慟哭の夜 1
治療を受けたレイショウは湿布の匂いに怪訝な顔をしながら包帯の巻かれた傷をさすり建物を出る。
もうジークルーンに会えないことに残念がり建物を出ると、最後に建物を振り返り見上げた。
外にはジークルーンとともに乗ってきた車両ともう一台装甲車が待っていて、装甲車のそばにいた厚手の服を着た兵士の男がレイショウを見て話しかけてくる。
「あんたが客人か? 上の方々のご要望でね、あんたを住んでいる村のあたりまで送り届ける。荷物を持ったらこっちの車両に乗ってくれ」
「え、あ? まだ、買い物が残っていて……」
「なんだ、わかったリストをこっちによこせ。連絡して手分けして集める」
「いいのか? 洗剤とか補強用の板とかしょうもない買い物なんかさせてしまって?」
「鬼が出てくる夜までにお客人を無事に届けることと上からの命令だからな。代金もこちらで払っておこう、それぐらいは経費で落としてくれるさ大した額でもないだろ。もう日も落ち始めているからいちいち店を回る時間もない、詳しい種類が書かれていないものはとりあえず高いものを買わせておくがいいな? 客人は車内で休んでいてくれ。治療したとはいえ傷も痛むだろう」
「ならそうさせてもらう」
誰もいない黒い車両にレイショウが置いていった荷物を取りに行き装甲車の方へと乗り込む。
兵士の男もレイショウを追って車内へと入り彼の横に座ると、彼から買い物のメモを受け取りそれを無線機を使って他の兵士に報告する。
メモの内容を伝え終え無線機を置くと兵士の男は、用のなくなったメモを返し改めてレイショウに話しかけてきた。
メモを受け取り内容を仲間に伝える兵士。
「あんた、どうやってあの方々と知り合いになったんだ?」
「え? あの方々って?」
「ここを仕切ってるアルケミストの方々だよ。普段はこの建物の中にこもっていらっしゃるからお目にかかる機会すらないってのに、どうして町の外で暮らすあんたなんかが知り合いに慣れたのかと思ってね? ただの興味だ、答えたくなければ口を閉じててくれ」
「ジークルーンのことか。彼女とは数日前に偶然出会ったんだ、廃墟の地下で何かの機会に中にいた。運命的な出会いだった、きれいな肌、白く美しい髪、見入るような金色の瞳、まるで昔話で聞いた天女のようだった」
「ははは、あの方々が天女か」
「おかしいか?」
兵士は笑うのをやめて落ち着いた声で答えた。
「いいや、あってるよ。人ならざる力を持った人、俺たちも彼女らは天からの使いだと聞いて育ったからな」
「やっぱりか。あんな綺麗な人はそうはいないから」
兵士が付けているインカムからレイショウには聞き取れないが何かしらの指示が出て、兵士の男は社労の奥からタブレットを持ってくる。
「おっと、さておしゃべりもここまでだ。壁に向かうぞ火の出ているうちにお客人は村に送り届けるが俺らは夜の中を走らなきゃならないからな、ああ、そうそうお客人が乗ってきた車両も回収するから気にしなくていい。面倒だが鉄の売却。ああ、そうだ村の場所を教えてくれ。地図いるか?」
「あ、ああ」
周辺の地図を受け取りレイショウは真上から見る地図に困惑しながら、川の位置や見たことのある建物の後をたどり村の入り口を指刺す。
レイショウに村の場所を聞いた兵士は、運転手にその場所を告げて装甲車は街の外へとむけて走り出した。
城塞都市の中央、アルケミスト3人がいる大きな部屋には、長机には使用人たちによって食事が運び込まれ用意されている。
チュウジョウとジュンセイはジークルーンが目覚めてからここへ来るまでの話を聞いていた。
「ところで、ここへ来る途中に何度か鬼を見ました。アルケミストのナノマシンによって変化させられたというのなら同じナノマシンで鬼になった人たちを戻すことはできないのですか?」
「初期の段階ならできるよ、角や爪が生える前さ。だが、症状が出てからだと手遅れだね、脳に回路を作り生きてきた記憶を破壊し人格を殺して動く人形とする。その最初の段階だけが薬で止められる、ただ治療が遅ければ記憶の欠損から来る物忘れや記憶の混濁、ナノマシンが神経を犯した結果の体のしびれなどの後遺症も残ったりするがね」
人の暮らす建物しか見えない城塞都市、周囲に畑など見えない町でありながら机に並べられる食事は野菜や肉など種類が豊富で豪勢だった。
数種類の肉料理、美しく盛り付けられたサラダ、色とりどりのフルーツの盛り合わせなどがとても三人では食べきれないような量、長机いっぱいに並べられる。
「随分食事が豪勢ですね、いつもこんな食事を?」
「タンパク質から作った人工肉と屋内で作った、といっても垂直農法で作った成長の速い野菜たちだよ。どれもカロリーも栄養の低く味と触感と満腹感しか味わえないけどね」
並べられた色とりどりの料理を見てジークルーンは首をかしげる。
「そんなのでこの町の人は生きているのですか? ここに人たちは栄養は足りているのですか?」
「後はレーションやサプリメントさ、そこのテーブルの端に置いてあるだろう。栄養は足りるがそれだけだと顎を使わないからね。これらなら満腹空腹に関係なく一日一食でカロリーが取れる」
「で、さっきからジュンセイが無口なのはどうなんですか?」
「ただ単に話についていけてないのさ、この子は戦いからも役目から逃げ出して悠々自適に遊んで暮らしている。町を創るために天翔艦を譲ってもらったから邪険にしていないだけさ、なにせナノマシンはアルケミストしか持っていない限られたものだからね」
チュウジョウが身に着けていた腕時計が緑色に何度か点滅し、それを見た彼女は時計を操作し点滅を消しジークルーンに伝えた。
「おっと、ジークルーンと一緒にいた男性は帰路についたよ。今ここを出発したと連絡があった、日没にもうあまり時間はないが夜には住処に送り届けられるだろう」
「そうですか……。ちゃんとレイショウさんは正しい治療を受けたんでしょうね?」
「町の人間でないからって適当なことはしないよ、仮にもジークルーンをここまで連れてきてくれたのだからね」
「そうですか、レイショウさんのことありがとうございます」
「さっき、あんな目にあったっていうのに私を信じるのかい?」
「自分は戦友を疑ったりなんていません。空に上がることは叶いませんでしたけど自分は皆と一緒に星を守るために戦ってきたつもりです。さっきのは悪ふざけで、今は違うのでしょう? 違うのですか?」
「いや、だました身で悪いがジークルーンは人の悪意に騙されないか心配だよ。私も100年前はあんたと同じ様に歪んでいなかったんだろうね、あんたを見てると何もできなかった頃の自分を見てるようで苛立ってきそうだ」
「何でもかんでも信じるわけではありません。ちゃんと人は選びます」
使用人たちが食事の準備を終えテーブルから離れ整列し壁に背を向けて立つ。
長机いっぱいの料理とデザート、とても三人では食べきれない量が並べられた。
「さて準備が整ったね。夕食を食べようじゃないか。ビールもあるよ、ジークルーンは酒が飲めるかい?」
「ビール、本当ですか! 眠りにつく前も戦時中で久しく口にしていなかったので、町の方々には悪いですけど少し多めに飲ませてもらいますよ!」
「ジークルーンには100年ぶりになるのか、どんどん飲んでくれてかまわないよ。悪さをしたお詫びに。他の城塞都市のものを流してもらっているんだ。うまいよ」
「ここ以外にも城塞都市は近くにあるんですか?」
「ああ、この国にはあと二つ、他のアルケミストたちが天翔艦で作った町がある。ここと同じように町に住む以外の人間に鉄を集めさせ食料と交換しているよ。二つとも町によって暮らしに違いがあるけどね。まぁ、時間もあるし食後にでも続きを話そう」
チュウジョウが合図をすると使用人の一人が酒の入った瓶を持ちジークルーンのそばに寄る。
コップに酒が注ぎこまれ、容器の中身を見てジークルーンが残念そうにつぶやく。
「あ、なんか色が薄い……」
小さな声を聞いてチュウジョウは苦笑した。
「そりゃねぇ、うちの国のものだし。あんたのもと居た国のものと比べられるとねぇ」




