8話 ルナとアリサで迷宮へ
死霊術のおかげで蘇ったルナは、傷跡が残らないほど綺麗に回復していた。立ち上がり、体にとりあえずの異常がない事を確認したルナは、早速ルドル達が戦っているゴブリンの討伐に参戦する。
「アクアランス!」
実力から考えてルドルの援護は必要がないので、リリカの方に魔法を放ってゴブリンを倒して行く。
「!?。ル、ルナ!無事だったの!」
突然後ろから見慣れた魔法が飛んできた事で、リリカは即座にルナが放った物だと分かり、後ろを見て驚いた。しかし今は戦闘中。いくらゴブリンが相手でも、敵から目を離しては危険である。
そして今にもリリカに殴りかかろうとしているゴブリンに、ルナは魔法を放って倒す。
「心配かけてごめんなさい。私はもう大丈夫だから戦いに集中してください」
ルナの無事を確認した事で、明らかに集中力が散漫になっていたリリカに一言注意して、ルナは次のゴブリンに水の槍を放つ。
「傷は大丈夫なの?大怪我していたんだから無理はしないでね」
リリカも自分がどれほど危険な事をしたかに気がついた為、視線は既にゴブリンの方を見て声だけを掛けて来れた。
「ポーションが効いたようで傷はもう治りました。何があったかは後で説明しますから、今は目の前の魔物を倒しましょう」
ルナの怪我は死霊術で生き返った時に治っている。どうやら怪我には呪いのようなものが掛かっており、死ぬまで回復薬が効かなかったようだ。
しかし一度死んだ事で呪いは解け、死霊術の効果かポーションが後から効いたのかは分からないが、復活する時に凄い勢いで回復していったのだ。
「よし!ルナの無事も確認出来たし、全部を倒す必要はない。一気に駆け抜けるぞ!」
ルドルもルナの無事を確認した事で、守るような戦いをする必要がなくなり、一点突破で迷宮を抜ける方針に切り替えた。
そうして無事に3人は迷宮を脱出する事が出来た。
「一先ずその恰好は目立つからギルドに帰るぞ。話はそれからだ」
今のルナの姿は服が血まみれになっているのでかなり目立つ。現に迷宮から出てからは屋台の人達に何事かと注目され、1人残っていたカイも既に真っ赤に染まっているルナの服を見て、驚いて声も出せないでいる。
その事にルドルは気が付いていたので、ギルドに帰って落ち着いてから話をする事にしたのだ。
ギルドに戻るまでは、ルドルが持っていた布で服を隠した状態で歩いたので、そこまで注目を浴びる事無く帰る事が出来た。
何があったかの報告は体を洗って落ち着いてからすると決まり、ルナは自室に戻って休む事になった。
「ルナ、いったい迷宮で何があったの?怪我を見た感じから、ゴブリンにやられた訳ではないよね」
体を洗い服も着替え、ベットに座って落ち着いたルナに僕は問いかける。
「はい、試験の合格証明書は無事に手に入れたのですが、その帰りに変な雰囲気を纏った男の人に出会ったのです。その人が突然持っていた黒剣で襲いかかって来たので応戦しましたが、……あの剣で斬られた所はポーションでも治らず、動揺した事で一方的に攻められ……お腹に剣を刺されてしまったのです……。
……その後、私を刺した男の人は笑いながら下の階層に向かって行きました」
「やっぱり魔物以外からの攻撃だったか。でも何者だったんだろう。………いや、そんな事より体に異常は感じないかい?」
ルナを刺した男の事も気になるが、初めて使った死霊術で蘇った以上、何が起こるか分からない。なので僕は今のルナの体調の方が心配だったのだ。
「そうですね……前より体が軽くなった気がします。それに魔法を使った時に余裕を感じました」
「もしかしてステータスに変化が出たのかな…」
僕はルナのステータスを確認してみた。
ルナ
HP 134 / 134
MP 311 / 369
スキル 水の魔法(極) ・ 隷属者(死)
「………これは…」
僕は恐る恐る<隷属者(死)>の項目を確認する。
隷属者(死) ・・・ 『死霊術で蘇った者が使った者の隷属になった証。死霊術を使用された時に流れ込んだ魔力の影響で、身体能力が上がっている。
長期間主と離れると、魔力の供給が出来なくなって死体に戻ってしまう。』
僕はその項目を確認した事で愕然としていた。
「…ハヤテさん、何が見えたのですか?」
僕の様子を見て何か悪い事が分かったと知り、少し不安そうにしている。
「……ごめんルナ…僕が死霊術を使ったから、ルナが僕の隷属者になってる……」
隷属、即ちルナは僕には逆らえない存在になってしまったのだ。つまりルナに自由はなくなり、僕という主に逆らえない存在になってしまった可能性があるのだ。
その事を考えると、申し訳なさ過ぎてまともに顔も見る事が出来なかった。
「隷属者ですか?なら今とあまり変わりませんね」
しかし僕が申し訳なく項垂れていると、意外にもルナは何事もなかったように明るく答えた。
「いや違うでしょ!だって僕が言った事には従わないといけないかもしれないし、それに今後一緒にいないとルナは死体に戻ってしまうって……………あ!?」
僕は死体に戻ってしまうという、不安を煽るような言わなくてもいい事実を伝えてしまった事に気づく。
「つまり私はハヤテさんと離れては生きていけない…と言う事ですか?」
流石にその事実を聞いたルナは驚いたようだ。
「ごめん……長期間と書いてあったから、離れてすぐにどうにかなる事はないと思う。……けど、もしかしたら他に手段があったかもしれなかったのに……」
「……ハヤテさんは私の事は嫌いですか?」
「?。いや、前にも言ったかもしれないけど、普通に話せるし嫌いじゃないよ」
突然ルナが何を聞きたいか分からなかったが、とりあえず正直に答えた。
「それなら今後も一緒にすごしてくれますか?」
「そうだね。こうなったのは僕のせいでもあるし、責任を持って一緒にいるよ」
責任……そう、僕にはルナが死霊術から解放されるまで、守る責任があるのだ。そう考えると僕は離れる事無く、身を呈してルナを守らないといけないと決意する。
「……………」
しかし僕の返答を聞いたルナは、何か考えるように黙ってしまった。その悩んでいる様子を見て、僕は不安にさせてしまった事に無力感を感じる。
(やっぱり僕なんかが守るって言っても、軽く聞こえてしまい怒っているよな……僕のせいで生き方が変わってしまったのだし…)
「ハヤテさん、もし今回の事がなかったとして、今後の迷宮探索などに一緒に行ってくれましたか?」
そんな沈黙を破ったのはルナだった。その表情は怒りの影が少しも見えなかった。
「そりゃあ、ルナが構わないなら一緒にいたいよ。君と過ごすのは楽しいからね」
「それなら今までと関係が変わらないではないですか。それと、私に関する遠慮はやめてください。
……私はどんどん寒くなって意識が薄れていく中、ハヤテさんの顔が徐々に見えなくなって、暗闇に覆われて死んでしまうのが怖かったのです。
そんな中から救ってくれたのがハヤテさんで、私はとても、とても嬉しかったんですよ」
ルナは僕に感謝するように話してくれる。その顔は少しも悪い事などないと言わんばかりに、幸せそうに微笑んでいた。
「ルナは……それで良いの?」
「私はハヤテさんと確かなつながりが出来て、とても幸せです。今後も末長くよろしくお願いしますね」
ベットの上で丁寧に頭を下げたルナを見て、僕は心の重りが少し軽くなった気がした。
「…ありがとう。今度はルナを守ってみせるよ!」
「フフ、期待してますね」
今度こそ守るという覚悟をルナに伝えると、とても嬉しそうにしてくれた。
「それで、他に変化はありませんでしか?」
「あと、死霊術の影響なのか、HPとMPが格段に増えてたよ。たぶん力とかも増えているかもしれないから、今後気を付けてほしい」
「そうなんですか?自分ではハッキリと分からないのですが、どれぐらい上がったんですか?」
「HPが134、MPが369。前に見た時と比べてHPが10倍以上、MPは6倍ぐらいは増えている。だから他の身体能力も何倍かになってると思う」
増えてる法則は分からないが、HPだけなら姉のアリサの倍以上になっているのだ。今後も同じように全力を出したら、新人魔法使いが戦士を力でねじ伏せてしまえるかも知れないのである。流石にそれは異常だと目立ってしまうのは避けれない。
「そこまで……確かに迷宮から脱出する時に、手を抜いて走らないと追い抜いてしまいそうでした。理由が分かった以上、今後は気を付けないといけませんね」
ルナにも心当たりがあったので、頷いて注意する事にしてくれた。
「それと水の魔法が(中)から(極)になっていた。水の魔法を操る才能が上がっているから、今後は魔法を使いやすくなっているかもしれないね」
「それでゴブリンを倒す時の魔法が、以前に比べて使いやすかったんですね」
「ルナ、そろそろ事情を聞きたいのだが大丈夫か?」
ギルドに帰って来てから結構な時間が経っているのだろう。話に夢中になっていた僕達の窓の外は既に暗くなっており、ルドルも落ち着いただろうと判断して呼びに来たのだ。
「はい、大丈夫です」
「ならギルドマスターの部屋に来てくれ。そこで詳しい話を聞く事にする」
そう言われ、僕を抱きかかえてルナは部屋を出て行く。
「さて、まずは何があったか分かる範囲で教えてくれ」
ルナは僕に話してくれた内容をルドルにも話した。その内容を聞いてルドルは何か心当たりがあるようで少し考え込んでしまう。
「……恐らくそいつは各地で現れていると言うユニークスキル使いだ」
「ユニークスキル使いですか?そんな人達がいたんですか?」
ユニークスキル使い、つまり個性的なスキルの使い手がいるという事を聞き、ルナは知らなかったと驚いていた。
「いや、いたという言い方は合わないな。そいつらはここ数カ月の間に突然各地で現れたんだ。見慣れない服装で聞きなれない魔法を使ったり、特別な武器を持っていたりと他に使い手がいないような能力を持っている。
そしてそんな奴らが悪さをする事が大量に発覚したんだ。もちろん普通にギルドに登録して、ルールに則って自分を鍛えている者もいる」
「つまり回復しなかったのは、そんな武器にやられたからと言う訳ですね。なら今の迷宮にはそんな危険人物がいるって事じゃないですか!急いで注意しないと被害者が増えてしまいますよ」
回復しない傷を与えると言う事は、少しでも斬られると出血が止まらないのだ。
冷静に考えれば傷口を切り取ってからポーションを使えば治るだろうが、普通そんなまねが出来る訳がない。
それに事前にその事を知らなかったら、間違いなくパニックになってしまい、何も出来ないまま出血多量で死んでしまうだろう。
「……まだはっきりしないが、毎日ギルドに換金しに来る数名の冒険者が戻って来ていない。場所が迷宮なだけに一概に全員襲われたとは考えれないのだが……」
(つまり既に犠牲者が出ている可能性があると言う訳か……)
ただ魔物にやられたにせよ、ユニークスキル使いにやられたにせよ、迷宮内では死体は魔物の餌になってしまい、判別が出来ないのだ。
「今後は迷宮内に潜る奴には注意をすると共に、人と出会ったらギルドカードを見せる事にする。もし見せれない場合は、ユニークスキル使いの可能性があるから、即座に逃げろと伝えるつもりだ」
「でも他の人のギルドカードを奪ってしまったら、その時はどうするんですか?」
ルナの疑問はもっとものもので、僕も言いたかった事だ。
「その心配はない。お前にも後で渡すが、ギルドカードは持ち主以外は特別な場所でなければ他人に預ける事が出来ないんだ。もちろん持ち主が死んだらギルドカードも消えてしまう仕組みになっている」
(そんな技術があるのか!さすが魔法のある世界だ!)
僕は心の中で、無駄に高性能なギルドカードに感動していた。
「今日出会った人は背中に大きな荷物を持っていました。たぶん食料か何かでしょうから、相当な下層に籠るつもりかもしれませんね。なら次に危険なのは、その食料が尽きた時でしょう」
「荷物が食料とは限らんから注意する必要もある。それと共に討伐依頼も出しておくから、熟練の冒険者に倒されるのも時間の問題だろう。お前も今後迷宮に行く時には注意する事だ。
あとはお前がなぜ回復薬が効かなかったのに、その後に回復する事が出来たか、だが……心当たりはあるか?」
ルドルはポーションが効かなかったのを目の前で見ているので、ルナが回復した理由が分かれば、助かる命も出て来るかもしれないと考えたのだ。
「私は意識を失っていたのでハッキリとは言えませんが、回復薬が効かないのは死ぬまでの効果で、一度心臓が止まった後に再び動き出した場合があれば、回復薬が効くようになるのかもしれません」
(ルナはほんと頭がよく回るな……死霊術の事を抜いて、僕の推測を上手く説明しているよ)
「なるほど、死ぬまで効く呪いのような物と考えれば説明がつくな。……だが、それでは対策のしようがないな…まったく、厄介な奴が現れたものだ。どうせなら普通にギルドに登録してくれるような、ユニークスキル使いが来てくれれば良かったものを」
運がないと嘆いているルドルは、急に何かを思い出したように自分の机に向かって、一枚のカードを持ってきた。
「忘れる所だった。これがお前のギルドカードだ。登録するからカードに一滴の血を垂らすんだ」
どうやら持ち主の識別に血液が必要なようだ。ルナは言われた通り、指に傷を付けて血を垂らす。そうしたらギルドカードは一瞬光ってから、跡形もなく消えてしまった。
「あれ?消えてしまいました」
不思議そうにカードが消えた場所を見ていると、笑いながらルドルが説明をしてくれる。
「ハハ、最初は皆そうやって驚くんだよ。安心しろ、お前が念じればすぐに手元に現れる」
そう言われてルナは試しに念じてみると、ルドルの言った通り再びギルドカードが現れた。
ルナ ギルドランク 1
HP 134 / 134
MP 311 / 369
力 118
耐久力 98
素早さ 96
魔力 178
僕も覗いて見ると、鑑定眼では見えなかった力などの、細かいステータスが書かれていた。
(他の人のステータスを見た事がないから、凄いかどうか分からないけど、……僕と比べて数字が高いな…それにしてもスキルの項目がないのは助かった。
まーこれでスキルが分かるなら、魔法の適正を調べたりしないよな)
「もう気が付いているだろうが、その数字はお前のステータスが表示されているんだ。ただ他人にはあまり見せるなよ。能力が知られると言う事は、それだけ危険が増すって事だからな。
まーお前の実力から考えて、力、体力、素早さが20以下で、魔力が30といった所だろう。お前は魔法使いだから魔力が高いが、カイやリリカは逆に他が高くて魔力が低かったはずだ」
(やっぱり異常に成長しているな……今の話から考えると、アリサの倍ぐらいのステータスかな)
「名前の横にあるギルドランクと言うのはなんですか?」
「それは文字通りギルドに貢献しているランクだ。新人は1からスタートして、依頼をこなしたり迷宮で魔石を持ち帰ったりして換金すると、ギルドに貢献したとみなされて上がっていくんだ」
「ランクが上がると何かあるんですか?」
「武具や道具を買う時や宿屋に泊る時に見せると、そのランクによって割引が効くようになるんだ。ただし、高ランクの冒険者は危険な魔物の討伐依頼などが来る可能性があるがな。今回のユニークスキル使いの討伐などが、それにあたる」
「分かりました。少しでも上に行けるように頑張りますね」
そう言ってギルドカードを消した。
「ならこれで養成所での訓練は終了だ。合格おめでとう。お前が一人前になるのを楽しみにしているぞ」
最後にルドルに挨拶をしてルナは部屋を出ていき、受付でリーザに挨拶をしてギルドを出て行く。そうしたら外でリリカが待っていてくれた。
「その顔は無事に合格を貰ったようね。おめでとう」
「リリカさんもおめでとうございます。それと助けに来てくれてありがとうございました」
迷宮から脱出する時は急いでいたのでお礼が言えなかった事を思い出し、ルナは丁寧に頭を下げてお礼をした。
「別に良いわ。それより……!」
喋っている途中でリリカは、突然ルナの顔に当たるように手刀を振って来た。
「きゃっ!?」
突然の攻撃にルナは驚いたが、何とかかわす事が出来た。
「……やっぱり…」
腕を振り抜いた構えのままリリカは確信を得たように呟いた。
「どうしてこんな事をするんですか?」
体勢を整えたルナは、警戒しながらリリカを見つめて問いかけた。
「理由は分からないけど、貴女は実力を隠しているのね」
「……なぜ、そう思うのです?」
「迷宮から帰る時、教官は私達の走るスピード以上を出していたわ。それについて行く為に私は全力疾走だったのに、貴女は余裕だったわよね。それも怪我から治ったばかりの状態で……。
それでピンと来たのよ。貴女は実力を隠しているってね」
(見られていたのか……あの時はまだステータスの底上げがあった事に気が付いていないから、仕方がないよな…)
「別に隠していた訳ではありません。ですが理由は貴女にも話せません」
動きの違いを見られてしまった以上、言葉による誤魔化しは通じないので、何を言われても話せないと強く否定する。
互いに譲らないので2人で見つめ合う形になっていたが、しばらくしてリリカの方が折れた。
「ふー、………確かに冒険者が強さの秘密を公開する訳はいかないわよね。まあ、これからは同じ冒険者だし、お互い頑張りましょう」
「言えなくてすみません」
「最後まで謝ってばかりね。じゃあ言いたい事も言ったし、私は帰るわ。じゃあね」
「はい、お互い頑張りましょう」
そう言ってリリカは元気に手を振ってから帰って行った。残されたルナも、アリサが待っているであろう自宅へ向かい歩み始める。
「ただいま帰りました」
「ルナ、おかえり!養成所の方はどうだった?リーザに聞いても詳細は教えてくれないから、心配で心配で…」
家に入るなりアリサは駆け寄って来て、ルナの状況を聞いて来たのだ。
「お姉ちゃん少し落ち着いてください。私は無事に冒険者になる事が出来ました」
「迷宮にも行ったんだろ?大丈夫だったか、怪我はなかったか?」
「……………」
怪我はなかったか。その質問に対してルナは素直に答える事が出来ない。
なにしろ死ぬほどのダメージを受けたんだから、無事とはすぐに言えなかったのだ。
「!?。もしかして怪我をしたのか?」
返事がなかった事にアリサは不安になってしまい、慌ててルナの体に怪我がないか触って確認してきた。
「お、お姉ちゃんくすぐったいですよ。怪我はありませんから安心してください」
「そ、そうか?返事がなかったから心配したぞ。なら冒険者に無事なれた事だし、今日はお祝いだな!」
アリサは怪我がない事を知り、不安そうな顔が一瞬で消えて笑顔に変わった。そして既にお祝いの準備をしていたようで、ルナの手を引っ張りながら奥へ連れて行く。
お祝いの料理はルナの病気が完治したお祝いの時と同じか、それ以上の量が用意されており、それを見たルナはやや呆れたような顔して驚いていた。
「お姉ちゃん……気持ちは嬉しいですが、流石に買い過ぎですよ…」
「いいんだよ。冒険者は危険と隣り合わせだ。だから祝える時には大きく騒ぐものなんだよ」
(確かにな……迷宮では今回のルナみたいに、トラブルに巻き込まれる可能性は否定できない。なら毎日を後悔しないように暮らさないとな)
ルナも今日の出来事を思い出し、アリサの言いたい事を身にしみて理解していた。
「そうですね。今日から私も冒険者です。ですから大いに騒ぎましょう!」
「そうこなくっちゃな!」
そうして夜遅くまで2人は料理を食べながらいろいろ話をしていた。
その話の中には、養成所で出会ったカイやリリカの事、訓練内容やルナが魔法を使える事や危険人物が迷宮内にいる事などもあった。
そうして食べきれないと思われた料理を食べきったところで、お祝いはお開きとなる。
「ハヤテさん食べ過ぎて気持ちが悪いです…」
「そりゃあれだけ食べればそうなるよ。自業自得だから、我慢しなさい。でも僕はほどほどに味わえたから満足しているけどね」
僕の食事はいつもならルナが後から用意してくれていたのだが、今日は量が多かったのもあり、アリサの目を盗んでいろいろ食べれたのだ。
「ひどいです~。うう、気持ちが悪い……」
ルナはぐったりしているが、その顔は嬉しそうに微笑んでいた。
「でも嬉しかったんでしょ?ま、そういうのは寝れば治るよ。それに明日から冒険者として迷宮に潜るんだから、早く寝て体調を万全にしないとね」
「そうですね。冒険者として疲れを明日に残してはいけません。おやすみなさい、ハヤテさん」
「ああ、おやすみ。ルナ」
ルナは笑顔のまま、素直にベットに入り眠りについた。
「ルナ、起きてるか?そろそろ起きないと、迷宮に籠れる時間が減るぞ」
翌朝、アリサは早い時間から目が覚めたようで、扉の外から声を掛けてルナを起こしにきた。
「お姉ちゃん、いくらなんでも早過ぎませんか?まだ日が昇ったばっかりですよ?」
そうは言っていても、ルナは日が昇ると同時に起きているので迷惑にはなっていない。そしてベットに腰を掛けていた状態から立ち上がり扉を開けた。
「今日は早起きですね、……………お姉ちゃん、昨日はあまり寝れなかったのですか?」
ルナがアリサの顔を見ると、扉の外に立っていた彼女の目の下にはうっすらとクマがあったのだ。
「いやー、今日の事を考えるとなかなか寝付けなくて……」
寝れていないせいか少し疲れているようにも見えるが、その態度から隠しきれない興奮が分かる。
(まるで遠足に行く子供みたいだな。ま、それだけ妹と迷宮に行けるのが嬉しいのかもしれないな)
その後のルナはテキパキと準備を行い、2人して、いや僕を入れて3人で迷宮に向かった。
「ルナは2階層までは楽勝だったんだよな。なら今日は3階層で様子を見てみよう」
ルナが昨日装備していた皮の胸当ては、斬られてしまい直せなかった。なので家に帰る前に新品を購入しておいたのだ。
まずは目標を3階層と決めたので、下への階段に向かって最短距離で進んで行く。1階層のスライムはアリサが倒していき、2階層ではルナも参戦してアリサの援護をする形で魔法を放つ。
「しかしルナが魔法使いだったとは聞いたが、ここまで戦いが楽になるとは思わなかったな。これなら6階層以降も行けるかもしれないぞ」
確かにアリサ1人で潜っていた時は、2体以上の魔物を相手にするとどうしても攻撃のペースが落ちていたのだ。しかしルナの魔法のおかげで、アリサの前には1体しか魔物が近寄れない。
「お姉ちゃん、前にも言いましたけど無理はいけません」
軽く6階層と口にしたアリサを、ルナは叱るように注意する。
「別に無茶な事を言っているつもりはないぞ。ルナのMPの残量を注意すれば6階層にいるシャドーデビルも楽に倒せるだろうからな」
(確かにこのチームなら6階層どころか、もう少し下の階層に行っても大丈夫だろうな)
ルナにとっては未知の領域の話だが、実際見て来た僕やアリサの考えでは確かに可能な範囲なのだ。 僕がそう考えていると、2人の様子を見ていたルナは少し安心したように話をしだした。
「でも私にとっては初となる魔物です。なので今日はゆっくりと進んで行き、慣れさせてください。そのうえで可能ならば6階層に向かいましょう」
実際このチームで一番HPの低いのはアリサだ。 装備は前衛なのでルナよりしっかりしているから防御力は高いだろうが、最悪は僕という盾を持っているルナの方が危険はかなり少ない。
「流石の私も昨日から冒険者になったルナを、いきなり中層に連れて行こうとは考えてはいないよ。命懸けの迷宮である以上、無理は危険だからな」
(言ってる本人が一番無茶な事をしていたのに……ププ)
そう思ったらなぜかアリサの動きが止まり、引き返すようにルナに近づいて来て僕にデコピンをしてきた。
「お、お姉ちゃん!?どうしたんですか突然?」
突然の行動にルナは驚いて問いかけた。
「…いや、なんかそのぬいぐるみに笑われた気がしたんだ」
それだけを言うと前を向き直して進み始める。
「まったく、ハヤテさんも変な事を考えないでください」
ルナにも少し分かっていたようで、庇う事無く僕は叱られてしまった。
(……相変わらず、この姉妹は感が鋭いな……反省)
そうして無事に3階層に辿り着いた。ここで現れるのはゴブリンの集団だが、視界に入った段階でルナが数を減らしていき、近づいて来たのもアリサが危なげなく倒していくので、まったく危険な事が起こらず進んで行く。
「ルナ、そんなに魔法を使って大丈夫か?確かに囲まれるのは危険だが、帰りの分のMPも計算していないといけないぞ」
集団で現れるゴブリンの半数以上をルナが魔法で撃退しているので、アリサはペース配分を心配してくれたのだ。
「まだまだ大丈夫です。一発一発にそんなにMPを使ってはいませんから」
「そうなのか?まあ、本人が言うなら間違いはないだろう。でもピンチになったら早めに言ってくれよ。休んでMPが回復する時間を作るからな」
「はい」
ルナはそう言ったが、アクアランスの一発に掛かるMPは前とそう変わらず3ぐらいは消費している。ただ最大MPが格段に上昇している今のルナにとっては、100発以上は放てるのでそう感じているのだ。
実際魔力も上がっているので、かなりオーバーキルになっており、貫通した水の槍は後ろにいたゴブリンも倒してしまう事もあった。その点から考えても、威力を落として消費MPを抑えれるようになれば、ルナは更に多くの魔法を使えるようになる。
その後もとくに危険な事は起こらず、無事に4階層への階段に辿り着く。
「ここから先はルナにとって出会った事のない魔物が現れる。時間を掛けてゆっくり進むから、慌てないで慣れるんだぞ」
「確かビックアントでしたね。特徴は大きくて強力な顎ですね」
ルナはギルドで習った魔物の特徴を思い出していた。
「ああ、結構な数の冒険者があいつの餌食になり手足を失っている。動きはそんなに早くはないから、距離がある内に発見できればさほど危険な魔物ではない。だから周りには注意をしていけよ」
手足を斬り落とされてしまうと、すぐにならば元の位置に合わせた状態でポーションを使えばくっつくが、握力の低下などの影響は受けてしまう。もしその時に回復薬がないと……手遅れとなってしまい、普通の回復薬では元には戻らないのだ。
アリサの忠告を心に受けとめ、集中力を高めた状態で階段を下りはじめる。