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3話 押しつけ嫁候補は幼女でした



 今日も既に日が暮れており、仕事を終わらせた冒険者達が楽しそうにお酒を飲み、陽気に騒いでいる様子を眺めていると。



「なんだリーザ、今日はずいぶん遅くまで働いているんだな」



 少し汚れた姿のアリサがギルドにやってきた。



「ええ、今日はセルジさんが遅れるって連絡があったのよ。でも、もうすぐ来るはずよ」



 誰もいない時は少し疲れが貯まっているような顔を見せていたリーザだったが、流石プロと言うべきか客が来ると笑顔で対応する。



「そうか、なら私の分も査定を頼む」



 そう言って腰に掛けている布袋から魔石を取り出し、カウンターに置き始めた。



「…結構多目にあるわね。また無茶をしたんじゃないでしょうね」



 アリサが置いた魔石は全部で35個もあり、他の冒険者の平均と比べても2、3割多いのだ。それを見てリーザは少し怒った顔をして問い詰める。



「別に無茶はしてないよ。セルジにも言ったが5階層より下には潜っていない。…ただ、ちょっと遅くまで粘っただけだよ」


「粘っただけって迷宮は夜になると魔物が凶暴化するんですよ!その事は貴女も分かっているでしょ!。……また無茶をして大怪我でもしたら<ルナ>ちゃんが泣いてしまいますよ?」



 危険な事をしていると感じたリーザは怒り、最後の方は悲しそうな顔をしてアリサに忠告した。



「……分かってるよ。引き際はわきまえている。…私ももうあんな怪我は負いたくないからな」


「…分かっていれば良いのだけど……でも最近、無理をしているように見えますから、もし悩みがあるなら私に話してくださいね」



 そう言い終わるとリーザは魔石の鑑定を始める。






「…全部5等級で35個だから合計17500ゼニーだったわ。換金でいい?」


「換金で構わないが、全部5等級か……」



 上位の魔石が手に入る条件は分からないが、ガッカリしているアリサの様子から見て、多少は運の要素があると言う事が分かる。



「今回は残念な結果だったからって、無茶な事は考えないでね」


「…ああ、分かってる。それよりそれ、まだ誰も取りに来ないんだな」



 これ以上仕事の話をしているとリーザに心配を掛けてしまうと思ったので、強引に話題を変えるようにアリサは僕の方に指を差してきた。



「ええ誰も。冒険者の落とし物じゃないのかもしれないわね」


「まあ、こんなぬいぐるみを頑張って探す奴はいないと思うけどな。…たぶん誰も取りにこないだろうから、もう捨てて構わないんじゃないか?」


(…捨てるか……確かに水分補給はしてるが腹は減って来たし、そろそろ抜け出さないとな。ここで情報は結構得られたから、次は迷宮に潜ってみるかな?………そうと決まれば今夜にでも抜け出すか)



 周りの目を盗んで数回水は飲んでいる。だが空腹の限界が近づいているのは自覚しているので、いつ腹の虫が鳴くかヒヤヒヤしていたのだ。



「ならアリサが持って帰れば?ルナちゃんが気にいるかも知れないわよ」



 まるで名案でも浮かんだように手を叩き、リーザはアリサに僕を渡そうとする。



「…確かにあの子の趣味は悪いけど、流石にこんなのを気にいるとは思えなよ」


「大丈夫よ。前に他のを見せてもらった事があったけど、似たようなぬいぐるみを持っていたわよ」


「う……でも、これ以上変なぬいぐるみを持って欲しくないと考えているんだけど……」


(どうやらルナって子は僕の様なぬいぐるみを好んでいるみたいだな。…興味はあるけど今は食事が先だから、早くここから離れてくれないかなぁ…)



 しかしリーザの言葉に悩んでいたアリサは、事もあろうに僕を持ちかえる事に決めてしまった。



「分かったよ。とりあえず持ち帰ってルナに聞いてみるよ。で、その後は私の方で始末しとくよ」


(始末するのが前提ですか!?そんな気持ちなら途中で捨ててくれ!)



 僕の心からの願いは叶う事はなく、そのままアリサに抱きかかえられて持ち帰られてしまった。



(…あ~あ、腹が減ったんだけどな…)








「ただいま。ルナ、体調は大丈夫か?」


「あ!おかえりなさい、お姉ちゃん。今日は調子が良いから大丈夫ですよ」



 アリサが家に入ったら可愛い声と共に1人の女の子が迎えに来る。



(お!アリサも美人だが、ルナもなかなかの可愛い子ではないか)



 髪は青色で両肩の所でリボンでまとめていて優しそうな顔つき、病弱と言っていた通り線が細い女の子だった。



(胸はそっくりだな、流石姉妹。でもアリサと違って体が小さいから、丁度良く見えるな)


「……なんかまた馬鹿にされた気がするな…」


(…相変わらずアリサは鋭い。あまり長居をすると正体がばれてしまうかもしれないな)



 アリサにはなぜか悪口だけは鋭く反応するので、正直油断ならない相手なのだ。



「お姉ちゃん、それはなんですか?」


「…こ、これは、知り合いの冒険者に預かるように頼まれたのよ。明日迷宮に潜る時に返すからあまり汚すなよ」



 そう言ってルナに僕を渡した。



(…さてはアリサ、考え直してルナに渡すのをやめたんだな。……まー元々迷宮に潜る予定だったから、結果的には都合の良い展開になったな)


「かわいいですね。これはどこで手に入るんでしょう……お姉ちゃんは何か聞いていませんか?」


(まさかの高評価!?)


「は~、すまないね。そこまで詳しくは聞いていないのよ」



 ため息を吐きながら「やっぱりか…」と言いたそうにした後、誤魔化すようにルナの質問に答えた。



「そうですか…ならせめて今日は一緒に寝ましょう」



 ルナは楽しそうに僕を持ち上げる。



「いや、そのぬいぐるみは何かいやらしい感じがするから、すみの方に置いて寝た方がいいぞ」


(濡れ衣だ!?僕はそんなにいやらしい事を考えてないぞ!それにルナはまだ子供だ)


「!?。………いいえ、一緒に寝ます。私、凄く気にいりました」



 一瞬動きが止まった変な間が気になったが、頑として引かないルナは押しが強そうだった。



「ルナは一度言ったら聞かないからな……分かったよ。でも気持ち悪かったら部屋から放り出すんだぞ」



 心配そうな顔をするアリサは、ルナの頑固さを一番知っているようで素直に身を引く。



(なんでぬいぐるみ相手にそんなに心配するかな……僕ってそんなに危険に見えるのかな…)






 そうしてルナは食事の片づけなどの家事をこなした後、僕はじっくり観察されるように遊ばれた。気付くと夜遅くなっていたのでルナはアリサに寝るように言われ、僕を抱きかかえて寝室に連れていかれた。



(しかし拙いな……本格的に腹が空いてやばいぞ……)



 最後まで心配そうな顔をやめなかったアリサも、諦めたように自分の部屋に戻っていった。




「……さて、貴方の名前はなんて言うのですか?」


(?、いったい誰に言っているんだ?…周りには誰もいないよな…)


「ふふ、貴方はただのぬいぐるみではありませんよね?」


(ぬいぐるみって……え?まさか僕の事を言ってるの?話す?……でも、違ったら今後困るからな…)



 しかしルナの視線はずっと僕を見つめている事から、まず間違いないのだが確証を持てないので対応に困る。



「…そう、ならこうしてあげます!コチョコチョコチョ」



 ルナは言葉と共に僕の横腹をくすぐって来たのだ。



(フフフ、僕はくすぐりには強いんだよ。残念だったな)



 しばらく続けていたがくすぐりは無駄だと分かったようで、ルナは諦めて手を止める。



「なら足の裏はどうでしょう?」



 そう言って今度は足の裏をくすぐって来たが、僕にはそれも効かない。



「これも駄目ですか………どうしましょう…」



 ルナは効果がない事と分かったようで、次なる手を考えて実行してきた。



(フ、所詮は子供だな。君には僕の鉄壁の守りは破れないんだよ)


「む~、そんなに自信満々にしても、絶対に声を出して貰いますからね」



 僕の態度に少し怒ったような顔をしている。その後も色々な所をくすぐってきたが、その全てに耐えきった。



(無駄無駄)


「ふ~、久々に激しく動いたから喉が乾いちゃいました」



 ベットの横に台に置いてある水に手を伸ばしたルナは、コップに移してゆっくりと飲み始める。



(あ、いいな。僕も喉がカラカラだよ……)


「……貴方も飲みます?」


「あ、いただきます」



 ルナに差し出されたコップの水を僕は素直に受け取った。



「美味しいですか?」



 可愛く首を傾けて感想を聞いてくる。



「いやー、半日以上何も口にしていなかったから美味しかったよ。ごちそう……さ…ま………あ!?」


「貴方の声って思っていたより子供っぽいですね」



 僕は自分が声を出している事に今更ながら気が付いてしまい固まってしまう。



(て言うか、堂々と水まで飲んじゃったよ!)


「どうしました?もう少しお話をしましょう。……貴方の名前は?」


(確かにもうばれているけど……どうする、どう対応するのが正解なんだ?)



 僕は黙って自問自答をしていると、ルナはまただんまりかと思い次なる手に出て来た。



「…お喋りをしてくれないなら、お姉ちゃんに話しますよ?」


「……は~~。……降参だ…どうして僕がぬいぐるみじゃないと分かった?」



 これ以上粘っても事態は良くならないと思い、諦めて僕は話を始める。



「貴方の目が何度か揺れていたのが分かりました。それでただのぬいぐるみじゃないと思いました」



 やっと普通に話してくれた事にルナは喜びながら答えてくれた。



「そっか、何度かアリサにドキッとさせられた時に目が泳いでしまってたか……。しかし大した観察力だ、僕の負けだね。…ああ、まだ自己紹介をしてなかった。僕の名前はハヤテ。今は魔族らしいけど、これでも前世は普通の人間だったんだよ。………どお、魔族と聞いて怖くなった?」



 僕は最悪の場合、今すぐにでも逃げだすつもりで白状する。



「ハヤテ……素敵な名前ですね。私は魔族って見た事がないから、怖いかどうかは分かりません」


「まー僕も魔族って1人しか会ってないから、危険な存在かは分からないんだけどね。出会った相手も、のほほんとしてたから怖くなかったし」


「そうなんですか。……ところでハヤテさんは強いですか?」


「……どうしたの急に?」



 急に話が変わって不思議に思ったが、何やら深刻そうな顔に変わったルナに気が付いた僕は、理由が気になり聞き返す。



「実はお姉ちゃんの事なんです。…ハヤテさんは迷宮に行った事はありますか?」



 質問の意図は分からないが、とりあえず素直に答える事にする。



「いや、この町に来たのは最近だからまだ潜った事はないよ。まー潜ってみようとは思っているけどね」


「…私、病気で医者に付きっきりなんです。その治療費の為にお姉ちゃんは無理をして迷宮に潜っています。…私怖いんです。また無茶をして大怪我でも……ううん、最悪帰って来れなくなってしまうんじゃないかって、…不安なんです」



 そう言うルナの表情は益々不安そうに暗くなる。



(こんだけ観察力があるルナの事だから、アリサの雰囲気に何かを感じたのかもしれないな。…そう、前に大怪我をしたって言っていた時と同じ雰囲気を…)


「それで僕に守って欲しいと言う訳か……。ルナには悪いけど僕は今、攻撃力は皆無なんだよ。恐らくルナと戦っても打撃じゃ倒す事が出来ないぐらい無力なんだよ…」



 操作術をろくに使いこなせてない状態の僕は、攻撃力1の最弱なのだ。



「…打撃ではって事は、他に手はあるけど使いこなせていないって事ですよね。…例えばハヤテさんは魔法などを使えるんですね。もしかしてMPに問題があるんですか?」


(こんな短い会話だけでそこまで分かっちゃうんか…)


「正直に言うとね、HPとMPに問題はないんだよ。正直切れる事はないと断言出来るぐらいの最大量は持っている。…問題は魔法と言うか、操作術って言う使い難いスキルの方なんだよ」


「操作術……聞いた事がないスキルですね。名前から想像すると、魔力を自由に操作して攻撃したり出来るのでしょうか…」


「魔力を…操作する?」



 ルナが何か違う物をイメージしているようだが、僕の中で閃きに近い感覚がわき上がって来ている。



「はい、魔力を別の力に変える魔法ではなく、魔力そのものを直接操る。そのようなイメージなのですが、……違いましたか?」


(…他の物を動かすのは難しかったけど、自分の中にある魔力なら多少は楽かもしれない)


「ありがとうルナ!何か新しい使い道が出来そうだよ。僕の中では身近な物とかを自在に操作出来るスキルだと限定していたから、難しくて壁に当たっていたけど自分の中にある魔力ならすぐに扱えるかもしれないよ」



 僕は無力から脱出出来るかもしれないと喜んで、ルナにお礼を言った。



「良く分かりませんが、周囲の物を自由に動かせるなんてすごいスキルですね。……でも、魔力の操作も結構難しいですよ」


「う!。そう、だよね…魔力なんて実感した事がないし、目にも見えないから………目に見えない?分からないって事なら…」



 僕は自分で言っていて少し引っ掛かり、一つの可能性を思い着く。



(もしかして鑑定眼を使えば自分の魔力の流れが分かるかも知れないぞ!)



 そう思い、魔力を手に集めるイメージを行ってその様子を目で鑑定してみる。




ハヤテの右手 ・・・ 魔力値 3




 右手の横に魔力値3と表示が見えて来た。



「思った通りだ!魔力の流れを鑑定眼で見る事が出来るそ。魔力の流れを知覚出来るなら、魔力操作をすぐに覚えれるかもしれない。それに表示の仕方が道具の時と違うって事は、僕の見たいように表示できるのかもしれない。なら!」



 僕はそのまま話に着いて来れずに戸惑っているルナの方を見てみる。




ルナ


HP    12 / 12

MP    58 / 58


スキル  水の魔法(中)




「見えた!魔物の時もそうだけど、人のステータスも見る事が出来たぞ。…ルナ、何気に水の魔法が使えるんだね」


「え!?…なんで分かったんですか?」



 突然話していないスキルの内容を見破られてしまい、ルナは驚き戸惑ってしまう。



「あ、ごめん。実は僕には鑑定眼ってスキルも持っているんだよ。道具を鑑定するだけだと思っていたけど、自分の部分的な魔力量も見えたし、ルナのステータスも見る事が出来たんだよ」


「そんなスキルが……。でも、他の人には魔法の事を内緒にしていてください。もしばれちゃうと魔族と戦う討伐部隊に強制参加させられてしまいますので……きっとお姉ちゃんが心配します…」



 今にも泣きそうな顔で俯いてしまったルナを見て、僕は気楽に言ってしまった事の重大さに気が付いた。



「魔族と戦う討伐部隊なんて作っているんだ…」


「はい、この町もそうですが基本どの町にも国からの指示で、対魔族用の討伐部隊を用意するように言われているのです。そしてここは地下迷宮の上に出来た町です。迷宮で兵の訓練をしたり、取れた魔石や魔導具で討伐部隊を強化出来るので国からも重要視されています。

 ………だからお姉ちゃんみたいに討伐部隊に参加しないで、単独で迷宮に潜る人は冷たい目をされてしまう時があります」


「それもあってアリサを守って欲しいと言ったのか……」


「それもありますが、……たぶんお姉ちゃんは無理をして、実力以上の階層に向かうか討伐部隊の縄張りに向かってしまいそうなんです。…あの目は決意と覚悟を感じました。

 本当は私も一緒に行きたいのですが、少し激しい動きをすると急に息苦しくなってしまうんです…」


(ルナは心臓の病気なのか?……気持ちは分かるけど、まだ僕には攻撃手段がないから力になれないよな…)



 事実、僕は攻撃力1で操作術も使いこなせていない。出来る事は盾になるぐらいだけど、正体をばらさないで動きまわる事は出来ないのだ。



「ルナのご両親はどうしているの?別にアリサ1人が無理をする必要はないんじゃないかな?」


「両親は………母は病気で小さい時に亡くなっております。父は冒険者でしたが、町中で暴れていた暴漢から私を守ろうとして剣で刺されて………」



 ルナは昔を思い出して俯いてしまう。僕は拙い事を聞いたと後悔したが、すでに手遅れなので気のきいた言葉を掛けようと考えても何も出て来ない。



「……それより、ハヤテさんはどうして人間の世界に来たのですか?」


「?。さっきも言ったけど、前世は人間だったんだよ。それで前世でやり残した事が出来ないかなって淡い期待をして来たんだ」



 突然話の内容を変えてきたルナに疑問を覚えたが、重たい空気は苦手なので話に乗る事にする。



「前世で未練ってなんだったんですか?」


「ん~……恥ずかしい話だけど、僕は彼女が欲しかったんだ。実はその途中で死んでしまったんだよね」



 その後のロリ女神の事は話しても信用されないだろうから、ここで説明を終わらせた。



「彼女って事はお嫁さんが欲しかったと言う事ですか?」


「嫁!?いや、そこまで先の事は考えてはいなかったけど………そうとも言えるかもしれないね」


(僕はまだ学生だったし、漠然と彼女が出来たらいいな~としか考えていなかったよな。でも、死の危険性が高いこの世界では付き合う期間がほとんどなくて、すぐに結婚まで行くのかもしれないな)



 何やら考え込んでいるルナは、その後に衝撃的な発言をする。



「なら私をお嫁さんにしてください!ハヤテさんの望みは私が叶えます。…ですからお姉ちゃんを…守ってください…」


「え!?つ、ついに僕にも彼女が出来た!?………い、いや…駄目だ」



 僕は彼女が出来た事を喜んでしまったが、すぐに冷静になって欲望を強引に抑え込んだ。



「やっぱり私みたいな子供っぽい女では駄目ですか…」



 駄目だと言われた原因が自分にあると思ったルナは、勇気を振り絞った反動でまた泣きそうになってしまう。



「ち、違うよ。ルナは確かに子供っぽいけど将来有望な美人さんだし、僕だって本気で惜しいと思ってるよ」


「!?。ではなぜなんです」



 ルナは問い詰めるように僕の目の前に寄って来た。



「……僕はそんな取引みたいな形で彼女を作りたくなんだよ。古い考えかもしれないけど、夫婦って互いを信用して助け合って行くものだと考えているだ…。だから相手を縛る形にはしたくない」



 僕はこんな姿になっている以上、二度とはないチャンスだとは分かっている。それにこんな魔族の嫁になっても、彼女が不幸になると分かってしまったのだ。



「そうですか……」


「でも、明日はアリサが迷宮に連れて行って僕を返すと嘘をついていたから、出来る範囲で守る事は約束するよ。……まあ、今出来る事は小石を動かして危険を知らせるぐらいだから、ないよりまし程度だけどね」


「!?。ありがとうございます!それだけでも十分です。私、とても嬉しいです!…ゴホゴホ」



 長い時間喋っていた事と、最後の興奮でルナの体も限界が来たのだろう。小さいが咳をし出してしまった。



「ル、ルナ!もう寝た方がいいよ。ちょっと話し過ぎた。続きがあるなら明日聞くから」


「フフ、明日ですか…ハヤテさんは優しい方ですね。そうですね。そろそろ寝ましょう」



 そう言ってルナは僕を持ち上げてベットに向かって行った。



「ちょ、ちょっと待って!僕はその辺に置いてくれればいいよ!もう僕がぬいぐるみじゃないと分かったなら、少しは警戒してよ!」


「何を言っているんです?さっきも言いましたが、私はハヤテさんのお嫁さん候補の1人なんですよ。ですから一緒に寝ても問題ありません」



 そう断言して止まる事無くベットに連れていかれる。



「いや、言ったでしょ。僕は取引による嫁は駄目だって!」


「はい、そう断られましたね。ですから取引は関係なしで、お嫁さん候補としてハヤテさんと付き合います」



 その目は揺るぐ事なく、アリサがすぐに諦めたルナの頑固さを垣間見た。



(仕方がない。ルナが寝たらすぐにベットから出るか……)


「……もし、朝起きてハヤテさんがいなかったら……私、体調を崩してしまうかもしれませんね…」


「うっ!?」


(また、考えが読まれた?……まったくこの姉妹は鋭過ぎるよ…)


「フフ、私はハヤテさんを信用していますよ。…お休みなさい…」


「分かったよ。おやすみ」



 僕は諦めたように夢の中に逃げ込んだ。





「ん、朝か……」



 日の光が差しこみ、僕は目を覚ます。



「おはようございます。旦那さま」



 目を開けたらそこにはルナの顔があった。



「ちょ、ちょっと!?近いよ!それに旦那さまって何?」



 ルナの顔は鼻が当たりそうな程の距離にあり、僕は慌ててベットから逃げだした。



「あら、なんで逃げるんですか?…私、悲しいです」



 一発で分かるような悲しんでる演技をして、僕をからかっているようだ。



「は~、朝からそんなにからかわないでよ…」



 僕はため息を一つ吐いて立ち上がる。



「…少しやり過ぎましたか……でも、全部が冗談って訳ではありませんよ、旦那さま」



 悪戯っぽく笑うルナは、それでも旦那さまと言うのはやめなかった。



「何その旦那さまって…」


「ハヤテさんのお嫁さんですもの、呼ぶ時は旦那さまでも構わないのでは?」


「昨日まではお嫁さん候補って行ってたのに………それより旦那さまはやめてよ。結婚もしていない相手を呼ぶ呼び方じゃないよ」


「…そう、ですか。…なら今まで通りハヤテさんと呼びますね。夫の要望に応えるのも嫁の務めです!」



 どこまでが本気か分からないが、子供の冗談だと思い聞き流す事にした。




「おーい。ルナ起きてるか?」



 扉の向こうからアリサの声が聞こえて来た。



「はーい。今から行きます」



 そう言ってベットから出て僕を持ち上げて扉に向かっていった。



「どうしたんだ?いつもは私よりも早く起きていたのに……まさか!?そのぬいぐるみのせいで寝れなかったか!?」



 昨日から心配していたから速攻で僕が疑われてしまい、殺すように睨まれてしまった。



「そんな事はありません。私、この方がとても好きになりました」



 ルナは体を反転して僕を庇うようにしてくれた。



「好きってお前…そんなに気にいったのか?」



 不細工な顔のクマのどこがそんなに気にいったか分からなかったアリサは、不思議そうな顔をしていた。



「はい!とても気にいりました。……ですから今日持ち主に会ったら、是非とも譲ってもらうように説得してください!」


「あ、ああ、分かった…」



 満面の笑みをするルナに、アリサは今更ながら嘘だったとは言えずただ頷く事しか出来なかった。



「では食事にしましょう」



 それだけを告げて、ルナは僕を抱いたまま食事をする。もちろん、アリサの隙を見て僕にも食事を分けてくれていた。


 こうしてアリサが迷宮に向かうまでの間、片時も離す事をせずにすごしていった。



「いってらっしゃいお姉ちゃん。ハヤテさん。お気をつけて」


「……ああ行ってくる。…こいつの名前はハヤテなのか?いや、それより……本当にこの恰好で行かないと駄目か?」



 僕の名前の発表と今のアリサの恰好に、やや顔を引きつった状態でルナに確認して来る。



「はい、是非その恰好でお願いします」


「……分かったよ…」



 アリサが嫌がった今の恰好は、背中のリュックから僕が顔だけを出している状態。そう、ぬいぐるみを持っていると分かる形で、迷宮に潜れて言われて嫌がっていたのだ。



「それと悩んだらハヤテさんに話しかけてくださいね。話をすれば解決する悩みもありますから」


「それはそれで聞かれたくない状態だが、…とりあえずは分かったよ。それじゃあ行ってくる」



 そうして僕はアリサに連れられて迷宮へと向かって行く。





(ここが迷宮の入口か……なんて言うか…アトラクションの入口みたいな感じだな…)



 気が抜けたように僕がそう思ってしまったのも、迷宮の入口に並んで道具屋やら武器、防具屋の出店が並んでいる。そう、まるで縁日の出店のようだったのだ。



「さて、行くか…」



 アリサはそれらの出店には目もくれずに、迷宮の入口に向かって進んで行く。



「ようアリサ!今日もポーションを買っていかないのか?」


「ああ、必要ない」



 道具屋と思われる出店の主人がアリサに声を掛けて来た。



「おいおい、お前はポーションの一つも持っていないんだろ?そんなんで迷宮に潜るなんて自殺行為だぞ」


(ポーションって言うぐらいだから、たぶん回復アイテムなんだろうがそれを買わないなんて、もしかしてアリサって回復魔法でも使えるのか?)




アリサ


HP   52 / 52

MP   21 / 21


スキル  剣技の才能(小)



剣技の才能(小) ・・・ 『刀剣関係の武器を扱う才能をやや秘めている。常人よりやや成長が早くなる』




(て、回復手段がないじゃないか!それに才能(小)って!……もしかしてアリサって戦いに向いていないのか?)



 今後スキルが増えていくのかは分からないが、アリサの現時点でのステータスを見た感じでは向いているようには見えなかった。



「いいんだよ。別に無理するつもりはないんだし、迷宮に潜っていれば拾える事もあるからね」


(…こんな戦い方を続けているのか……これじゃあ、少しでも無理をしたりトラブルに巻き込まれたら命が危ないぞ…)



 僕の心配はそのまま道具屋の店主と同じだったが、アリサは気にする事なく迷宮に向かって行った。






「は!……とりゃ!」



 迷宮に潜ってすぐにスライムの様な魔物が襲ってきたが、動きも遅いのでアリサの鉄の剣によって両断されていく。

 そしてスライムが消えた後には偶に魔石が残っていた。



「くそ!今日は全然魔石が出てこない……。まあいい、まだ1階層だ。下に向かって行けばきっと…」


(この程度の魔物相手ならいくら才能に乏しいアリサでも大丈夫だろう)



 スライムの攻撃手段は体内に取り込んで物を消化するだけなので、武器さえ持っていれば倒すのに苦労しないだろう。それでもたまに飛びかかって来るので、油断すると怪我をしてしまうのだが。


 僕はこの相手では危険が少ない事を確認したので、昨日思い付いた魔力操作の練習を始める。


 魔力の感覚は今だ掴み切れていないが、少しづつだが右手に集まる魔力量が上がって来ているのが確認出来た。



(ほんと、鑑定眼って魔眼の割にショボイと思っていたけど、かなり使えるよな……これだけはロリ女神に感謝してもいいスキルだわ。

 とはいえ、魔力を集めれても放出の感覚が全く分からない。…帰ったらルナに聞いてみよう)



 ルナは水の魔法を使えるので、魔力放出の感覚を教えてくれるかもしれないと考えたのだ。


 その間にアリサは2階層に進んでいた。1階はそこまで広くなかったので、戦闘を含めて30分ぐらいで通り過ぎる事が出来たようだ。

 ここ2階層に現れる魔物はゴブリンだった。鑑定によると手に武器は持っているが、動き事態は子供とさほど変わらないし、知恵も低いとの事なので油断しなければ痛手を負う事はないだろう。

 その見立て通りアリサは苦も無く倒していくが、やはり弱いだけあって魔石の出現率は低かった。



「く、ここでも駄目か……次に行こう」



 魔石の出現率の悪さに苛立ちを隠しきれていないアリサは、更に下の階層を目指して進み始めた。



(もともと5階層までは行くみたいだったし、大丈夫か………でも、このままイライラした状態で進んで行って、5階層でも満足いく成果が出なかったら……ルナの心配が当たるかも知れないな…)



 今の所、魔物を十数体倒しているが魔石は5等級が3つだけだったのだ。これが苛立ちの原因と分かるが、今の僕にはどうしようもないので見守る事しか出来ない。


 そうしてアリサは3階層に向かう階段に着いた。


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