5話 ルナを救え
12階層でミノタウロスに襲われ、命からがら逃げ込んだ小部屋で休憩をしていた。
「フ~、だいぶ落ち付けたな。…さて、ここはどんな所なんだ?」
ミノタウロスがうろつく階層で30センチほどの小道。普通の冒険者は鎧を付けているので、ここには入れないし入ろうとも考えないはずだ。その先にあった小部屋は不思議な雰囲気がある場所だった。
「もう少し奥があるのか?…行ってみるか」
小部屋にはまだ見えていない場所があったので、一先ずここを探索する事にした。
「……なんだこの石は?魔石?…でも何か違う気がするな…」
直径5センチぐらいの丸い石が他の石と同じように落ちていたが、何か不思議な感覚を感じる石に興味が湧き、拾って鑑定してみた。
魔重石 ・・・ 『持ち主が魔力を流す量でその重さを変える事が出来る石。一度重量を変えると自然に元に戻る事はない』
「……えーと、漬物石?……これは、魔導具の一種なんだろうけど……価値があるようには全然思えないな」
一応魔導具だろうから捨てる訳にもいかないので、邪魔にはならないから持っておく事にした。
「さてと、他には何かないかな?」
ここは他の冒険者に荒されていない場所だろうから、期待に胸を膨らませて探索を再開した。
そして期待に応えるように待ちに待った物を発見する事が出来た。
「!?。これがちゃんとした魔導具か!やったよルナ、これを持ち帰れば君は助かるんだ」
風の小剣 ・・・ ランク9 『風の刃を生み出す事が出来る小剣』
治癒の指輪 ・・・ 『装備者の体力を微量だが回復し続けてくれる指輪。自動サイズ調整有り』
収納の腕輪 ・・・ 『武器や道具などを10個まで収納する事が出来る腕輪。収納した物の重量は感じる事はない。しかし、生物を入れる事は出来ない。自動サイズ調整有り』
僕は漬物石と剣、指輪に腕輪で合わせて4つの魔導具を見付ける事が出来たのだ。
「それにしても収納の腕輪か…これは今の僕には助かる魔導具だな。それに見た目はただの鉄の腕輪に小さい宝石が一つ付いているだけだから、パッと見るだけでは魔導具とは誰も思わないだろうしね」
さっそく僕は収納の腕輪を装備してみた。最初はサイズが合わずにガバガバだと思ったが、腕に通してみると痛くもなく、落ちる事もないピッタリサイズに変わったのだ。
「なるほど、これが自動サイズ調整有りって機能か……ありがたいが、いったいどういう理屈なんだ?」
しかし異世界である以上、こういうものと割り切って風の小剣を収納してみる。装備した腕輪の宝石に近づけてみると、消えるように吸い込まれてしまった。
「…これで戻って来なかったら泣きだよな…」
だがそんな心配はすぐに終わる。出てこいと思ったらすぐに風の小剣は姿を現したのだ。
感動もあり面白さもあったが、今は時間がない為に他の魔導具も収納して小部屋を後にする。
「おそらく今の時間は昼過ぎくらいか……。道は覚えているけどもう余裕はほとんどないな。急ごう」
慌てて上への階段を目指したが、その途中でさっそくミノタウロスに出会ってしまう。
「またお前か…こっちは急いでいるっていうのに」
階段を背にミノタウロスは立っているので、通り抜けないと上には向かえないのだ。
このまま進んでも野球盤のように棍棒で殴り飛ばされるだけだが、もちろんこういう事になる想定はしていたので対策は考えている。
「痛いからあんまりやりたくはなかったんだけど……仕方がないか」
僕は収納の腕輪から魔重石を取り出し、僕はそのままミノタウロスの横を走り抜けようとする。
その行動に対して予想通り棍棒が振られて来て、………直撃を受ける。
バキッ!!!
しかし僕が吹き飛ぶ事はなく、棍棒が折れて飛んで行ってしまう。
「い、たーーーーーい!!!」
ミノタウロスの棍棒が当たる瞬間、僕は魔重石に魔力を流して重くしたのだ。そのおかげで僕は吹き飛ばずに棍棒が折れたのだが、衝撃は逃げないのでダメージをもろに受けてしまい、痛みが倍増してしまう。
更に重くした魔重石を支えきれないので手を挟んでしまい、余計なダメージを受けてしまったのだ。
だが、ここで固まっている訳にはいかないので、僕はすぐに魔重石の重量を軽くして、棍棒が折れた事に戸惑っているミノタウロスの横を通り抜ける事が出来た。
そしてそのまま階段を駆け上がって行く。
11階層では5人組がまだ戦っていたので魔物の注意が集中していた為、楽に通り抜ける事が出来た。
その後も無事に上に向かって行く事が出来たが、8階層に着いた時に凶暴化が始まってしまい進行が遅くなってしまう。
普通の冒険者なら階段で朝になるのを待つのだろうが、僕は痛みに耐えながら構わず進んで行く。
そして凶暴化が終わった頃、僕は迷宮の1階層の階段まで辿りつく事が出来た。
「あとはここでアリサが来るのを待つだけだ………疲れた…」
恐らくアリサは最後の賭けで迷宮に魔導具を求めに来るはずだ。そのアリサの目の前に風の小剣を落とせば喜んで拾い、ギルドで換金してくれて全てが上手く回ってくれると僕は考えていたのだ。
そのまま階段で座り込んでいると、予想通り余裕のない顔のアリサがやってきた。
「な!?。……なんでここにルナのぬいぐるみが落ちているんだ!?…くそ!時間がないっていうのに一度家に帰らないといけなくなっちまった」
そう言ってアリサは僕を抱えて家に向かってしまった。
(おいおい!なんでそっちに向かうんだ!?奥に向かってくれよ!…………こうなったら仕方がない。こんな階層で見つかるはずがないだろうが、背に腹は代えられない)
僕は急いで収納の腕輪から風の小剣を取り出して、アリサの足元に派手に落とす事で甲高い音が響いた。
「なんだ今の音は?……ん?こ、これは!?」
足元に落ちている小剣を拾ったアリサは、それに秘められた力を感じてすぐに魔導具だと気が付き驚いていた。
「ど、どうしてこんな所にいきなり現れるんだ!?……いや、それよりこれが本物ならルナが助かる!急いでギルドに………いや、その前にこいつをルナの下に連れて行ってやらないと。これでルナの体調も少しは良くなるかもしれないな…。
まさか、これが無くなっただけで寝込むほど落ち込むとはな……」
魔導具を手に入れた喜びよりも、今のルナの体調を心配しているようで家に向かって走っていった。
(…ルナが倒れた?病状が悪化したのか?それとも……僕が声も掛けずに出て行ったからなのか?)
お金の工面が出来た事で浮かれていた僕は、さっきまで暗い顔をしていたアリサとは逆に今度は僕の方が余裕がなくなってしまった。
「ルナ!、良い知らせがあるぞ!なんとお前のぬいぐるみが迷宮で見つかったんだ!」
アリサは自分の家に着くなり、ルナの部屋まで一直線に進んで行ったのだ。
「そ、それは本当ですか!?ゴホ、本当にハヤテさんが帰って来てくれたんですか!ゴホゴホ…」
僕が帰って来た事を聞いたルナは、ベットから体を起こし咳をしながら問いかけてきた。
「ああ本当だ。なぜか迷宮の2階層へ向かう階段の所に置いてあったんだ。ほら、自分の目で確認してみろ。……あ、でもこんなに汚れているから、洗ってからにするか?」
少しでも早く事実を確認したいルナに僕を渡そうとしたが、3日間迷宮に籠っていた為の汚れを気にしてアリサは渡すのをためらった。
「構いません!ゴホゴホ、お願いします…確認をさせてください……」
今にも泣きそうな顔のルナを見て、アリサは仕方なく渡す事を決めた。
「お前は今、体調が悪いんだから無理はするなよ。あとホコリっぽいから咳が酷くなるようなら、すぐに引き離すからな」
それだけ言ってアリサは僕を渡した。
「…ああ、ハヤテさん。……なんで何も言わずに出て行ってしまったんですか……」
ルナは僕が本物と確認出来たとたん、抱きしめて泣き始めてしまった。
「ごめんルナ。こんなに悲しむとは思わなかったんだ…」
僕はアリサには聞こえないような小声でルナに謝った。
「…私、何か悪い事をしましたか?それで出て行ってしまったんですか…」
「違うよ。黙って出て行ったのは悪かったけど、理由を言ったら絶対に止められると思ったからで……」
泣いてるルナに僕が理由を話そうとした時、アリサが話し始めた。
「そうだルナ!実はもう一つ良い知らせがあるんだ。………これだ!さっきそれを見付けた時に一緒に見付けたんだ。これで明日の治療費を払えるぞ。…私はこれを換金してもらいにギルドに行って来るから、安静にしているんだぞ!」
ルナは泣いていたがそれは嬉しさからだと思い、アリサは手に入れた風の小剣を取り出して見せた後、ギルドに行くと言って出かけてしまった。
「………もしかしてさっきの魔導具はハヤテさんが………。まさか!?この3日間迷宮に潜り続けていたんですか!」
アリサが朝出て行ってすぐに帰って来たので、迷宮の浅い階層までしか行っていないとルナには分かっている。そしてそんな浅い階層に魔導具が見つかる事なんて、ありえないと言っても良いぐらい確率の低い事なのだ。
それなのに魔導具を見付けれて、更に一緒に僕がいたとなれば鋭いルナじゃなくても、気が付かない訳がないのだ。
「……あれ?ルナ、咳が止まってるね」
「話をそらさないでください!。……でも、やっぱり私の為に無茶をしたんですね…」
僕が誤魔化そうとした事にルナは怒った後、無茶をさせてしまった事で申し訳ない気持ちでいっぱいになっているようだ。
「ごめん。でも言ったら絶対に止めるでしょ?」
「当たり前です!迷宮は危険な場所なんですよ。そんな所に私は行って欲しくはありません…」
「大丈夫だよ、僕のHPは桁が違うからね。…まあ、痛みは感じるんだけど…」
(これはロリ女神の呪いのせいだけどね)
「…でも魔導具を見付けて来れたって事は、中層ぐらいまで潜ったんですよね……」
「いや、そこでは何も見つからなかったから、12階層まで潜ったよ。そこで僕じゃなきゃ見付けれないような場所を発見して、やっと魔導具を見付ける事が出来たんだ」
「じゅ、12階層!?ゴホゴホゴホ……」
12階層まで潜ったと聞いたルナは驚き過ぎて、咳がぶり返して来てしまった。
「だ、大丈夫、ルナ!」
「ゴホゴホゴホ、大丈夫です。ゴホゴホ…」
大丈夫と言いながらも咳は止まらず、とても安心して見ていられる状態ではなかった。
「そ、そうだ!ルナ、これをはめて!」
僕は収納の腕輪から治療の指輪を取り出し、ルナの左手の指にはめてあげた。
「ゴホゴホゴホ、……あれ、少し楽になりました。!?。ハ、ハヤテさん!こ、これは!?」
ルナは咳が止まり、体調が少し良くなった事で落ち着き、僕がルナの左手の指に着けた物を見て驚いていた。
「ああ、よく似合っているよ」
派手な装飾がなくシンプルな金色の指輪だけど、ルナの雰囲気にピッタリだったのだ。
「似合ってる!?ハヤテさん、では!」
ルナは顔を真っ赤にしていた。
「その指輪もアリサの持っていた小剣と一緒に見付けたんだよ。少しだけど体力回復の効果があるから、今のルナにピッタリの魔導具だ」
「え?治療の…為、なんですか?」
話を聞いたら顔色も普通に戻り、何やらキョトンとした顔をしてルナは僕の方を見ている。
「そう、病気を完治するほどの効果はないけど、悪化を防ぐぐらいの効果はありそうだから使ってよ」
僕が治療の指輪の説明をしていたが、なんかあまり頭にも入っていないように動きを止めてしまっていた。
「どうしたの?デザインが気にいらなかった?」
「……いいえ、とても気にいりましたよ」
どういう訳か……笑顔で気にいったと言う割にルナの目は笑っていなかった。
(…なんかルナが怖いんだけど……僕、何かしたかな…)
「あ、あの~…ルナさん?」
僕は恐る恐る理由を聞こうとした。
「あ、そうだ!ハヤテさん、かなり汚れていますよね。水場に行って綺麗にしましょうね」
しかしルナが割り込むように話し出し、僕を抱きかかえて水場に向かって行き、冷たい水で洗ってくれたのだ。
「ルナ、洗ってくれるのは嬉しいけどまだ体調が良くなった訳ではないんだから、こんな冷たい水を触って大丈夫なの?」
今はまだ冬ってほど寒くはなかったが、風は冷たいので薄着ではもう肌寒い季節にはなっていたのだ。
「大丈夫ですよ。ハヤテさんがくれた指輪の効果でしょうか、さっきまで苦しかったのが嘘のようです」
確かにルナの咳は止まり、顔色も少し良くなっているように思える。
「でも明日治療が終わるまでは無理をしちゃ駄目だよ」
「ハヤテさんは優し過ぎますよ。……どうしてそこまで私の事を気にかけてくれるのですか?」
体を洗い終えて乾いた布で僕を拭いてくれているルナは、真面目な顔をして問いかけて来た。
「……正直な事を言えば僕にも分からないんだけど、たぶんこの体になってから初めて人間の話相手だからかな。…だから僕も何か出来ないかって考えたら、すぐに迷宮に足が向いていたんだ…」
「もし、私の体を治すのに更なるお金が必要と分かったら、…また迷宮に行こうと考えますか?」
「…たぶん行くと思う。でも、今度はちゃんと声を掛けてから出かけると約束するよ」
ルナに心配をさせてしまった事を反省している僕は、同じミスをしないと約束をした。
「出来れば無茶な事はやめてほしいのですが……でも、嬉しいです」
僕の体を拭き終えたルナは、自室に戻る為に僕を抱きかかえながら嬉しそうな顔をしていた。
ベットに戻ってもルナは僕を離してはくれなかった。
そして魔導具を換金して来たアリサは、朝見た暗い顔が嘘のような笑顔で家に戻って来た。
「ルナ、体調はどうだ?少しは良くなったか?」
「はい、だいぶ良くなりました。これもハヤテさんのおかげです」
そう言って僕を持ち上げてアリサに見せる。
「そ、そうか。…だがそれを見付けて引き返したからこそ、魔導具を発見出来たんだよな…」
「お姉ちゃんもそれなんて呼ばないで、ハヤテさんと呼んでください」
「…………分かったよ。ハヤテ、これで良いな」
少しあった沈黙が抵抗の証だったのかもしれないが、妥協して呼び捨てだが名前で呼んでくれた。
(まーいい歳になって、ぬいぐるみを名前で呼ぶのは恥ずかしいよな……ルナも少しは恥ずかしがってもいい歳だとは思うんだけど…)
ルナも子供と言っても恐らく10歳ぐらいだろうから、もう恥ずかしいと考える時期だと思ったのだ。
「まーその事はいい。それより明日は朝早くから治療所に行くから、今日は早めに食事をして寝よう」
アリサも明日が待ち遠しいと思っているようで、落ち着きがなくなっていたのだ。
「いくらなんでも早過ぎです。まだお昼前ですよ」
「そうか?……駄目だな私は…かなり浮かれているようだ…」
「フフ、落ち着いてください。とりあえずお昼にしましょう。お姉ちゃんはハヤテさんと少し待っていてくださいね」
そうしてルナは台所に向かって行ったが、残された僕をアリサは見つめてくる。
「……それにしてもハヤテが帰って来てから劇的に体調が良くなったな…。こんなぬいぐるみに力があるとは思えないが……実は癒しの魔導具の一種なのかもしれないな……」
アリサは1人事のつもりで話しているのだろうが、僕がしっかり聞いているのだ。返事は出来ないが…。
(僕が魔導具か……もし意思のある魔導具があれば、同じような事をしているかもしれないな)
その後もアリサの1人事は食事の用意が出来るまで続いた。
そして雑談しながらの食事が終わり、時間を持て余しているアリサはルナの部屋で話をしていた。
「……ところで今気が付いたのだが、ルナの指輪は誰から貰ったんだ。…しかも左手の薬指って事は結婚指輪のつもりなのか?
…朝までなかった事を考えると、私がギルドに行っている間に男が来たって事なのか?誰だ!いったい誰がルナに結婚を申し込んできたんだ!」
アリサは大事な妹に手を出した男に怒って、追及して白状させようとしている。
「そ、それは……」
ルナは少し困った顔をして僕の方をチラッと見てきた。
(そ、そういう事だったのか!?だからさっきルナの様子が変だったんだ。……あの時は僕も慌てていたから入りそうな指にはめたけど、よく考えてみたらサイズ自動調整が付いていたんだからどの指でも良かったじゃん!
……ルナに悪い事をしちゃったな…)
ルナが自分を取引の対象に使って来たから断ったのに、結婚指輪を渡したらやっぱり結婚してくれと思わせてしまったかと考えてしまい、悪い事をしたと思ったのだ。
そんな事を考えている僕を見たルナは少しムッとした顔をした後、アリサに向かってハッキリと言ったのだ。
「この指輪はハヤテさんから貰った物です。だから私はハヤテさんのお嫁さんになりました」
(ちょ!?なんでそんな事を言っちゃうの?絶対に信じないだろうけど……ルナも冗談が過ぎるよ…)
「ハヤテから?……そうか、それは良かったな。だがその指にはめる指輪は、生涯の相手と決めた証だ。だから無意味にそこにはめるのは感心しないぞ」
どうやらアリサは結婚ごっこでもしていると思っているようで、注意の仕方も優しかった。
「私は本気です。それにこの指輪のおかげで体調も良くなっているので、外す訳にはいきません」
(確かに指輪の効果はあるだろうけど、別に薬指にこだわる必要はないんだけどな)
アリサはルナの話を信じれなかったのだが、そう思う事で体調が良くなっているなら外せとも言えず、引きさがる事しか出来なかったのだ。
その後もいろいろな話をして時間が過ぎていき、最後に今後の話をしだした。
「ルナは健康になったら何をしたいんだ?」
「今後…ですか?」
病気で長くは生きれないと半ば諦めていたルナは、突然将来の事を聞かれて戸惑ってしまう。
「ああ、健康になったら自由に動き回れるようになるんだ。何かしたい事を考えても良いんだぞ」
「……そうですね。健康になったら今後の事を考えないといけませんよね…」
そう言ってルナは考え込んでしまった。
「まー慌てる必要はないよ。将来にかかわる事だから、ゆっくりと考えればいいさ。…さあ、そろそろ寝るか。明日は早いからな」
まるでルナに考える時間をあげるように部屋を出ていく。
「…ハヤテさん、私、健康になった後の事を何も考えていませんでした……」
アリサが出て行っても俯きながら考え込んでいるルナは、呟くように僕に声を掛けてきたのだ。
「それは仕方がないよ。それに将来の事を考えていないのは僕も一緒だよ。だって、とりあえず人間の領土に来る事しか考えていなかったし、ギルドに行ったのも情報を得る為だったから、まだ目標や目的ってないんだよね…。
…でも出来れば人の姿になりたいから、迷宮に行ってそういう魔導具でも探すのも良いかもな…」
「魔導具探しですか……」
「まあゆっくりと考えると良いよ。それでも悩むようなら、まずは小さい事でもいいからやりたい事をするのも良いかもね。でもそれらは明日の治療が終わってからだから、今日はとりあえず寝ようか」
魔導具による治療だから体調は関係ないかもしれないが、それでも良いに越した事はないので早めに寝る事にした。
ベットに入ってもルナは今後の事を考えていてすぐには寝れなかったようだが、しばらくしたら寝息を立て始めたので僕も安心して眠りに着いた。
翌日、朝一の順番だったようで午前中から治療所に向かう。
「…なんだか緊張してきたな…」
治療所に着いたアリサとルナは落ち着きのない様子で、名前が呼ばれるのを今か今かと待っている。
「お姉ちゃん、そんなにウロウロしていたら他の人の迷惑になりますよ」
落ち着かず立ったり座ったりを繰り返し、ついには歩きまわっているアリサにルナが注意をしたのだ、
(これじゃあどっちが姉か分からないな……。まあ、アリサの気持ちも分かるけどね)
僕は家で留守番でもと考えていたのだが、ルナは一緒に行くのが当たり前のように僕を抱き上げてここまで連れてきた。
(でも、ルナも緊張はしているんだな)
僕を抱くルナの手が少し震えているので、緊張をほぐすように周りに見られないタイミングで、軽くルナの手を叩いてあげた。
「…ハヤテさん、ありがとうございます」
その意味が分かったルナは小声でお礼を言う。
「えーと、ルナさんと付き添いの方。治療を始めますんで部屋に入ってください」
受付らしい人からの声を聞き、ルナ達は部屋に入って行った。
「さて、それでは治療費の200万ゼニーを先に払ってもらいましょうか」
部屋に入るなり小太りな男がお金を要求してきた。
「…先に払うんのですか?」
「治療だけさせてお金が払えないって奴がいたからね。先に払ってもらう事にしてんだよ。…どうなの払えるの?」
アリサ達の姿からお金に余裕があるようには見えなかったようで、疑いの目でこっちを見て来た。
「ちゃんと用意してきました。…はい、200万ゼニーです」
少し気分が悪そうなアリサだったが、すぐに用意していたお金を男の前に置いた。男は周りの目を気にしないで堂々とお金を数え始めた。
「…確かに。まさか君達のような者が用意できるとは思ってもみなかったよ。さて、治して欲しいのはどっちで、悪い所はどこだい?」
お金を数え終わった男は治療に入ろうとしている。どうやら治療が出来るのは嘘ではないようだ。
「ルナはこの子です。軽い運動も出来ず、医者によると心臓を患っているらしいです」
「はいはい、分かったよ。じゃあ、その汚いぬいぐるみを置いてこっちに来てね」
その言葉に少々ムッとした顔になったルナだが、仕方なくアリサに預けて男の前に移動した。
「それじゃあ、治療をするからね」
そう言って男がバレーボールぐらいの大きさの透明な石を取り出し、それをルナの胸のあたりに持って行き、魔力を流すと光が発せられた。
(あれが治療の魔導具か。…どれどれ)
病治しの水晶 ・・・ 『魔力を流すと光が出てその患部の病を癒す。距離が近いほど治療の範囲は狭くなるが、治せる病も増える。ただし怪我を治す事は出来ない。一度の使用にMPを100使う』
(偽物だったらと考えたけど、どうやら本物の魔導具のようだな。…良かった、これでルナの病気も治るぞ)
治療はすぐに終わったようで、水晶から出ていた光が収まるとルナの顔色が良くなっていた。
「ほれ、終わりだ」
「…ルナ、どうだ体調は?もう苦しいとかはないか?」
治療の完了を聞いたアリサは、恐る恐るルナに様子を聞いた。
「お姉ちゃん、ハヤテさん、なんだか不思議な感覚です。今までが嘘のように体が軽くなりました!」
本当に体調が良くなったようで、満面の笑みで飛び跳ねるようにこっちに来た。
「良かった…良かったよ~。ルナの病気が治って本当に良かったよ…」
今までの苦労が報われて、心の底から嬉しかったようでアリサは泣き崩れながら喜ぶ。
「お姉ちゃんありがとうございます。私もとっても嬉しいです」
そんなアリサにつられるようにルナも泣きだしてしまった。
「…さあ、治療は終わったんだからさっさと帰った帰った」
そんな感動の空気を読まず、治療が終わったらまるで邪魔者のような扱いをしてきたが、病気が治った事の喜びの方が大きかったようでとくには気にならなかった。
「本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
そんな男に対してもアリサとルナは丁寧にお礼を言って部屋を後にし、喜びの続きを2人で話していると次の患者が部屋に入って行った。
「先生お願いします!お金は必ず後から支払いします。だからどうか息子の治療をやってください!」
しかし、そんな2人の耳に先程の患者と思われる者の懇願が聞こえてきたのだ。
「駄目だ。そう言って治療をさせておいて逃げ出す奴が大勢いる。もし治療して欲しかったら金をちゃんと用意する事だな」
「どうかお願いします!このまま次の番まで待っていたら息子は死んでしまいます!どうかお願いします先生!」
「何度言っても駄目な物は駄目だ。金が払えないならさっさと帰れ!」
懇願する親に対してまるで聞き入れる様子がない男。その会話を聞いてしまったアリサとルナは、申し訳ない気持ちになりながら治療所を後にする。
「……あの日…もし魔導具を見付けられなかったら、私もああ言って頼み込んでいたんだろうな…」
アリサは少し違えば自分も同じ立場になっていたと思い、その状況を想像していたのだ。
「私は…何もやっていません……ただ、お姉ちゃんに頼る事しか……」
僕を抱く力が少し強くなり、ルナは自分が何もしていない事に申し訳なく感じて、少し落ち込んでしまっていたのだ。
「私も運が良かっただけだったからな。それでもルナが無事に治った事は嬉しかった」
「……………」
アリサはそう言ってくれたが、ルナは考え込むように少しの間黙ってしまっている。
「お姉ちゃん、ハヤテさん。……私、今後の目標を決めました!」
家への帰り道で突然立ち止まり、ルナは何かを決意したような顔で話しだした。