プロローグ
「天童さん、好きです!付き合って下さい。」
校舎が夕暮れに染まっていく中、決死の覚悟を秘めた想いが中庭に轟く。
その声の主の手は真っ直ぐに相手の女性に向けられており、恥ずかしさと緊張からか腰は地面と平行になるくらいまで曲げられている。
そんな告白を受けた女性はというと、赤面し狼狽しているようだ。スカートの端を掴み呼吸を整えている。
――一拍置き、男性の手は取られた。
「…はい。よろしく、お願いします。」
二人の間に渦巻く甘美な雰囲気が中庭一帯を包み、人生のほんの一部、しかし貴重で大切な青春を彩っていく。
そんな様子を屋上のフェンス越しから見守るひとつの影があった。
「こちら、プレーリー。作戦完了――オーバー――。」
プレーリーと思わしき人物――といってもただの女子高生にしか見えないが――は、手に持った小型の無線機にミッションのコンプリートを告げる。
「こちら、HQ。作戦完了了解。バリケード処理後、帰投されたし――オーバー――。」
返ってきたのは無線機越しとはいえ、やけに無機質な男性の声だった。
バリケードという名の"人払い用案内板"を回収の上、戻ってこいとのことらしい。
「こちら、プレーリー。了解!」
反対にこちらは明るく弾んだ声で返答し、通話を切る。
去り際にプレーリーのどこか慈愛に満ちた眼差しがターゲットであり、クライアントでもある少年少女へと向けられた。
未だに眼下で繰り広げられているカップルのやり取りは初々しく見ていると焦れったくもあるが、高校生なんてものはそれぐらいでいいのだ。
何事にも慣れてはいけないものがある――。
「少年よ、愛を抱け。」
そしてその10分後には、中庭はいつもの放課後の喧騒を取り戻したのだった。
――青麗高校。県内で上位に入る進学校でありつつ、部活動でもいくつものクラブが全国に名を連ねている強豪校。そこにはまさに文武両道と呼ぶに相応しい生徒たちが在籍していた。
そんな誰しもが憧れる高校だが難点がひとつ。"校則の厳しさ"である。
それは不純異性交遊の禁止をはじめ、アクセサリー、頭髪の色染めから携帯電話の所持禁止などといった時代錯誤的なものまで様々だ。
これには生徒のみならず保護者からも意見が上がった。しかし学校側の主張は校則を承知の上での入学が前提となっており、改変する気はないとのこと。
これでも入学希望者が減らないのだから、流石は有名進学校といったところだろう。
だが生徒の皆が皆、丸眼鏡が似合い、スカート丈が膝下10センチという真面目ちゃんなわけではない。
前途有望とはいえそこは花も羨む女子高生、意気軒昂な男子高校生だ。勉学やスポーツだけの青春なぞ誰も望んではいないのである。
皆、恋がしたいのだ――。
5月に入り、新入生たちが新しい学舎にも慣れてきた頃こんな噂が飛び交っていた。
――絶対に恋愛を成就させてくれる組織があるらしい――。
曰く、その者たちは青麗の在籍者であるが、正体は誰も知らない。
曰く、その者たちに依頼を受けてもらうには相応の対価が必要となる。
曰く、その者たちが関わった案件の成功率は100%。
などなど、このようなことがまことしやかに囁かれているのだ。十代の若者が食い付かないわけがない。
しかしどのようにして依頼すればよいのか、対価とはなにか、挙げ句の果てには実際に恋愛が成就したという成功者でさえ不明という謎の多い組織故、存在自体を怪しむものも出てくる始末。
そのなかでいったい誰が呼称し出したのか、組織名だけが独り歩きした。
――結び屋――。
彼らはそう呼ばれている。