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解散後、一年生は用具の片づけ、そのあと二年生が確認後施錠、鍵の返却となっている。本日の二年生の担当は斎藤だ。用具室、部室と施錠して回る。
一年生と同級生は先に帰らせた。いつもは待っていてくれる同級生も今日はすぐに了承した。おそらく自分の気持ちを慮ってのことだろうと斎藤は解釈する。
いい友達を持ったと同時に、気をつかわせてしまったかとも思った。情けなさに本日何回目になるかわからないため息が漏れる。
――思考の海に溺れていた斎藤は油断していた。部室には誰もいないだろうと勢いよくドアを開けたはいいものの、そこには部長の坂本がいたのだ。奥に設置してある机に座り、なにやら書類に目を通していたらしい坂本がドアへと顔を向ける。
シャワー上がりだからか、濡れた髪の間から覗く眼光は普段以上に鋭さを帯びて見えた。
性格は温厚で人当たりもよく、面倒見もいい。しかし第一印象で損をするタイプ。それが坂本だった。
普通の女子ならばその三白眼から放たれる威圧に慌てて謝罪、逃走の流れだが、斎藤は違った。
なんだ居たのかとでも言いたげに視線を交差させ、後ろ手でドアを閉めた。
「メンバー決めに苦戦?」
先輩に対する言葉遣いではない。勝手知ったるその態度は二人が幼馴染であることを如実に表していた。
「ああ、さっきまでな。…まだ、違和感でもあるのか?」
「…ううん。もう完治してるよ。」
坂本の意図を読み、右足をプラプラと振って見せる斎藤。
「そうか…。」
一声の後、気まずい沈黙が訪れる。斎藤は思い切って訊いてみることにした。
「私は見送り?」
「…メンバーについては次回通告することになっているはずだが?」
「俊くんそれ、答えているようなもんだよ。」
坂本は言葉に窮する。よう言わんとしていることは間の置き方からバレバレのようだ。
――幼馴染というのはこういう時に困る。
「ああそうだ美園。今回のスタメンは近藤と、…高橋。」
「…そっか。でも、私には来年もあるし、大丈夫。」
その言葉は坂本に向けたものなのか、自分に言い聞かせたものなのか、斎藤自身わからなくなってしまっていた。
誰よりも練習熱心であり、長く前線で戦ってきた斎藤に今回の件は思いの外堪えた。
コンディションを整えることも選手として当然、理解しているが故に実力を発揮できなかった自分に苛立っているのが坂本には手に取るようにわかる。
――幼馴染というのは――。
「…美園。帰りに本屋に付き合ってくれないか?」
「え?」
「いやその…、妹にマンガ買ってきてくれって頼まれてるんだよ。男が少女マンガなんてレジに持ってき難いだろ。」
――そういえば家は近所だというのに随分と一緒に帰ってなかった気がする。
俊くんが次々と言葉を繕う時は照れている時か、焦っている時のどちらか。
励まそうとしてくれているのだろう。
坂本の内心が手に取るようにわかる斎藤は、零れそうになった笑みを隠そうと慌てて背を向けた。
「500円渡すからお釣りは――。」
「アイス。」
「は?」
「お釣りはいらないからアイス奢って。」
「お前な…。はいはい、わかったよ。」
そこでやっと坂本へと向き直る。もうこの笑みを違う意味に捉えてくれることを期待して。
「そうと決まれば鍵を早く返してこなくちゃ。俊くんはもう出て出て。」
「別に職員室まで一緒に行くさ。」
「いいから。校門前で待ってて。」
坂本を無理くり部室の外へと押しやり、誰もいなくなった部屋の中ゆっくり奥へと歩みを進める。
目の前には部室に一対しかない机と椅子。そこに斎藤は疲れ切ったような様子で座り込んだ。同時に腕を枕にするような姿勢で机の上に伏せる。
微かに坂本の匂いが残っているのを感じた。
――はぁ…。変態か、私は。
ため息と自分へのツッコミ。斎藤はもうこの気持ちを隠しきれるのも限界なんじゃないかと思ってきていた。