レベル7 『リュウガVSオウル』
オウルの完全な臨戦態勢を見て、蒼太は呟く。
「はぁ、格上に対して真正面から挑まないでよ……」
「問題あったか?」
平然とリュウガが言うので、蒼太は声を荒げた。
「大アリだよ! でも、まぁ……いいよ。そういうのは嫌いじゃないしさ」
「ははっ、ありがとな」
リュウガは快活そうに笑って、地面を強く蹴りだす。
先程のイチヤと同様、真っすぐに向かってくる姿に、オウルはほくそ笑んだ。
「へへッ、弱ぇ奴が粋がるんじゃねェよォ」
「弱ぇかどうかは、戦ってから言え!」
リュウガが声を張り上げ、攻撃の意思を取ると、オウルは防御するつもりなのか、斧の刃を横に向けた。
その意図を理解できず、蒼太は首を傾げる。
――え? さっきみたいにカウンターは仕掛けないの? なら、まずは一撃……!
そう判断し、蒼太はAを入力実行すると、リュウガが反応し、剣を振る。
当然のことながら、斧で防がれ、鈍い音が響き渡る。
「ハッ! 何だ!? その程度かよ、てめぇの力は!? 大口叩くわりには大したことねェなァ! おい!」
「なにおー!?」
オウルの挑発に、リュウガが馬鹿正直に乗る。
――なるほどね、煽ることが目的か。
しかし、リュウガはともかく、蒼太はそんな煽りを真に受けるほど馬鹿ではない。もちろんガードされることなど想定済み。
蒼太の目的は攻撃することではなく、あくまで0距離まで近づくことなのだ。
0距離だから出来る、技。
「クイックロード」
蒼太が囁いた直後、オウルの目の前にいたはずのリュウガが、姿を消す。
いや、本当に消えたわけではない。ただ横に飛んだだけ。
たかがレベル1のスピードだ。さらに二回、地面が蹴られるが、それもまた、視界から外れるほどの速さは持っていない。
しかし、それでもオウルは対応しきれず、まんまと背後へと回り込まれ、その無防備な背中にただの鉄の剣が叩きつけられた。
「ぬぐっ! んだこりゃぁ!」
オウルが怒りのままに斧を振る。もちろん、BAのコマンドによるものだ。
しかし、蒼太はその反応を予測していたかのように再びクイックロードを使用すると、リュウガがオウルの背に回り、一筋の傷が加えられた。
予想外の動きに、体の持ち主であるはずのリュウガも声を漏らす。
「すっげぇ……何だよ、これ」
「僕が考えたコマンドの組み合わせ……コンボ! その一つさ……!」
蒼太が7年間で積み上げてきたのは何もゲームの経験だけではない。アルトヘヴンをプレイしたときの経験を忘れず、ずっと、考え続けていた。
コンボという、戦術を。
その一つとして、クイックロードというコンボが挙げられる。
これに使用するコマンドは、方向を指定するコマンドであるF、R、B、L、のどれか一つと、QJというコマンドのみである。
Jは跳躍を意味し、Qとは小回りを利かせるかわりに効果が小さくなる、いわば、溜めて大きなパワーを生み出すCとは真逆に位置するコマンド。
クイックロードとはとどのつまり、そのQJというコマンドに方向指定コマンドを合わせて、連続入力することによって得る、短距離高速移動術なのだ。
「一つ……ってこんなのがまだまだあんのか!?」
「ああ、こんなのはまだまだ序の口……! 僕の7年間のイメージトレーニング……舐めるなよ!」
「俺の後ろでごちゃごちゃと……! 戦闘中に無駄口叩いてんじゃねぇよ!」
オウルの背後にいたまま会話をしていたことから、舐められていると感じたのか、オウルが怒気を含んだ声を出して、斧を振った。
クイックロードならば、回避は簡単である。
しかし、蒼太には懸念があった。
コンボは強力だが、欠点もあるのだ。
それはスタミナの消費量が激しいという点である。
画面左上、HPゲージの下に、実はSTゲージなるものが存在している。
ST、すなわちスタミナは、コマンドを一つ入力するごとに1消費するため、クイックロードは一回の移動で、3消費していることになる。
リュウガのSTは100。今の段階で既に22消費しており、残り78。0になれば、当然コマンド入力不可、操作不能。
スタミナ管理を怠れば、敵のHPをどんなに削ろうとも、そこで負けるのだ。
それゆえに、スタミナを温存するため、蒼太は防御を選択する。
オウルが放つ、重い一撃を、リュウガはその身に受け、体中の骨が悲鳴を上げた。
「重ってぇー」
「さすがに……! ガードしても、ダメージが通っちゃうみたいだね」
現在、表示されているHPは90。つまり10のダメージを受けたということだ。ガードしてもこれなのだから、まともに食らえば、どれだけHPが飛ぶかわからない。
続く二撃目を眼下に捉え、リュウガは短く叫ぶ。
「蒼太!」
「わかってるよ! もう、掠りさえ、させやしない……! クイックロード!」
まずはリュウガを後ろに下がらせる。
すると、オウルも同じQJのコマンドでその後を追い、片手で斧を振り回すが、当たらない。
クイックロードを使用したリュウガに攻撃速度の遅い斧が当たる道理はなく、再び背後を取ったリュウガの剣がオウルの背中を貫き、腹を突き破る。
「また、この動き……! てめぇ、本当にレベル1かよ!」
「うん、本当にレベル1だぞ」
リュウガがコクンと頷き、剣を引き抜くと同時に、蒼太はコマンド入力する。
命令を受け取ったリュウガは、後ろに注意が向いたオウルの頭上を飛び越えて、正面に立ち、斬りかかる。
これもなんとか攻撃を成功させ、蒼太がホッと一息吐くのも束の間。
「だが……まだまだ、だな」
オウルはニヤリと笑い、ずっと空いていた左手を使った。
「……ッ!」
蒼太は驚きで呼吸を忘れる。
ずっと疑問に思っていたのだ。どうして斧を両手で持たないのか、と。両手なら少し攻撃速度も上がるし、パワーも上がるのに、どうしてなのだろうか、と。
その答えのヒントは、イチヤとレイコの戦いの中で既に出ている。
すなわち、左手でリュウガの首を掴んだのだ。
斧での攻撃ではリュウガの動きに間に合わない、が、手は届く。
届いた手で時間を稼げば、斧も、届く。
「しまっ……!」
蒼太が空気を吐き出すと同時に、リュウガの腹がパクリと割れ、オウルの持つ斧が真っ赤に染まった。
そのとき、蒼太が入力したのは後ろに逃げるBDというコマンド、ではなく、Aという、攻撃を意味するコマンドだった。
蒼太は自問自答する。
この場面は逃げるべき?
――いいや、違う。今こそ攻撃のチャンスだ!
攻撃したときは必ず隙が出来る。
といっても、その隙を突いて攻撃すれば、それがまた隙となり、反撃されてしまう。つまり、ただのダメージ交換になってしまうのだ。
しかし、必ずしもそうなるわけではない。
要は自分が攻撃してから、相手が攻撃する前に離脱出来ればいいのである。
「らあぁぁぁぁぁ!」
「ぬぐっ!?」
リュウガは吠え、オウルの左手を斬り落とす。これならば、手に捕まることはなく、斧では攻撃速度が足らず、反撃不可。
この戦いでは最高レベルであるオウルも攻撃速度については理解しているのか、特に反撃するような動きは見せなかった。
その間に距離を取ったリュウガが、ボタボタと血が流れている腹を押さえながら、嫌そうな声を上げる。
「うぇ、気持ちわりぃ」
蒼太はその痛ましげな光景に、心配そうな声を上げた。
「痛くないの?」
「まったく痛くねぇや」
マウス操作でカメラを回し、リュウガの顔全体を観察するが、顔色はそこまで悪くなく、強がっているわけでもなさそうだ。
それに、気持ち悪いと言ってることから、麻酔をかけられたような感覚だと蒼太は勝手に解釈し、話を進めた。
「ふーん、まぁ、毎回痛かったら戦いなんてしたくなくなるから……当然といえば当然、なのかな?」
とりあえず何事もなかったということで、蒼太は情報を整理する。
リュウガのHPは今の一撃で70も減り、残り20。ガードさえも一度しか許されない状態だ。
対して、オウルのHPは40。リュウガの平均ダメージは20なので、二撃分、確実を期すなら、さらに追加分のダメージが必要だ。
よって、ここは慎重に攻めたいのだが、背後に回る動きは何度も見せてしまっている。今度それをやれば、こちらが攻撃する前に対応される危険性がある。
――ここが……正念場!
蒼太はスッと目を閉じ、先のシミュレーションをする。
蒼太がコマンドを入力し、リュウガが行動することによって起こる、オウルの対応、その全てを導き出し、対応策を見つける。
オウルがこうきたらこうする、というように道が作られ、それが敗北に繋がる可能性が微塵でもあるなら即座に排除していく。
そして今、道は勝利へと、繋がった。
パチッと瞼を上げ、蒼太は囁いた。
「これが、最後だよ…………クイック……ロード!」
リュウガが、動く。
待ってました、と言わんばかりにオウルは笑みをこぼすと、後ろに向けて攻撃する。リュウガが背後に回ると読んでの行動だ。
しかし、それは空振りとなる。
リュウガは、オウルの周りを回るだけで、すぐに背後を取ろうとしなかったのだ。だが、そんなことをすればあっという間にスタミナは尽きてしまう。
もう、後はない。
残りのスタミナを全て使っての、クイックロードによる、翻弄である。
その覚悟を、この攻防が最後だということを理解してか、オウルは目でリュウガを追いながら、問う。
「なんで、てめぇは、俺の楽しみを邪魔するってんだァ!」
「お前が悪いことをしてるからだ!」
「何を言うかと思えば、悪いことだと? たかが戦争だ! 痛みがあるわけでもねぇ! たいした不利益を被ったわけでもねぇ! これの何が悪いってぇんだ!?」
「知るかぁッ! お前はむかつくから、ブッ倒す!」
「んだとォ!? 何て勝手な野郎だ!」
「お前に言われたくねぇ!」
叫び、リュウガはオウルの後ろで飛び上がると、剣を大きく振りかぶった。CA、溜め攻撃である。
だが、当然のごとく、そこには大きな隙が生まれる。
ただし、オウルは攻撃しない。リュウガのガードが間に合うとわかっているからだ。だから、ガードさえも出来ない状況を作り出すため、オウルは左手を伸ばした。
「空中に出るとは、最後に詰めを誤ったなッ!」
「わっ!」
オウルはリュウガの首を掴み、レイコのときと同じように、地面に叩きつけようとする。
そうなれば、ガード不可。もう一度あの斧をまともに食らって、即死である。
絶体絶命。
だが、それを、一本の矢がオウルの足に突き刺さり、止める。
ガクッと膝をつき、オウルは切羽詰まった口調で言う。
「矢だと!? まさか……」
「くぅぅらぁぁえぇぇぇぇぇ!」
剣がビュッと風を切り、強かに打ち付けられ、オウルは顔を陥没させられる。
オウルのHPは0。
そのひしゃげた顔を癒すことなく、オウルは、倒れた。