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レベル3 『ゲームスタート!』

 カチカチとマウスのクリック音が鳴り響き、キーボードが静かに叩かれる。

 窓からギラギラと太陽光が入り込む、4月中の日曜日。

 高校二年生として、全うな人生を歩んでいる蒼太は今、戦場に立っていた。

 前線では既に銃撃戦が始まっており、蒼太は後方にて茂みに隠れながら、仲間達によって炙り出された敵を狙撃する。

 素晴らしい連携だ。

 改めて思う。

 このチームは最高だって。

 ――ボイスチャットの参加率が低いのは納得いかないけど。

 チームに対して唯一抱いてる不満を心の中で愚痴っていると、最前線に向かっていたリーダーが声を張り上げた。

「エネミー! ゴー、イースト!」

 生粋の日本人でありながら、なぜか英語で喋りたがるリーダーに対して、常識人であるサブリーダーが文句を付ける。

「リーダー、日本語喋ってくださいよ……って、ああ、くそっ! あいつ、そのまま右を突破するつもりだ! 後は任せたぞ、ソウタ!」

「え!」

 と蒼太は思わず声を上げてしまった。

 どうやらリーダーに続き、サブリーダーもやられたようだ。鬼エイムを持つサブリーダーが撃ち負けるとは、相手は相当な手練れだろう。

 だが、それだけわかれば十分。

 蒼太は一度目を閉じてから、ゆっくりと瞼を上げて、言った。

「了解……任せて」

 蒼太の目の前では列車が障害物となっており、敵はそれを挟んだ向こうにいる。

 仲間のキルカメラでは右から来るように動いていたらしいが、蒼太はあえて、左で待ち構えた。

 その動きを観戦していたサブリーダーが焦った声を出す。

「おいおい、右で待たなくていいのか?」

 蒼太はリロードしながら、言葉を返した。

「うん、それはフェイクだよ。キルカメラが映る間だけ右に進んで、終わったら、戻って左から来るはずだ」

「そ、そう……なのか?」

 ゲームの玄人というものは必ず敵の思考の裏を突いてくる。

 玄人が、死亡したときに見れるキルカメラの存在を忘れているはずがない。

 このような極限状態では必ず利用してくる。

 この蒼太の経験を裏付けるかのように、足音が聞こえた。

 ――ほらね。

 蒼太は心の中でほくそ笑んでから、全神経を集中させた。

 トントントン、と鉄を踏む足音が大きくなる。

「くる……!」

 画面が変化した瞬間、蒼太は引き金を引いた。

 一瞬遅れて、敵兵も銃を撃つが、FPSは一瞬の差で勝負が決まる。

 敵兵の胸に弾丸が撃ち込まれ、血が画面を汚した。

 エースと思わしき敵兵の体はゆっくりと傾き、ドサッ、という重量感のある音を立てて、地面に倒れ伏す。

 障害物にさえならない空気となった屍を踏み越え、蒼太は進む。

 敵チームがエースを失ったことにより、流れはこちらにあった。

 それは、たとえ3対1だろうと覆せるものではなかったようで、三つの死体が転がると同時に、画面中央で60という数字が刻まれ、59、58、と一秒ごとにそれは減っていった。

 それを見た蒼太は拳を天高く上げ、叫んだ。

「……っ! っ! ぃぃぃやっっっっったあぁぁぁぁぁ!」

 蒼太の雄たけびを皮切りに、リーダーとサブリーダーがそれぞれ声を震わせる。

「グッドゲーム!」

「はは、俺達が……あの『ライオンズ』に……勝ったんだ!」

 残り12名のメンバーも続々と文字を送り、チャット欄が視認できないほどの速さで流れていく。

 そうして、一通り勝利の感動を分かち合うのに20秒費やしてから、『ドラゴンズ』のサブリーダーが蒼太の引退に関する話題を切り出した。

「おい、蒼太……本当に引退するのか?」

「うん、僕も皆と離れるのは寂しいけど……」

 そう言ってから、蒼太はチャット組にこの言葉が届かないことを思い出し、最速で今言ったことと似たことをチャットに打ち込んだ。

 すると、「アルトヘヴンに移るって本当ですか?」という文字が目に入った。

 蒼太は少し悩んだ後、「本当だよ、小さい頃からやるのが夢だったんだ」と返した。

「でもさ、小さい頃からアルトヘヴンをプレイしたかったんなら、さっさと始めれば良かったんじゃないか?」

 サブリーダーが訊ねてきたので、蒼太は苦笑して、答える。

「何度もそう思ったよ……でも、約束したんだ。17歳になったらプレイするって」

「やくそくぅ? 何だそりゃあ?」

「約束は……約束だよ」

 戦闘準備画面に戻るまで残り10秒となったとき、カタカタとキーボートを打つ音が鳴り響き、チャットに文字が流れる。

 蒼太は大きく息を吸って、その文字を声に出した。

「じゃあ、皆……また遊ぼうね!」 

 画面とヘッドホンから、皆の感情が流れてくる。

 5,4、3,2,1とカウントダウンが進む間、蒼太はその感情の奔流を一つたりとも逃さなかった。

 そして、残り時間が0となった瞬間、蒼太はゲーム機の電源を落とした。

 戦闘が完全に終わると共に、電源を落とし、チームからはリーダーの手によって脱退させてもらう。事前にそう決めていたのだ。

 チームに残り続けていたら、きっと、戻れなくなるから。

「皆……ありがとう」

 そう呟き、蒼太はずっと座っていたソファに体を預け、はふっ、と息を吐いた。

 全体的に丸いデザインをした、この一人用ソファはゲームを遊ぶには欠かせない存在で、時には肘掛けに肘を置いてゆったりとゲームをしたり、今のように背もたれに寄りかかって休憩を取ったりする、まさに相棒と呼べる代物だ。

「…………」

 蒼太が朝霧永子を失った日、蒼太は叔母に引き取られた。

 引き取られる家庭によっては酷い目に遭うのではないか、と蒼太は内心怯えていたが、こんなソファに座っていることからわかるように、叔母さんには良くしてもらっている。

 ただ、甘やかされて育ったためか、蒼太はこの部屋の狭さにほんの少しだけ不満が生じていた。

 というのも、家が他と比べて一回り大きいにもかかわらず、中央に据えられたソファから左にある入り口に至るための道にしか空きスペースがないほど、この部屋は狭いのである。

 右側はほぼベッドが占領しているし、前側は四畳ほどのこの部屋には不釣り合いなぐらい大きい32インチのテレビが台の上にドカンッと置かれており、その左もパソコンを使うためのデスクで埋められているのだから。

 ただ、これ以上を望むならそれは贅沢だというものだ。

 いや、ある一点においては、既に贅沢すぎると言わざるを得ないだろう。

 蒼太は首を回し、背後に存在する、贅沢の極みを眺めた。約一畳分を占める、ゲームがギッシリと詰まった大きな本棚である。

 いくら優しい叔母でも、これだけの量のゲームを買ってあげるのは異常だ。

 蒼太はそのことについて叔母に尋ねると、どうやら、母親との話し合いが関係しているらしい。詳しい内容は教えてくれなかったが、少なくとも母親がこのゲームの数々を与えてくれたのは確かだった。

 蒼太は母親に感謝し、余すことなくこれらのゲームを遊び尽くしたわけだが、この中に一つだけプレイしていないゲームがあった。17歳になるまでプレイしない、と母親と約束したゲームが。

 蒼太はソファから身を乗り出して、スッと手を伸ばし、何年も前から本棚に封印しておいた約束のゲーム、アルトヘヴン、そのパッケージを手に取った。

「…………」

 埃一つないそれを、どれだけ眺めただろうか。説明書をどれだけ読んだだろうか。

 その世界をどれだけ想像したことか。この日をどれだけ待ったことか。

 今日、蒼太は誕生日を迎えた。

 永子との約束の日がやってきたのである。

 ようやくだ。

 ようやく、このゲームを、遊べる。

「よしっ!」

 勢い込んだ蒼太はテレビ台の中にある2世代前のゲーム機、PW(プレイワールド)5にアルトヘヴンのハードディスクを入れる。

 そして、ゲーム機の電源ボタンを押して、叫んだ。

「目指せ! 世界最強!」

 ゲームを遊ぼうとする少年を待つ、もう一つの現実が咢を開き、光が部屋を照らし出す。

 こうして、世界最強を目指す少年の物語が始まったのである。

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