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第3話 ディッシュ・バイ・フォース(前編)



 嫌なやつに見つかった、アルは心の中でそう思い舌打ちする。



「聞いてんじゃん。どこ行くんだよ、アル?」



 にやにやと薄笑いを浮かべながら、後ろから肩を叩いてきたのは、アルの同僚の騎士であるロヴだ。



「決まってるだろ。昼休みなんだから、昼ごはん食べに行くんだよ」


「どこに?」


「どこだっていいだろ」



 早く「いぬごや」に行きたいと気が急いているため、アルの対応は刺々しい。そんなアルの様子に、ロヴは我が意を得たりとばかりにさらに笑みを深めた。



「いやなに、お前さん最近の昼時、兵舎やその周りの食堂じゃ滅多に見かけなくなっただろ?けど出て行く時の横顔はそりゃもう幸せそうで、こりゃ何かあったなと、皆気付くわけさ」



 ロヴは口が達者なので、彼の言う「皆」がどこまで指しているのかは分からないが、少なくとも幾人かには、昼時に心弾ませて出て行くアルを見かけた同僚が居るのだろう。そんなにも顔をだらしなくさせていただろうか、とアルは自分の顔を触って確かめてみる。



「で、今日も今日とてどこかへ出かけようとしていたお前を偶然見かけたもんだから、声をかけさせてもらったのさ。で、どこへ行くんだ?ん?せっかくだし俺も連れてってくれよ。奢るぜ?」


「…ひとりでゆっくり過ごせるのがウリの店なんだ。お前みたいな騒がしいやつ、連れていけるか」



 半分本心だが、もちろん本当の理由は、リリーをロヴに見せたくないからだ。アル自身の嫉妬心も否定しないが、それ以上にロヴは女遊びが大好きな輩だ。賭けてもいいが、店に入った瞬間にリリーにコナをかけ始める。それが分かっていて連れて行くことなど出来ない。

 そんなつっけんどんなアルの様子をみて、何かを悟ったロヴが妖しく目を光らせる。



「ははーん、アル、その店に何か俺に見せたくないものがあるな?さては店主が美人とか?しかもその人に惚れてるとか?」



 思わず手近な柱にガツンと頭をぶつけた。いつもはいい加減な性格の癖して、どうしてこういう所だけ異常に勘が鋭いのか。



「お、図星か!相変わらず分かりやすいな!にしても、美人と聞いちゃあ黙ってられねえなぁ?連れてってくれねーかなー、アル?」


「…断ったら尾行して付いて来るつもりだろ…」



 げんなりした様子でロヴについて来い、と手振りする。ここで頑なに断れば、ロヴも意地になって強硬な手段に出ないとも限らない。見つかるのは時間の問題だ。それならストッパーとして自分がついているほうがよっぽど良い。



「何だよ何だよアル、そんな湿気た面すんなって!その店主さんに惚れてるんだろ?何なら俺様秘伝の、女をオトす100のテクニックを伝授してやってもいいぜ?」


「六股かけて袋叩きの挙句病院送りにされたやつのアドバイスなんか要るか!」



 いっそどこか適当な店に入ろうか、と思ったが、この妙に勘の鋭い男は騙せる気がしないし、嘘を吐き続けられる自信もない。今日一日は騙せても別の日にこっそり付いて来られたら嫌だし、ロヴが自力で店を探し当てる可能性も低くはない。そう考えると、正直に「いぬごや」に連れて行くのが一番リスクが低い。

 はぁ、と大きなため息をひとつ吐く。せっかくお気に入りの喫茶店に行くのに、気分は暗澹として落ち着かない。重い足取りのまま、アルは通い慣れた道を先導した。







「いらっしゃいませ、カフェ「いぬごや」にようこそ!お疲れ様ですアルさん、と…」



 テーブル席の鉢植えに水をやっていたリリーが、入店してきたアルの後ろにある顔を見て、思案顔になる。常連の誰かだったか、と脳内のリストで照合しているのだろう。違いますよ、とアルが声をかけるよりも早く、ロヴがリリーの許に歩いていった。



「初めまして麗しいご婦人。私はそこに居るアルフレッド・ヴィーザルの親友で、駐在騎士団の上級騎士に任じられております、ロヴ・ネルソンと申します。ここで出会ったのも運命でありましょう。どうか私と―――」


「ふっ―――――!!」



 跪いてリリーの手を取ったロヴの頭頂部に、アルの踵が容赦なく振り下ろされた。ロヴは誘い文句を最後まで言い切ることなく、顔面から床に沈んだ。



「痛っ―――っでぇぇ!!?何すんだアル手前この野郎!?」


「この野郎はこっちの台詞だ!店入って数秒で口説きにかかりやがって!!だから連れてくるのは嫌だったんだ!!大体何が上級騎士だ、大法螺吹いてんじゃねえ万年二級騎士!!」


「万年じゃねえだろ別に!お前と同期で同じ期間勤めてるんだから、必然的に二級騎士なだけだ!それに将来的に上級騎士に任じられる可能性もあるんだから、それの前借りして何が悪い!」


「悪いに決まってるだろ!そしてそもそもお前が上級騎士になれるわけないだろ、サボり・遅刻・勤務中ナンパのトライアングル常習犯!その度にこっちに迷惑かけやがって!さっさとその騎士勲章返上しちまえ!」



 なお言い返そうとしたロヴの口を、手持ちのタオルで物理的に塞ぎ、素早く後ろに回って固く縛り、即席猿轡を作る。ふごふごと喚くロヴをリリーから遠ざけるように後ろに回し、頭を下げる。



「すみません、リリーさん。騒がしいの連れてきちゃって…コイツの言うことは基本無視して下さい。時間の無駄ですので」


「は、はい…えっと、大丈夫ですか?」



 リリーが心配そうな眼差しをロヴに向けると、アルを押し退けようともがいていたのが嘘のような直立体勢を取り、大丈夫です、という言葉代わりのサムズアップを返す。



「…頼むから大人しくしてろよ?しつこく喋りかけるのも、口説くのもなしだ。いいな?」



 アルが念押しすると、ロヴは啄木鳥のように頷いたので、仕方なく猿轡を解く。



「ったく、痛えなぁ、手荒なんだよ。良い格好しようとしてんじゃねーっての」


「そんなつもりねえよ。お前が開口一番馬鹿な真似し始めるからいけないんだろうが。だから連れてきたくなかったんだよ」


「こんな美人の店主さんが居るカフェを独り占めしようとしてたヤツに言われたくないですぅー」


「独り占めしてたわけじゃない…紹介したくなかったのは確かだけど」



 舌戦に負けたアルがそっぽを向き、ロヴがけたけたと笑う。リリーも朗らかに微笑んだ。



「改めまして、ロヴ・ネルソンです。コイツとは騎士学校時代からの付き合いで、今も同じビフレストの駐在騎士団に所属してます」


「ご丁寧にありがとうございます。このカフェの店長のリリー・ネスと申します。アルさんにはいつもご来店いただいていて、とても嬉しく思っております」



 二人の交わす挨拶を聞きながら、アルは顔をもぞもぞと綻ばせる。社交辞令ではあっても、リリーに来店してもらえて嬉しいと言ってもらえたことが嬉しかった。

 そんなアルの様子を察したのか、ロヴが横から肘で小突いてくる。アルはそれを鬱陶しそうに払うが、ロブはそれを交わして肘を入れようとし、それを先読みしたアルが再び払い、ロヴが再び肘を出す―――と、ちょっとした手と手の応酬が繰り広げられることになった。それを眺めるリリーは相変わらずクスクスと微笑んでいた。



「ふふ、とても仲が良いんですね」


「ええ、親友ですから!」


「良い様に言うな。単なる腐れ縁だ。…さっきコイツが言った通り、騎士学校時代からの付き合いなんですけどね。頻繁に女関係で問題起こすコイツの尻拭いを、散々させられたんですよ」



 アルは大きな溜息を吐きながら、ロヴはそんなアルの背中をパンパンと叩きながら、カウンター席に腰掛けた。メニューを聞こうとしたところで、自分たち以外客が居ないことに気がつく。



「今日はずいぶんと人が少ないですね。どうかしたんですか?」


「あれ、お前聞いてないのか?大陸中を巡ってる行商使節団が来てて、広場の方でマーケット開いてるって。この辺じゃ見られない代物やら、魔導科学都市製の製品やら、魔法使いや魔獣使いのショーだとかわんさか出るって言うんで、周辺の村からも人が来て賑わってるみたいだぜ?」



 アルの疑問に答えたのはロヴだった。そういえばそれの警護で駐在騎士たちが割り振られていたっけ、と今更ながら思い出した。マーケットと言っても珍しい代物を割高な値段で見せびらかすだけ、という事が多いので、元々興味が無かったのだ。



「ロヴ、お前そういう珍しいもの好きなんじゃなかったっけ?」


「いや、確かに好きなんだが、その行商使節団にはあんまり良い評判が無くてな…店長さんはどうです?」


「そうですね、店を開けるわけにもいきませんし、どうやら食物や薬草類は扱っていないみたいですし、わざわざ無駄遣いしに行かなくてもいいかなー、って」



 あわよくば一緒にマーケットに連れ出そうと考えていたのであろうロヴは、リリーの返答になるほど、と少し残念そうに答えた。その様子にほくそ笑みながら、アルはお昼ご飯のメニューを尋ねた。



「午後から移動訓練と戦闘訓練があるから、トーストみたいな軽めのものがあったらいいな」


「それでしたら、くるみとチーズのトーストはいかがですか?」


「じゃあそれで。飲み物はお任せします。ロヴもそれでいいよな?」



 もちろん、とロヴが頷きを返すと、リリーは微笑んで厨房に引っ込んだ。それを見計らって、アルがロヴに話しかける。



「…良い評判が無い、ってのは?」


「やっぱりそこが気になるか。相変わらず真面目だなぁ、お前」



 アルの生真面目さに呆れながらも、ロヴは真剣な表情になって口を開く。一応周囲を見渡して、聞き耳が無いかどうか確認している辺り、機密度の高い情報なのだろう。



「…どうやらその行商団、裏で人身売買をしているらしい。行商と称して各地を練り歩きながら、幼い身寄りのない子供を拉致同然に引き取って、貴族や金持ちに秘密裏に売り捌いているんだとさ」



 予想以上の悪い情報に、アルが息を呑む。



「しかもどうやら、ビフレスト周辺で売買が行われる可能性があるらしくてな。伯爵の命令を受けて団長が調べているらしい。ただし連中もそういうのに備えて、中規模の傭兵団を囲ってるようだ。こないだから戦闘訓練が多くなっただろ?最悪戦闘を交えるかもしれないって、警戒してるんだ」


「そんな話、全く聞いてないぞ…!?」


「だから秘密だってんだよ。実際動いているのは団長と伯爵直属の近衛兵団数名だけだ。大っぴらに動くと向こうに察知されちまうからな…公国の正規騎士団も連中を尾けてきてるって話だ。領内で奴隷の売り買いがあったなんて、後で発覚したら国の恥だからな。国外に逃げられる前に片をつけたいのさ。俺も気になって少し調べてみたんだが、公国の貴族も一枚噛んでいるらしい」



 アルは知らず知らずのうちに、拳を強く握り締めていた。

 奴隷制度が横行していたのは最早遥か昔のこと。当時の奴隷に対する非人間的扱いの酷さは、誰もが怒りと悲しみを覚えながら学ぶ歴史だ。それを、今この平和な時代に、よりにもよって身寄りのない子供を奴隷として売って儲けるなど、言語道断、極悪非道。決して許せるものではない。自分が今日の「いぬごや」のランチは何だろう等と考えている間に、人々の平穏を揺るがす事態と脅かす悪党が静かに忍び寄ってきていたのだ。街の平和と安全を護るべき騎士にあるまじき自分の暢気さに、本気で腹が立つと同時に、疑惑の行商団に対する怒りが噴きあがる。



「気持ちは分かるが、落ち着けよ?お前が一人ここで怒りに打ち震えていたって、何も変わらん。それに、どこに敵が居るかも分からないんだぞ?」



 そんなアルの様子を傍らで見ていたロヴが厳しい眼差しで釘を刺す。ロヴがこっそり調べていたということは、彼も義憤を覚えていたという証左だ。調べた上で、下手な動きは出来ないと慎重になっているのだ。アルもロヴの性格は理解している。自分よりもよっぽど直情的なロヴにそう窘められれば、アルも今は感情を抑えざるを得ない。



「…分かったよ。けど、兵舎に戻ったら団長に相談してみよう。何か役に立てることがあるはずだ」


「極秘捜査隊か。頑張れよ。何かあったらこっそり教えてくれ」


「お前も加わるんだよ!お前が持ってきた話だろうが!何で知ってるって聞かれたらロヴから話聞いたって説明するからな!」


「ふざけんな、極秘捜査ってことはほとんどただ働きじゃねぇか!?何で給料も出ないのに余計に働かにゃならんのだ!」


「こっそり情報収集してたのと何が変わらないんだよ!」


「行き着けの娼館で小耳に挟んだんだよ!」


「ピロートークかよ!もっと信憑性のある情報筋かと思ってたよ!」



 そんな風にふたりでぎゃあぎゃあと言い合っていると、厨房からリリーが再び姿を見せた。手には小さなバスケットを持っていて、その中には茶色い木の実が入っている。その中身をちらっと見たアルがつぶやく。



「あれ、ひょっとしてカチグルミですか?」


「ええ、そうです。今朝市場で安売りしてたので、多めに買っちゃったんです。よくご存知ですね、アルさん?」



 カチグルミはその名の通り胡桃の一種だ。質のよい仄かな甘みと香りの高さから、数ある胡桃の品種の中でも、風味だけなら高級種として知られている。



「ええ、自分の故郷の近くでよく採れるものですか…それより…」



 アルは言い淀みながら、再度リリーの手元を見る。やはり両手でカチグルミの入ったバスケットを抱えている以外は、何も持っていない。



「リリーさん、そのカチグルミ、どうやって割るつもりなんですか?」


「え?」



 カチグルミは確かに品質の良い胡桃だが、それ以上に、とにかく堅いことで有名だ。金槌で砕こうとすればその金槌が砕け、その金槌の代わりに釘が打てる等、堅牢さに関する逸話は枚挙に暇が無い。その堅い殻を砕く手間があまりに大きいため、風味の良さに反して一山いくらで売られるに至っている。



「あれ、本当だ店長。鑿か何か持ってきてないの?」


「え、えっと、あはは…じ、実はその、無くしたといいますか…えっと、お、置き場所を忘れちゃいまして、はい…」



 何故かしどろもどろになって答えるリリーを見て、ロヴが勢いよく立ち上がった。



「分かりました、ちょっと近くの金物屋行ってきます!」


「え、えええっ!!?い、いいですよそんな、きっとすぐ見つかりますし…!」


「けど見つからない限りはそのクルミは割れないでしょ?つまり自分たちも飯にありつけない。けど俺もアルが虜になったっていうリリーさんの料理食べてみたい!俺から素敵な店長さんへプレゼントってことで!」



 それだけ言い切るとロヴは颯爽と外へ駆け出していった。リリーはロヴを止めようとする姿勢のままおろおろしていたが、アルは気にするなとばかりに肩を竦める。実のところ、ロヴが買出しに行ってくれたことはアルにとっても有難かった。足繁く通う中でも未だ食べたことのない「くるみとチーズのトースト」の味が気になったことと、煩いロヴが居なくなり、久しぶりに二人になれたことが理由だ。

 想いを告げるには、まずそれを告げるだけの権利がある関係を構築しなければならない。今日は最初からここに来てこの話をすることが目的だった。余計な口を挟む友人の居ない今がチャンスだ。



「ところでリリーさん、次の休店日には何かご予定がありますか?」


「次のお休み、ですか?えーっと…茶葉や薬草の仕込みはありますが、それ以外は何も。早く終わったら、例の行商マーケットを見に行こうかと思ってるんですけれど…」


「もしよかったら、僕と一緒に公国の首都に行きませんか?ちょっと見たいものと買いたいものがあって行こうとしてたんですが、一緒に行く予定だった友人が行けなくなってしまって、一人だと寂しいなと思ってたんです」



 予定していた通りの台詞を予定より早口で伝える。その台詞の速さと同じくらい、心臓が早鐘の如くバクバクと鳴っている。思えば、アルの方から女性を誘うのは初めてのことだった。

 審判の時に臨むような思いで、リリーの次の言葉を待つ。ちらっとリリーの顔を見ると、何やら難しげな表情をしていた。



「うーん…それはとっても素敵な案なんですけれど…でも…」



 でも、という言葉を耳が捉えた瞬間、アルの心の中で何かが急速に萎んでいく。足元が崩れて奈落に落ちそうな感覚さえあったが、何とか踏ん張り、再び次の言葉を待った。


 だがそれを、突如けたたましく鳴った入口のベルの音が遮った。




「おう、邪魔するぜぇ―――へぇ、片田舎にしちゃ良い雰囲気の店じゃねえか!」




騎士団、騎士

国家軍隊として首都防衛を担う公国騎士団と、街々で警察の役割を担う駐在騎士団の2種類がある。立場上の差はないが、大型魔獣の出現や他国の侵略など、駐在騎士団だけでは対処し切れない事態の場合は公国騎士団に助けを求めることになる。

騎士は専門の養成学校での育成過程を経て就ける。身分に寄らない職業のため、貴族・平民問わず志す者は多い。着任先は自分で選べるため、アルは故郷に近いビフレストの駐在騎士団を選択した。


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