思い出し、拾われる。
トテトテと濡れた道を走っていく。
その足は少しだけ軽い。
所々にある小さく溜まった水たまりに、わタしの顔が波濤を打ちながら写る。
安心した顔。
エペラーがその顔を見ながら言う。
「良かったにゃすね、ご主人さま!」
「うん!」
初めてだった。
ウィズちゃんを悪くないと言ってくれる人。
わタしは布袋に入れていたたった一つの手がかりを胸に当てて強く握りしめる。
大丈夫。
本当にいないと思っていたウィズちゃんを悪者扱いしない人がいたんだ。
きっと、誤解を解くことだってできる。
だから、今は……。
「あぁっ!!」
わタしは思い出したように立ち止まる。
「ど、どうしたにゃす、ご主人さま?!」
忘れてた。
「病棟……」
「病……あぁっ!」
エペラーも思わず声を上げた。
わタし達はネルお婆ちゃんのいる病棟がわからなくて迷っていたところだったのに。
「ま、まだあの路地にフュー、いるかな?」
「考えるよりも行動にゃす、いなくとも遠くには行ってないはずにゃすよ!」
「う、うん、そうだね」
と、わタしとエペラーは元来た道を戻り始めようと走り出した時だった。
「はっ……ご主人さま、危ないにゃす!」
「えっ……?」
ドギャ。
鈍い音とともに、わタしは2頭立ての馬車に轢かれて首が吹っ飛んだ。
「ご、ご主人さまぁ!」
ゴロンとまだ誰もいない道に頭が転がる。
即死、に見えるけどわタしは平気。
だって人形だもん。
首から上が取れようが、手足が取れようが、くっつければ元に戻る。
「むぅー! 頭が取れちゃったぁ!」
取れたのが頭なのがちょっと面倒。
身体をこっちに移動させなくちゃいけなくなるんだけど、これが中々難しい。
いつもだったら、執事がなんとかしてくれるんだけど……。
と、考えていると、馬車を走らせていた御者がこっちへ歩いてきた。
「……」
何も話さない御者。
けど、よく見れば、轢いてしまったという罪悪感があったのは、こっちを見てわタしが生きていることに気がつくまでだった。
それがわかったわタしは、御者に言った。
「お兄さん、ごめんなさい、突然飛び出してしまって……ちょっとお願いがあるんですけども、頭を、身体とくっつけてくださりませんか?」
「……」
ビクッと反応すると、わタしの頭をスッと素早くとってくっつけ、担ぎ上げた。
「えっ!?」
「ご主人さま!」
そして、馬車の中にわタしを放り込むと馬車を出そうとし始める。
「エペラー!」
「にゃすぅうううううう!」
乗り遅れたエペラーはなんとか馬車の中に転がり込む。
「ふぅ……置いて行かれるところだったにゃす」
……馬車が静かに動き出す。
「あなた、いきなり何をするんで……いや、何するの!」
「……」
御者は何も話さない。
「まさか、誘拐!?」
「にゃすぅ!?」
「……」
確かにわタしを誘拐すれば、お金を何千万ガルふんだくることだってできる。
でも残念。
そんな貴族出身のわタしは人形。
「お兄さん、ちょっと考えが甘かったね……」
「……」
「わタしは確かに屋敷一つの当主だけど、人じゃないの……だから力も人以上、あなたを両手で馬車から引きずり下ろすことも、ここからならできるよ?」
「……」
それでも、御者は何も話さない。
「だから悪いことは言わないよ、わタし達を降ろして? さもないと……はっ」
これは……。
「お前らか……」
「……え?」
「小さな炎の魔術師ウィズの誤解について追っているというのは……」
御者はこっちに目をやる。
まさか……。
「ご主人さま、もしかしてこの人、ロストの連中じゃぁ……」
「……」
わタしは落ち着いて座椅子に座る。
そして少し考えた。
「どうして……それを?」
「答える義務はない、質問に対してはイエスかノーで答えろ……」
「それは、簡単にはできないの……あなたがイエスと答えたらどうなるかをわタしは考えなくちゃいけないから」
「……」
「でも、ちょっと考えたけど、あなたはウィズちゃんの味方みたいだね!」
「……どうして、そう思う?」
「もしここでウィズちゃんの敵だとするなら、ウィズちゃんの起こしたかもしれないことを誤解なんて言わない……そうでしょ?」
「……」
返事は返ってこない。
「確かに……ご主人さま、今の最高に探偵してるにゃす!」
「ふふ……探偵小説を読んで少し勉強したもん!」
「にゃ、にゃす……」
「どうしたの、エペラー?」
「な、なんでもないにゃす……」
「……?」
「どこへいけばいい」
「どこって、エペラー、さっきも言ったでしょ?」
「……ご主人さま!」
エペラーは御者の方を見ている。
って、ことは、さっきのは……。
「もう一度言う、どこへいけばいいんだ」
わタしは目を大きく見開いて元気に言った。
「ネルお婆ちゃんのいる病棟まで、お願いできますか?」
「……」
返事はやはり返ってこないが、それを聞いて馬車は右の道に曲がった。
良かった。
本当に敵じゃなかったんだ。
それに、ウィズちゃんを無実と思っている人がまだいたなんて。
それだけで、なんか嬉しい。
「お兄さん」
「……」
御者はこっちを少し向く。
「ありがとう」
ニコッと笑顔を返すと、帽子を少し被り直した。
色々あったけど、ようやく大きな手がかりが掴めそう。
待ってて、ウィズちゃん。
絶対この誤解、なんとか解いて見せるから。
「あ、そうだ、お兄さん……もう一つだけいい?」
「……なんだ」
「頭と身体くっつけてくれたのは嬉しいんだけど、これ、前後ろ逆なの、戻して?」
……2頭立ての馬車は急停止した。




