斎藤美園の場合
「はーい、じゃあ各自ストレッチとアップね。一年も準備できたところからはじめていいよー。」
「「「はい!」」」
グラウンドの一角で近藤は陸上部の面々に指示を出す。インターハイ予選に向けての最後のタイム測定になる本日は皆やたらと気合いが入っているようだ。
因みに陸上部は男女混合で活動している。グラウンドも無限ではないため、やむを得ない措置だ。
そして部長の坂本俊一がいない今、副部長として監督を勤めることになっている近藤はどうも気乗りしない思いを携えていた。
――こういうの俊一に任せてばかりだったからなぁ。コーチとの打ち合わせじゃあしょうがないんだけど…。とりあえず測定の手前までがあたしの仕事だし、みんなには万全に望んでもらえるようにしなくちゃ。
慣れないことでも責務は全うする。部活の実績だけではないそのような姿勢が見るものに評価され、副部長に推薦された近藤。
後輩からの信頼も厚く、新入部員からも名前呼びを許しているため上下間の隔たりをあまり感じることはなく、良き先輩として目標として頼りにしているものは非常に多かった。
しかしこれらのことを近藤は知らない。気づいていないというか、思いもしていないというのが正しいかもしれない。
意識せずに行動できる点、いい意味で鈍感というのも彼女の魅力であった。
「鈴先輩!高跳びの方は準備できました。」
近藤が柔軟をしていると女性部員が気勢よく声を掛けてきた。
彼女の名前は斎藤美園。近藤と同じく走り高跳び選手で後輩の二年生。サバサバとした性格に短く切り揃えられた髪型も相まってボーイッシュ然としている。彼女も出場候補者だというのに新入部員を手伝い、準備を終わらせたらしい。
「お、ありがとう美園ちゃん。ちゃんとストレッチしてね。」
「はい!」
「他の子達もどんどん練習はじめていってねー。」
そういうと先ほど以上の返事が返ってくる。身体は勿論、精神的にも温まってきているようだ。
なにより近藤の言葉は部員の士気を高めるのに十分な効果を発揮する。
――そして本格的な練習が開始されていった。
「「「お疲れさまでしたー!!」」」
一同、顧問及びコーチに向かって一礼する。本日の練習はここまでだ。
予選への出場メンバーは次回発表される。青麗において、インターハイ予選は部員全員が出場できるわけではない。タイムや記録が出なかった者は勉学の方に集中させるため一時部活停止となるのだ。
出し切ったのか、満足した顔。あるいは悔いの残る表情をしている者との二極。
――斎藤は後者だった。
これには少し遡る必要がある。
2月に入って間もない頃、斎藤がいつも通り練習を行っていた際、踏み切った右足に痛みを感じた。
中学から陸上をやってきた斎藤は軸足の大切さを理解しており、無理はせず直ぐに医者に見せるも――。
結果――疲労骨折。
初期だったため経過観察と運動量を少なくすれば問題ないとのことだったが、手痛いブランクには違いない。
そして、本日の測定。自己ベストには遠く及ばない記録。
近藤に次いで期待されていただけに斎藤はじくじたる思いだった。
自然に漏れたため息は誰にも聞かれることはなく、広いグラウンドの中に霧散した――。




