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佐久間の嘆願を受け、ため息を吐く逆井。
「…考えてみるわぁ。」
「助かる。ブラックでいいか?」
「一週間分ね。」
「うぐ…。わ、わかった。」
ちなみにブラックとはブラックコーヒーのことである。逆井は無糖が好みらしく、軽い頼み事などをした時はこれを要求されることが多い。
佐久間は2、3本で済むと考えていたがそうは問屋が卸されなかったらしい。バイトも禁じられている身としては些か懐に響くようであった。
「烏丸にもうひとつか、ふたつは小型無線を作ってもらうことになると思うわぁ。お願いね。」
「了解した。」
結び屋には現在、互いに連絡を取るために用いている小型トランシーバーが5つ配備されている。制服の襟部分についている校章を改造した代物で、作成者は烏丸である。
幼少期に取得したアマチュア無線技士1級の知識と自宅の工房の設備を駆使したとのことだが、一介の高校生に製造できることなのか甚だ疑問である。
スペックとして、付属してあるアンテナを伸ばせば校内全域はカバーできるほどの通話距離を誇っており、連続使用は1時間余り。普通の業務用無線が障害物などを考慮しなくても300~400m程だというのに、そのサイズでこれほどともなるとまさしく規格外である。とある博士が作ったのか、はたまた21世紀の道具なのかというツッコミは結び屋の随所から上がったが、便利には違いないととりあえず使わせてもらっている。
ちなみに無線局免許については誰も触れなかった。…知らない方がいいということもあるのだ。
「あ、そういえばあのぬいぐるみに仕込んだ無線返してくれよ。」
「既に摘出手術は済んでますよ…えーと、こっちが春臣君で、ピョン助君でしたよね。はい、鈴ちゃん。」
そう言って相葉はポケットを弄ると校章を佐久間に、膝に抱えていたカエルを近藤に渡す。
視聴覚室で使用したカエルのぬいぐるみに無線を仕込んだのは、他でもない相葉である。近藤からのオーダーを受け、持ち前の裁縫技術を持って作成したのだ。その際に拝借した無線が佐久間の物というわけである。
「ピョン助ー。手術は痛くなかった?」
受け取ったカエル(ピョン助)を隅々まで確認する近藤。しかし、見たところ新しい縫い目後などは見受けられない。
「サッキーさっすがー。完璧なオペだよ。」
「ふふ、ありがとう鈴ちゃん。」
「鈴の一番のお気に入りなんだろ、それ。」
佐久間は愛おしそうにピョン助を抱きしめる近藤に声を掛ける。
「ピョン助は私が小学生の時から一緒だからねー。」
「無線を埋め込むって話ならいっそ違うぬいぐるみの方が良かったんじゃないのか?」
「うーん…。そうも思ったんだけど、サッキーの腕は信用してるし、美園ちゃん高跳びが専門でしょ。なら、私と一緒でカエルのこと好きなんじゃないかなーって。」
「…そういうもんかね。」
同じくジャンプが得意ということで思うところがあるのだろうと納得する佐久間。
そこに――。
ゴホンッ。と、烏丸から咳払いが入る。また、話が脱線していることの指摘だろう。
佐久間は慌てて軌道修正と締めに入る。
「まぁ、とりあえず今後の方針は決まったことだし、何もなければ解散ということで。」
皆の頷き、肯定の声が上がったところで本日の臨時結び屋会議はお開きとなったのだった。