7話 死霊術
今日もリーザの練習方法は昨日と同じで、MPが尽きるまで魔法を使い続けた。そして座学に入ったタイミングで、昨日僕が頼んだ内容を聞いてくれた。
「リーザさん、魔物に魔力を直接流した場合はどうなるのでしょうか?」
「?。何でそんな質問が出たのかは分かりませんが、聞いた話では他人の魔力は気持ちが悪いらしいので、嫌がって逃げ出すらしいですよ」
(やっぱり気持ちが悪い程度の効果だったか…)
「でも普通はそんな事に魔力は使いません。例えばこれは魔法を使えない人が覚える技術なのですが、剣や拳に魔力を圧縮して魔物に攻撃が当たる瞬間に爆発させる、<魔力撃>と言う高等技術があります。
ただし威力は高いのですが魔力の効率が悪いので、切り札のような攻撃ですが」
(魔力の圧縮か………全然その発想は出なかったよ。でもそれが出来れば僕にも攻撃手段を得られるって事か…よし!練習項目に入れよう)
そう僕が考えている間にもリーザとルナの話は進んでいる。
「魔法を使えない人が覚えるなら、私がそれを覚える必要はないのですか?」
「ありませんね。魔法が使える人はそんな効率の悪い事をしないで、素直に魔法を使った方が威力も応用力も高いですから」
「なら魔力の爆発方法だけでも話を聞かせてください。何かの参考になるかもしれませんので」
役に立たないと言われた技術を教えてくれと言われ、リーザもそこまで言うのならと説明してくれた。
(……ありがとう、ルナは僕の為に聞いてくれてるんだね。……ほんと、良く気が効く子だな)
「私は使えませんので細かなコツなどは分かりませんが、魔力を指先に集めるように一点に集中した後、一カ所だけ穴を開けるように一気に放出する。…言葉で言うと簡単に聞こえますが、ただ集めて放出するのとは違うので難しいのです」
「確かに難しそうですね。教えてくれてありがとうございました」
その後は昨日と同じ訓練を繰り返した。
(…この訓練を続けてルナは強くなれるのかな?)
僕はそう疑問に思い、ルナのステータスを確認してみた。
ルナ
HP 12 / 12
MP 3 / 61
スキル 水の魔法(中)
(お!MPの上限が増えてる。…なるほど、魔力を使えば使うほど上限が増えていくのか。なら僕も魔力を使えば成長するのかな?
……………いや、たぶん無理だろうな…。あのロリ女神が故意にあの最大HPやMPに設定したんだ、そう簡単に変えられるとは思えない…)
このルナの訓練中に僕はゴーストハンドを作ってみたが、リーザがそれに気が付いた様子はなかった。過信は出来ないが、どうやら他人の魔力はそう簡単には見る事が出来ないようだ。
そうして僕もこっそり訓練を続けながら時を過ごしていった。
そしてプログラムも残り3日となり、他の訓練生と合流して迷宮に実践訓練をする日を迎えた。
「おいおい、本当にぬいぐるみを持って来たぞ。…まあ、お前は魔法使いだから後方から魔法を使っていればいいから楽だよな」
合流して早々、カイはルナの恰好を見て馬鹿にするように言って来た。
今日から迷宮に入ると言う事で、ルナも普段着の上に軽装だが防具として木の胸当てと、先端に魔石がついた杖を装備しているのだ。
そして当然のように左手で僕を抱えているので、迷宮に挑むにあたってカイが馬鹿にしてきた気持ちも少しは分かるのだ。
もちろんカイ達も装備をしっかりしており、見た目だけなら冒険者そのものだった。
「カイは言い過ぎだ!…だが本当にそれを持って迷宮に行くのか?正直リスクを上げているようにしか思えないぞ?」
流石に言い過ぎだと同伴するルドルがカイを叱った後、ルナに最後の忠告とばかりに確認をしてきた。
「確かに迷宮に挑む姿には見えないかもしれませんが、私はハヤテさんがいるだけで頑張れます。ですが私が足を引っ張り、迷惑になるようなら構わず置いていってくれて構いません」
少しも悩む事なくキッパリ言い切ったルナの言葉は、まさに全てが自己責任である冒険者の覚悟を感じた。その様子にカイはもちろん、ルドルも納得する事しか出来ないほどだった。
「そこまで覚悟をしているなら俺からはもう何も言わん。だが魔法に頼り過ぎてMP切れには注意しろよ」
「はい、ここ数日間は私のMPの上限を把握する事に重点を置き、実戦を想定して訓練してきましたから大丈夫です!」
「そうか、なら迷宮に入ったらまずは1階層で魔物と1人づつ戦ってもらう。順番は俺がその時に言うから、いつでも戦えるように覚悟をしておけ!…分かったなら行くぞ!」
そうしてルナ達の実践訓練が始まった。
順番はまずはリリカ、次にルーイジ、そしてルナの名が呼ばれた。
「いきます。……<アクアランス>!」
ルナは杖の先に魔力を溜めて、水を槍のように放ったのだ。その水の槍はスライムを貫き、一撃で倒してした。
「ふん、なかなかやるじゃないか。…次は俺の番だな。見てろよ、格の違いを見せてやる!」
何かと突っかかってくるカイはそう言い、ルドルに名前を呼ばれる前にスライムに真っ直ぐ突っ込んで行き、一撃で倒した。
スライムを倒した後ドヤ顔でルナの方を見て来たが、自分勝手に戦った事でルドルに怒られていた。
(まー動きも遅いスライム相手に勝っても、全然自慢にならないんだけどな……)
その後もスライムを順番に狩り続けて、本日の訓練は終了を告げようとしていた。
「教官!弱いスライムの相手ばっかりじゃ強くなれない!せめて2階層のゴブリンと戦わせてください!」
やはりこういう事を言いだすのは、血気盛んなカイだった。
「見た所、全員スライム相手なら一撃で決着がついてる。まー魔法使いのルナはMPが心許無いかもしれないが、それでも最後ぐらいはゴブリンと戦ってもいいと思うんだ」
「……お前はまたそんな事を言いだす…」
またか…とそう言う気持ちが良く分かるため息をルドルは吐いた。
「教官、今回は私もカイの意見に賛成です。冒険者になった後に危険かもしれない場所に行くより、実力者の教官がいる内に自分の今の限界を知りたいと思います」
ルドルが次の言葉を言う前に、リリカも同意見だと発言してきたのだ。
「で、でも、危険な事をわざわざやらないでも……」
最初っから乗り気ではなかったルーイジは反対のようだ。
「ルーイジは黙ってろ!…なぁ教官、いいだろ」
(確かにリリカの意見は間違っていないな。ルナのMPもまだ余裕があるし、ゴブリン程度が相手なら危険はないなだろう)
2人に迫られ、リリカの意見は道理が通っているので否定しきれないルドルは、少し悩んだ結果1人1体のみ相手という条件で折れた。
そう決まったのでルナ達は2階層に向かい、ゴブリンとの戦闘訓練がスタートした。
「まずは言い出しっぺの俺から行かせてもらうぜ!」
最初のゴブリンを見付けると同時に、カイはそう宣言して走り出してしまった。
もちろんゴブリンは決して強くはない。だが技術もなければ経験も少ないカイの真っ直ぐ過ぎる剣は、最初の一撃をゴブリンの持つ棍棒に剣を受け止められてしまった。その事で勢いを失くした為、倒す事は出来たが苦戦と言われても仕方がない戦い方をしていたのだ。
「はぁはぁ、今までの疲れか……少し手間取ってしまったぜ」
相変わらずの言い訳から入るカイを冷たい目でリリカは見ていた。
「やはりまだまだだな。次はリリカが行ってこい」
ルドルはカイの実力を再確認した後にリリカを指名した。
リリカの戦い方は前に見たように冷静に自分の間合いを保ち、決してゴブリンを一撃で倒そうとはせずに戦い、危なげなく倒す事が出来た。
次はルーイジの番だったが、ゴブリンを目の前にしたら急に腰が引けてしまい、棍棒の間合いに入っているのに棒立ちのままで一撃を脇に受けてしまう。
「おい、ルーイジ!何をしている、ボケっとしていないで剣を持って戦え!」
普通に考えて受けるはずのない一撃を無防備に受けてしまったルーイジに、ルドルは慌てるように怒鳴っていたが、まるで耳に入らず目の焦点も合っていないで、震えたままその場から動けなくなっている。
「ルーイジ立て!立って戦うんだ!」
このような状況を予想していなかった為に、ルーイジとの距離を結構離れていた事をルドルは後悔していた。
「ルーイジ!」
ルドルは既にルーイジの方へ駆け出しているが、ゴブリンの距離の方が近かった為にもう棍棒を頭に振り下ろすだけの状況だった。いくら弱いと言っても、無防備の脳天に棍棒の一撃では命の危険はあるのだ。
「ルナ!」
「分かっています!」
僕が声を掛けるより前にルナは既に準備を始めていた。
そして少しでも時間を稼ぐ為に、僕は練習用の小石をゴーストハンドを使って弾き飛ばし、ゴブリンの目に当てた。
その事で少し怯んだゴブリンに、ルナの放った水の弾<アクアブリット>がルドルを追い抜いて頭に当たり、ルーイジから離されるように吹き飛んでしまった。
僕が使った小石飛ばしは<指弾>と名付けて練習を続けていた技で、まだ魔物を倒すほどの威力は出せないのだが、今回のように目を狙う事で怯ませる事は出来るのだ。
そしてルナの魔法は殺傷力は少ないが、速さと相手を吹き飛ばしたい時に使用する魔法だ。
頭に水弾が当たり吹き飛ばされたゴブリンは、既に虫の息だったがルドルがキッチリとトドメを差した。
「ふー…ルナ、見事な援護だった。お前の番はまだで悪いが、今日は引き返す事にする」
ルーイジの怪我は命の危険があるほどのものではないが、いまだ立つことさえできない状態である以上、ルドルの判断は間違いではなかった。
そしてその事を理解しているルナも、素直にルドルの判断に同意したのだった。
帰り道はルドルがルーイジを背負っているので戦う事が出来ない為、カイ、リリカ、ルナで即席のチームを組む形で進んでいき、とくに危険な事もなく無事にギルドに帰り着く事ができた。
「ルーイジさんはどうしたのでしょう…急に動けなくなったようでしたけど」
ギルドに着いたら今日の訓練は終了だった為、皆自室に帰ってきたのだ。
「分からない。魔物の恐怖にのまれて動けなくなったのか、それとも迷宮の雰囲気に呑まれたのか…」
スライムとの戦闘では多少の緊張はあったのだが、あそこまで棒立ちになってしまう事はなかった。それなのに声にも反応出来ないほど動きが止まってしまい、更に倒れた後も動く事も出来ず、戦闘が終了した後には気を失ってしまったのだ。
「怪我の方は心配がないとは思うから、意識を取り戻した後に事情を聞くしかないかな」
コンコン
そんな話をルナとしているとドアがノックされた。
「はい。どちら様ですか?」
「遅くにすまないわね。リリカよ。ちょっと話があるんだけどいいかしら?」
部屋の中からルナが確認すると、どうやらリリカが訪れたようだった。
「大丈夫ですよ。さあ、入ってください」
「お邪魔するわ」
ルナが扉を開けると、装備を外して普段着になっていたリリカが入ってきた。
「それでどのような話が?」
ルナが椅子を用意しリリカを座らせた後、話を切り出した。
「一つ確認したい事があったから来たのよ。……ルーイジが魔物の一撃を受けた後、教官やカイではない男の声が聞こえたのよ。しかもその声はルナの名前を呼んでいたわ」
(拙いな……とっさに声が出ちゃったけど聞かれてたか…)
「………なんの事でしょう…」
ルナは表情を変える事無く自然に対応した。
「そう、誤魔化すつもりなんだ。なら一つ説明して欲しいんだけど、貴女の魔法が当たる前にゴブリンの目に何かが飛んで行ったんだけど、……貴女も見えていたわよね?」
(あれが見えたなんて、どんだけ目が良いんだよ)
僕が飛ばした小石は直径が1センチほどの物だった。それがうす暗い迷宮の中で見えていたのだから驚きを隠しきれない。
「何を言っているか分かりません。私はルーイジさんを助ける為に魔法に集中していましたので」
しかしルナも一歩も引く気はないようで堂々と答える。
「それでリリカさんはどう推測しているのですか?」
「そ、それは……」
出来ればルナの口から話してくれればと考えていたリリカは、逆に質問されて言い淀んでいた。
「………わ、私はそのぬいぐるみが怪しいと考えているわ。……馬鹿馬鹿しいとは自分でも思うけど、貴女が異常に大事にしている事を考えると、その推測しか出てこないのよ」
どうやら自分で言っていても半信半疑な上に、かなり恥ずかしい思いをして言い出したようで、リリカは顔を真っ赤にしていた。
「それで確認させて欲しいのだけど、ちょっとそれを貸してもらえるかしら?」
「…分かりました。ハヤテさん、しばしのお別れです」
(大袈裟な言い方だな…)
ルナは少々寂しがった様子で僕を渡した。
「……少し重いけど、とくに変わった様子はないわね…」
僕をぐるぐる回すように隅々まで調べるように見て来た。
(こんなにじっくり体を見られるのは恥ずかしいな…)
「どう見ても普通のぬいぐるみ…よね。どうやら考え過ぎだったみたい、抱き心地も悪くないわ」
そう言ってリリカは突然胸で抱きしめてきた。16歳にしてはしっかり成長しているリリカには、ルナにはないハッキリとした二つのふくらみを感じる事が出来た。
(これはなかなか役得だな………ハ!?)
そう考えた瞬間、僕は気が付いた。リリカを、いや、僕を見ているルナが、可愛い笑顔のまま黒いオーラを発しているのを……。
「変な疑いを掛けて悪かったわね。そうよね、普通考えればそんな訳がないものね…」
「いいえ構いませんよ」
そう答えているルナだが、視線はいまだ抱かれている僕の方を見ている気がする。正直、何か怖くてルナの顔を見る事が出来ないのだ。
「それじゃ、私は部屋に戻るわ」
リリカが少々勿体ない気持ちを残したまま僕はルナの方に渡されたが、……正直得体のしれないプレッシャーに押し潰されそうです。
「じゃあ、明日も頑張りましょう」
そうしてリリカは部屋を出て行った。
「ハヤテさん……どうですか?」
僕を受け取ったルナは、リリカと同じように抱き上げたまま問いかけて来た。
「え?な、なにが?さあ、明日も迷宮に行くから早めに寝よう」
僕はルナの質問の意味が分からなかったので、プレッシャーから逃げる為に寝る事を進めて逃げたのだ。
「……もういいです…」
「???」
何やらため息を吐きながら落ち込んでいるルナは、まるで諦めたようにベットに入っていった。
「まずは報告する事がある。ルーイジだが、いまだ意識が戻らないから今日で脱落だ。また今日は昨日の実力を見て2階層をメインに籠る事にするが、一歩間違えば死ぬ危険があるのは分かっただろう。油断しないように!」
ルドルが全員の気を引き締めた後、2階層に向かい進み始めた。流石のカイも昨日の今日では軽口が少なく、魔物に集中しているのが見て分かった。
ルナもアクアランスでゴブリンを一撃で倒しており、MPの残量さえ気をつければ、現時点では一番安定感を感じられる。
ただカイやリリカもゴブリンの動きに慣れた事で、戦いに余裕を見れるようになっていた。
「さて、今日はここまでにするぞ。明日は最終試験を行う。内容はこの2階層のある場所に証明書を置いとくので、1人づつ潜ってもらいそれを持って帰って来るだけだ」
「なんだ、そんな事でいいのかよ。てっきり3階層にでも行けと言われると思ってたぜ」
今日はもう終わりと言う事で、カイの軽口が復活して来たようだ。
「3階層に行くならもう少し実力を付けるか、装備を上等な物にしなければ危険だ。あの階層はゴブリンが連携して襲ってくるからな」
確かに距離を離れて攻撃出来るルナやリリカなら、囲まれる事無く戦う事が出来るだろうが、剣が武器のカイではどうしても接近する必要があるので囲まれる危険があるのだ。せめて一撃で倒せる実力か武器が必要になる訳だ。
「さあ、帰って明日に備えるんだ。迷宮は上層といえども全滅するような危険な出来事が起こりうる。万全の準備をしておくんだぞ」
そうして全員が思い思いの道具を買いに行った。ルナも迷宮の外でポーションを2つ買い、明日に備えていた。
ただ1つは僕が頼んだ物で、非常時に僕が使ってあげれるようにしたのだ。
「明日は試験です。周りに人の目はありませんが、ハヤテさんは手を出さないでくださいね」
「…ルナなら大丈夫だろうから手を出す事はしないよ。明日はルナの試験だ。1人で頑張らないと意味がないからね。……頑張って」
「はい!ハヤテさんと一緒に迷宮に行けるように、明日の試験は絶対に受かってみせます!」
そうして試験本番が訪れた。
「それじゃあ迷宮に潜る順番をくじで決めてもらう」
平等性を保つ為にくじと言いだしたルドルが用意したのだろうか、出来の悪い箱に一つだけ穴が開いており、そこに順番に手を入れて数字の書いてある紙を取り出していった。
順番はリリカ、カイ、ルナで決まった。
リリカに緊張の様子は見えず、カイは自分の順番が最初じゃなかったので早くしろと急がすぐらいだ。もちろんルナも見た目は平常心そのものだったが、抱かれている僕には少し緊張している事が分かっていた。
最初に迷宮に入って行ったリリカだったが、とくに大きな怪我もした様子もなく想定内の時間で戻って来る。
「次は、カイの番だ」
そうしてカイの番が回って来たので迷宮に入って行き、リリカと同じぐらいの時間で戻って来たが、少々攻撃を受けたようで左腕を押さえていた。
「大丈夫か?」
その様子を見ていたルドルが心配そうに聞いて来た。
「こんなの怪我の内に入らないよ。それより少し魔物の動きが変だった気がしたな」
「そうか、ならルナも気を付けて行けよ」
カイの怪我は大した事がなかった事を確認したので、ルナの方を見て注意するように言った。
「はい。…リリカさん、ハヤテさんを持っていてください」
そう言って僕をリリカに渡そうとしていた。
(おいおい!確かに手を出さない約束はしたけど、置いて行かれるとは聞いてないよ)
「いつも持っているのにいいの?」
リリカも疑問に思ったので問いかけて来た。
「今回は私の試験です。だから私1人で行かなければならないのです」
「確かにぬいぐるみを持っていては危険度が上がるものね。分かったわ、帰って来るまで大事に預かっておくわ」
そうして僕はルナの手からリリカに渡された。
(ルナ、頑張ってね!)
「はい!行ってきます!」
僕は声に出していなかったが、思った事が分かったように返事をしてくれた後、1人で迷宮に潜って行った。
「……遅いな…」
ルドルが呟くように言ったが、その意見は僕も一緒だった。すでにルナが潜ってからリリカ達よりだいぶ時間が経っていたのだが、まだ帰って来る気配がないのだ。
「もしかして何かあったんじゃ……」
リリカも心配になって表情が優れない。
「仕方がない、俺が行くからお前達は待っていろ」
そう言ってルドルが迷宮に向かおうとしたが、リリカが声を掛けた。
「なら私も行きます。私は怪我らしい怪我をしていませんし、捜索なら人数がいた方がいいです」
「確かにそうだな。よし、リリカも着いてこい!ただし無理はするなよ」
「なら俺も行くぞ」
リリカが行くなら俺もとカイが名乗り出たが、左腕を怪我しているので止められた。
普段なら僕を預けてから迷宮に行くはずだが、動揺と焦りのせいかリリカは僕を持ったまま行ってくれた。
走るように進んで行ったので、2階層にはすぐに到着する事が出来たが、ここに入ってすぐに僕は空気の異常性を感じた。
(なんだ?この階層の空気が昨日までと違う……上手く言葉には表せないけど……何か異常だ…)
そして微かだけど血の匂いも混ざっている気がするのだ。
「ルナ!いるのかーーー!いるなら返事をしろーーーーー!」
ルドルもその匂いに気付いたのか、大声をあげて呼び掛けているが反響するだけで返事はない。リリカも声をあげてくれているが成果は同じだ。
そうして別れ道を1つ1つ探して行き3階層への階段近くまで着た時、僕は見たくはなかったものを見る事になってしまう。
…そう、血まみれになって倒れているルナの姿だった。
「ルナ!?」
「なんでルナが?」
ルドルとリリカもルナを見付けると、信じられないものを見るように驚いていた。
「!?。ルナ、大丈夫か?」
いち早く冷静に戻る事が出来たルドルはルナの下へ駆け寄り、意識と状態の確認をし出した。
「きょ、教官?……ここは危険です…早くに、逃げて……く…だ……さ………い……」
「それよりポーションだ!」
即座に危険と判断したルドルは、用意していたポーションを振りかける。
「教官!ルナは大丈夫ですか!」
慌ててポーションを使用したルドルを見て、リリカは怪我が酷いと分かり、慌てて寄ってきたのだ。
「意識もあるし、ポーションを使ったから大丈夫だ」
ルドルはルナが死んでいなかった事をホッとして、リリカもまた「良かった」と呟いて安心して様子を見ていた。しかしルナの怪我が治る気配は一向になかった。
「教官!?ルナの怪我が治りません!いったいどういう事ですか!?」
「な、なぜだ?なぜ怪我が治らないんだ……」
回復薬を使っても治らない事にリリカはただ叫ぶだけしか出来ず、ルドルも状況が分からずに動揺していた。
「ハヤテさん……すみません」
(なんでルナが謝るんだ。それよりどうして傷が治らないんだ!ポーションを使えば大丈夫なはずだろ!)
「私は……ハヤテさんと一緒に…冒険したかった。……旅も…したかった…です…」
(傷が治れば一緒にいくらでも冒険出来るんだ!だからそんな諦めたような事を言わないでくれ!)
僕の姿が目に入ったのか、ルドル達を無視して謝って来た。そしてその瞳からは涙が流れている。
ルナは肩から胸にかけての切り傷と、お腹に刺し傷があり、そのどちらも致命傷だと分かる。血もいまだ出続けており、顔色もますます青白くなっていき、意識が朦朧としていた。
「とにかくこのままでは拙い。急いでここから出なくては……リリカ、迷宮を出て医者の所に連れていくぞ!」
「はい!」
ルドルはポーションが効かない理由は分からなかったが、このままでは危険な事は理解できたので、急いで専門家に見せる事にしたのだ。
しかしルナの血の匂いに引かれてか、本来集団で襲ってくるはずのない2階層で、ゴブリンが大量に集まって来てしまった。その数50体は越えるであろう大群だ。
ルドル1人なら時間はかかるだろうが、何とかなる数ではある。しかし今はルナを守りながら戦わないといけないので、更に時間がかかるのは仕方がない事だった。
「く!、リリカ、疲れている所悪いが時間がない。2人で一気に蹴散らすぞ!」
「分かりました!……あなたはルナのそばにいてあげてね」
リリカはルナが大事にしていた僕を横に置いて、既にゴブリンと戦っているルドルの下へ向かって行く。
「…ルナ、大丈夫か?ルナ…」
僕は即座にルナの顔に近づき声をかけた。
「ハヤテさん……せっかく…助けてもらった……命なのに…すみませ…ん」
ルナの涙は止まらなかった。僕はこの絶望的な状況に無力さを痛感させられていたのだ。今にも胸が張り裂けんばかり痛みだけが、僕にこれが現実だと突き付けていた。
そして何も出来ずにいる中、刻一刻とルナから血が流れ出て死が近づいていくのを見て、………僕はこの状況を作り出した者に対する怒りが湧き出していく。
(誰だ……誰がルナをこんな目に遭わせたんだ……。許さない…絶対に許さない。せっかく病気が治り、これから色々やるんだと笑顔で笑っていたのに…………)
僕は黒い感情に呑まれ、今すぐにでも迷宮の奥に向かって行きたい気持ちが溢れ出ていた。
その気持ちに連動してなのか、僕の全身から無意識に魔力が放出され始める。その魔力は真っ黒で、僕の今の気持ちと同じだった。
「……ハヤテさん?」
そんな僕の異変に、瀕死のルナも気が付いて驚いている。そして僕の表情から気持ちを察したのか、ルナは痛みを我慢して笑顔で話しかけてくれた。
「ハヤテさん…落ち着いてください………その感情に呑まれては…きっと駄目…です。……お願い…ですから……いつのも………ハヤテさんに…」
僕はルナの笑顔を見て驚き、怒りに染まりそうな感情が一気に引いて行った。それと同時に僕の周りに漂っていた黒い魔力も霧散して消えてしまった。
「どうして!どうしてこんな時まで僕に気を使うだ!今、一番大変なのはルナ自信じゃないか!」
痛みを我慢しているのが分かったからこそ、僕は怒鳴る事しか出来なかった。確かに治療費を稼ぐ為に無茶な事はしたが、それにしても何故そこまで僕に気を使うのかが分からなかったのだ。
「私は……貴方の………つ……ま……だか………ら……で…す」
「なんて言ったんだ!意識をしっかり持つんだ!」
ルナはニコッと今まで以上の笑顔を作った後、徐々に声が小さくなっていくのを見て、僕の不安はどんどん大きくなっていくのが分かった。
「ル、ルナ!?」
「……………」
返事がない事で一気に不安になった僕は、慌てて胸に耳を当てて心音を確認する。
「……嘘…だろ………心臓が動いていない?」
ポーションが効かない状態のせいで大量に血が流れてしまい、ルナの心臓は鼓動を止めてしまったのだ。
「ルナ!目を覚ませよ……君は冒険者になって僕と一緒に迷宮に潜るんだろ?まだ冒険者にもなっていないのに、こんな所で諦めるなよ!」
僕は心臓マッサージをしたが、傷口から血が吹き出るだけで再び心臓が動き始める気配はない。
「なんでポーションが効かないんだよ!それになんで心臓も動き出さないんだ………」
預かっていたポーションを使っても、ルドルが使った時と同じで傷口が直る気配はなかったのだ。
「……死んだら回復薬は効果がないのか?くそ!何か方法はないのか。
………………いやある!…でも」
パニックと呼んでいいほど慌てていた僕は、ある可能性を、1つの方法を思い付いた。しかし……
「……いいのか…これを使えばルナは…」
僕は思い付いた方法を使うか葛藤した。しかしルドルやリリカが戦闘中で、こっちを見る余裕がない今じゃないと使うチャンスはない。
「ごめんルナ、あとでいくらでも怒ってくれて良いから、責任は全て僕が取るから今は我慢してくれ」
既に息もしていないし血が大量に出てしまったせいか、顔色が青白くなっているルナ。そんな彼女に対して僕は、今まで使った事がなかったスキルを使う事を決意した。
そう、<死霊術>を使う事を決めたのだ。
例え死人になっても、涙を流して悲しそうな顔で息を引き取ってしまったルナと、そのまま別れるなんて出来なかった。これは完全に僕の我儘で、今後のルナが味わう苦労を考えると、申し訳ない気持ちはある。
それでも僕は!
「操作術は難しいと書いてあったが、死霊術には書いていなかった!なら他の魔法と一緒で魔力の集中とイメージで発動出来るはずだ!」
ルナの一緒にリーザに習った魔法の発動手順を思い出す。僕は両手に痛いぐらいの魔力を集め、ルナに触れて生き帰るイメージを、笑顔で接してくれた思い出を乗せて魔力を流した。
その瞬間、僕の魔力を受けたルナの体は黒い光に覆われ、まるで溶け込むように消えてしまった。
しかしルナが動く気配はない。
「な!?…まさか失敗したのか?何が足りなかったんだ………いや、落ち込んでいる暇はない!成功するまで使い続けてやる!」
そう言って僕は再びルナに死霊術を使う為に触れ直そうとした時、わずかだが指が動いた気がした。
「!?。ルナ!ルナ!おい、どうなんだ。魔法は成功したのか!?」
確かに動いた気がして、僅かに出てきた希望に縋る。そして明確な結果が知りたくて、少し乱暴に体を揺らしながら声を掛けた。
「ぅぅ………あれ?なんでハヤテさんが泣いているのですか?……私は…」
ゆっくりだが目を開けたルナは、泣いている僕の顔を見て不思議そうな顔をしていた。そして何があったのかを思いだそうとしている。
「ル、ルナ!良かった……スキルが成功したんだ…」
ルナが意識を取り戻した事を確認出来て、僕は一気に疲れが襲って来たような脱力感に襲われ、座り込んで立っていられなかった。
「ハヤテさん、確か私は刺されて……死んだはず、ですよね…?」
恐らく血が流れて意識が失われていく時を覚えており、その事で死んだと思ったルナは僕に問いかけてきたのだ。
「……ごめん、確かにルナは死んだんだ。…でも、そのまま死んで欲しくなかった僕が、スキル死霊術を使ったんだ。今のルナは意識はあるし、体も自由に動かせるはずだけど………ゾンビ、いや、魔物…でも話が出来るから魔族と言った方が分かりやすいか……とにかく動く屍みたいな存在にしてしまったんだ…」
僕はルナの顔をまともに見る事が出来ない。突然人類と敵対している魔族にされてしまったんだ。怒っているに決まっていると思った。
嫌われる覚悟もしての行動だったが、面を向かって拒絶されるのが怖かったのだ。
「なんでハヤテさんが謝る必要があるんですか?…確かに魔族になってしまったのは驚きましたけど、私はハヤテさんともう一度話せて嬉しいですよ」
「でも、僕は………」
ルナは優しく話をしてくれるが、これから直面するであろう苦労を考えると、僕は素直に喜べない。
「そんなに気にしないでください。もし存在が明らかになって問題が起こったら、この町から出て行けばいいんです。一度死んだ身ですし、死ぬ気になれば何とかなるものですよ?
……だから顔を上げてください」
落ち込んでいる僕を励まそうと、自分が大変な状況になったのにあえて明るく言ってくれるルナ。
「それにこれで2度目ですね。私がハヤテさんに命を助けられたのは。そんな私はいったい何をすれば恩を返せるのでしょう」
「恩だなんて……僕のせいで、もしかしたら命を狙われるかもしれないのに…」
「……ハヤテさんは私が生き返って…嬉しくないんですか?」
「そんな事はない!?もう一度話が出来て僕は嬉しいよ!」
少し俯き加減で元気のない声で問いかけてきたルナに、僕はショックを与えてしまったと思い、慌てて顔を上げて素直に嬉しいと伝える。
「嬉しいです。私もハヤテさんと話せて嬉しいです。…ですから今後の事は後で考えるとして、今は素直に喜びましょう」
「……そう…だね。ルナ、帰って来てくれてありがとう」
「私も生き返らせてくれてありがとうございます。ハヤテさん」
そう言って僕はルナに抱きかかえられ、2人は静かに喜びあったのだ。