4話 姉妹がピンチに
3階層に着いたアリサは休憩も取らずに先に進んで行く。
「頼むから魔石を落としてくれよ…」
アリサは祈るように呟き進んで行き、魔物と戦って行く。ここの階層でも魔物はゴブリンだったが、その数が2階層より多かった。
アリサに取っては良い事だけど、魔石の出現率が悪い為にただ危険が増しているだけとも言えるのだ。
「なんで魔石を落とさないんだ!最近出現率事態が落ちているんじゃないか!」
(確かにギルドでもそんな声が少し聞こえて来たな…まあ、理由は分からないらしいけど)
ゴブリンの集団との戦闘を終わらせたが、思ったよりは魔石を手に入れる事は出来なかったようだ。
(それにしても見事に5等級ばかりだな。4等級は運かそれとも更なる下層で手に入るのか…)
満足行かないアリサは当然のように下層を目指していく。
4階層。ここで現れる魔物は大きなアリ、<ビックアント>。昆虫だから武器は持てないが、その顔にある大顎が人の手足ぐらいなら簡単に切ってしまうほど協力なのだ。
ただ動きはそれほど早くはないのが救いだ。
(流石に魔石は落としてくれているが…魔物の出現率事態が悪いな。4階層に潜ってから30分は経っているが、まだ2匹しか出会っていない)
アリサは魔物を探していたのだが、どうやら直前まで別の冒険者がいたようでほとんど残っていなかったようだ。それはアリサも分かっていたようで、早々と5階層に向かっていたようだ。
5階層に着いた時、少し前方に魔物を狩っている集団を見付けてしまった。つまり出遅れてしまったのだ。
冒険者の暗黙のルールで魔物を見付けた者に優先権があり、それを破ると最悪ギルドを追放されてしまうほどの事なのだ。
「このタイミングで他の冒険者と出会うとはな…しかたがない。多少危険でも6階層に向かうか…」
(……やっぱりそうなるか…あとは危険な魔物が出ない事を願うだけだな…)
6階層に着いたアリサは、僕の願いとは裏腹に苦戦する事になった。
シャドーデビル、6階層から現れた全身黒いゴムの様な魔物だ。人型の魔物だが指はなく、ただ殴って来るだけの魔物ではあるが動きは早く耐久力もある。そしてやっかいなのは手を伸ばして攻撃してくる事で、なかなか剣の間合いに入れずにアリサはダメージが増えていく。
「これでトドメだ!」
ようやく最初の一匹を倒した。確認してみるとアリサのHPは半分ぐらいまで減っている。しかし現れた魔石を見て欲が出てしまったようだ。
「…もう一匹ぐらいならいけるか。さっきの戦いで魔物の動きはだいたい分かったし」
(無茶だ!確かに一対一なら何とかなるかもしれないが、複数に囲まれたら勝ち目が無いぞ!……こうなってしまったら、2体以上同時に現れない事を願うしか出来ないか…)
そして僕の悪い想定は当たってしまった。次に現れたシャドーデビルと戦っていると、後ろから2体目が現れて挟まれてしまったのだ。
「…く、当然出来る想定だったはずなのに………だからって、私はまだ死ねないんだ!!!」
アリサもこの状況での戦闘は危険と言うのは分かっている。しかし、前から2体ならまだしも、挟まれてしまったらそう簡単には逃げれない。
「階段は近くなんだ。何とかそこまで行ければ…」
1体でもかわすのに苦労していた攻撃が2体になっては、アリサが攻撃にまわる余裕がなくなっていた。それでも何とか隙を見付けて階段に逃げ込もうと粘るが徐々に攻撃が入っていき、………ついに限界を迎えた。
「死ねない……まだ死にたくない…」
アリサの避けそこなった攻撃が決め手となり、ついに意識を失ってしまう……。
「おいアリサ!こんな所で寝たら死ぬぞ。ルナが待っているんだろ!」
こうなっては仕方がなく、僕も声を掛けたがアリサが意識を取り戻す事はなかった。その間にもシャドーデビルは徐々に近寄ってくる。
「俺は攻撃力がないって言うのに……ルナとの約束だ。アリサが意識を取り戻すまで守ってやる!」
僕は自棄になってシャドーデビルに突っ込んだが、近づく前に殴られて距離をとらされる。
「痛い……それに近づいたってどうしようもないが、アリサに近づける訳にはいかない!…でも、どうすれば…」
僕は無駄とは知りながらも、打開策が思い付くか状況が変わるまでは前後交互に向かって行く。
しかし状況が変わる事はなかった。
(こいつ等が諦めてくれれば助かるが……今の僕ではアリサの剣を持つ事も出来ない、小石を動かしてもダメージはない。……あとは魔力操作だけだが…)
今の僕が右手に集めれる魔力の量は10が最高記録だった。だからと言ってそれを飛ばすイメージが全く出来なかったのだ。
(そう言えばロリ女神の説明で、操作術で宙に浮かすのは難しいって書いてたな。だから出来ないのかもしれない。………なら、直接流しこんでやる事は出来るかもしれない!)
魔力を流しても何が起こるかは分からないが、今は藁をも掴む気持ちで戦わないといけないほど攻撃手段がないのだ。
「だからってそう簡単には近づけないな……ぐ!」
僕はまた殴られてしまう。ぬいぐるみの手と剣よりも長いシャドーデビルの手ではリーチが違い過ぎる。
「なら相手の拳に打ち返してやる!」
体に届かないなら殴りにくる拳に狙いを定めたのだ。
「でもそれはそれで難しいけどね……痛っ!」
しかし動く拳に攻撃するなんてそんなに簡単に出来る訳もなく、僕はカウンター気味に殴られる。その後の攻撃も失敗が続き、何十回目か分からない程の挑戦の後どうにか成功する。
「タイミングがバッチリ!どうだ!」
魔力を流す事は成功したように感じた。僕の希望を込めた攻撃を受けたシャドーデビルは一瞬ブルッと震えた後、逃げるようにこの場を去って行った。
「なんだ?ダメージを与えた感じはしなかったけど、理由は分からないけど逃げてくれるならそれで良し!」
僕はもう1体の方を振り向き何度目かのチャレンジの後、同じように魔力を流したらやはり震えた後に逃げていった。
「…ダメージは回復するけど、………疲れた~。…さあ、次が来るまでにアリサを上の階層まで連れていくか」
だが、力が1の僕ではアリサを担ぐ事は出来なかったので、悪いと思ったが武器と鎧を外して軽くしてから階段まで引きずって行った。もちろん階段を上るのは厳しかった為に、アリサが目を覚ますまで僕が見張る事になった。
様子を見ながら装備も運んで来たから、目を覚ませば上の階層に逃げる事が出来るだろう。
その後1時間ほど経った時、アリサは目を覚ました。
「う、うんん………あれ?私は死んだのか……」
(どうやらまだ寝ぼけているようだな。しかし良かった。魔物が襲って来ていないタイミングで目を覚ましてくれて)
初戦の後、アリサが目を覚ますまでの間に5回のシャドーデビルとの戦闘があり、その全てが相手の逃亡で終わっていたのだ。もしその様子を見られたら町にいられなくなっていたのだ。
「…そうだ!私はシャドーデビルとの戦闘で負けて!………負けたのに何で生きているんだ?それに装備が外れているし、ここは……上への階段か?……いったい何が起こったんだ…」
アリサは状況を理解出来ないでいるが、流石は冒険者、すぐに装備を着直して武器を確認していた。
「助かった理由は分からないが、どれだけ気を失っていたか分からないから時刻も不明だ。今日はもう上に引き返さないと危険だな………。それになぜお前がリュックから出ているかも分からないし…だが、ルナが悲しむといけないから持って帰るか…」
少々しぶしぶ感があったが、僕をリュックに詰め直して階段を上がって行った。そうして帰りに何度か魔物との戦闘をこなした後、無事に迷宮を脱出出来た時には既に空は赤みを帯びていた。
「ギリギリに近い時刻か……あと1時間も気を失っていたらやばかったな…」
そう言いながらアリサは冒険者ギルドに向かっていった。
「アリサ!昨日の今日で頑張り過ぎよ!」
ギルドに入り受付のリーザの所に着いたら昨日のように怒られていた。
「わりい、今日は本気でやばかったんだ……だから説教は勘弁してよ」
気を失っていた時に少しは回復したとは言え、現在のアリサのHPは9まで減っていたのだ。
「……何があったの?」
「怒らないで聞いてくれるか?」
罰の悪そうな顔でアリサがリーザの顔をチラっと見る。
「つまり怒られるような事をしたって事ね。もうどっちにしろ怒られるんだから素直に白状しなさい」
(そうです。もうあんな事が起こらないように反省してください)
僕もリーザさんの意見に賛同した。アリサは気拙そうな顔をして、諦めたように話を始める。
「……実は6階層に挑戦したんだ。そしてシャドーデビルに囲まれて気を失った…」
「っ!?」
リーザは息を飲み込むように驚き、アリサの方を見詰めた。
「いや、1体は倒したんだよ。でも調子に乗っちゃって進んだら囲まれて……」
アリサは言い訳を言っているがリーザはそれどころではない。
「……それでどうやって生きて帰れたの?シャドーデビルは倒した相手を更なる下層に連れて行って、他の魔物の餌にするのよ!それなのにどうして?」
「…実は私にも分からないんだ。たぶん1時間以上は気を失っていたはずだが、目を覚ました時は装備が外れて上層への階段にいたんだ。……そう言えばこいつも外に飛び出していたな」
リーザが興奮気味に説明を求めて来た中、アリサも理解していないので説明が出来ないでいたのだ。
「…貴女、そのぬいぐるみを持って迷宮に行ったの?」
リーザは他の冒険者に助けてもらったと思ったが、今ある情報だけでは答えが出る訳がないので考えるのをやめる。そしてアリサの奇行に対して話をしだしたのだ。
「いや、ルナに今日迷宮で持ち主に返すと嘘をついてしまったから、引っ込みがつかなくなってね。それにルナがかなり気にいっていて、ハヤテって名前まで付けて絶対に持ち帰るように言われたんだ…」
「そうなの…もしかしたらそのぬいぐるみのおかげで助かったのかもしれないわね」
「ハハ、そうかもしれないな」
「アリサは笑っている場合じゃないでしょ!」
「はい、すみませんでした」
その後リーザに散々説教を受けたが、最後は半分冗談のような話を2人は笑いながら話をしていた。そして魔石の鑑定が終わったので家に帰って行く。
「ルナ、ただいま。今帰った」
家に入り声を掛けるとルナがゆっくりとやって来た。
「おかえりなさい。お姉ちゃん、ハヤテさん。さあ準備が出来てますからご飯にしましょう」
ルナの事だからアリサのボロボロの今の状態に気が付いているだろうが、あえて普通に接して気を使っているようだ。そんなルナはアリサから僕を受け取ると食卓に向かって行く。
「ハヤテさん、ありがとうございます。…貴方がお姉ちゃんを守ってくれたんですよね?」
アリサには聞こえない小声でルナは僕に話しかけて来た。
「…僕は時間を稼いだだけだよ。それしか出来なかった……」
本当は魔物を倒せる実力があればアリサが怪我をする事もなかった。だが実際は魔物を倒す事も出来ずにただ嫌がる攻撃をし、逃げるのを待っただけだったのだ。その事が不甲斐無く感じてしまい、素直にルナの感謝に応える事が出来ないでいた。
「いえ、ハヤテさんのおかげでお姉ちゃんは無事に帰って来れました。私にはそれだけで十分嬉しいです。流石私の旦那さまです!」
それだけを言い、食卓に着いた2人は食事を始める。
「お姉ちゃん、ハヤテさんはきっと幸運を運んでくれます。明日も迷宮に連れて行ってくださいね」
「な!?いや、でも……」
アリサは嫌だと言いたかったが、もしかしたら今日助かったのはこれのおかげかも、と少し考えてしまっていたのでハッキリと断れないでいたのだ。
「私なら大丈夫ですから、連れて行ってくださいね。そして私の下に連れて帰ってくださいね」
(つまり絶対に生きて帰って来てくれって意味を含ませているのか……これなら断れないな)
少し悩んだ結果、しぶしぶアリサが折れて了承した。
そして今日もルナの部屋に連れていかれる。
「それで今日は何があったんですか?」
部屋に入ったらすぐに、今日の出来事の詳細を聞かれたので説明をしてあげた。
「そう、ですか……やっぱり焦っているようですね…」
「?。何か心当たりでもあるのか?」
アリサの魔石に対する焦りは異常なものを感じていたが、どうやらルナが係わっているらしい。
「…いえ、とくには…」
誰が見ても分かるほど明らかにルナの表情が暗くなっていた。
「僕が見た感じでは生活にお金がそんなに必要には思えない。それでもアリサの魔石への、いや、お金への執着は鬼気迫るものがあった。…そしてルナの動揺。つまり、近々ルナに大量のお金が必要な事があるって事だね?」
アリサはルナの為になら危険な迷宮に潜る事をためらっていない。つまりアリサの行動にはルナが関係しているって事だ。
「…流石は旦那さまです。全てお見通しのようですね」
諦めたような顔をした後、ルナは下を向いてしまった。
「全てじゃないよ。それに少し付き合えば分かる程、2人は顔や行動に出ていたからね」
ルナはしばらく俯いた後、一度深呼吸をしてから説明を始めた。
「私が病気なのはご存じですよね。……そしてこの町には周囲の町にないぐらいの有名な治療師がいます。その方に治療をしてもらう為には、順番待ちの様な長い予約が必要でその順番が近々まわって来るのです」
「それは良かったじゃないか!それで元気になれるなら喜ぶべきことだよね!………あれ?…」
治る事を喜んでいたが、ルナ達が何を焦っているのかを思い出したら全てが繋がる。
「はい、治療には大金が必要なのです。それで払えない場合は順番はまた一番後ろに回されます。…おそらく次に順番が来るのは2年後ぐらいになるでしょう。………そして病気の進行状況から考えたら、次までは……持たないでしょう。
……………すみません、こんな不良品みたいな体を取引に使おうとして……」
「馬鹿!そんな風に自分の事を言うな!……それで予定日はいつで、足りない金額はいくらなんだ?」
ルナは少しでも雰囲気を軽くしようと、無理をして笑顔を作り謝って来た。だが僕はそんな自分を卑下するルナを叱る。病気はルナのせいでも、誰のせいでもない。
そして治る可能性があるのなら、絶望するのはまだ早いのだ。なので現状の確認をする。
「……予定日は4日後です。今日はもう終わってしまいますから、実質は後3日ですね。金額は……100万ゼニー。とてもじゃないですがすぐに稼げる金額ではありません」
「100万ゼニー…」
(確か5等級の魔石が一つ500ゼニー、今日倒したシャドーデビルから出た4等級の魔石でも3000ゼニー……5等級で2000個、4等級でも334個、時間があれば不可能じゃない数だが、3日で稼ぐには厳しい量だ…)
僕が難しい顔をして俯いていると、分かり難い顔なのに正確にルナには分かったようで、
「そんなに悩まないでください。別に治療が出来なくてもすぐに死ぬわけではありませんから…」
必死に悩んでいる僕を励ますようにルナは笑顔を作る。
「…でも他の医者がその治療方法を教えてもらえば治せるかも!」
1人の医者で駄目なら他の医者が治療出来るようになれば解決する。そう考えたのだが…
「それは無理なんです。その方が有名な治療師になれたのは、迷宮で入手した魔導具の力なのです。…彼には医療に関する知識はないので、他の医者が教えて貰える事はないのです」
「つまり元冒険者で、お金稼ぎの為に治療をしているって事か……今日アリサと一緒に迷宮に潜ったが、それらしいアイテムは見かけなかった。そうなると6階層より下層に潜らないといけないって事か…。
!?。なら僕も魔導具を見付ければ一気にお金を稼げるかもしれないぞ!」
「やめてください!迷宮の中層以降は危険度が格段に上がるって聞きました。
…お願いですから私の為に危険な事はしないでください……ゴホゴホ…」
僕が言った事に力いっぱいにやめるように懇願した為に、ルナはまた咳が出始めてしまう。
「ゴホゴホ…お願いです……」
それでもまだ必死に止めようとしている。
「ルナ………分かったから落ち着いて…もう寝よう。ルナこそ無理をしちゃだめだよ」
「…分かりました。ゴホ、ゴホ…」
これ以上はルナの体に負担が掛かる為、僕は強制的にベットに向かわせた。
「…おやすみなさい。ハヤテさん」
「ああ、おやすみ…ルナ」
だいぶ体力が落ちているのか、ルナはベットに入ったらすぐに眠ってしまう。
その様子を見守り、僕は決意と共にベットから出ていった。
「朝起きたら僕がいなくて悲しむかもな………それでも!」
僕はそのまま家を出て、人に見つからないように迷宮に向かって行った。
(今の僕は魔物を倒す事が出来ない。それでも魔導具を探し出して持ち帰る事が出来れば、ルナを助けれるはずだ)
この世界に転生して、初めて出来た人間の友達(ルナ本人は嫁と言っているが…)。それを見捨てる事なんて出来なかったのだ。
6階層まではアリサと来ているので迷う事はなかった。それでも話に聞いていた通り、夜中の魔物は凶暴化していて、見つかる度に襲われたが魔力を流し込むと逃げるのは昼間と一緒だったのが救いだ。
「HP自動回復のスキルがあるから死ぬ事はないけど、痛みがあるのは嫌だな……どうせなら防御力も上げてくれれば良かったのに、サービスが悪いなロリ女神は……」
口ではこう言っているが、死に難い体にしてくれたおかげでこうして迷宮の下層を目指せるのだから、感謝の気持ちは持っている。
6階層に着いた時、魔物の凶暴化がなくなったので朝を迎えたのが分かった。
「……あと3日だ!急がないと」
しかしここから先は未知の領域。魔導具探しもあるので丁度いいが、全てが手探りの状態である以上、効率が悪いのは仕方がなかった。
ギルドで聞いた情報によると、5階層までが上層、10階層までが中層、11階層以降が下層との事だ。そして最深部は20階層で、そこには巨大な扉があって中にはとても強力な魔物がいるらしいのだが、戦った者は帰って来てはいないらしい。
…つまり全員死んでいると言う事だ。
時間が限られている以上、そこまで潜る事は出来ないので警戒する必要はないが、それでも魔導具を見付けないといけない以上、可能な限り下層を目指していかなくてはならない。
しばらくすると魔道具は見付けれなかったが、下への階段を見付ける事が出来たので下に向かって行った。
7階層。ここはホーンラビットと言う一角ウサギみたいな魔物が住み着いており、額の角を向けて跳ねてくるのが主な攻撃方法だった。しかも動きは早く角も鋭くなっているので、生身の部分に当たれば刺さってしまうほど危険な魔物だった。
しかし身長の低い僕に跳ねて攻撃をするのは向いてはいないようで、見るなり興味を失くしたように去ってしまった。
ここで初めて草が一本生えているのに気が付いた。抜いて鑑定してみると…
薬草 ・・・ 『食べるとHPが30ぐらい回復する。やや苦みがある』
「なるほどこれが薬草か………僕には食料でしかないか…」
初めて薬草を見たが、毒草と違って色が綺麗な緑だった以外判断が付かないのだ。
この階層は魔物との戦闘がなかった為、思ったより早く階段を見つける事が出来た。
8階層もホーンラビットがメインで稀にシャドーデビルも現れたが、そこまで苦労せずに9階層に降りる事が出来た。
「昼間は襲われなかったけど、凶暴化したら分からないから帰る時も昼間にしよう」
9階層。ここに現れた魔物はストーンゴーレム。小石が集まって出来た2メートルはある人型の魔物だ。力が強く、剣などの斬撃に耐性を持っているが、動きは遅く衝撃や水が弱点のようだ。
一撃は重そうだったが、目が悪いのか索敵能力が低いようで僕を発見する事が出来ないようで、隅っこを歩いていると楽に素通り出来たのだ。
10階層も同じだったので楽に通過。
そうして下への階段を見付けた時、魔物の凶暴化が始まった。
「……もう夜になってしまったか………今日はアリサが無理をしていなければいいな…」
階段を下りて行ってもうすぐ11階層という所の前で、一度休憩をしようと思ったが先客がいた。
5人組で同じ鎧と鞘。11階層に行かずにじっと休んでいる所を見ると、階段は安全地帯のようだ。そしてこんな所でも寝れてるのを見る限り、かなり場慣れしている実力者だと分かる。
(しかし、あんなところで休憩をされてると先に進めないじゃないか……僕には時間がないのに…)
そのまま5人組は魔物の凶暴化が終わるまで休んでいた。
(…あと2日……帰りの事を考えると、迷宮を進めるのは残り半日ってところか……)
11階層での魔物はクマのような大きさの狼、グレートウルフだった。とても素早く岩をも砕くほどの顎の力を持っていた。
(下層に入ってからすぐにこれか……ルナの言っていた通りだったな)
僕は5人組の戦いを影から見ていた。この5人は全員が強く、グレートウルフ相手に互角以上の戦いをこなしていた。
……しかしそれも長くは続かなかった。2体目のグレートウルフが現れたのだ。
「拙い!2体目が来たぞ!」
この乱入で戦いは互角のものになってしまい、5人組の顔に余裕がなくなっていた。
「……時間がない、この隙に先に進ませてもらおう…」
少しでも油断すると一気に流れを持っていかれる為、僕は誰にも気づかれずに奥に向かう事が出来た。
(下層に入ってから急に魔物の強さが上がっている以上、これより下に行くのは危険過ぎる。……なんでもいい!魔導具を見付けさせてくれ……)
僕は願うように魔導具を探し続けた。しかしそう簡単に見つかるはずもなく、良いのか悪いのか、下への階段を先に見付けてしまった。
「どうする…このまま11階層で探すか、それとも下に降りるか……」
僕は悩んだ。この階でグレートウルフとは遭遇せずに進めたが、恐らく戦闘になれば逃げる事も出来ないかもしれないのだ。
「…ここでウロウロして、さっきの連中に出会ったら満足に探索も出来なくなる。ここは一か八か下に向かおう!」
下に向かう覚悟を決めた僕は、勢い良く階段を下りて行った。
12階層……ここはまるで上の階が楽に思えるほど、更に空気が重く淀んでいるように感じた。
「ここは……長くいたくない。…今まで以上に気を引き締めて進まないと…」
身の危険は確かに感じる。だが引く訳にはいかないので無理をして歩みを進める。しかしやはりと言うべきか、魔物との遭遇は避ける事が出来なかった。
「ヴォォオオオオオ!!!」
大きな雄叫びと共に現れたのはミノタウロスだった。2メートル以上ある牛と人が混ざったような魔物だ。
そのミノタウロスは僕を見付けて雄叫びと共に、手にしている棍棒のような武器で殴りつけてきて、避ける事も出来ず直撃を受けてしまった。
「!?」
僕は声も出せずに壁まで吹き飛ばされてしまった。
「痛っ~~~」
かなりの痛みを伴ったが、どうやら骨に異常はないようで立ち上がる事が出来た。
(て、言うか今の僕に骨ってあるのか……それよりかなり痛かったが、HPは大丈夫か…?」
HPの残量を確認しようとしたが、ミノタウロスの追撃を受けてしまいまた反対側の壁に飛ばされてしまった。
しかしまた死ぬほどの痛みはあるが、体はまだ動かす事が出来る。
「…まるで攻撃が届く気がしない。何とかして逃げないと生殺しだ…」
僕は次の一撃が来る前に通路の方へ走りだした。……が、もちろん素早さの違いからすぐに追いつかれ、もう一発受けてしまう。
(死ぬほど痛いけどまだ持ちそうだ。……普通に逃げるのは無理だから、さっきみたいに吹き飛ばされる勢いを利用して逃げるしかない!)
今捕まったら逃げる手段はなくなり、サンドバックにされてしまう。…しかし吹き飛ばされる事には何とか耐える事が出来るから、HPが尽きる前に逃げきるしかないのだ。
その後、何度も吹き飛ばされた時に30センチほどの小さな横道を見付けた。僕はそこに転がるように入り、その先にあった小部屋に隠れる事が出来た。
「ラ、ラッキー……ハァハァハァ。死ぬかと思ったよ…ハァハァ…」
息が上がっている僕は壁にもたれ掛かって休憩をしていた。
「今のHPの残量はいくつなんだ?」
矢矧 颯
HP 228411 / 231990
MP 231990 / 231990
僕はステータスを確認してびっくりした。死ぬほどの痛みがあった割にはダメージが少なかったのだ。
(まー3000以上のダメージを受けているから少なくはないけど…。アリサなら60回以上死んでいるな。…それよりHPって生命力だよな……なら痛みはHPの総数に比例してくるはずなのに…なんでこんなに痛いんだ?)
確かにあるかどうか分からない骨は無事だし、体は普通に動かす事は出来た。つまり痛みだけが大きかったのだ。
「……まさかこれがロリ女神の呪いか!?」
そうしてスキル欄にあった女神の呪いを確認してみる。
女神の呪い ・・・ 『どうやら少しは内容に気が付いたみたいね。そう、あんたの想像通り死にはしないけど、痛みは人間の時に受けたと想定して発生するようにしているわ。ププ、感謝しなさい。あんたが人であった時を忘れないようにしてあげたのよ。ああ気分がいいわ』
「……スキルの説明文が変わっている……。それよりなんだよ痛みだけ残しておきながら感謝しなさいって!!!ロリ女神、何おもしろがっているんだよ、何が気分が良いんだよ!!!!!」
僕は我慢が出来ずに迷宮内で大声で叫んでしまった。
「ハァハァハァ」
せっかく息が整って来たのにまた息が上がってしまった。仕方がなく、また休憩をする羽目になってしまう。