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モノクローム・ランドスケープ(1)


目を開けて、最初に認識するのは灰色だ。単一の色に見えた光景は、徐々にはっきりとその姿を現す。視界のもやが薄くなり、呆れるほどに退屈な、いつもどおりの景色になる。

わたしはここで、生きている。


この世界は灰色の空と、白い砂でできている。少なくともわたしにはそう見える。それ以外にあるのは、わたしと、親愛なるわたしの友人たち。ただここにいるのは退屈だ。それでも、いつも誰かが来てくれる。何かをするわけでもなく、ただ語らいがあるだけ。わたしには、そんな時間がたまらなく愛おしい。低いハミングを歌いながら、わたしは皆を待ち続ける。


歌い疲れたわたしが船を漕ぎだした頃、本日最初の訪問者がやってきた。腕をぶんぶんと振り回しながらやってくる小さな姿に、自然と笑みが浮かぶ。

「やあ、シェル!今日も面白いものを見つけたんだ」

その姿に見合わぬ大きな声での報告は、わたしを目覚めさせるのに十分だった。深い緑色の目をいっぱいに見開き、わたしの顔を覗きこむ彼女は「発掘者」だ。いつも身につけている大きすぎるミトンにちなんで、皆彼女のことを「ミトン」と呼ぶ。本人曰く、それが一番最初に発掘したものだそうだ。

「こんにちは、ミトン。今度はどんなものを持ってきたの?」

大きく伸びをしながらわたしは聞き返す。

「ほら!これ、なんなんだろう?」

ミトンは背中の袋から、四角いなにかを取り出した。それは赤い装丁の……分厚い本だった。

「これは……本、かな?珍しいね」

「ホン?」

好奇心に満ちた輝く目が、わたしの顔と本を交互に見る。彼女は発掘した宝の名前以外の情報を知りたがっているようだったが、残念ながらわたしはその期待に答えられなかった。本なんて、実際に見たことはない。それは記憶の中だけに知識として存在していたものだ。


それ以上の言葉を発さなかったわたしを見て、ミトンは手に持った本を観察し始めた。いろいろな角度から眺めたり、うやうやしく掲げて見上げてみたり。ときには開いてページをめくってみたりしていたようだが、何も変化が起こらないのを見て、すとんと砂の上に座り込んだ。

「ホン……ホン……ふうむ」

ぶつぶつと発掘した物体の名前を繰り返している彼女をよそに、地面に広げられた本を手に取る。結構な重量とページ数を持つが、見た限り何かが書いてあるページは見つけられなかった。つまり、本の内容は完全に白紙だったのである。わたしの知る本は、その体内に多くの記録や光景を内包していた。では、手元にあるこれはなんなのだろう。そもそも本ではないのではないか。わたしまで考えこみ、唸り始めたとき聞き慣れた声が聞こえた。


「ふたり揃って、何かあったの?」

顔を上げると、ミトンの後ろに不思議そうな顔をした少年が立っていた。黒い、つやのある流れるような髪が特徴的な彼は「探索者」。長らく呼び名のなかった彼に「クロ」という(安直すぎる)呼び名をつけたのはミトンだ。普段は滅多に姿を見せなかったのだが、最近になってこの「井戸端会議」に参加するようになった。ほぼレギュラーメンバーになりつつある彼も赤い本に興味を示したので、わたしは足元にそれを置いた。クロが歩み寄り、本を拾う。

「クロは何か分からないかな」

相変わらず難しい顔をしたミトンが聞く。

「シェルが分からないんなら、僕にも分からないよ」

本を観察しながらクロが言い返し、

「用途が分からないんじゃ、またミトンのコレクション行きだね」

そう言って足元に置いた。ミトンは需要のあるものは誰かに譲るが、それ以外の発掘品は自分のコレクションに加える。わたしは見たことがないが、ミトンの住んでいるところは数多のガラクタに埋め尽くされ、混沌とした有り様らしい。


ミトンは地面に置かれた本を大切そうに抱えると、クロの方に向き直って聞いた。

「最近、よくシェルのところに来るよね。ここらに何かあるのかな」

クロの視線がわたしの肩の上を通り、その向こうの景色に刺さる。

「ここ以外にもいろいろ探しているんだけどね。シェルのところには何故か強く惹かれる」

「ああ、いつ見ても凄いよねぇ」

ミトンも同じ場所を見つめた。

「ボクもシェルの後ろのそれ、とっても気になるよ」



わたしの後ろには、巨大な何かがあるらしい。らしい、というのは、わたしが直接見たことがないからだ。わたしの下半身は地中に埋まっていて、移動することができない。上半身もその「何か」に阻まれ、体を捻って後ろを見ることもできないのだ。背中から伸びるそれは、人間のスケールを軽く超えて砂の上に鎮座している。クロは初めてそれを見たとき、わたしが「何か」に縛られているようだ、と言った。いつからその状態なのか、その正体が何なのか。当人であるわたしにさえ、全く分からない。しかし、昔ミトンが言った言葉は、ぞっとするほどに印象的だった。


綺麗、まるで「殻」のようだ、と。




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