廃墟の地下で 1
見上げれば雲の向こう青空のさらに外、浮かぶはこの星を囲む鉄塊の輪。
周囲を見渡せば大昔の戦闘で破壊され岩の山と化した町並み。
後に残るは戦いの傷痕と負の遺産。
人のいなくなった壊れた街には無数の草木が生い茂り、人のいた時代の痕跡を覆い隠していく。
その街の真ん中にぽつんとある異質な巨大な蔦の塊。
周囲の草木とは違う驚異的な成長能力を持った巨大植物は、他の植物が覆い隠した街をその上から飲み込んでいる。
その巨大な植物の下にある傾いた建物の間を抜け走る男たちがいた。
穴だらけでボロボロの服の彼らは背中に何度となく破けそのたびに補強したつぎはぎだらけの大きなリュックを背負い、走るたびに二人の背負うリュックの中身がガチャガチャと金属の擦れる音を立てている。
並走して走る男が後ろを振り返り叫んだ。
「走れ走れ、来てるぞ! 追ってきてる!」
「遠くで見つかったからまだ希望はあるけどこのまま走っても追いつかれる。ミカド、あの建物に隠れよう、やり過ごすにはちょうどよさそうだ」
追ってくる何かから逃げる茶色髪の男が逃げている先に見えてきた建物を見て提案すると、一緒に逃げていた目元まで髪の伸びた浅黒い肌の男が頷く。
「そうだな、やり過ごすか。ここまで来て転んだりするなよ」
「あの建物の中に奴らが隠れていないといいけどな」
廃墟のいたるところにある過去の大戦でできた大小さまざまな砲撃跡のクレーターに溜まる水たまりを飛び越えながら、彼らは建物の中に入るとさらに建物の奥へと逃げ込む。
二人の手には刃の厚いナイフが握られていたが追ってくるものを相手取り戦う気はなく、急いで建物に逃げ込むとすぐに刃物を腰についた鞘にしまって息をひそめた。
身を低くし外の音に注意を払いながら声を潜めて話し合う。
「隠れちまえば、奴らはは俺らを見失ってくれただろ……いつもはいないのに、何で今日に限ってあんな場所にいるんだよ……」
「悪いレイショウ、俺がしっかり見張りをしてれば……見つかることもなかった」
浅黒い肌の男が俯くとレイショウと呼ばれた茶色い髪の男が励ますためにその肩を叩く。
「いいって。建物の上から来たんだ、気が付かないって。それより戦わずにうまく巻けたことを喜ぼうぜ」
「そう、だな。でもほんと逃げきれてよかった。奴らと戦うにはリスクが高すぎるもんな」
ミカドとレイショウは声量を絞りながら喋り外から聞こえてくる音を聞き逃さないように耳を澄ませた。
彼らの背負うリュックの中には錆びたパイプや金属の板が入っており、荷物を下ろすとガチャリと金属が擦れ合う音を立てる。
荷物を下ろし二人は軽くなった肩を回し、肩にかけていた手拭いで汗をぬぐうと建物の崩れた瓦礫に座った。
二人の隠れた建物は崩れていて屋根はなく見上げれば街を覆う蔦と、空の彼方にある星を囲う白い輪を見あげることができ耳を澄ませながらも上がった息を整えるために休む。
二人が隠れてから少したってから不意に近くで音が聞こえ二人は身構える。
(奴らか?)
(多分な)
一度は締まった刃物を持ちもしもに備える。
緊張が走ったがすぐに足音は離れていき、安全だとわかると深く息を吐き水筒の水を呷る。
そしてもう一度息を吐き建物が崩れてできた瓦礫に寄りかかった。
「まだこの辺うろついているだろうし帰りは慎重に行かないとな」
「ああ、夜追われたら逃げきれない。それまでには村に戻りたいな」
寄りかかった拍子に瓦礫は重さで崩れ、驚きのあまり二人は地面に下ろしたリュックを蹴飛ばしながら慌てて立ち上がる。
(ミカド!)
(わかってる!)
二人はすぐに周囲を見回し去っていった足音が戻ってこないか耳を澄ませた。
ミカドは外の景色が見えるところまで走りそっと周囲の様子をうかがう。
幸い数分待っても近づいてくる足音は聞こえず、大きく息を吐き刃物を鞘に収納し噴き出るように出た額の汗をぬぐうとミカドはレイショウのもとへと戻ってきた。
そして二人は崩れた瓦礫の奥に見えた穴を見る。
「吃驚した、寄り掛かった重さで崩れたのか。こんなところに地下に続く道があったのか……」
「奴らが隠れてるかもな、見てきた感じはこっちに来てる足音は聞こえなかったけど、走ってきてないだけでゆっくりと来てるかもだし逃げようぜレイショウ」
崩れた瓦礫の奥から建物の奥で下に降りるコンクリートの階段を見つけ、蹴り飛ばしたリュックから零れた金属片を拾い集めることもなく二人はその階段へと近づく。
「下に続く道がある。この階段、壊れてないな。どう思うミカド、この感じなら奥まで行けるか?」
「やめとけって。奥は狭い、奴らは動きは単純だけど直線での脚は早いし疲れを知らない。隠れたり障害物がないところはやばいって。ましてや一度も行ったことのない場所で、しかも地下どこが行き止まりになってるかもわからないで行くのは自殺行為だ」
暗闇の奥を見てミカドの制止を聞かずレイショウは暗い階段の奥を見て耳を澄ませ敵が迫っていないかを確かめると、改めて鞘に納めた分厚いナイフを抜き小さなペンライトを取り出し中を照らしその階段を下りはじめた。
「おいレイショウ、俺は知らないぞ。戻って来い」
「ミカドは先に帰っていてくれ。この奥荒らされた後もない、もしかしたら大金になるものが手に入るかも」
飽きれ半分でミカドは注意し戻ってくるように促すがレイショウは首を横に振る。
「ほんとに死んじまうぞ、レイショウ。探索ならまた今度、明日にでも来ればいいだろ」
「わかってるって、でもこっち側は探索に来る人も多い、明日来たからってまだ荒らされてないとも言えないだろ他の連中に見つかって俺らが探索してる後を追ってくるかもしれないし。それに床の埃を見る限り探索者も奴らもここを通ていないようだ。すぐ見て何もなければすぐ帰る」
「ここは奴らの痕跡がなくてもどこかに別の出入り口があるかもだろ、奴らが来たらどうするんだよ帰ろうって」
「ハジメのためなんだ、咳の頻度も高くなって最近余計に具合が悪くなってきてる。早いうちに薬が必要なんだ」
「妹のためだからってレイショウが死んだら意味ないだろ。あの子を一人にする気か!」
「……その時はミカド、ハジメのことを頼む」
なおもミカドは引き留めようとするがその言葉をレイショウは振り切って階段を降り始めた。
外の明かりが届かないかび臭く埃っぽい階段は深く暗く下へ闇の中へと続いている。
懐中電灯を手にレイショウは壁を伝って音を聞き逃さないように慎重にゆっくりと階段を降りていく。
--心配してくれてたのに、悪いなミカド。
心の中で心配してくれることに感謝をのべながらレイショウは暗闇に沈んて行く。
--この階段はどこまで続いてるんだ? この奥から奴らは出てこないだろうな?
レイショウは一旦足を止め後ろ、階段の上を振り帰ろうとするがそうしたら決心が揺らぐ気がしてすぐにまた階段を降り始める。