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――後日、斎藤は校内をうろついていた。
手には紙が数枚――。最初の紙が部室で拾った一枚。そこには日時と場所が記されており、そこに行くと次の場所が書かれた紙があり、そこに行くと――、の繰り返しで増えていった。斎藤は、さながらコンパスと地図だけを持って山に放り出された、中学生の頃のオリエンテーションを思い出していた。
――悪戯だったのだろうか。
指定先が5ヵ所を超えたあたりからそのような考えが浮かび始める。
面倒くささと差出人に文句のひとつでも言いたい気持ちで一杯だったが、これ以上部活に遅れるのもまずい。まだ、停止期間ではないのだ。
――ここに居なかったら最後にしよう。
そう思って視聴覚室のドアを開けた。
視聴覚室は後方のドアの位置を最上部にして、緩やかな階段が設けられている。その一段一段に机と椅子が横一列に並べられ、前方中央の映写スクリーンが見やすいようにしてある教室なのだが――、人影は見当たらなかった。
――はぁ…。
ため息を吐きつつ、教室を後にしようとした斎藤だが教壇上に置いてある緑色の物体が目に入った。
――カエル?
そこには両手に収まるかぐらいのカエルのぬいぐるみが鎮座していた。
あまりに景観に不釣り合いな代物故警戒心が上がっていく。しかし、ここまできたら確かめないわけにはいかない。
階段をカエルから目を離さないようにゆっくりと降りる。
当たり前かもしれないが、ただのぬいぐるみにしか見えない。
――これを仕掛けたのが悪戯だとすると、どんなギミックがあるか…。
警戒を解かず、ぬいぐるみへと手を伸ばす。
「やぁ、はじめまして。斎藤美園さん。」
ギョッとした――。その声は紛れもなくカエルから発せられていたからだ。
身構えていたお陰か悲鳴を上げるような失態は犯さなかったものの、身体が少し跳ね上がってしまったことは隠しよそうもないだろう。
声を掛けてきたタイミングといい、名前を言い当ててきたことといい、カエルに仕掛けられたマイク越しの主はどこかでこちらを監視しているのだろうか。しかし、再度周りを見渡しても人影はもちろん、気配さえ感じとることはできなかった。
「驚かせてごめんね。結び屋の正体を明かすわけにはいかないんだ。このぬいぐるみ越しで失礼するよ。」
再び流れてくる声。どうやらボイスチェンジャーまで使っているらしい。口調からも男性なのか女性なのかはっきりとしない。
――徹底しているな。
そう感じたと共に斎藤は差出人に会ったら一番に聞こうと思っていた質問をぶつけた。
「結び屋さん?でいいのかな。なぜこれを私に?」
最初に部室で見つけた紙をカエルへと突きつける。
「君の助けになれないかなっと思ってね。」
明確でない答えに不機嫌さを覗かせる斎藤。
「言い方を変えます。どうして私に必要だと?」
「ひとつ誤解しないでほしいのだけれど、僕たちが動く=君の恋が成就する可能性が低い、というわけではないんだ。あくまで今回はお手伝い的な感じかな。」
「私に好きな人がいるという前提で話が進んでいるのですが…。」
「うーん…。言っちゃうけど君が坂本くんを好きだということは結構な人が周知していると思うよ。陸上部は特に。本人は鈍感なのか気付いてないようだけど。」
「……。」
露骨なまでにアピールしているわけではないはずなのだが、察せる人は察せるらしい。
好きな人がバレていること自体はそこまでショックではないが、周知されているとまでなると…。平然としつつも斎藤は、恥ずかしさがつのっていくのを感じた。
カエルは更に続ける。
「話を戻すけど、君たちは結び屋が手を出さずともおそらく恋人にはなれるだろうさ。余計なお世話とでも思っているのかもね。でも、坂本くんの"卒業を待つ"ことになるのは一日千秋の思いではないのかい?」