光がはじけてぶんぶんまわりながら上へとのぼり、景色が溢れ出す。

 窓の外を眺めた。久しぶりだ。ほんとう、長いこと僕は・・・。

 白いような青いような月が、凛と浮かんでいた。夜の風が、心地いい。

 僕はちっぽけな体をして、ぼろアパートの床を踏みしめている。踏みしめる音が、今の僕にははっきりと聞こえた。月をみつめていたら、喉のあたりが苦しくなってきて、嗚咽をもらした。泣き方は、まだ思い出せずにいる。

 次に巡ってくる季節が、待ち遠しい。世界のたくさんのことを僕は思い出した。

 春、僕は、もういちどやってみるよ。人と人との、どんなことより難しいそれを、もう一度だけ、それを、僕のために、死んでゆくために。

 これが、最後の旅だ。月光が僕の心を照らす音が、とても静かできれいだ。心を照らしたそれは、そしてきれいな感情をつくる。

 それは、覚悟。強い覚悟であるべきだ。今度だけは、僕は強くなる。弱さの手を繋いだ優しさの手を繋いだ強さと。

 僕は手を握ろう。そうして、僕はたどりつく。

 

 窓を開けた。からりと鳴いて夜を向かえいれる。ちっぽけな月のみえる窓の下で、僕は眠った。

 

 第一章おわり・・・・。

 

 


続きはいつになることやら・・・。「緑丸はじめ」のほかの文章もよんでくれたら、この作品も生きた意味がある、気がするんです・・・。

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