6話 幼女だと思っていたら……
「お姉ちゃん、ハヤテさん。私、今後の目標を決めました!」
昼前なので人通りが多い道で、ルナは何か強い決意を感じる真剣な顔で語りだした。
「私は冒険者になって迷宮に潜ります。…そして、怪我や病気を治せる魔導具を見付けて、世界中で苦しんでる人達を治してまわります。
…今日救われた命で、私は同じような喜びを与えれる人になりたいのです」
「ル、ルナ!?冒険者になるって本気か!確かに考えは立派だが、魔導具なんてそう簡単には見つかる物ではないんだぞ!」
ルナの決意に驚いたアリサは、病気が治ったからと言ってもまだ体力がないので冒険者は無理と思い、考えを改めさせようと説得を始めた。
(アリサが反対するのも分かるな。何しろ病気のせいで碌に外にも出れなかったらしいからな。そんなルナが、武器を持って魔物と戦えるとは思えないよな)
「…分かっています。おそらく魔導具を発見出来るのは下層に行かなければならないでしょう。…それでも…たとえ何年掛かってもやり遂げたいと思っています」
僕が魔導具を見付けた時の話をしたから、下層まで行かないといけない事は覚悟の上のようだったが、……正直ルナ1人では無理としか言いようがないのだ。
「……だが…」
「お姉ちゃん…助けてもらった命を無駄にするつもりはありません。ですから、冒険者になる事を許してください」
そう言ってルナは深々と頭を下げて頼み込んでいた。
「……………」
ルナの頼みにアリサは黙りこんでしまった。
「お姉ちゃん……」
「………分かった…」
しばらくの沈黙の後、アリサは重い口を開いた。
「お姉ちゃん!」
絶対に駄目だと言うと思っていたアリサの許可を貰えたルナは、驚きながらも嬉しそうな顔をした。
「だが!一つ条件がある。……ギルドの冒険者養成所を合格する事、それが冒険者になる事を許す条件だ」
(そんな所があるのか…でもそれがアリサなりの妥協点なんだろうな)
冒険者養成所…それは冒険者ギルドが新人の死亡率を少しでも下がるように、基本的な知識と魔物との戦い方などを教えてくれるのだ。
そしてそれでも見込みがない者は不合格となり、もう一度養成所に入って合格しないと、冒険者にはなれにシステムになっている。
つまり簡単に冒険者にしないストッパーの役割も充たしている。
「ありがとうございます。お姉ちゃん、私頑張ります!」
姉の許しを貰え、身近な目標も得たルナは嬉しそうにお礼を言った。
(…アリサはルナが水の魔法を使える事を知らないのか?まあ、魔法がどんな力を持っているかは知らないが、洞察力や観察力があるから魔物との戦闘でも不意討ちはくらわないだろう。…問題はさっきまで病人だった為に、体力に問題がある事ぐらいかな)
それもプレゼントした魔導具の指輪の効果で、多少は体力の回復を補助してくれるはずなので、少しは安心出来るのだ。
「とにかく今日はお祝いだ!贅沢な食事でもしようじゃないか」
今後の心配があるのは確かだが、今はルナの病気が完治した事を祝う事に全力を出す事にしたのだ。
そうして帰り道で普段なら食卓に並ばないような物を買い、昼間から贅沢をしてお祝いを行った。
昼食を豪勢にしたお祝いも一段落し、アリサはさっそくギルドに向かい養成所に申し込みに行き、ルナは念のために自室で休んでいた。
「…ハヤテさんは私が冒険者になる事に反対ですか?」
2人っきりになるのを待っていたようで、早速ルナは僕に聞いて来た。
「確かに危険ではあるけど、いざという時に抵抗出来る力がある事は良い事だと思うよ。でも、今のルナは体力がないのが少し心配かな。
……それより、ルナの持っている魔法の力は誰にも話していないのかい?」
「…はい」
少し申し訳なさそうにルナは答えた。
「アリサにも?」
「お姉ちゃんは私の病気の事で余裕がありませんでした。それなのに更に魔法が使えると知れば、必死で隠そうとして、心配事が増えてしまうと考えて教えていません…」
(たしか、魔法が使える人は魔族討伐の部隊に入れられるんだったな。…たしかに迷宮に潜るアリサにこれ以上の心配をさせるのは、注意力の散漫による命の危険もありえたな)
「そっか、でもいつまでも隠しきれる物でもないよ?」
「それは分かっています。ですが冒険者になれば、討伐部隊には入らないで済むんです。…どうやら冒険者として町に貢献するからだと思います」
「なるほどね。なら養成所に入れば、もう自由に魔法を使えるって事か」
「……それより、ハヤテさんの今後の予定はどうするつもりですか?」
なにやら怖がっているように聞いて来たが、気のせいとして話を進める事にした。
「そうだね。操作術のスキルを実践で使えるレベルまでにはしたいな……。それが出来るようになったら、また迷宮に潜って魔導具探しをしに行くかな」
今だ小石を掌の上で動かせる程度のレベルなので、理想は相手に魔力や石を叩き付けれるレベルに、出来れば小石を浮かせるレベルにはなりたいと考えていたのだ。
「そういえば人の姿になれる魔導具を探すのでしたね。…それがあれば堂々とお話が出来ますね」
「まあそれも出来るけど、一番の理由は彼女を探す続きをする為だよ。なにしろ前世では彼女いない歴=年齢のまま死んでしまったからね」
ロリ女神の邪魔のせいでこの姿になってしまい、人間の彼女が出来るのは絶望的だが、そう簡単には諦める事はしたくないのだ。
しかしその話をした途端、まるで部屋の空気の流れが止まり、そして重く圧し掛かるような感じがした。
「……へーそうですか…それが理由ですか……へーそうですか…へー」
そしてルナがまた黒いオーラを纏って、僕に怖い笑顔を向けてくれる。
「あ、あの~…ルナさん?…なんだか怖いんですけど…どうしました?」
たまにこの状態になるルナは、言葉では説明出来ないプレッシャーを感じるので怖いのだ。
「何でもありません!ハヤテさんなんて、どこにでも好きに行けばいいんです!」
理由は分からないが、何やら怒ったようにそっぽを向いてしまった。
「………そっか!ルナは優しいから、怒ったふりをして僕の目的を早く達成できるように、背中を押してくれてるんだね。なるほど、ルナの気持ちは分かった。さっそく僕は迷宮に向かうとするよ!」
「え!?ちょ、ちょっと待ってください!私はそんなつもりで言った訳ではありません!」
さっそく迷宮に向かおうと歩き始めた僕だったが、ルナが慌てた様子で僕を持ち上げて止めて来た。
「あれ?どうしたの?」
「…違うんです。……私にはそこまで考えていませんので、まだここにいてください!」
「そうなんだ。ちょっと早とちりしてしまったようだね。…でもそれならさっきの言葉はどういう意味なの?」
「それは、…ハヤテさんが彼女を探すと言ったからです………私じゃ駄目なんですか…」
小声でルナは話しているが上手く聞きとる事が出来ない。
「え?何を言っているかはよく聞こえないよ」
「何でもありません!」
突然大声で誤魔化して来たので、僕はこれ以上聞かない方が良いと判断して、詮索をする事をやめた。
「よく分からないけど分かったよ。ならルナが養成所に行っている間に、1人で操作術の練習でもしてようかな…」
「予定が決まっていないなら、私と一緒に養成所に行きませんか?たぶんですけど、戦いの基礎や魔法の基礎などを教えてくれると思うんです。きっとハヤテさんの役にも立ちますよ」
「…確かに…操作術を手探りで練習するより、魔法の基礎を覚えている方が上達が早いかもしれないな」
「なら決定ですね。フフ、養成所に行く楽しみがまた1つ増えました」
顔の前で両手を合わせてルナはとても楽しそうにしていた。
その後も2人で話をしているとアリサが帰ってきて、翌日から養成所に行く事に決まったと教えられた。
そして翌日、2人で家を出て冒険者ギルドに向かった。
「……本気でハヤテを持っていくのか?遊びに行く訳ではないから、ぬいぐるみを持っていると印象が悪くなるぞ」
僕を持って行くと聞いたアリサは納得いかない顔で忠告をしてきた。
「大丈夫です。ハヤテさんと別れるぐらいなら、少し印象が悪くなっても気にしません」
しかし見た目と違って、頑固なルナの考えを変える事は出来なかった。
「それでは行きましょう」
そう言って不安そうな顔をしているアリサと共に、歩いて行ったのだった。
「あら、ルナちゃんお久しぶり。アリサから冒険者になりたいと聞いた時はビックリしたわよ」
アリサに連れられてギルドに入ると、リーザがすぐに気が付いて声を掛けてくれた。
「リーザさん、こんにちは。今日からよろしくお願いします」
「私が教える訳ではないから、よろしくはいらないわ。…それより頑張ってね。あと、まだ病み上がりなんだから無理はしないでね。
じゃあそっちの階段から下に降りたら、指導役としてギルドマスターが待っているから、詳しくはそっちで聞いてね」
「ありがとうございます。それでは行ってきますね」
「ルナ、頑張れよ」
アリサに挨拶をした後、リーザに教えてもらった通りに階段を降りたら、筋肉モリモリの髭面の中年男が待っていた。
「今回はお前で最後だ。さあこっちに来て並ぶんだ」
中年男の手の先には既に3人の男女が立っており、ルナは遅れたと思い慌てて横に並んだ。
「それでは今回、冒険者養成所の教師として指導するギルドマスターの<ルドル>だ。まずはお前達に順番に自己紹介をしていってもらおう」
(確かにギルドマスターとしての貫禄は感じるな…)
僕がギルドで情報収集をしている時に見た冒険者と比べ、ルドルから感じる雰囲気は1枚も2枚も上であった。
そうして先に来ていた者から順に自己紹介が始まった。
「俺の名前は<カイ>、14歳だ。得意な武器は剣で、今すぐにでも迷宮に行ける実力と自信は持っている!だから子供扱いはしないでほしい」
そう言ったカイは確かにまだ子供っぽく見える顔立ちだから、きっと本人も気にしているのが分かった。
「私の名前は<リリカ>。16歳よ。主に槍を使っているわ」
リリカは髪を後ろでまとめていて、自前の鉄の槍を持ってきている所を見ると、言葉通り槍が得意のようだった。
「僕は<ルーイジ>です。14歳です。一応剣を持った事はあります…」
やけにオドオドした様子のルーイジも腰に剣を差しているが、見る限り使った事がなさそうな綺麗な状態だった。
「私は<ルナ>です。15歳です。武器は……持った事がありませんが、私の目標の為にも迷宮に行く必要がありますので頑張ります」
(15歳!?ルナの年齢が15歳だって!!!)
そして最後はルナが自己紹介をした。その事で初めて知ったルナの年齢に、僕は内心でかなり驚いている。しかも武器を持った事がないと言った事で、カイとリリカが驚いたようにこっちを見て来た。
「おいおい冒険者になりたがってる奴が武器も持った事がなくて、しかもぬいぐるみを持って来るなんて馬鹿にしているのか!って言うか、お前本当に15か?見る限りもっと下だろ」
(僕も見た目に関しては同意見だな。ルナって15歳だったのか……てっきり10歳ぐらいだと思っていたのに…)
声を荒げてきたカイに対しては気にしてない様子だったのに、同意見だと考えていた僕を抱くルナの力が強くなっていた。
しかしルナは一歩の引く事はなかった。
「いいえ、馬鹿にしていませんし年齢も本当の事です。それに私とハヤテさんは真剣に迷宮に潜ろうと決めているのです。そして、その指導を受ける為にここに来ているのです。……ルドルさん、ハヤテさんを持っていては冒険者にはなれないのでしょうか?」
ルールが決まっていない事に対する言いがかりは、当事者同士では決着がつかないと判断したルナは、教官であるルドルに判断を任せる事にしたのだ。
(…ルナの事だから、ここで駄目だと言われても僕を離さないだろうな……)
「…とくに問題はない。だが戦いの言い訳には使うなよ。迷宮は命懸けになる場所だ」
「はい!その覚悟は持っています」
力強く返事をしたルナだったが、ルドルの了承を得れてホッと安心していたのだ。
「フン」
どうやらカイには不満が残ったようで、吐き捨てるようにそっぽを向いてしまった。
「それではお前達の実力を見たい。まずはカイとリリカで戦ってもらおう。ただし訓練だから木の武器を使ってもらうがな」
そう言って立て掛けていた木の剣と槍を持って来て2人に渡した。
「あとルナだが……武器は何を使ってみるんだ?」
武器を使った事がないと言ったルナには、どの武器を使うかは本人の意思に任せる事にしたようだ。
「…そうですね。私は力がないので槍をお願いします」
(確かに槍なら相手の間合いの外から攻撃出来るし、今回は使わないだろうが魔法で攻撃が出来るのなら、ルナの戦闘スタイルは遠距離からの攻撃になるだろうからピッタリの武器かもしれないな。でも………)
ルナが武器を選んでいる間にカイとリリカの戦いは始まっていた。カイは多少武器に使い慣れている様子はあったが、まだまだ振り回している感があった。それに比べてリリカの槍捌きは、力強さこそなかったが自分の間合いをしっかり理解しており、カイを近づけさせないで戦っていた。
そうして暫くしたらリリカが勝った。
「くそ!ちまちま外から攻撃しやがって…」
負けたカイが自分の戦い方が出来なかった事に、その場に座り込みながら不満を漏らしていた。
「…何を言っているの?自分の得意な間合いで戦うのは当然じゃない。そんな事を言うなんて、あんたにルナを馬鹿にする資格なんてないんじゃない」
「なに!?」
リリカに図星を突かれた事で顔を真っ赤にしていたカイだったが、さっさとリリカが離れて行ったので、原因を作ったルナの方を睨んできたのだ。
(おいおい、どこまで他人のせいにしたいんだよ……)
「次はルーイジとルナだ。行ってこい」
そうしてルナ達の戦いが始まったのだが、2人の戦いはまさにシロートと言えるものだった。ルーイジは勢いも力も籠っていないオロオロした剣に対して、ルナの槍捌きも酷かった。
なにしろ左腕には僕がいるから、ほぼ右手一本で槍を振り回している状態だったのだ。その為、槍の長所がまったく生かせず、むやみに振り回しているだけだったのだ。
(ま、基本両手で使う槍を選んだらこうなるよな……)
周りの方が心配になるような戦いをしばらく続けた後、キリがないと判断したルドルが戦いを止めて皆を集めた。
「全員の実力は分かった。カイは迷宮の1階層、リリカは2階層ぐらいなら大丈夫だろうが、それより下の階層にはまだまだ危険なレベルだな。そしてルーイジとルナは問題外だ」
(1階層ってスライムしか出ないじゃないか。…まあ、2階層で現れるゴブリンも一対一なら大丈夫だろうが、複数に囲まれたら危険だろうな)
「そんな馬鹿な!俺の実力なら中層ぐらいなら、すぐにでも行けるはずだ!」
しかしルドルの判断に納得がいかなかったカイは、顔を真っ赤にして反論してきた。
「…お前は中層がどこから言うか分かっているのか?」
「もちろん知っているさ!6階層以降を言うんだろ」
「なら6階層で出て来る魔物が何かは知っているのか?」
その質問にカイは言葉がつまったていた。
「そこまでは知らないが、たかだか6階層だろ?そんなに魔物の強さは変わらないだろう」
明らかに認識の甘い考えのカイに、ルドルは深いため息を吐いていた。
「6階層で現れる魔物はシャドーデビル、動きが早く間合いも長いのが特徴だ。…さっきお前が負けたリリカの槍よりも遠くから攻撃してくるのに、ガキみたいな言い訳をしていた奴が敵う相手ではない!」
「なに!……さっきのは…少し調子が悪かっただけだ」
今だ言い訳を続けるカイはハッキリ行って子供だった。
「迷宮を舐めるな!!!」
「ひ!?」
突然怒鳴ったルドルにカイはビビり、ルナ達も驚いていた。
「調子が悪かった?そんな言い訳が迷宮で通じるか!そんな言葉を言う時には既に魔物の腹の中だ。それが迷宮だ!」
ルドルの言葉を聞いてカイは俯いたまま何も言えなくなってしまい、黙りこんでしまった。
「さて、お前達にはこれから10日間ここで指導を受けてもらう事になる。普通、冒険者になるには実力を見せてもらい、一定以上の力を示してくれれば登録している。
しかし、この養成所に入った奴らはここで合格をもらえなければ、冒険者の登録はさせない。もしそれでも冒険者になりたかったら、もう一度ここに来て合格を貰う事だ」
「それは逆に言えば合格すれば、即冒険者になれるって事ですよね」
ルドルの説明を聞きルナは喜んでいたのだ。
(まールナは冒険者になるのが第一目標だからな……そりゃ喜ぶよな)
「ある意味お前が合格に一番遠い所にいるのだが…その前向きな心構えはいいぞ!」
どうやらルドルには好印象を持たれたようで、笑顔でルナの事を褒めていた。
「それでは今後のスケジュールを説明する」
ルドルの説明は、最初の7日間は午前が戦闘技術の指導で、午後からは座学の時間のようだ。そしてその後の2日間は迷宮に入り実践訓練を行い、最後の日に試験という日程だ。
もちろん戦闘技術の訓練で僕が学べるものはほとんどなかったので、いつも通り操作術の練習をした。そして午後からの座学では、迷宮で現れる魔物の特徴や、怪我をした時の応急処置の方法などを教えていた。
そして3日目の座学の時間で魔法の適正判断をする事になった。
「それではこの水晶に手を置いてもらう。もしこの水晶が光ったなら、その色に合った魔法を使う才能があるという事だ」
(…どうやらこの世界では魔法のスキルを知るのにも、魔導具が必要のようだな…)
カイ、リリカ、ルーイジと水晶に手を置いても何も起こる事はなかったが、水の魔法のスキル持っているルナが手を置いた時、青い光が激しく輝いたのだ。
「な!?おい、喜べ!お前には水の魔法の才能があるぞ。…魔法が使える奴が現れるのは久しぶりだったから驚いたぞ!」
その現象を間近で見ていたルドルが興奮したように驚いて、後ろで見ていた3人も言葉が出ないほど驚いていた。しかし魔法の事が明らかになってしまったルナ本人は、少し困ったような顔をしていた。
「魔法の才能があるなら、今後の訓練と座学は別のものにしないといけないな……ちょっと待ってろ、今から指導出来る奴を呼んでくる」
そう言ってルドルは部屋を出て行ってしまった。
「…ハヤテさん、思っていたより早く魔法の事がばれてしまいました…」
「まー何とかなるよ。それに魔法無しでは、合格は難しそうだったしね」
初日のルーイジとの戦いもそうだったが、力が弱いルナが僕を持った状態では、完全に武器に振り回されていたのだ。そんなルナが、冒険者としてルドルの合格を貰えるとは思えなかった。
「…それは……そうですが…」
ルナ自信も自覚があったようで、力弱く答えてくれた。
そんな風に僕達が小声で話をしていると、さっきまで驚いて声も出なかった3人が復活した。
「…あなた、魔法の才能があったのね…驚いたわ。どうやら冒険者になれる可能性が出て来たわね」
一番最初に声を掛けて来たリリカも、ルナの合格は不可能と思っていたようだったが、今は素直にルナの事を喜んでいる。
「フン!運の良い奴だ。羨ましいぜ、才能だけで冒険者になれる奴はな!」
自分にない物を持っている相手に妬むカイは、嫌味を言って来た。
「そんな事を言うからガキだって言うのよ」
「俺はガキじゃない!」
リリカとカイの口喧嘩が始まったが、ルナとルーイジは気にしないでいた。
「でもこれで冒険者になれなかったら、魔族討伐部隊に入れるって事だよね。……羨ましいよ、もう仕事を見付けれた見たいなものだもの…」
そんな風にルーイジもルナの事を羨ましく思っていた。
「私の目標は討伐部隊に入ったら叶う事がないので、喜べる事ではありません」
そう言ってルナが自分は討伐部隊には入りたくないと宣言した後、ルドルが帰ってきて別室に向かう事になった。
「今日からお前に魔法に関する知識や戦闘方法を教えてくれる<リーザ>だ。彼女が使えるのは風の魔法だから水の魔法とは細かな所では違いがあるだろうが、魔法を使うと言う点では同じだから、指導役としてはピッタリだろう」
「ルナちゃんよろしくね。ルドルさんが言ったように私は魔法が使えるから、貴女に基礎を教える事は出来るわ。…それにしてもルナちゃんに魔法の才能があったなんてね。ルドルさんに聞いた時は驚いたわ」
ルドルに連れてこられた部屋で待っていたのは、受付嬢のリーザだったのだ。
「私も驚きました。リーザさんも魔法が使えたんですね」
周りはルナ自信が魔法の才能を持っていた事に驚いていると思っていたが、ルナは自分が水の魔法を使える事を知っていたので、驚いたのはリーザが魔法使いだった事にだった。
「まー私は冒険者と言っても受付の仕事をメインにしているから、実力は高くはないんだけどね」
「お前達がそこまで親しい仲なら大丈夫だろう。俺は他の奴らの下に行くから、リーザ後は任せたぞ」
2人が顔見知りで仲が良さそうな事を確認できたので、ルドルは部屋を出て3人の所に行った。
「それではまず、魔法を使うに当たっての基礎の説明から始めましょう。
例えば右手から魔法を放つとするなら、右手に放ちたい威力に必要な魔力量を集めます。次に魔力を持っている才能の属性に変換します。
と、初めての人に言っても分かり難いと思いますので、簡単に言えば自分の持っている属性の魔法をイメージして放ちます」
そう説明してくれたリーザの右手から風が放たれ、それが壁に当たって消えた。
「このように私の場合は風を放てます。ルナちゃんは水の才能があるらしいので水が出せるはずですよ」
(僕が上手く操作術を使えなかったのは、魔力を集める事をしてなかったからか…。でも魔力を集める事は出来ているから次は上手くいきそうだけど、今の説明には放たれた魔法に更に魔力を乗せる方法がなかったから、複数の動きをさせる事が出来ないのかな……)
僕は放った魔法を自由に動かしたり出来ると思っていたのだが、リーザの説明では最初にイメージした形と動きで放てるだけだったのだ。
つまり、矢のような形で前に放ったら、重力で地面に落ちるか、的に当たって消滅するまで同じ動きをするのだ。もちろん途中で方向転換は出来ない。
「ではルナちゃんもやってみましょうか」
「はい」
そう言ってルナは水で拳大の玉を作って壁に放って見せた。
「…ルナちゃん凄いですね。普通そこまで出来るようになるのも、結構時間が掛かるものなんですけど……もしかしたら凄い魔法使いになれるかもしれませんね」
まるで何事でもないように魔法を使ったルナに、リーザは驚きながら感心していた。
「そうなんですか?…でも魔力を使う以上、無限に放つ事が出来ません。私が魔法が使えるだけで、1人で迷宮に潜る事が可能ですか?」
(ルナの目標が迷宮探索である以上、当然の心配だよな……。まー僕の場合はMP自動回復のスキルと、馬鹿みたいなMPの上限だからその心配はないんだけど)
「…結論から言いますと、普通の魔法使いが1人で迷宮を進んで行くのは不可能です」
「普通の…と、言う事は何か方法があるのですか?」
「一番簡単な方法は仲間を見付けチームを組んで挑む事なのですが、1人で挑む場合はMPが回復する事が出来る魔導具を見付ける事です。
それがあればMPの上限が増えるようなものなので、強い魔物が出る下の方の階層でも魔力切れが起こり難くなります。それと魔法は遠距離から敵を倒す事が出来ますが、発動に少し溜めが必要になるので、多数の敵を同時に相手しないように気をつけないといけません。
あとは魔物が出ない階段でしっかり休息を取り、MPが全快になってから移動の繰り返しを行えば何とかなります。
それでも魔法をメインで戦う魔法使いはHPも成長し難いので、やっぱりチームを組んで後方から魔法を放つのが、安全かつ効率の良い戦い方ですけどね」
リーザの説明でルナも自分のHPの低さを自覚しているので、納得するしか出来なかったのだ。
(確かにゲームでも魔法使いは強力な魔法で戦いの流れを変える事が出来るが、1人で戦うには向かない職種ではあったな)
「それではルナちゃんは魔法を放つ事が出来るので、部屋を変えて攻撃力のある魔法の練習をしましょうか」
そしてリーザについて行き、訓練所で魔法の練習を行った。顔に似合わずリーザの教育はなかなかスパルタで、MPが尽きるまで魔法を使わせ、回復するまで知識を教えてまた魔法の実践と繰り返したのだ。
そして最後にルナは何か無茶な事をやろうとして、今はMP切れで体も動かせないほど疲れていた。
「今日は魔法をたくさん使いましたから疲れました…」
今回の養成所では10日間泊り込みなので、1日の訓練が終わると決められた個室で休むのだ。
「お疲れ様。でも最後のはいったい何だったんだい?」
僕の見立てではもう1,2回なら魔法は使えるMPが残っていたはずだったのだ。それなのに魔法も発動しないで一気にMPが0になってしまい、倒れてしばらくは動けないほどの疲労感に襲われていたのだ。
「あれは………魔法を2つ同時に使ってみようとしたんです…」
「ああ、魔法を単発じゃなくて同時に放てれば、複数の敵を相手にする時にだいぶ違うからね。でもそれなら大きな水の玉を出すなりすれば良いんじゃないの?」
敵が多いなら小さい魔法を2つ使うより、大きい魔法を1つ放ってまとめて倒した方が効率が良いような気がしたのだ。
「1人ならそれで良いかもしれませんが、仲間が既に戦っている時にはそうはいきません……でも使おうとした時に分かりましたが、一気にMPを持っていかれました。今の私には不可能な技術でしたね」
「なるほど、確かにその状況はありえるよね。ルナは良く考えているな」
考えが足りなかったのは僕だったと反省した。
「でも使えませんでしたけどね」
そんな事をルナは苦笑して言っていたが、諦めた訳ではないのは分かっていた。
「それにしてもリーザって、見た目と違ってなかなか厳しい人だったんだね」
時間は既に夜中になっている。ルナみたいな魔法使いが1人で迷宮に潜る為には、次の階段まで魔法を使い続けて進み、階段で回復するの繰り返しになる。
つまりリーザはその状況を想定して教えてくれているのだ。
「いままで魔法を自由に使っていませんでしたので分かりませんでしたが、……魔法を使い続けるって結構疲れるんですね」
「そうなんだ。僕って満足に魔力を使っていないから分からないや。でも、今日の事でコツを掴んだ気がしたよ。ちょっと見ててね」
そう言った後、僕は右手に魔力を集中して、左手の上にある小石を浮かせて見せた。
「!?。凄い……小石が浮いていますよ」
「小石以外に何か見えた?」
「?。いいえ、ハヤテさんの手の上の小石が勝手に浮いているように見えただけです。…いったいどうやったんですか?」
ルナは僕の質問の意味が分からなかったが、自分の見えた通りに答えてくれた。
「実は魔力で手を作って小石を持ち上げたんだよ。だから…ほら、こんな感じの手だよ」
そう言って魔力の手でルナの手を触って見せた。
「きゃっ!?。……ビックリしました。今のがハヤテさんの魔力の手ですか?結構温かいんですね」
「そうなの?魔力って温かいんだね。でもまだ手しか作れないし、力も弱いし出せる距離も短いんだよ」
周りには見えないが、現在の僕が出せる距離は生身から10センチほどしかないのだ。
「でも凄い進歩ですよ。込めれる魔力が上がれば力や距離も成長すると思います。それでその魔法の名前はなんて言うのですか?」
「名前か……操作術はスキルの名前だから、これは見えない手と言う事で<ゴーストハンド>、とでも名づけようかな」
(これが成長して全身出せるようになったら、まさに<スタ〇ド>だろうけど出して腕までだよな。正直視覚が繋がらないなら、顔まで作る意味がないもんな)
「ゴーストハンドですか。ハヤテさんのオリジナル魔法ですね」
ルナは僕の成長をまるで自分の事のように喜んでくれた。
「ありがとう。それと明日リーザに聞いて欲しい事があるんだ。実はこの前迷宮に潜った時に、魔物に魔力を流したら逃げていったんだよ。その理由を聞いてほしいんだ。あと他の人にも見えないか知る為に、リーザの前でゴーストハンドを使ってみるから、ばれそうになったら誤魔化してほしい」
僕が声を出して聞く訳にはいかないから、疑問が出た場合はルナを通さないといけないのだ。
「分かりました。明日リーザさんに聞いてみますね」
「ありがとう。じゃあ明日も大変そうだし今日はもう寝よう」
「そうですね」
そうしてルナは魔法の訓練の疲れもあって、ベットに入るとすぐに眠りについた。
こうして本格的な魔法の訓練をした初日が終わりを告げた。