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人間には忘却するという能力が生来に備わっている。
思い出せない事というのは、思い出す必要のない事。
きっと。
思い出せないでいる方が良い事。
あの馬鹿共に関する事実なぞ。
なんであれ、思い出してみたところで。
こうして独り飲む琥珀の味わいの前に。
霧散と消えて無くなる程の。
その程度にしか、価値も有るまい。
琥珀に浮かんだ氷を揺らす。
架欄。
入店を告げる扉の鐘の音。
店内の空気の流れが変化る。
振り向いて。
確認めるような無駄はしない。
来る訳のない事は知っているから。
至極の当然、自然の動きで。
店主がカクテルのグラスを素、と差し出す。
2人分。
1つは俺に。
1つは隣の空席に。
来るはずもない、彼女の為に。
まったく。
見事な仕事、小粋な計らい。
店主の慧眼には畏れ入る。