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舘川が坂本に接触する機会は意外にも早く訪れた。
「今日から一時停止期間が始まるわね。」
「そうだな。」
放課後になり部室棟に行く道中、自然に随行することに成功した舘川は早速話題を振った。
この時期は大会に参加できる者以外は部室棟には立ち入れない。人気も少なく坂本の本音を聞き出すには絶好だった。
「私思うのよね。スポーツにしろ勉強にしろ、成績の高い者にしかチャンスがないなんておかしいって。」
「お前が言うと嫌味に聞こえないのがすごいよ…。まぁ、確かにそう思うけどさ。」
「けど?」
「スポーツで推薦とるなんて並大抵のことじゃないし…。結局は偏差値でも上げた方が自分自身の可能性を広げることになるだろ?それに――。」
「それに?」
「俺は舘川と違って全国に行けるかどうかレベルだ。今年行けたのは青麗に今、短距離で強いやつがいなかっただけって話で、有望な一年でも入ってきてたら三年だろうと部長だろうと有無を言わせず留守番なわけだよな。」
「そうね…。」
「確かに三年間必死こいて練習して、一回も大会に出れないやつだっているっていうこの環境でこんなこと言うのは失礼な話なのかもしれないけどさ。行きたい大学のスポーツ推薦が見込まれないって時点で出場を辞退して、勉強に集中するのも手なのかなぁって思うわけ。」
「……。」
――まずい…。今回一筋縄ではいかないかもね。
坂本は"今"ではなく"将来"を見据えているタイプだと確信する。ここからどう展開していくのか、舘川は悩みながら話を繋ぐ。
「両立は大変よね。」
「ああ、ほんとそう思う。どっちもうまくやれる人間なんて一握りもいいとこだろうさ。とはいっても目の前に証人がいるわけだが。」
「ずいぶんと過大評価じゃない。」
「お前は自分のことを過小評価し過ぎだ。勉強に剣道に、おまけに生徒会なんてやっておいてどれも優秀ときた。嫉妬…とは違うな、憧れるよ。」
「…ありがとう。」
舘川は言葉に詰まった。なんと返せばいいのかわからなくなったのだ。誉め殺しにあったせいではない。そう発言する坂本がなぜか寂しく見えたからだ。
舘川はここに突破口があるのではないかと一気に踏み込む。
「――坂本は今、楽しい?」
「…?どういう意味だ?」
「勉強と部活だけの生活のことよ。」
「そうだな…。キツいけど嫌いじゃない、かな。大人になったらこうしてたこともいい思い出だと言えるんじゃないか。」
――そうじゃないわよ、まったく…。斎藤さんや鈴が言ってたのは間違いないわね。
「他にもあるでしょう。学生の本分はそのふたつだけなの?」
「…?舘川には他に何があるんだ?」
――しまった…。墓穴を掘ったかもしれない。それを聞くほど鈍感だとは思わなかったわ。でも、ここで引けば坂本からは何も情報は得られない。まだ結び屋との関係性を悟られる段階ではないだろう。というか、直球で聞いても裏を読まず素直に受け取ってくれる分やり易い。ここはこのまま責める!
「恋愛、とか?」
「…意外だった。舘川からそんな話題が出るなんて。」
「どういう意味かしら?」
「怒るなよ。パッと見、そういうタイプに見えなかっただけだ。恋愛は二の次というか、そもそも今は必要ないと思ってるもんだと…。」
「まぁ、そういう話も今までなかったから、思われても仕方ないわね。」
「だろ?交際は校則で禁止されてるわけだし、生徒会に入ってるやつにそんな話題振らないって。」
舘川は自分の今の立ち位置を考えると、思ってる以上に恋愛に対して話しにくい環境に立たされているのだと感じた。生徒会は学校側という認識が強いのだろう。しかし、元は学校生活を送る生徒のための組織だ。
生徒の要望を達成するのも活動の一環なのである。
それに坂本が堅いように見えたのは舘川に遠慮していただけだと知ると、意外と校則に対しては否定的なんじゃないかという見方もできる。
あとは誤解がないように聞くだけだが、坂本なら大丈夫だろう。
「坂本は、今告白されたら…どうする?」
「は?あー…そうだなぁ…。」
無理だと即答されなかったことにひとまず安堵する。悩んでいるということは、舘川が生徒会に所属していること考えずに答えを出してくれるはずだ。しかし、色好い答えを期待していた舘川は、次に続く言葉を聞いて唖然となった。
「断るかな。」