有名人の苦悩
「ど、どうしたんだい、そんなに驚いて……」
「だ、だって……あなたが、フューでしょ?」
わタしは見出しを指さしながら言うと、少年は服に隠れていた手で頬をポリポリと掻きながら照れ笑いをした。
「あぁ、あはは、僕ってばそんな有名?」
「有名も有名にゃす!」
エペラーが飛び跳ねながら続ける。
「コロシアムでの掛け金額ナンバーワン! その機甲族デッキは、どれだけたくさんのライフを持っているデッキでも一瞬で虫の息にまで追い込む、まさにコロシアム史上最大火力のミッドレンジ!」
すごいエペラーが色々言ってるけど、フューは疑問符を浮かべている。
「この猫はさっきから何でこんなに鳴いてるんだい?」
「き、気にしないでいいよ? それよりも本当に強いよねフュー、わタしもコロシアムにたまに行くけど、ずっとあなたが勝ち越してるもんねー」
そうニコッとわタしが笑うと、フューの顔がより一層真っ赤になった。
「えっへへっ、そうだろ、僕は一番コロシアムで強いんだ、よければ、サインとかしてあげてもいいよ?」
「ところで、どうしてこんなところにあなたほどの人がいるの?」
自慢げに腕を組んでいたフューが、ガクリと肩を落とした。
「どうしたの?」
「あぁ……はは、なんでもないよ、僕もちょうど雨宿りしようと思ってね……」
フューはそんなに濡れていない。
わタしがここに入ってきてすぐのタイミングで来たのかな。
「そうだったんだ、わタしと一緒だね!」
「うん、へへ……」
顔を赤らめながらそう答えるフュー。
「でも、おかしいにゃすねぇ……」
「ん?」
エペラーはそれを見て違和感を感じている様子。
「どうしたの、エペラー?」
わタしは小声でそっと呼びかける。
「いや、どうしてそんなコロシアムで連勝も連勝の子がこんなところで雨宿りをしているにゃす?」
「あ……」
確かに、それはおかしい。
あのコロシアムは、トーナメント方式では進まない。
エントリーを済ませて、その中からランダムで相手が決まり、観客はその二人から賭けたい方に賭けてデュエルが行われる。
それで勝利すれば、負けた方の賭け金額の何割かがデュエルの勝者に送られる。
マスティマお姉ちゃんは多額の賞金を得たと言っていた。
そしてこの状況。
フューの服は汚れていて、明らかに着古した服装なのは目に見えてわかる。
連戦連勝している子とは思えないほど貧相だ。
「ねぇ、フュー」
「ん?」
わタしは蓋の閉じたゴミ箱に座りながら言った。
「勝ち続けているあなたが、どうしてそんなに汚れた服装をしてるの?」
「んぅ? あぁ……」
フューは、自分の服を見ながら愛想笑いを浮かべた。
「これはさ、炭坑で働いてきた帰りだからさ」
「え? どうしてコロシアムでいっぱい稼いでるはずのあなたが炭坑で働いているの?」
フューは、少し顔を俯かせながら黙り込む。
「……フュー?」
何かを考えていたようだったフューは、顔を上げると言った。
「僕はさ、もっと稼がないといけないんだ……」
「稼がないと……?」
「うん……」
「どうして?」
フューは、静かにこっちへ来ると、わタしの隣に座り、話してくれた。
フュー。
聞いてみると、彼はわタしの死んだ年齢と同じ10歳だった。
お父さんとお母さんがいて、お父さんは炭坑で遭った事故以降、足が動かなくなってしまい、お母さんは体が弱くてずっと寝たきりだという。
だから、彼は子供ながら炭坑で働かざる得ない状況だったそうだ。
しかし、炭坑というのは、わタしもよく知っているけど、力仕事の割には支払われる賃金が安い。
なぜそのようなことになってしまったのかというと、そこで採掘されていた石炭の需要が少なくなってしまったのが原因。
今の時代、札という便利なものがあれば、燃料なんていらない。
蒸気機関は札から出る炎魔法を使えば、石炭の数倍効率で動く。
ここから出ている蒸気船は、全てそれで動いているくらいに石炭は需要がなくなっている。
フューにとっては、その当時が限界も限界だったそうだ。
そんな時に術式決闘によるコロシアムを勧められたのだとか。
「本当に、デュエルに出会えてよかったよ……でなきゃ、僕は父さんも母さんも養っていくことはできなかった……」
「そうだったんだ……フューにとってデュエルとの出会いは、人生が変わる分かれ目だったんだね」
「うん」
フューはニッコリと笑う。
「ごめんね、君には関係のない話だったよね」
「そんなことないよ! わタしもその気持ち、わかるもん!」
そう、全部わかる。
わタしも、デュエルがなかったら、マスティマお姉ちゃんやウィズちゃんや淳介に出会えなかった。
友達もできず、誰かをまた人形に変えてしまっていたかもしれない。
「だから、わタし、救ってあげたいの……デュエルを通じてわタしを救ってくれた人たちをわタしの力で」
「救ってあげたい?」
「あ、ごめん、まだ話してなかったね、わタし、ウィズちゃんっていう子が起こしたって言われてる家一つが焼失した事件について追っているの」
「……ウィズちゃん?」
わタしはすかさずポケットにしまってあったウィズの写真を取り出す。
「この子なんだけど……」
フューは、じっと見つめる。
「この子って、ウィニーに事実上デッキ10枚だけで勝ったっていうあの子?」
「知ってるの!?」
わタしは目を輝かせる。
「うん、知ってるよ、確か肩に黒猫がいて、最後に負けない状況は作ったはいいけど、ウィニーが負けを認めずに突き殺されかけた子だよね……あれは、本当に酷かった」
ウィズちゃん、そんな酷いことをされていたんだ……。
「だけどごめん、僕が知っているのはそれくらいなんだ……彼女がどこで暮らしていたのかも、どこにいたかも僕は知らない……」
「そっか……」
その言葉に、わタしは顔を俯かせる。
「ごめん……力に慣れなくて……で、でもさ、きっとその子は無実だと思うよ! だって悪い子じゃないんだろ?」
「……うん!」
わタしは強く頷く。
「だったら、絶対になんとかなるよ! 僕だって最初はどん底だったけど、今はなんとかなっているからさ!」
「そう……そうだよね、きっとそう!」
「その通りにゃす! 元気出すにゃすよ、ご主人さま!」
そのためにも、わタしが頑張らなきゃ。
フューは空を見上げる。
「雨、止んできたね!」
「わタし、そろそろ行かなきゃ」
「うん、僕も……そうだ、君名前は?」
「わタし? わタしはセリーヌ、セリーヌ・クロエ・ジェリーマーチだよ!」
「ジェリーマーチ!?」
わタしはゴミ箱から降りると、勢いよく走り出す。
「あ、待ってほしいにゃす、ご主人さまぁ!」
「ジェリーマーチって、あの有名な人形師貴族の……てことはセリーヌちゃんはあそこのお嬢様!?」
「じゃあねフュー! また会おうね!」
「ちょ、あ……行っちゃった」