廃墟の地下で 3
最後に大きなタオルを作り腰より長く伸びた髪に付いた水を拭くと彼女は再びレイショウに向かって歩む。
「今何を、金属の塊だった箱が服に替わった気がしたけど暗くて見間違えたんだよな?」
「この金属は思考造形ナノマシンでアルケミストである自分の意のままのある程度の素材に変えられます。さて服も来ましたし、これで言い訳はできなくなりましたよ。あなたが何者かをしっかり教えてもらいましょうか」
「思考造形? アルケ? なんだそれ?」
「その説明は後にしましょう。その前にあなたです、今度は答えてもらいますよ」
レイショウを逃がさないように部屋の出入り口の前に立ちはだかるジークルーン。
彼女の手には形を変えている箱の一部だったものは、次第に細く長く伸びていき柄のついた刀に替わるとその切っ先をレイショウに向けた。
「さぁ、どうやってこの基地に忍び込んできたのかを自分に聞かせてもらおうじゃないですか。なんかさっきから足が粉っぽいですね、掃除されてない?」
「忍び込んだというか、普通に逃げ込んで偶然ここを見つけただけなんだ」
手にした刀をぐにゃりと溶かし靴へと変えて履くと彼女は扉を開けて通路に出る。
部屋を出ても明かりの灯らない施設に彼女は戸惑い声を荒げる。
「何ですか、真っ暗じゃないですか! 電源は! 攻撃を受けて消えた? どうなっているんですか、皆はどこへ」
「ジークル、ジークさん、待ってくれ置いていかないで! 明かりがないと何も見えない」
レイショウの持ってきた一つしかない懐中電灯をもって彼女は一人、速足で階段を上って行き慌てて追いかけるがすぐに部屋に戻ってきたジ―クルーンと鉢合わせる。
「どうして誰もいないんですか、それに非常灯もついていない。あなたの仲間がやったんですか!?」
「声を押さえてくれ奴らが来る。ジークさんはずっとあの箱の中にいたのか?」
「ええ、詳しいことは軍規で言えませんけどそうですよ。上までは一緒に行きましょう、どうぞ先を歩いてください」
「大戦の頃の人って話だけど、ジークさんがあの箱の中に入ったのは大戦がはじまってからか?」
「そうです。私の名前はジークではなくジークルーンです。大戦がはじまり、月とこの星とが戦いが始まってその最中に作られた自分は、空に上がるための最終調整のためにここの基地に居ました。調整が終わり次第、自分は月へと向かうはずだったです」
「その……大戦は終わった」
それを聞いてジークルーンは力なく肩を落とすとすこし動揺した様子で口を開く。
「馬鹿な……何を言っているんです。大戦が終わったって、だって自分は……そのためにこの国へと」
「大戦は俺の生まれるずっと前、何十年以上も前に終わったんだ。もう戦いの傷跡だけが残ってる」
再びレイショウを睨みつけるとジークルーンは階段を一気に駆け上がっていく。
そして息を切らせて地上に上がると壊れた建物から見え、白く霞んでこの星を囲む輪の浮かぶ空を見て力なく地面にへたり込む。
透き通るような白い肌、金色の瞳、雪のような白色の髪が日の光にさらされキラキラと輝き、その姿に追い抜かれたレイショウが見とれ足を止める。
「その……大丈夫か?」
「そんな、戦いが終わっただなんて……じぶんは……信じません」
彼女は空を見上げ続け続けながら呟いた。
「でも……」
空を見上げるジークルーンに追いついたレイショウが階段の前に置いていたリュックを拾い上げながら周囲を見回す。
「……ミカドはいないか、日も暮れて来たし当然か俺も早く村に帰らないと。ジークルーンさんも一度俺の村に来てくれ」
オレンジ色になってきた空を見上げるレイショウと、さらに上この星を囲む輪の一部をみていたジークルーンは立ち上がると埃を払う。
「なあ、行くところはあるのか? ないんだったら俺も村に来ないか? おなかとかもすいただろ、食いもんとかもあるし」
「……そうしましょう、案内をお願いできますか。……先ほどは刀を向け敵意を向けてすみませんでした。自分は錯乱していました」
「もう別にいいって、混乱してたんだろあんなところでずっと寝ていたんだ仕方ない。それじゃ村に帰るとするか。ついてきてくれジーク、ここを離れよう村まで案内する」
「お願いします。レイショウさん」
名前を呼ばれたことに一瞬キョトンとしレイショウは頬を搔きながら返事を返す。
「いきなり名前で呼んでくれるんだな」
「ああ、この国は逆なんでしたっけ。ヤソウさん」
「レイショウでいいよ、おれもアインって呼んでいいか?」
「自分の名前はジークルーンです、逆です。すでに呼び捨てなんですよ、あと私の名前はジークでもアインでもなくジークルーン・アインホルン、しっかり覚えてください」
「んん? じゃあジークルーンって呼んでいいか?」
「あなたといるのは村までの間ですし。呼び方は好きに呼んでいいので早く村に連れていってください、レイショウさん」
行き先が決まり二人は建物を出る。
レイショウは周囲を警戒し、ジークルーンは空を追う巨大な蔦とその間から見える星を囲む輪を見あげた。
「やっぱり……自分がいた時とは何もかも変わってしまっている。この街並みも自分が眠りにつく前は綺麗だったと思うですけどね。それにしても静かですね、このあたりに人は住んでいないのですか?」
「ここらは奴らの通り道で全体的に危険だからな、人は住めない」
壊れた街並みを見回し歩きながら話す二人。
ジークルーンは変わり果てた町の姿に悲しげな表情を浮かべていた。