レベル5 『初めての戦争』
アルトヘヴンにおける戦争というのはよくあるFPSのゲームルールに近い。
すなわち、二つの陣営に分かれ、限られたエリアの中で戦い、陣地を取り合うゲームモードだ。
このゲームモードでの勝利条件は二つ。
定められた陣地を占領するか、敵を全滅させるかである。
定められた陣地とは、中央に中立陣地が置かれているパターンと両陣営に自陣と呼べる陣地があるパターンの二つのどちらかである。
これは完全ランダムで選ばれるらしく、今回は敵陣地を占領すれば勝つ、両陣営に陣地があるパターンの方である。
現在、リュウガはその味方陣地の中で待機中であり、一分間の準備時間を経て、戦闘が始まるまでは出れないでいた。
まあ、出れるようになったとしても、蒼太がそれを許さないのだが。
その理由はリュウガの独断専行によって、蒼太が怒りを爆発させたからである。
「ねぇ、どうすんの、これ?」
「すみませんでした」
リュウガがズーンと沈んだ声で謝ると、蒼太は一層強い口調でまくし立てた。
「すみませんで済むなら、警察はいらないんだ」
「……警察って何だ?」
「そこからか……」
呆れて物も言えない。
近くで話し合っている味方がリュウガとマッチングしたことについて、蒼太は同情の一つもするというものだ。
戦闘参加人数は6の倍数で揃えられており、6対6から30対30まであるらしく、今回は12対12、つまり、リュウガを含めて12人、ここにはいる。
本来であれば、準備時間の間にこれらの味方と友好を深め、作戦を決めたりするようだが、積極的に味方に頼るべき立場にあるはずのリュウガは話し合いの輪に参加できずに、隅っこの方で蒼太に正座をさせられていた。
そうして、貴重な一分間は蒼太の説教によって浪費され、どう動けばわからないまま戦闘が始まった。
味方はリュウガを置いて、各々の方向へ走り出してしまう。もはや、味方はリュウガを戦力としては数えてないようだ。
完全に出遅れているわけだが、蒼太はそれを気にする様子はなく、言った。
「まぁ、いいよ。勝てば問題ないんだからさ」
「そ、そうだよな!」
少し緩んだ空気で、煙に巻こうとするリュウガに、蒼太はまだ怒ってるんだぞ、と伝えるかのようにギロッと睨みを利かせた。
説明書によれば、リュウガ側からは蒼太の姿は見えていないはずなのだが、雰囲気は伝わったらしく、リュウガは身をすくませて、頭を下げる。
「ごめんなさい」
「…………」
――まぁ、いいや。怒るのは後だね……負けられない戦いだし。
戦闘へと思考を切り替えた蒼太がまず最初にしたことは、右上にある、正方形のマップを確認することだった。
味方が二人と八人のグループに分かれて移動していることがわかる。
ここで、蒼太は一人足りないことに気づき、最後の一人はどこにいるんだ、と探していると、それはいた。
リュウガの隣に、だ。
「ちょっといいかな?」
「うわっ! おめー、誰だ? 俺はリュウガだ!」
――その流れで自己紹介はおかしくないですかねぇ!?
赤い髪の少女がビクンッと体を飛び上がらせて、苦笑いを浮かべる。
「あ! ごめんね、驚かせて……私の名前はミキ。レベルは、17だよ。えっと、私達は東ルートから攻めることになってるから付いてきてほしいんだけど……いいかな?」
「そうか、わかった! お前に付いていけばいいんだな……って、あ…………」
ここでも勝手に動いたら、怒られるかもしれない、とリュウガは考えたのだろう。
一瞬、判断を仰ぐかのように、リュウガが蒼太の方を見てきたので、蒼太はため息を吐いて、言った。
「好きにすれば?」
かくして、二人は走り始めた。
他人同士特有の長い沈黙、とはならず、リュウガが社交性を見せつけるかのように会話をミキに持ちかけた。
「ここってどこなんだ?」
「市街地マップだよ」
「市街地マップ? どういうことだ?」
何を聞かれてるのかわからない、という顔でミキは首を傾げて、頭を悩ませたまま、声を絞り出した。
「うーんと…………戦争の戦場はランダムで決められていて、その一つがこの市街地マップって場所なの」
「だから、ここはどこなんだ? 街から遠いのか?」
「え?」
目をいくつか瞬きしてから、ミキは下を向いて、独り言のように言葉を並べる。
「考えたこともなかった……ワープされてるからわからないけど……街の外のどこかにあるとか? ううん、それなら、どこかで目撃情報があるはずだから……やっぱり、亜空間とかにあるんじゃないかな?」
「あ、あくうかん……?」
「こう、よくわからない場所というか……」
「なるほど! よくわからない場所か!」
――あ、それでいいんだ。
今の場面、蒼太なら亜空間の概念を長々と教えていたところだが、リュウガにはもっと単純で良かったのだ。さすがはミキ先輩である。伊達にリュウガや蒼太よりも長くこの世界に浸かってるわけではないということだ。
――まっ、この場合、先輩後輩は全く関係ないけどね! リュウガって馬鹿すぎてわけわかんないしッ!
それから、リュウガとミキの珍問答が始まり、その会話から二つ、わかったことがあった。
まず、市街地マップは南から北まで真ん中のライン全てが街になっており、東と西のラインが山となって挟んでいる地形、ということである。
画面に表示されているマップは平面になっている上に、リュウガ達は南に位置する街がスタートラインとなっており、高低差というものが家のせいで大変見づらいのだ。
二つ目は、この戦場においては、中央、つまり街に大勢が向かって戦うのが普通らしく、味方同士の話し合いでも、東に二人、西に二人で、中央が八人という構成で攻める作戦にしたということ。
話し合いの中ではレベル1でも囮ぐらいなら出来るだろう、と散々な言われようで、蒼太は腹を立てたが、リュウガが勝手に登録するなんて馬鹿なことをしたゆえの評価なので、我慢する。
それに、ミキの武器は弓。つまり遠距離タイプだ。
なるほど、これなら確かに、リュウガが役に立たなくても関係ない。
リュウガがワーワーと敵と戦っている間にミキがカバーできる立ち位置にあるのだから。
と、まあ、蒼太は納得したわけだが、リュウガはというと、やはり理解できていなかったようで、頭からプスプスと煙を上げた。
「何だ? わけわかんねーぞ!」
「えっと……その、つまり……」
ミキは言いにくそうにしている。そりゃあ、あなたが弱いってことですよ、なんてなかなか言えるものじゃない。それを遠回しに言ったのに、リュウガは理解できてない、と困ったものである。
全てはリュウガの物分かりが悪いせいだ。
ゆえに、蒼太は正直に話した。
「つまり、リュウガは弱いって思われてるってことだよ」
「俺が弱い!? そんなわけねぇだろ!」
リュウガは何を勘違いしてるのか、眉間に皺を寄せて、プンスカと怒っている。
――レベル1なんだから、そりゃあ弱いよ……。
むしろ、なぜ自分が強いなんて思っていたのか、甚だ疑問である。
「……っと、目的地に着いたみたいだね」
マップでは自分と仲間の現在地を確認でき、それによると、どうやら、話している間に市街地マップ東に到着したようだ。
しかし、見た限り、リュウガとミキの他には誰もいない。
よもや、こんな低レベル帯に偵察に徹しようとする人がいるとも思えず、蒼太はキーボードから片手を離して、ポリポリと頬を掻きながら、言葉を漏らした。
「敵が…………一人もいない?」
「何だ、拍子抜けだな」
強気な発言をするレベル1はさておき、蒼太にとっても、拍子抜け、ではある。これならあっさりと敵陣まで突破できてしまうのだから。それとも、敵は陣地近くで待ち構えているのか。
どっちにしても、このまま進む以外に選択はなく、迷う余地はない。
しかし、ミキは不安そうに唇に指を押し当てて、言った。
「どんなときも一人ぐらいはいるんだけど……」
「ふーん、そうなのか。でも、今はいないな」
「うん、いないみたい……」
「……じゃあ、敵はどこにいるんだ?」
リュウガがそう呟いた瞬間、中央に向かっていた味方の反応が怒涛の勢いで消えていった。