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2話 人間族の世界に着く事が出来ました




 少しおっとりした魔族ハピネスと別れ、僕は人に会う為に人間族の領土ヒュージに向かっている。



「ハピネスさんはあんなに簡単に僕を信用して、この先大丈夫なのかな?少し心配だな…」



 少し話をしただけであっさり警戒を解いてしまった彼女の今後を心配したが、それでも僕にはどうする事も出来ないので歩みを止めずに進んで行く。



「さて、歩きながら<操作術>の練習でもしていこう」



 どうせ話相手もいない1人旅、少しでも戦える手段は手に入れておきたかったのだ。



「いつ魔物が襲って来るか分からないし、せめて石ぐらいは動かせるようになれれば、逃げる時に役に立つだろう」



 今の僕はかなり足が遅くなっている。いや、元々そんなに運動は得意ではなかったが、身長が50センチぐらいで2頭身半の今の僕は、足が短く歩幅が小さい為にかなり移動速度が遅くなっているのだ。


 そしてロリ女神が言っていた通り、操作術には集中力と特別なコツが必要らしく、手に持っている練習用の石がピクリとも動く事はなかった。



(まったく、コツが必要なら説明文にアドバイスぐらい入れとけよ……は~、これは前途多難だな…)



 僕は周囲の警戒も忘れる事無く、ゆっくりだが歩みを進めて行く。

 そうしてしばらく歩いた時、前方に狼のような生き物が数匹いるのに気が付いた。



「…やばいな。見つかったら間違いなく逃げれない相手だぞ…」



 四足歩行の犬型の魔物と、手足が短く素早さも低い僕が勝負になるはずがない。僕はそっと木の影に隠れて様子を見る事にする。……しかし幸運な事に、その狼達は僕の事には気が付く事なく立ち去ってくれた。



「ふ~~~~。いくらHPが高いって言っても、痛みは感じるから……怖かったな……」



 狼が去ってくれた事で、緊張の糸が切れたのか深い息を吐いてその場に座り込んでしまった。



「早い所安全な人間の領土に行きたいけど……そう言えば、距離を聞いていなかったな…」



 ここに来て僕はヒュージまでの距離を聞いていない事に気が付き、不安な気持ちになる。そして別の問題も発覚する。



ぐぅ~~~。



「…マジか…。この体になってもお腹は減るのかよ……」



 僕は今なにも持っていない。周りを見回しても、この森の中には食料も水もない。あとどれくらい餓えに耐えれるか分からない事が不安だ。人間なら3日ぐらいが限界だろうが、この体はどうなのか……。



「あ~そう言えばこの体に合う食べ物って何なんだ?……やばいな、転生してさっそくピンチだよ…」



 一先ずこの辺りには何もないのは分かったので、せめて川でもないかと耳を澄ませながら先に進む事に決めた。





 ……3時間後、今だ景色は変わる事がなく、たまに見る魔物からも隠れながら進んで行く。





 ……更に6時間後、まだ森の中をさまよっている。しかも空はすでに暗くなり始めており、方角も分からなくなる夜の移動は本来は避けた方が良い。だが空腹が続いており絶対に安全な場所がない以上、眠る事も許されないのでこのまま進む事にする。





 ……夜通し歩き続け、やがて日の光が照らし始めたが川を見付ける事も、森を出る事も出来てはいなかった。



「ま、まじでこのままじゃ死んじゃうよ……何がすぐに死なない体にしただよ。あのロリ女神、死んだら化けて出てやる……」



 流石に疲れたので木にもたれ掛かる形で休憩をとる事にしたのだ。しかしその間も絶えず腹の音は主張し続けており、この世界に生まれてからまだ一度も食事をとっていない体は限界を迎えている。



「……こうなったら周りの草でも食べるか……不味そうだけど死ぬよりはマシか…」



 そう言って僕は足元に生えていた草を取り、見つめていると。




毒草 ・・・ 『食す事で毒になり、一定時間でHPが減っていく。しばらくすると自然回復する』




 手に持っている草の横に文字が浮かび上がり、この草の内容が読み取れる事が出来た。



「て、これは毒草かよ!じゃあこれは……これも毒草、これも毒草、…これも毒草…この辺りは毒草しかないのかよ!」



 僕は鑑定した毒草を叩き付けるように投げ捨てて怒鳴った。



「……でも、もう限界だ………HPが減るだけなら何とかなるかな……一つ食べてみよ」



 このままではどうせ空腹で死んでしまいそうなのだ。ならばと覚悟を決めて、毒草と鑑定した草を口に運ぶ。


 ………覚悟はしていたが、しばらくすると気分が悪くなってきた。



「確かに体が痛くなってるしダメージを受けているな……でも、これぐらいならHP自動回復で全然間に合うな」



 毒のダメージは動かないでも受けていた。ステータス画面で確認していると、1秒で10ダメージって所だった。よって気分は悪くなるが死ぬ事はないと判断出来るのだ。

 ただ動かないでもこのダメージ量だと、昔やったゲームではかなり強力な毒草に分類されるだろう。



「味は不味いが食べれるレベルだし、十分腹の足しになるな。毒草の癖にやけに水水しいから、喉も潤せて助かった~」



 現在進行形で毒によるダメージを受けているが、死なないと分かった以上、遠慮なく食べ続ける。


 そして空腹から食べる事に熱中し過ぎた為、周囲への警戒がおろそかになってしまった。

 …そう、僕の隣に突然魔物が現れ目が合ってしまったのだ。



「しまった!?油断していた!」



 空腹の限界に来ていたとはいえ、警戒を怠る初歩的なミスをした事を後悔していると、目の前の魔物の横に毒草の時と同じような表示が出ている事に気が付いた。




オーク ・・・ 『二足歩行の猪の魔物。武器は槍を好み、火に弱い』




(これは…簡単な説明内容だが、かなり有利になる情報だ。……鑑定眼、予想以上に使えるスキルだよ)



 しかし情報を得る事が出来ても今の僕には火を出す事は出来ないし、体格の差から逃げるのも不可能だと思われる。だが、諦める事はしたくなかった。



「だがどうする。死んだふりでもして乗り切るか…」



 冷や汗を流しながらいろいろ考えていると、オークはなぜか襲ってくる事もなく立ち去ってしまった。



「あれ?何もしないで去っていったぞ?………もしかして魔物同士は戦う事はしないのか?」



 そう考えてみると合点がいく事があった。この森を歩いている最中、一度も魔物の死体を見ていないのだ。この森の主と言っていたハピネスののんびりした雰囲気から、争いを禁止しているのかもしれない。

 今となっては確認のしようがないので、助かった事実だけを喜ぼうと思った。


 そして一度周囲を確認してから、再び毒草の食事の続きを初める。



「さて、食事も終わって毒の効果も消え、疲れも取れた。魔物に襲われないかの検証もしてみたいし、そろそろ動き始めるか」



 僕は立ち上がらり歩み始める。そしてこの森の特性なのか、魔物同士は争わないのかは分からないが、僕が襲われる事はなかった。なので魔物を避ける必要がなくなり、止まる事無く先に進む事ができた。







 …そして数日が過ぎていき、話の冒頭に戻る。



「…しかし森が広大なのか、歩みが遅過ぎるのかは分からないが、そろそろ変化が欲しいな……」



 この世界に転生してから今だ森の中をさまよい続けていたのだ。正直飽きて来た。

 ただひたすら練習を続けていた(ただの暇つぶしとも言える)操作術の方は、いまだに何の成果も得る事が出来ていなかった。


 しかし微妙な変化も確かにあった。


 毒草がメインだった周りの草が、鑑定してみるとただの草の割合が増えて来ていたのだ。そして森の木の間隔も広くなってきており、そろそろ森の終わりを感じさせている。


 そして更に3日が過ぎた頃、先が開け、ようやく森を出る事が出来たのだ。



「……抜けた…森を抜けたぞーーーー!!!」



 しかし森を抜けた先は見渡す限りの平原だった。…そう、何もない平原……遠くの方では魔物が歩いているのも分かるが、数が少ないのも見て分かる。



「やっぱり、森の中の方が魔物の数が多いんだな。……一先ず魔物が見当たらない高台のあそこを目指すか…方角も合ってるな」



 何の目標もないと心が折れそうになるので、近くの高台を目指してから次の目標を決める事にした。しかし近くの高台と言っても1日は掛かる距離。急ぐ旅ではないが、そろそろ移動手段を手に入れたいのが本音だ。

 実際魔物が僕を襲って来なかったのは、迷いの森では争いが禁じられていただけのようで、森を出ると魔物が向かって来る事がある。しかし体に巻き付けていた毒草のおかげか、ある程度近づいてくると毒の存在に気が付き、逃げていくのだった。




 昼夜を歩き通してどうにか高台に着いた僕は、待望の…そして希望とも言えるものを見る事が出来た。


 そう、川を見付けたのだ。



「あれは川、……ようやく川を見付ける事が出来た…。あの川を下って行けば人が住んでいる所に着くに違いない!」



 僕は歓喜で小躍りをする。恐らく水道がないこの世界では、水源の近くに村や町を作るはずだと考えたのだ。



「よし!やる気が出て来たぞ!」



 しかし川を見付けた事で浮かれて先に進んでしまったが、森からここの高台までの距離より川は更に遠くにある。その為、丸一日歩いたがまだ距離があったのだ。

 迷いの森から水分たっぷりの毒草を体に巻きつけて持って来てはいたが、それも最後の一つをさっき食べたので在庫は尽きてしまう。その後は周りに生えているただの草を食べて空腹を満たしていたが、水分の摂取が出来ないのがネックだった。

 今更ながら毒草の毒以外の優秀さに感謝していたが、ひたすらに川を目指して歩き続ける。





 そうしてようやく川に辿りついた。



「か、川、水、水、水だーーー!」



 僕は久々の生の水分に貪る様に飲み続ける。



「あ~~。生き返った~。ついこないだ死んだばっかりだけど、生き返った~。…やっぱ人が生きる上で水は必要だよな。……まあ、もう人じゃないけど…。でも美味しかったのは事実だ。地球の水よりミネラルが多いのかな?ま、とにかく美味しかった~」



 もちろん本当に水が美味しいのか、ただ今まで飲めなかったから美味しく感じるのかは分からない。だが、これで当分は飲み水の心配はいらないし、草も生えているので食べ物も安心だ。そして幸運な事に川下は目的地の南西に近い方角に向かっていたのだ。



「でも魔族と人間が争っているなら、この川に毒を流されたらアウトなんじゃないかな?…そう考えると、この川の下流に人が住んでいる所がないかもしれないな…」



 そんな嫌な事を考えてしまい不安な気持ちになってしまったが、ヒュージの地図も何もない状況では川下に何かがある事を期待するしか出来なかったのだ。



「さて、丁度流木もあるし、これでイカダを作って川を下るとしますか」



 新たな移動手段、イカダに乗って川下り。ハッキリ言って無謀な方法だが、死ぬ事はないだろうと楽観視して実行に移る。






「お~爽快爽快。こりゃ楽だ…」



 高台から見た感じでは、当分この川は真っ直ぐなので安心だ。魔物に出会う心配もなく、楽に移動出来ていると次に襲って来たのは睡魔だった。

 どうやらこの体にはそこまで睡眠が必要ないようだったので、ほとんど寝ないで移動してきたのだが、気が抜けてしまったのか久々の睡眠をとる事になったのだ。




 ここから先の旅は快適そのものだった。腹が減ったらイカダに乗せた草を食べ、喉が乾いたら川に顔を近づけて水を飲む。残りの時間は操作術の練習と睡眠をとるだけだったのだ。

 しかし練習の成果は一向に出ない。






 その快適な旅も5日目を過ぎた時、天候が崩れてきて雨が降ってきたのだ。



「拙いな…川の流れが強くなって来てるよ」



 雨が降れば川は増水するので危険。それは分かっていたのだが、ここに来て初めて凡ミスをしていた事に気が付いた。


 ……オールどころか棒の一つもイカダに積んでいなかったのだ。



「僕の馬鹿ーーー!普通に考えれば木の棒の一つでも積むだろ!……でも嘆いている時間はないぞ…」



 僕は仕方がないから短い手でイカダを土手に近づけようと水をかく。しかしあまりにも短い手で水をかいても「ピチャピチャ」と可愛い音を立てるだけで、その効果はほとんどなく川の増水はドンドン進んでいった。



「拙い!拙い!流石に溺死はHPなんて関係ないだろうから、本気で拙いぞ!」



 僕は慌てていた。既に増水で川の水量は既にシャレにならないレベルになっており、命の危険を真剣に危ぶんでいたのだ。



「何か棒!棒になる物はないか?流れて来ないか?」



 僕の手では効果がないのでイカダの上や川上から棒が流れて来ないかを探したが、そんな都合良く見つかるはずはなかった。



「くそ!………こうなったら最後の手段だ」



 僕はイカダを縛っていた木の根を一つ外して手に持った。



「まだ一度も成功はしていないけど、操作術で木の根を動かして岸にひっかけるしかない!」



 そうして今までにないほどの集中力を出して、木の根を動けと念じ続けた。



「動け!動け!動け!動け!動けーーー!!!!!」



 命の危険から来る集中力、そして明確なイメージが重なった結果、始めて操作術が発動する。ついに木の根を動かす事が出来たのだ。



「!?。出来た!!木の根が動いたぞ!」



 しかし動いたのは先端が少しだけだ。



「だからって、こんなちょこっと動いただけでは意味がないよ!」



 僕はそんな意味のない動きをしている木の根を投げつけた。



「…………マジかよ…嘘だろ……」



 僕が始めて物を動かす事が出来た感動と、まるっきり意味がない量しか動かせなかった事による絶望を同時に感じていた時、上流から大木が流れて来たのが視界に入る。しかもそのコースはもろイカダへの直撃コース…。


 僕はその事実に何もする事が出来ずに、ただ茫然と見てる事しか出来なかった。



(人間、絶望的な状況を前にすると何も出来ないって本当だったんだ……。もう人間じゃないけど……)



ドォオオオオオオン!!!!!



「あ、終わった…」



 そして大木とイカダは衝突。イカダは簡単に崩壊してしまい、僕はその衝撃で宙に飛ばされて意識を手放してしまった。









「………あれ?ここはどこだ?」



 目が覚めた僕の目には見知らぬ天井があった。近くに生物の気配はない。その中、警戒するようにゆっくりと周りを見渡すとどこかの部屋のようだ。



「は~…知らない部屋って事は、実は今までの事は夢でしたって事は起こらなかったか……。でも良く生き残る事が出来たな…あの増水した川に流されたら、流石に死ぬと諦めていたんだけどな~」



 僕の体はぬいぐるみのような外見と柔らかさだが、決して水には浮く事はなかったのだ。それは川に来た時に確認済みであり、水に触れると凄い勢いで水を吸ってしまうのだ。



「それより現状を確認する方が先だな。…周りには誰もいないようだから、一先ずあそこの窓から外を確認してみるか…」



 そうして周りを警戒しながらゆっくりと窓に近づき、外を確認してみる。そして夢にまで見た景色が見えたのだ。



「人だ……人が歩いている。人間族の領土に着いたんだ!」



 僕は歓喜に震えた。生まれ変わって数週間、ようやく人を見る事が出来たのだった。



「て事は、ここの家の人に拾われたって事か。見た目はぬいぐるみだから勘違いしたんだろうな」



 そう考えていると扉の外から声と足音が聞こえて来た。



「拙い!?誰か帰って来たのかもしれない」



 動いている所を見られると拙いと考えた僕は、慌てて元いた場所に戻っていった。



「ただいま<ブサクマ>!良い子にしていた?」



 扉から入って来たのは、まだ小学生にもなっていないであろう小さい女の子だった。



(まさかブサクマって僕の名前か!?違うよね。異世界にまで来てそんな名前で呼ばれたくないよ)



 しかし周囲には僕以外の人形やぬいぐるみは存在しない。そして一直線に僕の方に向かって来ている以上、疑いようがない事だった。



「ブサクマ体乾いた?」



 そう言いながら僕を持ち上げようとしていたが、重たかったのかすぐに諦めてしまった。



「……まだ重たい。ブサクマまだ乾いていないんだね」



 少ししょんぼりした顔をした少女は、抱き上げれない事からまた部屋を出て行ってしまった。



「ママ、まだブサクマ乾いていなかったよ」


「あら、やっぱりだいぶ水を吸い込んでいるみたいね。でも川沿いに流れ着いた木に引っ掛かっていたんだから、水を吸い込んでいても仕方がないわね。まだまだ乾くまで時間が掛かるだろうから他で遊びなさい」


「はーい」



 僕は親子の会話から、自分がどうやって助かったかなんとなく理解した。



(どうやら衝突した大木に引っ掛かって流れ着いたみたいだな。…しかしどうする、町中で普通に歩くと絶対に攻撃の対象になるしな……)



 とりあえず人のいる所に向かって来たが、それからの方針はまったく決めていなかったのだ。



(理想は僕の正体を知っても怖がらない人と共に、行動したいのだけど……そのキッカケが掴めないんだよな。…やっぱり死霊術に頼るしかないのかな………でも最初にやる事は情報収集だな)



 まだこの世界の常識は知らないし、現在の場所も分からない。ようは何も分かっていないのだ。



(……ここじゃ情報は得られないだろうから、夜になったら抜け出して飲み屋の様な場所に行ってみるか)





 それまでの間、僕はじっと動かないで我慢して、夜中になったので僕はこの家を出て行った。



「助けてくれてありがとう。この恩は忘れないよ」



 直接お礼を言いたいがそれは出来ない事なので、僕は家の外に出る時、仲良く寝ている親子に向かってお礼を告げていった。


 家の中もそうだったが、外に出たらそこは暗闇だった。今日は曇っていて月明かりもなかったのだ。そして日本のように街灯などがあるはずもなく、夜は人の姿もほとんど見ないので、姿が見られたくない僕には都合の良い状態だったのだ。

 それでも誰もいない訳ではなく、槍を持ち軽装の兵士風の人達が2人で見回りをしてた。



(同じ装備って事は国、もしくはこの町で雇われている人達って事だな。ならここは割と大きい所って事だな)



 僕は見つからないように隠れながら移動を繰り返して、人が集まる場所を探した。


 そして明りが見えたので近づいてみると……



「おい!ここにも1つ落ちてるぞ。危ない危ない、何か足りなかったら依頼人に怒られる所だったぜ」



 急に僕の方に光が差したので、咄嗟に動くのをやめてぬいぐるみのふりをしたのだ。そしたら光を照らしてきた男が僕を持ち上げて馬車に乗せられた箱に入れられた。



「これで数は揃ったな。……よし、出発するぞ!」



 そうして男達は僕を乗せて馬車を走らせていった。



(うそーーー!?せっかく町に着けたのに、俺はどこに連れて行かれるんだ???)



 僕の心の声が届く訳もなく馬車はひたすら走り続けていき、何度か平原で休憩をとっていたのだが、ここで逃げる訳にもいかないのでそのまま馬車に乗り続ける。


 男達の話を聞いた事をまとめると、どうやらこの男達は冒険者で町から町へ荷物を運ぶ依頼を受けているようだった。



(冒険者ってこんな仕事もするのか?これって商人とかの仕事だろ?)




 そして移動には丸2日掛かり、次の町に着いた時は既に日が落ちて暗くなっていた。



(町に無事着いた事だし、そろそろ逃げようかな)



 都合が良い事に男達は誰かに報告に行ったみたいで誰もいない。僕はこの隙に冒険者達の食料と水を少し貰い、馬車から出て人目につかないように町を彷迷い始めた。



(とりあえず情報がほしいから、もう一度飲み屋でも探すか………次は注意しないとな)



 しかし飲み屋っぽい所を探すのに苦労はしなかった。何しろ周りの家の明かりが消えている中、一軒だけ明りが煌々とついていたので目立ったのだ。



(ここが飲み屋かな…人が陽気に出て来るし。………さて、どうやって中に入ろうかな)



 そう座り込んで悩んでいると、突然近くから声が聞こえて来た。



「なんだ?なんでこんな所にぬいぐるみが落ちているんだ?」



 僕は見つかった事を確信したので、すぐに動くのをやめてぬいぐるみのふりをする事した。



「たく、他の冒険者が落としたのか?……面倒くさいがギルドに届けてやるか…」



 そう言っていた女性は僕を持ち上げた。



「何だよこれ、思ったより重たいな。………微妙に湿っぽいし、水の中にでも落としたのか?…それにしても趣味の悪いぬいぐるみだな」


(…本人を目の前にしてそんな事を言うなよ!……まあ、こんなぬいぐるみを買うかと言われたら、間違いなく僕は買わないけどね。………自分で言って悲しくなってきたよ)



 そう考えていると、僕を持ち上げた女性は顔の前でじろじろ見て来た。



(性格はきつそうだけど、けっこう美人だな。赤髪のショートヘアに少しつり上がった目、それに軽装の鎧と腰の剣。でも少し胸は残念だな)


「……なんかぬいぐるみに馬鹿にされている気がするな」


(うそ、するどい!?)



 彼女のするどい言葉に一瞬驚いて動きそうになったが留まる事ができ、ぬいぐるみと思い込んでいるのでばれる事はなかった。



「…この変な顔のせいか。まったくこんな物を作った奴の精神を疑うぜ」


(まったくです。僕もロリ女神の精神を疑っていますよ)



 その点に関しては全面的に同意した僕を、彼女はギルドとやらに運んでくれ始めた。





「おい、<セルジ>のおっさん。これをギルドの外で拾ったんだ。たぶん他の冒険者の落し物だと思うから、その辺に置いといてくれ」



 僕を運んでくれている彼女は、カウンター越しにいるセルジと呼ばれたおじさんに声を掛けた後、目の前に無造作に置いた。



「なんだこのぬいぐるみは?俺へのプレゼントか<アリサ>」


(この人は、アリサって言うのか。……美人だし出来れば仲良くなりたいな)


「そんな訳があるか!だいたいこんなのをプレゼントされたら、私なら喧嘩を売られていると思うぞ」


「ハハハ、違いない。…しっかし、見れば見るほど不細工な出来だよな」



 アリサの本音を聞いたセルジは、つぼに入ったのか笑いながら同意していた。



「ああ、私もそう思うよ。それでも落とした奴が困っているかもしれないから頼むよ」


「分かったよ。とりあえずここの脇に置いておくから、必要な物ならすぐに気が付くだろう」



 セルジはアリサから僕を受け取って、カウンターの端っこの方に置いた。



(散々人の事で笑ってくれたが、ここなら情報が好きなだけ入りそうだから結果オーライ!)



 そうして僕の情報収集が始まった。



「ところでアリサはまた地下迷宮に潜るのか?」


(地下迷宮?)


「ああ、私には金が必要だからな。手っ取り早く稼ぐには迷宮が一番なんだよ」


「…確かに稼げるが迷宮は危険な所なんだぞ。お前が死んだら病気の妹も悲しむぞ」


「分かってるよ。だが治療費に生活費、普通に働いていたら全然足りないんだよ。……もういいだろ!私は帰って明日の探索に備える!安心しろ、5階層より下には向かわないよ」



 それだけ告げるとアリサはギルドを出ていった。



「まったく、あいつは頑固なんだから…。ま、上層なら問題ないか」



 それからセルジは仕事に戻った。とは言っても時刻はそろそろ深夜になろうとしていたので、飲んでいる客が話をしに来る以外の人は来なかった。



 今夜分かった事は……

 この町が地下迷宮の上にある都市<ラピス>と言うらしい。

 迷宮には魔物が多数生息しており、それらを倒すと魔石を取る事が出来て、それはいろいろ活用できるので需要が多い。

 あと迷宮には魔導具が生まれる事があり、効果はピンキリだが高額で買い取ってもくれる。ただ強力な武器や防具もあるのでそれらを手に入れたら売らずに使い、更に下層を目指す事で収入を良くする者が大半との事だ。

 そしてここは冒険者ギルドで、町の人の依頼を受けたり迷宮で得た魔石や戦利品を換金したり出来る。夜中は酒場となっており、ここにいる者の大半が冒険者なのだ。

 ラピスの周りには外壁で囲ってあり、外からの魔物の侵入を防ぐ役割を持っているので町中は安全との事だ。

 あとは噂話だが、ここ最近各地で突然力を持った者達が複数現れていると呟かれていた。



(……朝か…。じっとここで座っているのもキツイな…)



 どこも体を預けていない状態だと疲れてしまったので、セルジの目や他の冒険者の目を盗んでこっそり壁の所に移動した。


 朝になったらセルジは帰っていき、代わりに<リーザ>と言う若い耳のとんがった女性が受付についた。いわゆるエルフと言う種族のようだ。



(エルフが実在した!?これだけでも異世界に来たかいがあったよ。………やっぱりギルドの受付と言えば美人の女性だよな~)



 最初ここに入って来た時は、おっさんが座っていたからガッカリしていたが、今は動けないので心の中で大いに喜んでいた。


 そして日が昇り始めると冒険者達が少しずつやってきた。この時間帯にギルドに来る者達は迷宮には潜らず、依頼を受ける人がメインだった。



「リーザちゃん、おはよ。今日も可愛いね」



 若い冒険者は依頼書を持って受付に来ていた。どうやらリーザが目当てのようだ。



「おはようございます依頼はこれですね。……はい、頑張って来てください」



 しかしリーザはまるで何事もなかったように仕事を進めていき、若い冒険者に目もくれていなかった。



「……はい…」



 まるで手ごたえのない返事に、誰もが分かるほどガックリと肩を落としながら立ち去っていった。



(ハハ、何か親近感を持てるな。今ので今日3人目だ)



 僕は町でナンパをしていた時の事を思い出して楽しんでいた。



「は~、もう少し真面目な冒険者はいないものですかね…」



 どうやら毎度の事でリーザもうんざりしているようで、仕事の合間に僕に向かって深い溜息と共にぼやいている。



(すみません、僕も人間で冒険者なら同じ事をしています)



 僕は心の中でリーザに深々と頭を下げて謝った。



(だってエルフだよ!しかも神秘的な美しさって言うのがピッタリの女性がいたら、駄目もとで僕も声を掛けるよ……)



 その後も声を掛け続けられながら時間は過ぎていき、夕方になった頃、迷宮に潜っていた冒険者と思われる人達がやってきた。



「お!リーザちゃん、今日はまだいるんだね。それじゃ鑑定をよろしく」



 迷宮に潜っている冒険者は昼間に来ていた人達とは雰囲気が違っていた。なんと言うか、張りつめた空気を纏っていたるのだ。



「…魔石ですね。結構な数を手に入れましたね。鑑定しますので少々お待ちください」



 そう言ってリーザはカウンターの上に魔石を並べ、何やら虫眼鏡のような物で一つ一つ覗きこんで鑑定を行っていった。



(…これが魔石か。パッと見では全部赤い宝石にしか見えないな)



 そう思ったので鑑定眼を使って覗いてみる。




火の5等級魔石 ・・・ 『最低ランクの火の魔石』


水の5等級魔石 ・・・ 『最低ランクの水の魔石』


風の4等級魔石 ・・・ 『1ランク上の風の魔石』




(へー、魔石にはランクや属性があるのか……ほとんど5等級だな。はたしてこれでどれぐらいのお金になるのかな?)



 数は全部で24個。5等級が20個で4等級が4個だ。



「はい。5等級が20個、4等級が4個ですので合計22000ゼニーですね。換金しますか?」


「ああ、頼むよ」



 冒険者からの了承を得る事が出来たので、リーザはカウンターの下からお金っぽいのを取り出して渡した。


 どうやら5等級が1つ500ゼニー、4等級が3000ゼニーで、属性は買い取り金額には関係がないみたいだ。


 それから何人か換金に来て、そのままお酒を注文し飲み会が始まっていく。皆命懸けで迷宮に潜っているようで、生きて帰った事をかみしめるように騒いでいる。



(…騒がしいけど、なんだろ…全然不快な気持にならないな。……あんな楽しそうなお酒なら、僕も飲んでみたかったな…)



 冒険者達のその楽しそうな光景を見ていると、少し羨ましい気持ちになっていた。


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